夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

第7話 バカンス会復活

「まず一つ目だけど……、兄さんはこの前三十二歳になったんだよね?」
「そうですけど?」
 清香の(何を今更……)と呆れを含んだ眼差しに気が付かないふりをしながら、聡は慎重に言葉を継いだ。
「真澄さんって……、今、何歳だっけ?」
「今、三十三歳で、今年の誕生日がきたら三十四…………。え? ちょっとまさか、聡さん? お兄ちゃんが真澄さんより年下だから、告白しないなんて言わないわよね!?」
「いや……、あの、ちょっとした可能性を口にしてるだけで」
 質問に何気なく答えかけた清香だったが、口にした内容に気付くと同時に目つきを険しくし、隣に座っていた聡に座ったままにじり寄る。対する聡は冷や汗を流しながら弁解したが、清香が納得するものではなかった。


「ふざけるんじゃ無いわよ! 世の中数多の姉さん女房、年の差カップルに失礼よっ! それに二歳しか違わないのよ? 可愛いものじゃない」
「そ、そうだよね。巷では女性の方が十歳以上年上っていう夫婦も、偶には」
「第一、女性の本当の魅力なんて、真澄さん位の年齢にならないと分からないわよ!」
「そ、そうかもしれないね……」
 怒気を孕んだ清香の台詞に押されまくっていた聡だったが、ここで清香が両手で聡のスーツの上着の襟元をガシッと掴み、低い声で呻いた。


「……それとも? 聡さんは私が五歳年下だったから付き合ってるわけで、もし五歳年上だったら付き合わないわけ?」
「いや、そんな事は」
「聡さんって、女性を年齢で判断する様な、そんな俗物だったの? 酷い! 信じられない、最低っ!!」
「清香さん! それは違うから!」
「どこがどう違うって言うのよっ!?」
 聡は必死に宥めようとしたが、一気に興奮状態に陥った清香が、スーツを掴む手を離さないまま力一杯前後に揺さぶりつつ絶叫した。そんな二人を大方の予想をしていた周囲の者達は(やっぱりこうなったか……)と疲れた様に溜息を吐く。
 そんな中、恭子が助け船を出した。


「清香ちゃん、落ち着いて。聡さんを締め上げるのはその位にして、話を進めない?」
「……そうですね」
 冷静に声をかけられて幾らか頭が冷えた清香が不承不承手を離すと、聡は息を整えて乱れた服と髪を直した。そして人心地が付いたと思われたのを見計らって、清香が追及を続ける。
「……じゃあ聡さん、もう一度聞くけど、お兄ちゃんが真澄さんより年下って事だけで、告白を躊躇ってるとは思えないんだけど?」
「勿論、そうだと思うよ? 他にも理由はあると思うし」
「例えば?」
「例えば……、その……、身長とか?」
「はあ?」
 再度清香が(言っている意味が分からない……)と怪訝な顔をすると、聡が言い難そうに話を続けた。


「その……、つまり、兄さんは俺より若干背が低いだろう?」
「低いって言ったって、175は有るわよ? 日本人成人男性の平均身長は170強なんだから充分じゃない。はっきり言って聡さんみたいに180も有るのは余計よ。仰ぎ見るのに首が疲れるんだから!」
 清香にピシッと言い切られた聡は(やっぱり筋金入りのブラコンだ……、それに疲れるんだ……)と微妙に落ち込み、周囲の者達はそんな聡に同情する視線を投げかけた。しかしそこで落ち込んでばかりもいられないと、聡が気合いを振り絞って話を続ける。


「それで、俺はハイヒールを履いた真澄さんと直接二回顔を合わせたけど、その時目線がそれほど変わらなかったんだ。つまり真澄さんって、女性にしては長身で170以上あるんじゃないかと」
「えっと……、確か172だったかな? すらっとしててプロポーションも抜群で、私の憧れなのよねぇ。私は159だし、できればもう少し欲しかっ………………って、ちょっと待って、聡さん」
 にこにこと従姉自慢を始めた清香だったが、口にしているうちに唐突にある事に気付き、聡に険しい目を向けた。


「まさか……、真澄さんが踵の高い靴を履くと自分よりも身長が高くなるから、お兄ちゃんが告白するのを躊躇ってるとか言いたいわけ!? 侮辱よっ! お兄ちゃんはそんな情けない惨めったらしいプライドの持ち主なんかじゃないし、第一、世の中ののみの夫婦に失礼極まりないわ!!」
 再び怒りを露わに詰め寄ってきた清香に対し、聡は顔を引き攣らせつつ頷く。
「う、うん、俺もそう思うし、一応何センチかは兄さんの方が高い筈」
「まぁだ言うかぁぁっ!!」
 そこで切れかけたらしい清香が片手で聡のネクタイを掴み、もう片方の手でテーブルに置かれていた空のビール瓶を掴んで振り上げた為、慌てて周囲の者達が止めに入った。


「ちょ……、清香ちゃんっ!」
「それはまずいって!」
「ひとまず落ち着こうよ!」
 清香達と比較的近い位置に居た浩一が清香の左手を掴んでネクタイから手を離させ、修が清香の体を押さえ、玲二が右手のビール瓶を取り上げる。更に二人の間に体を割り込ませる様な体勢で、恭子が清香に言い聞かせた。


「清香ちゃん、落ち着いて。聡さんも悪気は無いんだから」
「悪気があったら、とっくに店から叩き出してますっ!」
 それから少し清香の文句が続いたが聡は黙って聞き役に終始し、なんとか気持ちを落ち着けた清香が、腕組みをしつつ睨みつけている聡に問いかけた。
「それで? もう終わりなわけ?」
「……残念ながらもう一つあってね。寧ろこれが最大の理由だと思うんだけど」
「何よ、それは? もったいぶってないで、さっさと教えなさいよ!」
 促された聡は深い溜息を吐き出し、座卓を囲んでいる面々を黙って見回してから、重い口を開いた。


「真澄さんは……、柏木家の人だよね?」
「当たり前でしょう? どうして今更、そんな事を言い出すわけ?」
 怪訝な顔をして問い返した清香だったが、聡はその問いに直接答えずに話を続けた。
「柏木家の一人娘だよね?」
「そうね、浩一さんと玲二さんもいるけど。それが?」
「……柏木家のお嬢様だよね?」
「だから何が言いたいのよ! 確かに真澄さんのお家はお金持ちだけど、お兄ちゃんだって引けを取らない位稼いでるわよ! ねえ! 恭子さん!!」
 奥歯に物が挟まった様な聡の物言いに、清香が流石にイラッとしながら文句を言いつつ恭子に同意を求めると、彼女は先程の聡に負けず劣らずの深い溜息を吐いた。


「そうですね……。だけど、これは稼ぎがあるからどうこうって問題でも無いでしょうし」
「え? それって、どういう意味?」
 不思議そうに清香が首を傾げると、恭子はチラッと聡の方に視線を向けた。その相手がもの凄く気まずそうにしているのを見て取った恭子は、若干気の毒に思って話の続きを引き取る事にする。


「つまり……、言い方は悪いんだけど、昔、清香ちゃんのお父さんは、柏木家からお母さんを盗ってしまったわけでしょう?」
「盗った、って……」
 話が思いもよらない方向に流れた事で呆然としてしまった清香に、恭子が噛んで含める様に言って聞かせた。
「そのせいで柏木家の方に親子揃って袋叩きにされたって聞いているし、また同じ家のお嬢さんにどうこうって話にはならないんじゃないかしら?」
「は? でも……、だって恭子さん! それはお兄ちゃんには何の責任も関係も無い話ですよ!?」
 驚いて弁解した清香だったが、ここで恭子が唐突に話題を変えた。


「因みに、清香ちゃん。清香ちゃんと柏木家との関係が明らかになった三月以降、何回柏木さんのお宅に出向いたかしら?」
「え? えっと……、七回、かな? おじいちゃんが何かにつけて、私に顔を見せる様に声をかけてくるから」
 戸惑いながらも素直に頭の中で記憶を辿り答えた清香に、恭子は質問を続けた。
「その七回のうち、先生もご一緒にとか、お誘いを受けた事はあった?」
「えっと……、お彼岸の時と、雄一郎伯父さんの誕生日祝の席と、庭の桜でお花見がてら茶席を設けた時と、浩一さんのお誕生日祝の時の四回、かな?」
 指折り数えた清香に、恭子が探る様な眼差しを向ける。


「その四回とも、何だかんだと理由をつけて、先生は出向いて無いでしょう?」
「その通りだけど……、どうして恭子さんに分かるの?」
 僅かに驚いた表情を見せた清香に対し、恭子は小さく肩を竦めた。
「一度は私が派手な物損事故を起こして、身元引受人として警察に呼ばれたとかって先生が出掛けたんじゃない? ……自分自身の名誉の為に言っておくと、私は免許を取得してから無事故無違反よ」
 それを聞いて、清香は驚きの声を上げた。


「え? あれって嘘なの? じゃあひょっとして、締め切りが早まったとか、急病とか、恩師が急死して告別式っていうのも……」
 そこで疑惑を含んだ呟きを口にした清香から視線を逸らしつつ、恭子が白状した。
「実は、以前出勤途中に先生から電話が入って、その指示で水銀体温計を買って行って、清香ちゃんの目を盗んでお湯に突っ込んだそれを渡したわ。電子体温計だと小細工できないからって、わざわざこっそり買わせるあたり、流石先生よね……」
「……お兄ちゃん、何やってるの」
「学校をズル休みする子供かっ……」
 姑息、と言うにはレベルが低すぎる兄の行為を聞いて、清香と聡が揃ってがっくりと項垂れた。そして恭子からの(後は宜しく)的な視線を受けて、聡が話を引き取る。


「清香さん」
「……何?」
 どこか疲れた様に応じた清香に、聡が真剣な眼差しを向けた。
「以前清香さんが兄さんの事を評した時に、『お兄ちゃんを例えるとマスクメロンみたいだ』って言った事を覚えている?」
「勿論、覚えてます」
「その時に『お兄ちゃんは何でも出来る様に見えるけど、実は結構繊細で不器用な所がある』って言ったよね」
「……言いましたね。確かに」
 小さく頷いた清香に、聡も頷き返す。


「兄さんは『結構感情の起伏が激しいけど、それを当たり障りのない笑顔で隠してる。色んな感情を全部自分の内部に抱え込んでしまう、とことん不器用なタイプなんじゃないか』とも」
「そうですね」
「だから……、今では何でも無い様に浩一さん達と付き合っているけど、《柏木家》に対する感情と言うかこだわりみたいなものは、未だに色々有って……。いや、寧ろ昔よりも複雑なものになっているんじゃないかな? 単に『敷居が高い』だけでは無くて、所謂トラウマみたいになってるかも……」
 聡が考え考え言った台詞を黙って聞き終え、無言で何とも言えない表情で二人を見ていた従兄達を一通り眺めてから、清香は小さな声で尋ねた。


「だからお兄ちゃんは呼ばれても、いつも理由をつけて伯父さんの家に行かないの?」
 些か傷付いた様な表情を見せる清香に聡は少し罪悪感を覚えたが、下手に慰めてもしょうがないと軽く頷いた。
「そうじゃないのかな? 推論に過ぎないけどね」
「これからも、行く気は無いの?」
「それは……、どうかな。兄さん次第だと思うけど」
「真澄さんの事は?」
 真正面から真剣な顔で問いかけられた聡は、心底困った表情を浮かべた。


「……正直、良く分からないんだ。俺はどうこう言える程、二人と付き合いが無いし」
「それはそうよね……、私にだって分からないし」
 そういって清香が黙り込み、他に誰も発する物が居なくなった為、暗くなってしまった雰囲気を幾らかでも軽くしようと、聡が口を開いた。


「ところで……、真澄さんの方はどうなのかな?」
「どうって、何が?」
「兄さんの事をどう思ってるのかなと思って。……単なる知り合いか、従兄弟と同じみたいな感じがするんだけど。いつも『清人君』って呼んでたみたいだし。それもあって、兄さんが彼女に告白する事に二の足を踏んでいるんじゃないかと……」
「それは……」
 何とも言えずに口ごもった清香だったが、そこで予想外の声が割って入った。


「真澄さんも清人さんの事が好きなんじゃないか?」
「真澄さんも先生の事が好きだと思うんですけど」
「はあぁ!?」
 予想外過ぎる発言に、思わず発言者以外の全員が素っ頓狂な叫び声を上げ、中でも清香が狼狽して二人に詰め寄った。
「ちょっと友之さん恭子さん! どうしてそう思うの!」
「どうしてって……、色々?」
「ですよね?」
 座卓越しに視線を交わす友之と恭子に、清香は再び悲鳴を上げた。


「お願いだから、二人とも分かる様に説明してっ!!」
 その訴えに対し、友之があっさりと口にする。
「そうだな……、真澄さんは清人さんに会う時は、色々気合い入れてるから? 例えば新調した服や小物で揃えてるし」
「そ、そうなの?」
「でもどうしてそれが松原さんに分かるんですか?」
 怪訝な視線を向けたさ聡に対し、友之が平然と続けた。
「昔、見慣れない服を着てるなと思った時に聞いたら、『新調した』って聞いて。清人さんに会うからかなと見当を付けて面白半分に毎回聞いてたら、毎回同じ返事で。……馬鹿らしくなって十回位でカウントを止めた」
「…………」
 何とも言えずに清香と聡が顔を見合わせた所で、友之の話が終わったらしいと見当を付けた恭子が口を開いた。


「私の方は……、先生に真澄さんと引き合わされた直後、先生には分からない様に連絡先を交換した事かしら? あの時……、友好的な態度は崩さなかったけど、有無を言わせない口調と迫力だったわ」
「あの……、恭子さん? それがどうして真澄さんがお兄ちゃんを好きな事に繋がると……」
「私が先生の女だとでも勘ぐったみたいね。ろくでもない女だったら、即刻叩き潰して放り出す気満々だったんじゃない?」
「叩き……」
 クスッと小さく笑った恭子に、清香の顔が僅かに引き攣った。


「色々腹を割って話してみたら誤解だって分かったし、それ以後は友人付き合いをしてるのよ。さり気なく先生の身辺の情報も流してるしね。本人はそんな事してくれなんて、間違っても口にしないけど」
「そ、そうなんだ……。知らなかった……」
 些か呆然としながら相槌を打った清香だったが、ここで聡が友之と恭子を交互に見やりながら口を挟む。


「しかし……、先程の話といい今の話といい、松原さんと川島さんは、今までどうしてその事を内緒にしてたんですか?」
 それに対する二人の答えは、実にあっさりとしたものだった。
「別に内緒にしてたわけでは……、皆も知ってて余計な事を言わないだけだと思っていたから」
「本人が意思表示していない事を、別に殊更言い出す必要は無いと思いましたし」
 平然とそう言い切られ、周囲の者達は疲労感が倍増した。そんな中、恭子が首を傾げつつ口を開く。


「ただ、ねぇ……。真澄さんの場合、先生に好意を持っている事は確実なんだけど、それがどの程度のものかははっきりしなくて。単に多少気になって心配してる、昔からの知り合いって線も有りそうで……」
 その呟きを受けて、友之も難しい顔をする。
「確かにそうですね。服とかも、単に清人さんがセンスが良いから、誉めて貰うと嬉しいだけってオチも有りそうだし……」
「加えて二人とも、常には自分の感情をほぼ完璧にコントロールできるタイプですし」
「それなりの理由あって思うところをあからさまにしていないのに、他人が下手に指摘したり興味本位で突ついたりしたら、却って意固地になって互いを遠ざけそうだな」
「えぇ? じゃあどうすれば良いの?」
 二人のやり取りに、(じゃあお兄ちゃんに『真澄さんもお兄ちゃんの事を好きみたいよ?』とか言ってみよう!)とか密かに考えていた清香は困惑した声を上げ、聡も考え込んでしまったが、ここで正彦が口を挟んできた。


「本人達が居ない所で、四の五の言っても仕方がない。この際、徹底的に検証してみないか?」
「正彦さん? どうする気?」
 思わず縋る様な視線を向けた清香に、正彦はニヤリと楽しそうに笑ってみせた。
「久々にやらないか? バカンス会。清香ちゃんが大学に入学してからは、皆もそれなりに忙しくなって、自然消滅してただろ?」
 その誘いの台詞に、一同が俄かに活気付く。


「なるほど……、そこに清人と姉さんも同行させて、二人の反応を確認するってわけか」
「そしてあわよくば、今後の方針を相談しようって腹か?」
「まあ、そんな所かな?」
「そうと決まれば互いの日程を確認しようぜ? 兄貴、姉貴が外せない会議とか打ち合わせの日程、しっかり押さえてくれよ? それを外さないと出てくれないだろうし」
「分かった。さり気なく確認しておくよ」
「じゃあ恭子さんは清人さんのスケジュールの横流し宜しく!」
「まあ、それ位なら問題ありませんね」
 がぜん盛り上がってくる周囲を余所に、初めて聞く言葉を耳にした聡は、清香に体を寄せてその耳元で囁いた。


「……清香さん、バカンス会って何?」
 その問いかけに、清香も声を潜めて説明する。
「私が高校を卒業するまで、長期休暇毎に皆で集まって、どこかに行ってたんです。誰が最初に言い出したかは分からないんですが、その通称なんです」
「なるほどね……」
 納得して聡が頷いた時、正彦が陽気に声をかけてきた。


「あ、聡君も勿論参加するんだよね? 頭数に入れておくから」
「はい?」
 唐突に言われた内容に頭が付いていけなかった聡だが、他の面々はそんな聡に構わずどんどん話を進めた。
「あ~、悪いけど俺はパス。奈津美と幸を置いていくのも、連れて行くのも無理だしな」
「あの、ちょっと……」
「そりゃあ、そうだろうな」
「安心しろ。代わりに俺達がばっちり事の次第を知らせてやるから」
「頼む。できれば毎日知らせて欲しいな」
「じゃあ皆で日替わりで分担するか?」
「そうだな、一人一日担当って事で」
「あのですね!」
 大声を上げて皆の注意を引く事に成功した聡だったが、正彦にしかめ面と共に文句を言われた。


「何だ、五月蠅いぞ、新入りの癖に」
「新入りって何ですか!? しかもそのバカンス会とやらに、どうして俺も参加前提で話が進んでるんです!」
 聡としては当然の疑問だったのだが、対する男達はその顔に一様に不満の色を見せた。
「何だと?」
「お前、俺らの清香ちゃんに不満でも?」
「どうしてそうなるんですか!?」
「だってこのバカンス会は、いわば従兄弟同士の親睦会だぜ?」
「将来清香ちゃんと結婚して義理の従弟になるであろうお前を、先んじて仲間に入れてやろうっていう、この優しい配慮が分からんとは」
「ちょ~っと人間性に問題有るかもな~」
 白々しく、しかも恩着せがましく言われた聡は、必死に怒りを堪える。
(勝手に言ってろ! どうせ面白半分にからかい倒すか、雑用要員としてこき使う腹じゃないのか?)
 正彦はそんな聡から清香に視線を移し、穏やかに笑ってみせた。


「ねえ、清香ちゃん。聡君が一緒に行ってくれたら、嬉しくないかな? 俺達は勿論、彼を歓迎する気満々なんだけどね」
 そう言われた清香は真顔で聡に向き直り、縋る様に訴える。
「聡さん……、お願い、一緒に行ってくれない? 私達だけだと固定観念があって、うまくお兄ちゃん達の観察ができないかもしれないし。先入観を持っていない聡さんから、是非ともお兄ちゃんと真澄さんについての、忌憚の無い意見を聞かせて欲しいの」
 勿論清香は真剣そのものの表情だったが、聡がチラリと視線を走らせると、正彦は勿論、この場で一番常識的と思われる浩一までが、口許に手をやって人の悪い笑みを浮かべているのを認め、僅かに顔を引き攣らせた。


(絶対面白がってる、この人達……)
 そうは思ったものの、清香の頼みを無碍に断る事などできず、兄達の関係も気になるところだった聡は、諦めて腹を括った。


「……分かった。参加させて貰うよ」
 聡がそう口にした途端、清香がぱあっと晴れ渡ったかの様な笑みを、その顔に浮かべる。
「良かった! じゃあ日程が決まったら、お仕事が忙しいのは分かっているけど、何とか空けてね?」
「ああ、何とかするよ」
 そう言いながらも(休みが休みで無くなったな……。それに何となく二人っきりで過ごさせるかっていう、この人達の悪意も感じるし……)と、聡は一人心の中で呻いたのだった。



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