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いつか王子様が……

篠原皐月

女遍歴の一端~真澄、二十六歳の冬~

 その時、真澄は仲の良い友人達と仕事帰りに繁華街に繰り出し、一軒目で痛飲してから尚も飲み直そうと歩いていた所だった。
「まぁったくぅぅ~、鍋島のシークレットブーツジジィと清川の隠れハゲ野郎ったら、ムカついてしょうが無いわよねぇぇっ!! 女が外で働いて何が悪いってんだ、あぁぁぁん!?」
「そうよね~。寧ろ大した能力も無いくせに、社内にのさばってるてめぇらの方こそ、滝ツボに飛び込んで頭と身体を清めてから、出直して来やがれってカンジ~」
 歩きながら拳を振り上げつつ力説する翠と、目つきも口調も冷め切った裕子の呟きに、同行していた男達はしみじみと感想を述べた。


「相変わらず容赦ねぇなぁ、お前ら」
「確かに連中の嫌味吐きっぷりは、最近目に余るがな……」
「最大の被害者の柏木が大人しくしてるんだから、周りで煽るなよ。なぁ、柏木?」
「……え? ごめんなさい、何て言ったの?」
 ぼんやりと考え事をしながら歩いていた真澄は、晃司に声を掛けられて慌てて視線を向けた。それを見た面々は何か勘違いしたらしく、口々に同情めいた言葉をかけてくる。


「真澄……、あのね、あまり我慢しない方が良いわよ?」
「それに、連中が変な事喚いてても気にするな」
「そうそう。あんな与太話、誰が真に受けるかっつうの」
「何の話?」
(今年の清香ちゃんのクリスマスプレゼントを、何にするかって考えてただけなんだけど……)
 本気で困惑しながら尋ねると、達也がもの凄く言いにくそうに口にした。
「だから、その……、お前と内藤部長の不倫の噂だよ」
 それを聞いた真澄は漸く合点がいき、と同時にあっさり切って捨てた。


「……ああ、あれの事? 私、別に気にして無いわよ? そんな手位しか打てない低能さと恥知らずさに、思わず同情した位だし」
 それを聞いた周りの者達は顔を引き攣らせ、乾いた笑いを漏らした。
「やっぱり一番厳しいのはお前だよな」
「はは……、ホント柏木らしい」
「だが、実際問題どうなんだ?」
「そうよ。下手したら営業部から異動になるわよ?」
 思わず懸念を面に出して問い掛けた雅文と裕子にも、真澄はすこぶる冷静に答えた。


「別に? 私は何処でも与えられた仕事をこなすだけよ。会社組織なんてそんな物でしょう?」
「だけどねぇっ!!」
 流石に我慢できなくなって翠が口を挟んできたが、真澄は淡々と自分の考えを述べた。
「社長の身内だからって、働きやすい所でぬくぬくしてるわけにもいかないでしょう? 柏木産業内に何千人の社員が居ると思っているのよ。本人にとって不本意な配属や異動話なんて、ゴロゴロあると思うわ。それなのに社長令嬢だからって、それを回避するのはおかしいでしょう」
「社長令息は、社内でも乳母日傘おんばひがさみたいだけどね?」
 すかさず突っ込んできた翠に、真澄はとうとう溜め息を吐いた。


「翠……、そういう風に言わないで。本人だって結構気にしてるんだから」
「気にしてるだけで、姉を庇いもしないんじゃねぇぇぇ」
「おい、小宮山。その辺にしておけ」
「柏木相手に嫌味を言う事でも無いだろう」
「そうよ。陰で弟君に嫌がらせしてやれば良いだけの話じゃないの」
 そう言い切った裕子に、真澄は本気で頭痛を覚えた。


「……裕子、お願いだからそれも止めて」
「えぇ? ちょっと位、良いじゃな~い!?」
「だからそういう不穏な発言は……」
 精神的な疲れを覚えながら裕子を宥めようとした真澄だったが、ここで言葉を途切れさせた。


(あれは清人君、と…………、叔母様!?)
 裕子の肩越しに、通りの向こうから清人が女性と軽く腕を組んで歩いて来たのを見て真澄は驚いたが、その相手が香澄に良く似た容貌の女性だった事に、益々度肝を抜かれて固まった。そんな真澄を不審そうに裕子が見やる。


「真澄? いきなり黙ってどうしたのよ」
 清人が女性と一緒に角を曲がって行くのを呆然と見送った真澄は、怪訝な顔で問い掛けられて我に返り、慌てながら清人達が姿を消した方向を指差しながら答える。
「……ううん、何でも無いわ。ねえ、それよりあっちの方に行ってみない?」
 無意識に清人の姿を追おうとした真澄だったが、何故か他の面々は揃って目を丸くした。


「はぁ?」
「いきなり何言い出すんだ? お前」
「え? だって向こうの方って行った事が無いから、良さそうなお店があるかなぁって…………。あの、皆、どうしたの? 変な顔して」
 目の前の友人達が揃って何とも言えない表情になり、何故か一斉に溜め息を吐いたのを見て、今度は真澄が目を丸くした。その反応を見た面々が、疲れた様に理由を説明する。


「いや、あのな? 社内で変な噂流してる連中に、今の柏木の天然な台詞を聞かせてやりたいな~と思って」
「そうだよな~、飲み会でも終わるとしっかり車が迎えにくる柏木が知ってるわけ無いし、誰かと利用する事も無いよな~」
「本当にお前の将来が心配だぞ、柏木。変な男に騙されるなよ?」
「え? 何、何なの? 私何か変な事言った?」
 戸惑いながら助けを求める様に真澄が傍らの友人を振り返ると、その翠と裕子にとどめを刺される事になった。


「あのね、真澄。この道を一本入った所は、ラブホ街なの。『良い店を知ってるんだ』なんて言う男に、ホイホイ付いて行っちゃ駄目よ? 子供じゃ無いんだから」
「何かもの凄く心配になってきたわ。真澄ったらベッドに押し倒されるまで、気が付かないんじゃない?」
「……え? はぁ? ってちょっと!! 何かもの凄く馬鹿にされた気がするんだけど!?」
「心配してあげてるのよ、これでも」
「幾ら何でも、避妊の仕方位は知ってるんでしょうね?」
「ああああのねぇぇっ!! あんた達往来のど真ん中で、いきなり何を言い出すのよ?」
「何って、ナニの話」
「ねえ?」
「…………っ!?」
 一瞬羞恥心で顔を赤くしてから、次いで怒りで顔を赤くして叫んだ真澄だったが、その事実を何故か頭の中では冷静に受け入れていた。


(そうか、清人君にはやっぱり『そういう』相手って居るのね。叔母様の事が好きだったから、相手も叔母様似の女性なんだ。凄く納得しちゃったわ。分かり易くて笑っちゃう……)
 怒っていた真澄がいつの間にか薄笑いを浮かべていたのに気が付いた達也は、些か薄気味悪そうに真澄に声をかけた。


「……おい、柏木。何笑ってんだ?」
 すると真澄は余計な考えを頭の中から打ち払い、楽しそうに笑って告げた。
「ううん、何でも。じゃあついでにラブホテルってどんな所か見てみたいから、今から行ってみない?」
「はぁ? また何言い出すんだお前はっ!」
「え? 駄目かしら?」
 キョトンとして小さく首を傾げた真澄を、雅文が盛大に叱りつけた。


「阿呆! 『駄目かしら?』じゃねえ! ぞろぞろ大挙してラブホテルに入る所を写真にでも撮られたら、『柏木産業社長令嬢ご乱交の実態』とかってゴシップ誌のトップを飾るぞ!」
「はぁ……、そんな物?」
「そんな物なんだよっ! ほら、疲れたからもう帰るぞ。柏木、車呼べ」
 呆れ果てた表情で晃司が促すと、真澄は忽ち仏頂面になった。


「ええ? もう一軒行くって言ってたのに!?」
「……取り敢えず今夜はもう帰ろうか、真澄」
「うん、私も疲れた。男女のあれこれについては、日を改めてレクチャーしてあげるから」
「もう! 翠と裕子まで、何よ!」
 散々揉めながらも表通りまで移動し、迎えの車に乗り込んで友人に見送られて自宅に向かった真澄は、静まり返った車内で、密かに先程目にした光景を脳裏に思い浮かべた。


(でも……、どんな女性なんだろう、清人君の相手の人)
 仲良さげに、何やら話しながら歩き去って行った清人達の姿を思い出して僅かに胸が痛んだが、真澄はそれを考えない事にした。


(別に清人君が選んだ人を認めないとか、そんな訳じゃないけど……。もし結婚する事になったら、その人が清香ちゃんの義理のお姉さんになる訳だし……。もし見た目が叔母様そっくりでも、性格が悪くて清香ちゃんと折り合いが悪かったり、清香ちゃんが苛められたりしたら可哀想だもの……)
 悶々と、自分自身に言い訳するようにそんな事を考えていた真澄は、自宅に帰り着くまでに一つの結論を出していた。


(可能性は低いけど、清人君が見た目に騙されてる可能性だってあるんだから、相手の女性に問題が有るか無いか位調べるのは問題ないわよね? ……うん、私には清香ちゃんの従姉として、清香ちゃんの穏やかな生活を見守る義務と、それを脅かす危険因子を排除する権利があるわ)
 端から見たらこじつけ以外の何物で無い事を考えた真澄は、翌週、家で度々利用している興信所を訪れ、清人の素行調査を依頼した。


 ※※※


 依頼してから約二ヶ月後。アンダーリサーチ社から連絡を受けた真澄は、報告を受けるため休日に密かに出向いた。
「それではこちらが、ご依頼の件の報告書になります」
「拝見します」
 応接間で担当者の長野と短い挨拶を交わしてから、真澄はテーブル越しに渡された封筒を取り上げ、早速中身を引き出して確認しようとした。しかしここで、幾分迷うような素振りを見せながら、長野が口を開く。


「その……、ご依頼された時に柏木さんからお聞きしていた容貌の方とは、どちらの方も異なるのですが……、宜しかったでしょうか?」
「はい?」
 言われた意味が咄嗟に理解できず、真澄は間抜けな声を上げてしまったが、それ以上何も言わない長野から書類に視線を移してすぐに、その台詞の意味が分かった。


(これって……、二人分の調査書? しかもどちらも私が目撃した女性と違う……)
 盛大に顔を引き攣らせた真澄が慌てて書類を捲り、詳細を確認し始めた。


(ちょっと待って。あそこで見た日の翌週に依頼して、二ヶ月かけてあの女性の事を調べて貰うつもりだったんだけど!? 日付を見ると、さすがに付き合ってた期間は重複していないみたいだけど、それって要は、付き合っている女性の回転が早いって事で……)
 そして同封されていた数多くの写真を見て、真澄は呆れるのを通り越して怒りを覚えた。


(しかも二人とも、美人だけど叔母様とは似ても似つかない感じの女性……。じゃああの叔母様似の人とも、結婚を真剣に考えていたとかじゃ無いわけ? 一体、何がどうなっているのよ!?)
 そこで黙って真澄の様子を観察していた長野が、真澄の神経を逆撫でする事を口にした。


「その……、実は今現在も継続して調査中の女性がいまして……。口幅ったい事を申すようですが、こういう人物と婚約なり交際するのは、考え直した方が宜しいかと……」
 それにイラッとした真澄は、強い口調で叱りつけた。
「それこそ余計なお世話です! あなた方は依頼された仕事だけをこなしていれば結構。別に報告内容に関しての意見を求めてはいませんし、他人のプライバシーに口を挟む権限はありません!」
「誠に失礼しました」
 自分でも出過ぎた事を言ったとの自覚はあったらしい長野が神妙に頭を下げると、真澄は些かばつが悪い表情になりながら、言い訳がましく口にした。


「それに……、この男性と私は、別に婚約者でも恋人関係でもありません。単なる遠縁で、懸念する事がある為に調査して貰っているだけですから、今後一切そのような邪推は控えて下さい」
「……そうですか。了解しました」
 微妙な表情で小さく頷いた長野から視線を逸らした真澄は、手早く書類と写真を纏めて元通り封筒に突っ込み、素早く立ち上がった。


「それではこちらは頂いていきます。調査の方は引き続きお願いします」
「畏まりました」
 そして何事も無かった様に互いに一礼してそこを出た真澄は、殆ど無意識に車を呼びつけて自宅へと戻ったのだった。


「叔母様……。叔母様があんまり早く亡くなってしまったから、自慢の息子は叔母様の事を思い切れなくて、手当たり次第に女に手を出す不肖の息子になっちゃったじゃありませんか……」
 自室に戻るなり封筒を机の上に起き、中身を取り出した真澄は、飾り棚に飾ってあったフォトスタンドを持って来た。そして椅子に座った真澄がそれを机に乗せ、小学生だった自分と一緒に写っている大学生の香澄に語り掛ける。
「責任取って下さいよ……、って言っても、天国じゃ無理よね」
 そんな愚痴っぽく呟いてから、真澄は報告書の上に無言で突っ伏した。


(何か、もう、涙も出なくなっちゃった……。一体何をやってるんだろう、私)
 そうして溜め息を吐いてから、真澄は自嘲気味の笑いを漏らした。
(調査を依頼する前に、もう私を選んでくれない事は分かってたしね。予備知識無しに頼んでいたら、ショックで寝込んでたかもしれないわ。皆に馬鹿にされたように、本当にお子様なんだから……)
 そんな事を考えた真澄は、密かに自己嫌悪に陥った。


(清人君だって、こんな扱いが面倒くさい女、清香ちゃんの事が無ければ、あまり関わり合いになりたくないんでしょうね……)
 それから少しして気を取り直した真澄は、報告書に目をやって少しだけ迷ってから、空いているファイルを取り出し、無表情でそれを綺麗に綴じたのだった。



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