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いつか王子様が……

篠原皐月

騒動の余韻~真澄、三十三歳の春~

(さてと。清香ちゃんからの話では、今日は聡君とデートだって事だったけど……、こっちはどんな感じかしら?)


 エントランスで訪問を告げた真澄が、通して貰って玄関のインターフォンのボタンを押すと、すぐに中からドアが開けられた。
「いらっしゃい、真澄さん」
 しかし現れた清人の表情を見て、真澄は軽く目を見開き、無意識に呟く。


「……凄いわ」
「何がです?」
 顔を合わせるなり言われた台詞に、清人が不思議に思いながら尋ねると、真澄は真顔で答えた。
「予想していた通りの仏頂面」


 いつもは自分を笑顔で出迎えてくれる清人だが、清香がデートであり、かつ一人なら顔を作る必要も無いので、ひょっとしたら面白く無さそうな顔をしているかもと思っていた真澄だったが、あまりにも想像通りの表情に、笑うのを通り越して感心してしまった。そんな真澄の反応を見た清人が、益々顔をしかめながら、拗ねた様に言い返す。
「…………真澄さんがご希望なら、今すぐ《予想以上の仏頂面》をお見せしますが、どうしますか?」
「怒らないでよ。ちょっとした冗談なのに」
 クスッと笑って小さく手を振った真澄に対し、清人は漸くいつも通りの笑顔で応じた。


「勿論ですよ。今のはちょっと、朝から虫の居所が悪かったのを引きずっていただけですから。これ以上真澄さんに変な顔を晒しません」
「それなら良かったわ。ところで、上がっても良い?」
「失礼しました。どうぞ」
 そうして室内に入れて貰った真澄は、手土産のロールケーキを清人に渡し、清人がお茶を淹れる為キッチンに姿を消すと、リビングで所定の位置にあるフォトスタンドに目をやった。無言でそれに歩み寄って手に取り、在りし日の幸せそうな一家の写真を微笑みながら見下ろす。


(叔母様、清人君のお陰で、清香ちゃんは良い子に育ちましたよ? 今回ちゃんとお祖父様の事を認めてくれましたし。それに、あの女性ひとも清人君の前に引きずって来てくれましたから……)
 そこまで考えた真澄は、思わず溜め息を吐いて目を閉じた。


(本当は、どちらも私がどうにかしたかったんですが……、やっぱり無理でした。叔母様だったらもっと早くどうにかできたかもしれませんが、多少似ているだけで、やっぱり私と叔母様は違いますから)
「……真澄さん? お茶が入りましたが、どうかしましたか?」
 密かに落ち込みながら真澄が佇んでいると、背後から清人の怪訝そうな声がかかり、慌てて笑顔を取り繕いつつ振り向く。


「あ、何でも無いのよ。急に押し掛けてごめんなさい。頂くわね」
「ええ、どうぞ」
 真澄がリビングボードの上に置いたフォトスタンドにチラリと視線を向けた清人だったが、何も言わずに真澄の反対側に座り、真澄に切り分けたロールケーキと紅茶を勧めた。
 それから少しの間他愛も無い世間話をしていた二人だが、清人が確信している口調で言い出す。


「真澄さん、清香から今日あいつと一緒に出かけると聞きましたね? ドアを開けるなり、仏頂面だなんて言ってましたし」
「ええ。どんな服装で行けば良いかって相談されてね。感慨深いわぁ~。清香ちゃんからデートに着て行く服の相談をされるなんて」
 非難がましい視線を浴びた真澄は、わざとらしく含み笑いで応じる。すると清人が益々不機嫌そうに眉を寄せた。
「……嫌味ですか?」
 その問い掛けに、真澄は苦笑混じりに答える。


「半分はそうだけど、半分は誉めているのよ?」
「どういう意味です?」
 僅かに怪訝な顔をした清人に、真澄は茶化すように話を続けた。


「今までは誰かさんが散々妨害していたせいで、清香ちゃんに言い寄る男が居なかったもの。このまま行ったら清香ちゃん、一生独りかもしれないって、ちょっと心配してたのよ? 《あれ》は正直ちょっと気に入らない所はあるけど」
「それは申し訳ありませんでした」
 真澄に《あれ》呼ばわりされた聡だったが、清人の気持ちも大差ない物だったらしく、別に窘める事はせずに小さく笑うのみだった。それを受けて、真澄が肩を竦めながら続ける。
「どう言った心境の変化かは知らないけど、今までと違って《あれ》に関しては取り敢えず放置しているみたいだし。清香ちゃんべったりが改善して、分別のある大人になったのね~って、清人君を誉めたくなるわよ」
 そんな事をしみじみとした口調で言われた清人は、幾分困った様に言葉を濁した。


「俺としては、決して放置している訳では無いんですが……。まあ、あからさまな物は控えようかと」
「清香ちゃんに怒られるしね?」
「そういう事です」
(でも、そう思える様になっただけ、清人君の中で何かが変わったって事なのよね。先月のあの騒ぎであの女性と顔を合わせたし。やっぱりそのせいかしら……)
 相変わらず非の打ち所のない所作でケーキを食べ、紅茶を飲んでいた清人を真澄は密かに観察しつつ、口元にカップを運んだが、そこで唐突に清人が声をかけてきた。


「真澄さん。来週の土曜日は暇ですか? 良かったら一緒に食事にでも行きませんか?」
「え? 今度の土曜日って……」
(安西さんとの約束が……。でも、珍しく清人君の方から声をかけてくれたんだし……)
 頭の中に叩き込んであるスケジュールを確認し、現在進行形で付き合っている人物との予定を頭に思い浮かべた真澄だったが、それを白紙にしようかどうか迷った所で、その表情を読んだ様に清人が苦笑いした。


「ああ、そんなに真面目に考え込まないで下さい。先約があるのなら別に良いんですよ?」
「あの、そうじゃなくて。確かにちょっと用事はあったけど、別にその日じゃなくても」
「最近、真澄さんが気に入りそうな店を見つけたので、一緒にどうかと思っただけですから。後から店の名前と場所を教えますから、機会があったら誰かお友達を誘って行ってみて下さい」
「……分かったわ。ありがとう」
 焦って弁解しようとしたものの、清人に冷静に宥められた真澄は、大人しく頷いた。そして密かに落ち込む。


(本当にタイミングが悪いわね。どうしてこう上手く噛み合わないのかしら? 実は清人君と私って、相性が悪いのかも……)
 静かに紅茶を飲みながら、そんな事を考えていた真澄を眺めた清人は、テーブルにカップとソーサーを戻して真顔で口を開いた。


「真澄さん? 何か心配事でもあるんですか? 少し元気が無いようですが」
「そんな事無いわよ? 仕事もプライベートも順調だし」
 真澄ができるだけ何でもない風を装って答えると、清人は一瞬苛立たしげな表情を見せてから、俯き加減で静かに告げる。
「……そうですか。それなら良いんですが。もし、困った事があって俺が力になれる事があったら、いつでも何でも言ってくれて構いませんから」
 それを聞いた真澄は、自分が今日ここに来た理由を思い出し、恐縮気味に問い掛けた。


「困ってはいないけど……、お願いしたい事はあるのよ……」
「何ですか? 遠慮しないで言ってみて下さい」
「その……、来週の浩一の誕生パーティーなんだけど、この前電話で聞いた時は予定があるって言ってたけど、それをずらして参加って出来ないかしら?」
「……真澄さん?」
 困惑した表情の清人を直視できず、真澄は膝の上で握り締めた両手に視線を合わせながら、話を続けた。


「その……、先約を反故にしろなんて、非常識だし道義にも反する事だと、分かってはいるの。でも浩一の誕生日だったら、一番家に来やすいんじゃないかと思ったから」
「あの、真澄さん、それは……」
「勿論押し付けがましいのも、十分分かっているつもりよ。だけど清香ちゃんが叔母様の娘なのと同様に、清人君も叔母様の息子なのよ? 同じ様に親戚付き合いしたいと思うのは、そんなにいけない事かしら……」
(分かっているとか言いながら、何かもの凄く押し付けがましい事を言った気がするわ。絶対清人君、困った顔をしてるわよね)
 そんな真澄の予想を裏打ちする様に、いつもより幾分固めの清人の声が聞こえてきた。


「……真澄さん、せっかくのお誘いですが」
「やっぱり駄目?」
 反射的に俯いていた顔を上げ、思わず真澄が泣きそうになりながら控え目に清人に確認を入れると、何故か清人は口を噤んでから溜め息を吐き、諦めた様に告げた。


「……分かりました。予定は調整して、清香と一緒に俺も参加する事にします」
「本当に!?」
 まさか本当に承諾して貰えるとは思わなかった真澄がすっかり嬉しくなり、満面の笑顔で僅かに身を乗り出しつつ清人に確認を入れると、何故か清人は表情を消して固まった。


「…………っ」
「清人君? どうかしたの?」
 清人の異常に気が付いた真澄が不思議そうに尋ねると、清人は僅かに真澄から視線を逸らしつつ静かに告げる。
「いえ……、なんでもありません」
「そう? じゃあ皆に、浩一の誕生祝の席に、清人君も来るって伝えておくわね!」
 上機嫌のまま(お母様に人数の変更をお願いして、お祖父様に変な事を口走らない様に釘を刺しておかないと!)などと考え込んでいた真澄は、その時清人がどことなく暗い表情で自分の様子を眺めていた事に、とうとう最後まで気が付かなかった。


 ※※※


「あの……、清香ちゃん。清人君は? 後から来るのかしら?」
 浩一の誕生祝いの当日。迎えに差し向けた車から清香のみが降り立った為、出迎えた真澄が怪訝な顔で尋ねると、清香は如何にも申し訳なさそうな顔付きで頭を下げた。


「ごめんなさい、真澄さん。お兄ちゃんは朝は一緒に行くって言ってたんですけど、午前中に大学時代のお友達から連絡が来て。恩師が急死して今日お葬式だって言うのが分かったそうなんです。それでそれに出なくちゃいけないって言い出しまして……」
 清人が同伴していない理由を恐縮しながら述べた清香を真澄は呆然と眺めたが、すぐに気まずそうにしている清香の様子に気が付き、なんとか笑顔を取り繕って邸内へ入る様に促した。


「そんな事なら気にしないで良いのよ? 清香ちゃん。やっぱり弔事が優先でしょう。特にお世話になった方の事なら尚更よ。浩一の誕生祝いなんて、これから幾らでも出来るんだから」
「はい、お兄ちゃんも同じ様な事を言ってました。だから来年は、私が責任を持ってお兄ちゃんを引っ張って来る様にしますね?」
 表情を明るくして力説してきた清香に、真澄の表情も自然と穏やかな物になる。
「そうね。その時はお願いするわ。でも浩一は清香ちゃんだけの方が却って喜ぶかも。清人君に色々弄られて遊ばれそうだし」
「あはは、確かにそうかも。でも仲が良いんですよね、あの二人。男同士って、今一つ分からないです」
「本当にそうね」
 笑いながらそんな事を話しつつ廊下を進むと、清香の到着を待ちわびていた総一郎が廊下の向こうから現れた。


「おう清香、待っていたぞ。皆も奥で待っているからな。さあ、早く行こうか」
「はい、お祖父ちゃん」
 そこで満面の笑顔で清香と連れ立って奥に進もうとした総一郎は、ふとある事に気が付いて怪訝な視線を清香に向けた。


「はて……、今日は清香は一人で来たのか?」
 はっきりと言葉に出さずに清人の不在を問い質した総一郎に、清香が何か言う前に真澄が説明した。
「清人君は恩師のお葬式に、急遽出席する事になったそうです。こちらへの参加を無理強いはできません」
 きっぱりと言い切った真澄に対し、総一郎はかなり胡乱気な視線を向けながら口を開いた。


「ほぅ? 葬式、のぅ……。それならば仕方が無かろうなぁ。まあ、儂は清香が来てくれば十分だから、不服を言うつもりは無いぞ。さあ清香、今日は清香の好物をたんと揃えておいたからな」
「ありがとう、お祖父ちゃん」
 真澄に皮肉っぽく言い捨ててから、総一郎はすこぶる上機嫌な顔付きで清香に向き直った。そして清香とにこやかに会話しながら、どんどん奥へと進む。
 しかし真澄はそんなやり取りに加わる気分ではなく、不自然にならない程度に歩みを遅くし、二人が廊下の角を曲がった所で完全にその歩みを止めた。そして人気の無い廊下の隅で小さく溜め息を吐き出し、自嘲気味に笑う。


(今回だけは来て貰えると思ってたのに……、やっぱり無理だったわね。お通夜って言うのも、十中八九嘘でしょうし……)
 そして廊下を見下ろしながら、真澄が些か疲れた様に呟く。


「……本当に、見た目だけ良くて、意気地無しで嘘吐きなんだから」
 そんな恨み言を声に出して幾らか気持ちが治まった真澄は、皆が顔を揃えている広間に向かってゆっくりと歩き出したのだった。



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