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いつか王子様が……

篠原皐月

とある分岐点~真澄、三十三歳の秋~

「だぁぁ~れもぉ~しらぁないぃ~~、くれないのぉぉ~、おんなぁぁ~みぃ~ちぃ~」
 カラオケボックスの一室で、自分の世界に浸って熱唱していた恭子は、一曲歌い終わって一段高い舞台から降りようとして、同伴者の異常に気がついた。


「真澄さん? ボーッとして、どうかしたんですか?」
 ソファーに座り、入力用のタッチパネルを膝に乗せていた真澄は、一応画面に目を落としてはいたが、心ここに在らずの状態で動きを止めていた。そして恭子に声をかけられた事で我に返り、慌てて謝罪の言葉を口にする。


「え? あ……、お、終わったのね。ごめんなさい、まだ次の曲を選んでなくて……」
「それは構いませんが……、せっかく歌いに来ているのに、真澄さんらしくないですよ? 仕事でミスでもしたんですか? それならなおの事、ストレス発散しなきゃ駄目ですから」
 横に座りながら恭子が宥めたが、何故か真澄は益々暗い表情になる。
「仕事でミスをしたわけじゃ無いんだけど……」
 その反応に、恭子は本気で首を捻った。


「それじゃあ何ですか? 真澄さんの事だから、付き合っている人に別れを切り出されたとかは、有り得ないと思いますし、そうなると……」
「………………」
 考えを巡らせながら、適当に口にした台詞に反応する様に真澄が無言で項垂れてしまった為、恭子は恐る恐る確認してみた。
「……あの、ひょっとして図星、とかですか?」
 何も言わずにコクリと頷いた真澄を見て、恭子は無言で天を仰いだ。


(うわ……、やっちゃった。こんなのが先生に知られたら、『断崖絶壁に向かって、ブレーキを踏まずに全速力で突っ込め』とか言われかねないわね。真澄さんと私が親しく友人付き合いしているのは、未だに先生には秘密にしているから、バレる心配は皆無だけど)
 そんな事を考えてから、恭子は取り敢えず真澄を慰めようと口を開いた。


「あの……、でも、人付き合いと言うのは、やっぱり相性が問題ですから。付き合ってるうちに分かって来る事もありますし、偶々その人と縁が無かった位でそんな落ち込まなくても」
「偶々じゃないの」
「はい? えっと、それはどういう意味ですか?」
 唐突に話を遮られて戸惑った声を上げた恭子に、真澄が申し訳無さそうに告げる。


「一応お付き合いしたのは、先週別れた人が六人目で、これまで全員付き合い始めて半年以内に、向こうから別れを切り出されたの」
 それを聞いた恭子は、言われた内容を頭の中で反芻してから、慎重に問いを発した。


「真澄さん。因みに一番最後にお付き合いしていた方から、どうして別れを切り出されたのか、お聞きしても良いですか?」
「その……、キスされそうになって、それがどうしても嫌だったから、思わず顔を叩いちゃって……」
 もの凄く言いにくそうに言われた恭子は、一瞬真顔で考え込んでから確認を入れた。


「……今のは冗談ですか?」
「すみません、本当です」
 ソファーに座りながら、身の置き所が無い様に身を竦めた真澄に向かって、恭子は幾分険しい表情で目の前の床を指差した。
「真澄さん……、ちょっとお話があります。そこに座って下さい」
「……はい」
 そしてソファーとローテーブルの間の狭い空間に二人で向かい合い、説教タイムとなった。


「真澄さん。あなた今何歳ですか? はっきり言ったら失礼だとは思いますが、三十二……じゃなくて、一昨日誕生日でしたから三十三ですよね? それなのに、何を中学生みたいな事を言ってるんですか! と言うか、今時の中学生以下ですよ? 呆れて物が言えません」
「……はっきり言ってるし」
「何ですか?」
「いえ、何でもありません……」
 真澄が思わずボソッと恨みがましく呟いたが、恭子に一睨みされて神妙な顔付きで俯いた。すると恭子が溜め息混じりに指摘する。


「そもそもですね、ある程度好意を持った上でお付き合いするんですから、キス位されても別に支障は無いでしょう? キスされて下手だったから嫌になったとか、生理的に受け付けられないとかでは無くて、されそうになったのが嫌って何なんですか?」
「……別に、好きだから付き合い始めたわけじゃなかったし」
「はぁ?」
 ボソボソと弁解する様に言い出した真澄に、恭子が眉をしかめた。その顔を上目遣いで見やりながら、真澄が恐る恐る弁解らしき言葉を口にする。
「その……、付き合ってるうちに、好きになれるかなと思って……」
 そんな事を言われ、恭子は不審そうな眼差しで真澄を見やる。それを見て何を思ったのか、慌てて真澄が言葉を継いだ。


「あの、誤解が無いように言っておくけど、別に断りきれない筋からの紹介とか、弱味を掴まれて無理やり付き合ってたとかじゃ無いのよ? 皆有能で性格も良くて、別れた後も友人付き合いや仕事上のお付き合いは続いてるの。そのうち二人の結婚式には、友人として呼ばれた位だし」
 それを聞いた恭子は、些か皮肉っぽい口調で応じた。


「良い人達ばかりみたいで良かったですね」
「ええ、全員そうなの」
「そういうのって、真澄さんの性格的に、余計に居たたまれませんよね? 寧ろ罵倒して詰って絶交して貰った方が良かったって、時々思いませんか?」
「……思うわ」
 俯いたまま自己嫌悪に陥っている真澄は暗い声で同意し、恭子は本気で頭を抱えた。


(きっと、そこそこ顔良し頭良し性格良しの、他人から見たら羨ましい男の人ばかりと付き合って来たのよね……。それでもやっぱり駄目だったわけか、重症だわ)
(絶対呆れてるわよね……。恭子さんは相手を選ぶなんて事が出来ない環境にいたのに、私は中途半端に付き合いとも言えない付き合い方をして、別れた後も適当に付き合ってるなんて……)
 そして何気なく互いの顔を見合わせたが、すぐに視線を逸らして溜め息を吐く。


(ひょっとしたらと思ってたけど、やっぱりあのろくでなし入れ食い野郎の事が本気で好きなのよね? 真澄さん、お金持ちで美人で学歴も最高で仕事だって出来るのに、どうして男を見る目だけは最低なの……。ある意味、男を見る目は肥えてるとも言えるけど)
(いい加減妥協して、結婚するべきかしら? でもちょっと迫られたぐらいで殴り倒したりしたら、あっと言う間に離婚よね)
 二人は俯いたまま、密かに全く異なる事について考えを巡らせた。


(先生も、実は真澄さんの事が好きらしいって教えてあげようかしら? ……駄目ね、本人が隠してる以上、何か理由がある筈だし、バラしたのがバレたら上手くいってもいかなくても、闇の組織に悉く内蔵を売り払われて、骨まで綺麗さっぱり消されそう)
(それもこれも、清人君がいつまでもフラフラしてるからよ! 結婚すれば諦めもつこうって物なのに。いっそのこと清香ちゃんを唆して、結婚する様に勧めようかしら?)
 真澄に聞かれたら仰天されそうな事を真剣に考えていた恭子は、未だに気落ちしているらしい真澄を見て、少し気の毒に思った。


(なんだかね……、まともな恋愛なんかした事も無い私が、年上の真澄さんを説教するのも慰めるのも、おこがましいと思うんだけど。何となく普通の友人とか同僚とかには、こんな話とかしていない気がするんだもの……)
 そんな風に感じた恭子は、取り敢えず真澄を慰める事にした。


「真澄さん、無理に男性と付き合おうとしなくても良いと思います。生涯未婚率だって、最近は高いんですから。今までの方は、単に縁が無かっただけですよ。そのうちひょんな事で、運命の相手に出会えるかもしれませんし」
「運命の相手、ね……」
 あまり気乗りしない風情で真澄が頷いたのを見て、恭子はこれ以上踏み込まずに話題を変える事にした。


「そう言えば話は変わりますが、真澄さんは先生と付き合いが長いですから、《小笠原聡》と言う人物と先生の関係をご存じではないですか?」
「小笠原? ……勿論知っているけど、どうしてその名前が恭子さんが口から出てくるわけ?」
 自分が降った話題にピクッと反応し、瞬時に怒気を醸し出し始めた真澄に、恭子は話題を変えた事が正解だった事を悟り、ほくそ笑みそうになるのを堪えながら、まじめくさって話を続けた。


「実はこの前、先生の弟だと名乗ってかけてきた電話を取り次いだんです。でも先生は『自分に弟はいない』と言うし、しかもその人物が『角谷聡』の名前で清香ちゃんに近付いているみたいで」
「清香ちゃんに偽名で近付いている?」
「正確には仕事上の通称ですが。それで先生が、その角谷聡の職場への妨害工作の下準備を始めてます」
「それで恭子さんも忙しくなりそうなわけね」
 素早く事情を察した真澄が苦笑いすると、恭子も同様の表情で肩を竦める。


「既に忙しくなりつつありますが。でも忙しいのは構いませんが、理由位は聞かせて貰いたいものだなと思いまして」
 そう言われて、真澄は心得た様に一人頷いた。


「きっと口にするのも不愉快だから、あまり説明したくないんでしょう。そのうち話はあるでしょうけど、一応ここで教えておくわ」
「ありがとうございます。何となく気になっていたもので」
 それから真澄は清吾の最初の結婚についてと、離婚後の清人と小笠原家の関係について、自分が知る限りの事を纏めて順序立てて伝えると、恭子は最初唖然としていたものの、最後は得心して頷いた。


「なるほど……、そういう事情だったんですか。良く分かりました」
「あそこの夫人が最近大病をしたとどこかから聞いた覚えがあるから、恐らく息子が独断で動いたんだと思うけどね」
 そう言って小さく肩を竦めた真澄に、恭子が皮肉っぽく口元を歪めながら応じる。


「はぁ、如何にも世間知らずのボンボンの、短絡思考っぽいですねぇ」
「そもそも清香ちゃんに身元を明かさず、偽名で近付くってのが許せないわ」
「同感です。これで邪魔をするのにも、気合いが入りますね。あと情報を一つ。その彼が、清香ちゃんを映画の試写会に誘ったんです。先生が外せない用事があるとかで、柏木さんに何とか試写会の券を入手して、邪魔する様に厳命したみたいですよ?」
 そう告げられた真澄は、無意識に眉を寄せた。


「柏木さんって……、浩一の事よね? そんな事、一言も言って無かったわよ、全く……」
「因みにそれは榊原康孝原作の『春の波濤』です。主な後援企業名は春日堂、日興放送、徳沢エージェンシー、中林証券等ですが、最近その名前に聞き覚えは?」
 そう言って真澄の反応を窺いつつ不敵に笑った恭子に、真澄も楽しそうな笑顔で返した。


「恭子さんは相変わらず目端が利いて、仕事が早いわね。勿論その中に柏木産業、もっと詳しく言えばうちの二課と取引がある企業があるわ。恩に着るわね、恭子さん。これからも情報の横流しを宜しく」
「どういたしまして。でもこれで、そろそろ真澄さんとの関係をオープンにしても、先生にそれほど不審がられなくて済みそうですね。『清香ちゃんを心配した真澄さんに色々尋ねられている間に、自然に親しくなった』と言えば済みそうですし。勿論小笠原さんの事は、先生に説明を受けた時に、盛大に驚いてみせますが」
「そうね。そもそも恭子さんとは、清人君自身に引き合わされているんだしね」
 そこで二人で顔を見合わせて含み笑いをしてから、恭子はこれまで放置していた入力用のパネルを取り上げ、嬉々として曲を選択し始めた。


「さあ、そうと決まれば、景気付けにガンガン歌いますよ! 生意気な若造を、懲らしめてやらなくちゃいけないんですから、気合い入れていかないと!」
「あ、ちょっと! 勝手に入力しないでよ! 今度は私の番だったのよ? しかも『時雨酒』は私の持ち歌なのに!」
「早い者勝ちです。男に振られた位で、ウジウジしてる方が悪いんですよ」
「何ですって!?」
 それから、女二人は先程までの重苦しい空気を一掃する様に、何時間か熱唱を繰り広げた。
 その翌日、真澄は早速行動に出た。


「浩一、ちょっと良い?」
「姉さん? 何か用かな?」
 夜に浩一の私室を訪れた真澄は、右手で細長い紙片を浩一に向かってかざして見せた。


「これ、欲しくない? 取引先から貰ったのよ。榊原康孝原作『春の波濤』の、試写会招待券なんだけど」
「本当に? 助かったよ。それが欲しかったんだ。是非譲って貰えないかな」
 にっこり笑って説明した真澄に、浩一が喜んで手を伸ばした。そこで真澄が券を摘んでいた指を滑らせると、彼の眼前で、綺麗に重なっていた二枚の券がずれる。


「そう? 良かったわ、喜んで貰えて。じゃあ一緒に行きましょうね?」
 笑みを深めた姉から満足そうにそう言われた浩一は、思わず顔を引き攣らせた。


「ちょっと待ってくれ、姉さん。一緒に行くって」
「浩一? あなた何か、私に隠している事が有るわよね? 私に隠し事しようなんて、百年早いわよ?」
 ここで目を眇めて問い質してきた真澄に、浩一は冷や汗を流した。


「いや、別に意図的に隠していたわけじゃ……」
「清香ちゃんに近付く害虫は、皆で徹底駆除が原則でしょ? 私だけ除け者にするなんて良い度胸ね」
「除け者って……。ただ単に、姉さんが絡んでくると、必要以上に騒ぎが大きくなる気がして。それに清人にも『真澄さんには言うなよ』と念押しされたのに、一体どこからその話を……」
 尚も弁解しようとした浩一だったが、真澄はそれを一刀両断した。


「と・に・か・く、私もこれに一緒に行くわよ? 身元を隠して清香ちゃんに近付く様な、不心得者で腑抜け野郎の間抜け面を、とっくりと拝んでやるんだから!」
「……分かった、一緒に行こう。だけどくれぐれも変な騒ぎは起こさないでくれ」
「それはそいつの態度次第ね」
 それを聞いた浩一は深い溜め息を吐いて項垂れ、真澄は(清香ちゃんに面白半分でちょっかい出す気なら、さっさと粉砕してやるわ!)と意気軒昂のまま、試写会当日を迎えた。



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