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いつか王子様が……

篠原皐月

動き出す歯車~真澄、十六歳の秋~

 その状態で何分か経過し、真澄の涙も漸く引っ込んで落ち着いてきた時、徐に清人が口を開いた。
「それにしても……、ちょっと迂闊でしたね真澄さん。こんな如何にも怪しげな人間に、のこのこ付いて行ったりしたら駄目ですよ?」
「え?」
 ため息混じりのその台詞に、真澄が清人に抱き付いたまま僅かに引き攣った顔を上げた。その顔を覗き込みながら、清人が真面目くさって告げる。


「まあ確かに、真澄さん位のお嬢様なら、ついうっかり丸め込まれても仕方が無いかもしれませんが」
 清人がそこまで口にした時、憤慨した真澄が清人の胸を勢い良く両手で突いて体を離した。
「ふざけないで! 誰が好き好んでのこのこ付いて行くって言うのよ。侮辱だわっ!」
「真澄さん?」
 目を見開いた清人が何かを言う前に、真澄が畳み掛ける。


「清香ちゃんまで連れて行かれそうになったから、咄嗟に交換条件を出しただけよ。確かに車が近くにあると考えなかったのは、迂闊だったかもしれないけど!」
「あ、いえ……、そう言えば、清香も居ましたね……」
 真澄の剣幕に失念していた事を思い出したらしい清人は気まずそうに口ごもったが、真澄の怒りは収まらなかった。


(何なの? 私って、お菓子をあげるからおいでって言われたら、知らない人間でもホイホイ付いて行く子供並みに、判断力のない人間だと思われてるわけ!? 酷い、あんまりだわっ!)
 そんな事を考えて悔しさのあまり再び目が潤んでくるのを止められないでいると、それを見て僅かに狼狽した清人が何か言いかけるより先に、慌ただしく駆け寄ってくる足音がその場に響いた。


「真澄さ」
「真澄様、ご無事ですかっ!?」
「真澄ちゃん、大丈夫!」
「柴崎さん! 叔母様!」
 一本道を駆けてくる二人の姿に真澄は安堵したが、真澄の姿と周囲の状況を見て、流石に二人は顔色を変えた。


「真澄ちゃん、怪我は? 痛い所は無い?」
「大丈夫です。転んでちょっと擦りむいたり、ぶつけたりした程度ですから」
 駆け寄って真澄の服や髪に付いた枯れ葉や泥を叩き落としながら香澄が尋ねる横で、柴崎も深く溜め息を吐く。
「真澄様の姿が見えない上、清香様のお話を聞いて寿命が縮みました。それで……、これは清人様が?」
 周りに転がっている三人の男達を見てから柴崎が確認を入れると、清人は真顔で頷いた。


「はい、俺が片付けました。携帯を持っていないので、警察への通報を宜しくお願いします。それから、俺に様付けは不要です」
「わかりました」
 それで緊張感が幾らか解れたらしい柴崎は、小さく笑ってから携帯を取り出して警察に通報した。それを横目で見ながら、清人が香澄に話し掛ける。 


「香澄さん、清香は部屋に残してるんですよね? 真澄さんを連れて先に戻って下さい。取り敢えず足と手の擦りむいた所の応急処置をしておかないと」
「そうね。清人君は?」
 尋ねた香澄に、清人が小さく肩を竦める。
「これから警察が来るから状況説明をしないと。どうしても真澄さん本人に話して貰わないといけない事はあるけど、なるべくここで俺が説明しておくから。こいつらを叩きのめしたのは俺だし」
 それを聞いて香澄は納得した様に頷き、清人と柴崎を等分に見てから真澄を連れて歩き出した。


「そうね。じゃあお願い。柴崎さんも宜しくね?」
「承知しました」
「じゃあ行くわよ、真澄ちゃん」
「あの、叔母様……」
 対応を他人に丸投げする格好になり、流石に気まずい思いをしたものの、結局真澄は香澄に有無を言わさず部屋まで連れ帰られ、服の汚れを取ったり怪我の手当てをして貰った。そのうちにパトカーのサイレンの音が団地内に響き渡り、ザワザワとした喧騒が窓越しにも伝わって来る。
 帰ったとばかり思っていた真澄が再び現れた事で清香は驚いた顔をしたが、それが解消しないうちに初めての騒々しい事態に遭遇し、「おかあさん、おまつり?」と首を捻っていた。あまり怖がらせるのもまずいかと女二人で曖昧に誤魔化して笑っているうちに、警察官が部屋を訪ねて来る。
 そして真澄が問われるまま幾つかの質問に答えると、警官はあっさりと真澄を解放してくれた。


「分かりました。ご協力ありがとうございます。それではお帰りになっても結構ですので」
「……はい」
「ご苦労様でした」
 真澄と香澄が頭を下げて警官を見送ってから柴崎と清人が戻り、犯人が連行された直後で周囲が騒然としている中、清人とまともに話ができないうちに、真澄は柴崎に連れられて車に乗り込み、自宅へと戻って行った。




「経過については警察からの連絡に加え、柴崎と香澄から一通り聞いた。お前にしては、随分と迂闊な事をしたものだな」
「申し訳ありません……」
 薄暗くなってから自宅に戻った真澄は、話を聞いていた母や弟達に安堵の表情で出迎えられ、果てはいつもは気難しい祖父にまで「無事で良かった」と泣きつかれて閉口したが、珍しく早く帰宅していた父の書斎に出向いた途端、眼光鋭く叱責されて神妙に頭を下げた。もとより香澄や清人に多大な迷惑をかけた自覚は有った為、弁解する気は皆無だったからである。
 それは雄一郎にも察する事ができ、溜め息を一つ吐いて取り敢えず娘への叱責は止める事にし、関連事項の説明を始めた。


「犯人は同じ団地に住む夫婦の、別居している息子とその仲間だそうだが、そこに住んでいた頃から窃盗や恐喝の前科が有ったらしく、団地内でも白眼視されていたそうだ。だから今回の騒ぎもあの連中なら当然という風潮で、別にうちが何か言われるような事はありませんから心配ご無用ですと、佐竹さんからは言われた」
「……そうですか」
「あそこの家のせいでうちの息子が逮捕されたなどと、香澄達が逆恨みされてはたまらんからな。重ねて詫びを入れた。……ところで、お前はちゃんと礼は言ったんだろうな?」
「……え?」


(そう言えば……、清人君にも叔母様にも、ちゃんとお礼を言わないまま帰って来たかも……)
 自分が何気なく確認を入れた途端、真っ青になった娘の様子を見て、流石に雄一郎も顔色を変えた。


「真澄……、まさかお前、あれだけの騒ぎを起こして香澄達に迷惑をかけたにも関わらず、礼の一つも口にせずにのこのこ帰って来たのか?」
「すみませんでした!」
「馬鹿者! 謝る相手が違うだろうがっ! もう良い、さっさと部屋に戻って、今すぐ謝罪の電話を入れろ!!」
「……はい」
 慌てて頭を下げた真澄だったが、常には聞かれない父の凄まじい怒声が頭上から降ってきて、真澄はじんわりと浮かんできた涙を必死に堪えた。


(本当に、お父様の言う通りだわ……。幾ら動転してたからって、お礼の言葉も言わないで帰って来るなんて最低よ。きっと呆れられたわ、口をきいて貰えないかも……)
 父に叩き出される様にして書斎を後にし、廊下を歩きながら人目が無いのを幸い、ぐすぐすと泣き出してしまった真澄だったが、自室に入る頃には何とか涙を抑えた。


(取り敢えず、叔母様と清人君に失礼した事をお詫びして、それからきちんとお礼を言わないと……)
 何とか気持ちを奮い立たせ、自分の携帯を取り出して香澄の家の電話番号を選択する。すると何回も呼び出し音が聞こえないうちに、受話器を取り上げる音が聞こえた。


「……はい、佐竹です」
「あ、叔母様ですか? 真澄ですが、今日は本当に」
「きゃあっ! 清人君、ちょっと急いでっ! 真澄ちゃんから電話なのっ!清香のご飯なんて、どうだって良いからっ!」
「……叔母様?」
 電話の向こうの弾けぶりに、思わず顔を引き攣らせつつ問いかけると、香澄はすこぶる上機嫌に言い募った。


「真澄ちゃん聞いて? 清人君ったら真澄ちゃんが帰ってから『真澄さんに不用意な事を言って怒らせた。もう口をきいて貰えない』ってどっぷり落ち込」
「何を言ってるんですか!? さっさと代わって清香にご飯を食べさせて下さい!」
「だって、清人君にしたら滅多にないと言うか、初体験な事が目白押しだったから説明したくて。塩と砂糖を取り違えたり、回覧板を反対方向に回したり、階段で足を踏み外」
「今すぐそこを退いて下さいっ!」
「………………」
 何やら電話の向こうで揉めている間、真澄は大人しく待っていたが、少しして疲れた感じの清人の声が伝わって来た。


「……真澄さん、お待たせしました」
「大丈夫よ、清人君。それより叔母様と揉めていたみたいだけど、どうかしたの?」
「それはあまり気にしないで下さい。それで、どうして電話して下さったんですか?」
 幾分固い口調で言われたものの、用件を促された真澄は、気合いを入れて頭の中で色々考えていた謝罪の言葉を口にした。


「あの……、今日は助けてくれてありがとう。それに、まともにお礼も言わずに帰ってしまってごめんなさい。お父様に怒られるまでその事に気が付かなかった自分自身に嫌気がさしたし、清人君も気を悪くしたと思って、その」
「怒られた? 真澄さんは被害者でしょう?」
 携帯を耳に当てながら、一人きりの部屋で深々と頭を下げつつ、自分の言いたい事を一気に並べ立てた真澄だったが、それを清人の怪訝そうな声が遮った。しかし真澄がそれに沈んだ声で応じる。


「だってお父様の言う通りだもの。幾ら何でもお礼の一言も無しで引き上げるなんて、失礼でしょう?」
 その訴えに、清人は笑い声で応じる。
「大丈夫ですよ、俺も香澄さんも気を悪くしたりしていませんから。予想外の出来事に遭遇して、普段通りの対応ができなかったんですから、仕方ありません」
「でも……」
「それに……、俺的には、ちゃんと真澄さんからお礼は貰いましたし」
「え? 私、何もあげて無いわよね?」
「……ああ、ええと……、そう言えば、そうですね」
 思い当たる節が無かった真澄が首を捻ると、何故か清人は気まずそうに口ごもった。それから気を取り直した様に言い聞かせてくる。


「その……、確かに真澄さんはお礼を言うのを忘れて帰ったかもしれませんが、俺も考え無しに無神経な事を言ってしまってすみませんでした。だからこれでお互いに帳消しにしてくれたら、俺としても気が楽です」
「そうなの?」
「はい、清香が巻き込まれない様に気を遣って貰って、ありがとうございました」
「そんな事は……。分かったわ。じゃあこれで帳消しって事ね」
「ええ、そうして下さい」
 穏やかにそう言われて、真澄は漸く肩の荷を下ろした。


(良かった……。清人君、そんなに怒ってなくて)
 そんな事を考えて安堵していると、清人が話し掛けて来た。


「それで……、真澄さん。今回の様な連中がこの周囲にゴロゴロいるとは思いませんが、やっぱり色々心配なので、真澄さんがこちらに来る時は、予め前日までに連絡を貰えませんか?」
「それは構わないけど、どうして?」
 改まった口調で言われた内容に真澄が反射的に尋ね返すと、清人は冷静に理由を説明した。
「真澄さんが来る時は、絶対俺が側に付いている様にしますから」
「え? でも……、今日みたいに平日出向く事はそうそう無いにしても、土日だって清人君には部活とか友達との約束とかあるでしょう?」
 さすがにそれは支障があるのではと真澄は考えたが、清人は事も無げに言ってのけた。


「約束とかは断りますし、部活はサボります。香澄さんの了解は貰いましたし」
「貰いましたって……。あのね、清人君……」
(叔母様の傍若無人さが清人君に伝染したのかしら? ここはちょっと一言、注意しておかないと……)
 頭痛を覚えながら窘める言葉を継ごうとした真澄だったが、清人が一瞬早く言い返した。


「俺が居ない所で真澄さんに何かあったらと、気になって集中できませんから良いんです。俺が側に居る時は、どんな奴にも真澄さんには指一本触れさせませんから、安心して遊びに来て下さい。真澄さんは俺が守ります」
「ありがとう……」
 あっさりと宣言された内容に、真澄は思わず携帯を取り落としそうになりながらも、辛うじて礼を述べた。


(だから……、どうしてそういう事をサラッと……。電話で良かった。面と向かって言われたら、恥ずかし過ぎるっ……)
 しかし続けて言われた内容に、思わず項垂れた。


「それに……、清香が真澄さんと遊ぶのを楽しみにしているんです。今度の事で足が遠のいてしまったら、がっかりしますから」
「ええ、そうね……」
(そうよね……、これまで見てても、清人君って清香ちゃん至上主義みたいだし……。さっきの発言も本人にしてみればあまり大した意味は無くて、女性全般誰に対しても言うんだわ、きっと)
 気落ちして溜め息を吐いた真澄の耳に、ここで唐突に香澄の声が割り込んできた。


「清人君! 黙って聞いてれば、何よそれは!?」
「香澄さん! どうして人が話している最中に、割り込むんですか!?」
「真澄ちゃん! 変な誤解しないで? 清人君は誰彼構わずこんな事言ってな」
「とにかく受話器を返して下さい!」
「あ、あの……、叔母様?」
 何やら受話器を奪い合っている気配を察知し、どうすれば良いのか分からずそのまま待っていた真澄だったが、なかなか決着がつかないらしかった。


「本当に清吾さんとは真逆ねっ! 清吾さんはキメる時にはキチッとキメる人よ。見習いなさい!」
「全然意味が分かりません!」
「どうしてそこで清香の名前が出て来るのよっ! ここは正直に俺が楽しみ」
「うるさいです! ちゃんと清香が食べるのを見てて下さい! こぼしてるじゃないですか!?」
「どうにも我慢できないわっ! 清吾さんの息子が相手限定チキンなヘタレだなん」
「何ですかそれは!?」
「いい加減腹を括りなさい! 真澄ちゃん、実は清人く」
「真澄さんすみません、色々立て込んでますので切ります!」
「え、ええ……。叔母様と叔父様に宜しく」
「はい、伝えておきます。……香澄さんっ! この際はっきり言わせて貰い」
 そこで唐突にブツッと回線が切れた音と、ツーッ、ツーッという無機質な音が伝わってきた為、真澄は向こうから切られたという事が理解できたが、その直前の会話に首を捻った。


「何だか声が重なってて、良く聞き取れなかったんだけど……。どうして二人とも急に喧嘩腰になった上、受話器の取り合いをしてたのかしら? 私が悪い訳じゃ無いわよね?」
 そうして怪訝な顔をした真澄だったが、すぐに気を取り直した。


「とにかく、清人君が気を悪くしていない事が分かって良かった。それに……、これからも遊びに行って良いのよね? あ、でもやっぱり清人君にあまり迷惑をかけないように、事前に叔母様に都合を聞くようにしないと」
 そう呟いた真澄は、携帯の電源を切りながら、電話をかける前とは打って変わった嬉しそうな笑みを零したのだった。



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