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いつか王子様が……

篠原皐月

思わぬ出会い~真澄、二十八歳の夏~

「うん、今回はまあまあね。炭になっていないし、味が微妙過ぎるけどちゃんと食べられるし」
「……ありがとうございます」
 個人授業を受けている安住の自宅兼料理教室の厨房の一角で、真澄は安住と差し向かいでその日の成果を言葉少なに食べていた。
 三校目の料理学校から出入り禁止を言い渡された際、その場に丁度居合わせた教員の安住が気の毒に思い、面倒見の良さを発揮して直後の退職後に自宅で始めた料理教室に真澄を誘って一年。真澄がこれまで生きてきた三倍近くの年月を生き、白髪頭になるまで料理一筋に生きてきた安住は、流石の貫禄で色々動じることなく真澄に付き合っていた。


「先生……」
「何かしら?」
 唐突にぼそりと呟いた真澄に安住が怪訝な顔を向けると、真澄が如何にも申し訳無さそうに言い出す。
「その……、無理に食べていただかなくて結構ですよ? 体に悪そうですから」
「私の指導の結果ですもの。作った本人が食べてるのに、私が食べなくてどうするの」
 変わらず淡々と食べ続ける安住に、真澄は取り敢えず黙り込んで食べるのを再開した。そしてまた少ししてから、再び口を開く。


「先生……」
「なあに?」
「……食べて貰える筈も無いのに、私って馬鹿でしょうか?」
 箸の動きを止め、手元を見下ろしながら静かに問いかけてきた真澄を見やった安住は、僅かに眉をしかめた。
「どうして食べて貰えないって決め付けているわけ?」
「色々ありまして……」
 ボソボソと口にして俯いている真澄に、安住は小さく溜め息を吐いてから問い返した。


「まあ、細かい事情はともかく……、柏木さんはこれが無駄な事で馬鹿な事だと思っているわけ?」
「流石に最近ちょっと……」
「人間、本気で取り組んでいる事に、無駄な事なんて一つも無いわよ」
「そうでしょうか?」
 顔を上げ、物凄く疑わしげな視線を向けてきた手のかかりすぎる生徒に向かって、安住が幾分からかうように付け加える。
「少なくても、あなたが設備を破壊する度に予算額無制限で最新式に買い換えて貰ってるから、今度はどの機種にしようかしらって私は楽しみにしているんだけど?」
「……申し訳ありません」
 本気で項垂れてしまった真澄を見て、安住はつい小さく噴き出してしまった。


「嫌だ。嫌味を言っているわけじゃ無いのよ? それにお仕事で役立ったって、何度も言ってたじゃないの」
「……はぁ。先生考案の新型スライサーの特許申請と全国販売や、特殊ラップの商品化等々ではお世話になりました」
「それに、世間一般で良く言われているじゃない」
「は? 何がですか?」
「馬鹿な子程可愛いって」
「…………」
 ニコニコと満面の笑みで断言され、真澄は思わず押し黙ったが、相手が嫌味や皮肉で言っているのでは無い事は分かっていたので、取り敢えず礼を述べた。


「ありがとうございます」
「大丈夫よ。あなたが無理だって言っても、私が無理矢理にでもその人の口に突っ込んで食べさせてあげるわ」
「あの、流石にそれはちょっと……」
(安住先生って……、時々、叔母様に通じる物を感じるわ)
 自信満々に言い切った安住に、真澄は何となく冷や汗を感じたが、真澄のそんな心境などお構いなしに安住が話を続けた。


「だから、もう少し中身も見た目も良くなるように頑張りましょうね」
「……はい」
「ああ、もう! 本当に、教え甲斐があるわよね。ここまで来たら意地でもまともに作らせてあげるから、大船に乗ったつもりでいなさい」
「今後とも宜しくお願いします」
(無駄な努力は無い、か……。もう殆ど自己満足に過ぎないと思ってはいるんだけどね。人生一つ位、馬鹿な事をしていてもいいか……)
 そんな話をしながら、女二人は最後は笑いあって楽しく食べ終え、後片付けを済ませたのだった。




 ※※※




「急にお邪魔してごめんなさい」
「真澄さん、いらっしゃい。大丈夫ですよ? でも平日に顔を合わせるのは、ちょっと不思議な感じですね」
「本当ね。清香ちゃんはまだ夏休みなのね、羨ましい。今週末は忙しいし、今日は午後から以前の休日にかかった出張の代休を入れていたから、ちょうど良いかと思って押し掛けちゃったわ」
「真澄さんならいつでも大歓迎です」
「ありがとう。……そう言えば清人君は留守なの?」
 いつもなら訪問時には出迎えてくれる清人が姿を現さない為、不思議に思って真澄が尋ねると、清香が申し訳無さそうに理由を説明した。


「あ、お兄ちゃんは朝から仕事部屋に籠もってます。何だか締切がギリギリみたいで、邪魔はするなと言われてて……」
「そうなの……、ごめんなさいね。忙しい時に押し掛けちゃったみたいで。この前のバカンス会の写真を持って来たんだけど、郵送でも良かったわね」
 清人の顔が見れない事で内心気落ちした真澄だったが、そんな事は面には出さずに謝罪した。それに清香が慌てて手を振りながら申し出る。


「ううん、そんな事気にしないで? あ、そうだ! じゃあ良かったら夕飯を食べていって! 今日はお兄ちゃんが忙しいから、私が料理当番なの。お兄ちゃん程手の込んだ物は作れないけど……」
「あら、清香ちゃんの手料理が食べられるなんて嬉しい。喜んでご馳走になるわ」
「はい、じゃあ頑張りますね?」
(高校生になったら益々しっかりしてきたわね、清香ちゃん。きっとお料理も私なんかよりはるかに美味しい物を作れるんでしょうね。それに食事の時位は、清人君だって顔を見せるだろうし)
 そんな事を考えながら清香に淹れて貰ったお茶を飲みながら雑談していると、玄関の方から物音が聞こえてきて真澄は首を捻った。


「……あら? 誰か入って来た?」
(でもここの鍵を持っている人なんて、清人君と清香ちゃんの他には……)
 気のせいかと思いつつ思わず呟くと、清香がそれにあっさりと応じた。
「あ、恭子さんかな?」
「恭子さん?」
「あれ? 真澄さんに話した事無かったかな? お兄ちゃんのアシスタントをしてて」
「失礼しました。お客様でしたか」
 怪訝な顔をした真澄に向かって清香が説明をしかけた所で唐突にリビングのドアが開き、ショートカットの色白の女性が顔を覗かせてから、驚いた様に真澄に謝罪してきた。真澄も予想外の事態に固まっていたが、清香は平然とその女性に向かって尋ねる。


「恭子さん、お仕事ですか? さっき帰ったと思ったんですけど」
「持ち帰って仕事をしようと思ったんだけど、資料を忘れてしまって取りに戻ったの。一度先生の所に顔を出してから、すぐに帰るわ。お邪魔しました」
 そうして再度笑顔で真澄に笑いかけ、ドアの向こうに女性が消えると、清香がしみじみと口にする。 
「二人とも忙しそうだなぁ……」
 そんな清香に、真澄は僅かに顔を強張らせながら慎重に尋ねてみた。


「清香ちゃん。今の人、いつから清人君の下で働いてるの?」
「えっと……、去年の六月からです。最初の一月位は一緒に暮らしてましたけど、今は」
「は? 一緒に暮らしてた!? しかも去年の六月!? 一年以上前?」
 いきなり自分の話を遮って、身を乗り出しつつ追究してきた真澄に、清香はたじろぎながら話を続けた。
「う、うん。そうだけど……。それでお兄ちゃんが旅行とかの時は泊まりに来て貰ってるから合鍵も持ってて……。真澄さん、知らなかったんだ。てっきりお兄ちゃんから聞いているものとばかり。でもお兄ちゃんは真澄さんにお仕事の話とかしてないみたいだから、当然と言えば当然なのかな?」
 そんな風に自問自答している清香から視線を床に落とした真澄の心境は、間違っても穏やかとは言えない代物だった。


(何それ? 全然聞いてなかったけど? 確かに仕事の話とかはあまりしないし、去年の六月頃って言ったら色々バタバタしていて、確かに殆ど訪ねて無かったかもしれないけど……。確かに素行調査の方もポロッと開いた時期かもしれないけど、何ヶ月おきには必ず調査させてて、何人も女が引っかかってるのに、今の人の写真も名前も上がって無かったわよ? 一時期ここで暮らしてて合鍵まで持ってるなんて、一体どういう事?)
 そこで再び勢い良くリビングのドアが開き、姿を現した清人が何故か狼狽気味に清香を責めた。


「清香! お前、真澄さんが来ているなら来ていると、どうしてすぐに言わないんだ!?」
「え? だって今日は極力仕事の邪魔をするなって言われてたし……」
 目を丸くして清香が弁解すると、清人が片手を額に当てながら疲れた様に溜め息を吐く。
「あのな……。真澄さんだったら構わないから、すぐに俺に言え」
「……はい」
 その場に何となく気まずい空気が満ち、真澄も何と言ったら良いか分からず困惑していると、気を取り直した様に清人が真澄に顔を向けた。


「すみません、真澄さん。いらしてるのに気が付かなくて、ご挨拶が遅れました」
「いえ、構わないわ。私が勝手に押し掛けたんだし。……清香ちゃん、用事を思い出したから、やっぱり失礼するわね? 清香ちゃんの手料理は、またの機会に堪能させて貰う事にするわ」
「そうですか? 残念ですけど……、もうちょっと猶予を貰って、腕を磨く事にします」
「ふふっ、その時、どんな美味しい物を食べさせて貰えるのか楽しみだわ。それじゃあね」
 あまり長居はしない方が良い様な気がした真澄がソファーから立ち上がって別れの挨拶を述べると、慌てて清人が声をかけた。


「あの、真澄さん! ちょっと待って下さい」
「何? どうかしたの?」
 不思議そうに真澄が清人に問いかけると、清人が背後に向かって声をかける。
「川島さん」
 すると先ほどの女性が清人の後ろから出てきて、リビングに入って一礼した。


「先程顔を合わせたそうですが、この機会に紹介しておきます。去年から俺のアシスタントをして貰っている、川島恭子さんです。通いで来て貰っていて、清香とも仲良くして貰っています。川島さん、こちらは昔から家族ぐるみでお付き合いしてる、柏木真澄さんです」
(何? その微妙過ぎる言い回し……。わざわざ通いでって断る意味があるの? しかもこの女性も、何か変な顔をしてるし。もっと別の紹介の仕方でもあるわけ?)
 清人の何か引っかかる物言いと、その女性が清人の紹介の台詞を聞いて一瞬怪訝な顔をしたのを素早く見て取った真澄は、密かに苛立った。しかし表面的には笑顔を保つ。


「初めまして。柏木さんの事は、先生や清香ちゃんから折りに触れてお話をお伺いしてました。お会いできて嬉しいです」
「こちらこそ。清人君にこんな美人のアシスタントが居たなんて、全然知らなかったわ。宜しく」
(何か胡散臭い上、やっぱり単なる助手じゃない気が……。清人君がそうそう騙されたりはしないと思うけど、絶対尻尾を掴んでやるわ)
 二人で社交辞令的笑顔をかわしつつ、真澄は密かに目の前の女性の素性を洗う事を即決していた。






「……こんばんは。川島さん」
「柏木さん? こんな所でお会いするなんて奇遇ですね」
 段々薄暗くなってきた狭い裏通りに、堂々とロールスロイスを停車させて恭子を待ち構えていた真澄は、漸く待ち人が現れて車を降りて姿を見せた途端、恭子に向かって説教じみた問いかけを放った。
「本当にね。……と言いたい所だけど、あなたどうしてあんな物件に住んでいるの? 路地裏だし築年数は相当みたいだし、この辺りは駅から離れてて街灯も少なくて物騒じゃないの? それとも一人暮らしじゃ無いわけ?」
 斜め向かいの古い木造二階建てアパートを指差しながら尋ねると、恭子が小さく肩を竦める。


「一人暮らしですよ? でも条件が悪い分家賃が格安なんです。贅沢がしたいわけじゃありませんから構いませんし。……ところで、私の住んでいる所をお調べになった様ですが、理由をお聞きしても宜しいですか?」
「ちょっと調べただけでは、あなたの経歴が良く分からなくてね。時間をかければ分かるかもしれないけど、まだるっこしいから本人に直接尋ねようかと思ったのよ」
「それで夜に、こんな所で待ち伏せですか? 一流企業でお仕事をされてるそうなのに、ご苦労様です」
(何なの? この女、嫌味のつもり?)
 若干呆れた様に言われた真澄は、カチンとしながらも頭の中で考えていた言葉を口にした。


「こちらの都合で押し掛けたんだから、食事位奢るわよ。食べながら話しましょう。何が良い? 和、洋、中、フランス料理でもベトナム料理でも、何でもあなたの好きな物で良いわよ? 遠慮無く言って頂戴」
 真澄がそう景気の良い事を提案すると、恭子はちょっとだけ迷って控え目に申し出た。
「はぁ……。それなら、この近くのお店で食べたい所があるので、そこにお付き合いして貰っても宜しいですか?」
「ええ。どこでも良いわよ。じゃあ案内して貰うから車に乗って」
「分かりました」
 そして恭子と並んで後部座席に収まった真澄は、チラリと横を見ながら清人に対して密かに憤慨した。
(全く……、清香ちゃんの側にこんな得体の知れない女を居させるなんて、清人君は何を考えているのよっ!)


 そしてそれから約一時間後。恭子が指定した店に入り、二人は個室を頼んでそこで食事を開始したが、真澄はすぐに自分の目を疑う事態に陥っていた。
「……お客様、お呼びでしょうか?」
 恭子が座卓の隅に置かれたボタンを軽く押してから、さほど待たずに静かに従業員が襖を開けて現れると、その女性に向かって恭子が愛想良く追加注文の内容を告げた。


「あ、追加注文をお願いします。リブロースとミスジとゲタカルビをタレで、ハラミとハチノスは塩、かな? それを一皿ずつ。それに加えてサムゲタン一つ、キムチ盛り合わせ一つ、海鮮チヂミ一つ、あと生の中ジョッキを一つ宜しく」
「…………畏まりました」
 指示しながらも恭子の手は網の上に肉を置き、ひっくり返し、焼き上がった物を引き上げる作業を繰り返しており、反対側に座る真澄の取り皿やタレが入っている薬味皿があまり汚れていない事からも、恭子が注文品の殆どを食べている事が一目瞭然であった。注文の記録を取った女性が半ば呆れながら空になった皿を回収して部屋を出て行ったが、それにも気が付かないで真澄が呆然と恭子を見やる。


(取り敢えず話は後で、まず食べましょうとは言ったけど……、どれだけ食べる気なの? この人……)
 ここで真澄の視線を感じたのか、注文を終えてから再び黙々と食べていた恭子が、ふと真澄に視線を合わせて弁解してきた。


「すみません。先生の下で働き始めてからは、食べられる時に食べて眠れる時に眠るのをモットーにしているもので」
「……いえ、気にしなくて結構よ。気の済むまで食べて頂戴」
「ありがとうございます」
 短く礼を述べてから再び食べる事に集中しだした恭子を見て、真澄は無言で顔を引き攣らせた。


(本当に何なの? ただ者じゃ無い事は良く分かったけど……。取り敢えず私も食べよう)
 気を取り直した真澄が皿から肉を取り上げ、何枚か網の上で焼き始めたが、そろそろ食べようかというところで悉く恭子に奪い取られ、唖然としているうちに彼女の口の中に消えて行った。
(ちょっと!? それ、私が焼いてたんだけど?)
 とは思ったものの、一々そんな事を言い立てるのはどうかと思った真澄は、どうやら気が付かずに食べ続けている恭子を軽く睨みながら歯軋りした。
(…良い度胸してるじゃない。この女! そっちがその気なら、あなたの分まで意地でも食べてやるわ!)
 そう決意した真澄だったが、その時に限っては相手が悪かった。


「ごちそうさまでした。ありがとうございました柏木さん。とても美味しかったです」
「……どういたしまして」
 店に入ってから二時間近くが経過し、信じられない数の皿を空にしてにっこりと笑って礼を述べた恭子に対し、真澄の顔は隠しようが無い位、盛大に引き攣っていた。


(何か……、もの凄く疲れたわ。結局あれから何度もお肉を取られたし……)
 取り敢えず空腹からは脱出できたものの、精神的疲労感を漂わせている真澄に、恭子がさり気なく声をかける。
「それで……、柏木さんは私の何を知りたいんですか?」
 その声で真澄は気を取り直し、姿勢も改めて真顔で恭子と向き合った。


「あなたの経歴ね。それとどうして清人君の所で働く事になったのかを聞かせて欲しいんだけど」
 それを聞いた恭子は、僅かに首を傾げて考え込む。
「経歴ですか……。どこから始めれば良いでしょうか」
「無難に最終学歴とか?」
 何気なく口にした真澄に、恭子が淡々と答えた。


「高校中退です。その後高卒の資格は取りましたが」
「どうして中退したのか聞いても良い?」
「構いませんよ? 親が大きな借金を抱えて自己破産しまして。一家で無理心中を図ったんですが、運が良くと言うか悪くと言うか、私だけ生き残ってしまったものですから、借金を背負わされて水商売の傍ら身体を売らされてたので、当然学校にも行けなかったんです」
 さらりととんでもない事を言ってのけた恭子だったが、真澄は一瞬眉を寄せただけで、冷静に問いを重ねた。


「あなた、当時未成年よね?」
「労働基準法とか青少年保護条例に抵触するとかですか? まともに法令を遵守する、可愛らしい所では無かったもので」
「要するに、ご両親は相当タチの悪い所からお金を借りたのね」
「そうみたいです。……でも意外ですね」
 急に小さく笑ってそう告げた恭子に、真澄が意外そうに問い返した。


「何がかしら?」
「『大変だったのね』と同情したり、『そんな有り得ない話をするな』と怒ったり、『そんな事をしてたの』と軽蔑したりなさらないんですか?」
 顔はどこか面白がっている様な笑顔ながら、鋭い視線を送ってくる恭子を黙って見返してから、真澄が素っ気なく言い返す。
「そうして欲しいならそんな言葉、幾らでもかけてあげるけど? どれが良いのか遠慮なく言って頂戴」
 そして数秒無言で見つめ合ってから、恭子が視線をゆっくりと座卓に下ろしながら苦笑した。


「……あなたの話は清香ちゃんから色々聞いていましたが、予想以上に規格外な方ですね」
「誉め言葉として受け取っておくわ。それで? どうして彼らと関わり合いになったわけ?」
「取り敢えず、順を追って説明してみましょうか」
 それから恭子が順序立てて自分の経歴を説明し、今現在に至るまでの経過を淀みなく説明したが、何故か最後だけは歯切れが悪かった。


「そういう訳で、結局未だに私の身柄が加積様から先生の所に移った事情が、今一つ分からないんです。一体どんな交渉をしたのやら。理由を聞いても『借金残高に一千万上積みして良いなら教えてやる』と言われまして。……あのド腐れ鬼畜野郎がっ」
 最後の、どう見ても演技では有り得ない忌々しげな恭子の呟きに、思わず真澄は口を挟んだ。


「その……、基本的に、清人君はフェミニストの筈なんだけど……」
「私、女扱いされてませんから。良くて、使い勝手の良い下僕です」
「……失礼しました」
 ピシッと言い切られて思わず謝ってしまった真澄は、殆ど女の勘で真相を悟った。


(この人、清人君とは男女の仲じゃ無いと思う……。確かに何か事情がありそうだけど悪い人ではないみたいだし、清香ちゃんも懐いてるみたいだし、それなら別に大した問題は無いわね)
 端から見れば問題が有り過ぎる恭子の経歴を聞いても、真澄はあっさりと了承してそれに関する話を終わらせる事にした。しかしふと、ある事に気が付く。
(ああ、そうだわ。この際ついでに、ダメもとで聞いてみようかしら?)
 そこで真澄は静かに口を開いた。


「川島さん。もう少しだけ質問して良いかしら?」
「はい、何でしょうか?」
「あなたの話だと……、以前のあなたの相手って、所謂年配者が多かったのよね?」
「そうですね」
「じゃあそれに応じた接待をしたり、趣味に付き合わされたりもした?」
「それはまあ、それなりに色々しましたけど……。それが何か?」
 真澄の言わんとする所が全く予測出来なかった恭子が僅かに顔をしかめると、真澄は短く問いを発した。


「それなら……、『綺羅星の如く』をどう思う?」
 すこぶる真剣な顔での真澄の問い掛けに、恭子は一瞬虚を突かれたように黙り込んでから、静かに断言した。
「…………日本歌謡界の歴史に燦然と輝く、不朽の名曲だと思います」
「それなら『綾瀬川旅情』は?」
「日本の原点の秀逸な情景描写です。あれが理解出来ない人間は、日本人ではありません」
「……同士」
「はい?」
 そこで突然手を伸ばして恭子の手をガシッと握った真澄は、その手を掴んだまま勢い良く立ち上がった。


「そうと決まれば河岸を変えるわよ!」
「え? あの、これからどこに行くと?」
「決まってるじゃない、カラオケボックスよ。牛一頭分食べたんだから、今日は最後まで付き合いなさいよね!」
 上機嫌でそう宣言した真澄に、恭子は流石に呆気に取られ、次いで苦笑いした。


「分かりました。どこまでもお付き合いします。女王様」
「女王様じゃなくて、真澄って呼びなさい。私も恭子さんって呼ぶわ」
「はい、真澄さん」
(既にその言い方が、女王様っぽいんだけど……)
 チラリとそう思った恭子だったが、決して余計な事は言わず、ひたすら笑いを堪えながら真澄に従って移動し、彼女の気が済むまでカラオケに付き合ったのだった。





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