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いつか王子様が……

篠原皐月

価値観の相違~真澄、十六歳の秋~

 本人達が望むと望まざるに関わらず、浩一達が体を張って佐竹家に謝罪した日から二ヶ月近く経過したある日。清香の誕生日を祝う為に集まった彼女の従兄弟達は、再び清人から説教されていた。


「……お前達、喧嘩を売ってるのか? 清香の誕生日プレゼントに、全員ぬいぐるみ持参とはどういう了見だ」
 腕組みした清人の前に横一列に並んで正座した面々を代表して、控え目に浩一が訴える。


「あの……、でも、清人君? 清香ちゃんは女の子なんだから、ぬいぐるみをプレゼントしてもおかしくはないよね?」
「ああ、ぬいぐるみ自体はおかしくない。おかしいのは貴様らの頭の中だ」
 そう清人が断言した途端、あちこちから不満の声が上がる。
「えぇ~? 何だよそれ~」
「意味が分からないよな」
「何がどう拙いんだよ」
 その声に清人は小さく舌打ちしてから、語気強く言い聞かせ始めた。


「いいか? 良く聞け。お前達の家と違って、はっきり言ってうちは家計に余裕が無いんだ」
「そんな事、とっくに知ってるけど? ……ふぐっ!」
 ここでケロッとして口を挟んだ修に清人が睨み殺しそうな視線を向けた為、両側から正彦と明良が二人掛かりで押さえ込んだ。それを冷たく見やってから、清人が話を続ける。


「それなのに誕生日だからって、プレゼントを幾つも貰ってみろ。清香に変なねだり癖が付いたらどうしてくれるんだ?」
 そう言って清人は自分の横にちょこんと座っている清香に目をやった。
 その清香は全員から可愛いらしいぬいぐるみをプレゼントとして差し出されて驚喜したのも束の間、大好きな兄が怒り出してしまった為どうして良いか分からず、オロオロと兄と浩一達と、その前のぬいぐるみ達を交互に見やる。


「取り敢えず、清人さんの主張は分かりました。そうすると、この場はどうすれば良いんですか?」
 極めて建設的な問い掛けをした友之に、清人も腕組みを解いて淡々と告げた。
「そうだな……、全部は無理だから、清香。お前が好きな物を一つ選べ」
「え?」
 驚いて自分を見上げてきた清香に、清人は真顔で言い聞かせた。


「良く聞け、清香。せっかくだから一つは貰う事にする。一番好きなぬいぐるみを選ぶんだ。良いな?」
「……いちばん?」
「ああ。分かったな?」
 途方に暮れた表情でオウム返しに呟いた清香に、清人が更に念を押す。ここで自分が持参した物を選んで貰おうと、少年達がこぞってぬいぐるみ片手に清香に詰め寄った。


「清香ちゃん、やっぱり女の子はピンクのウサギだよね?」
「何言ってんだよ兄貴、時代はジェンダーフリーだよ? イワトビペンギンに決まってるさ」
「玲二……。お前、ジェンダーフリーの意味が分かってんのか? それに幾ら何でも凛々し過ぎだろ。ここは万国共通癒しキャラの、パンダで決まりだ」
「兄さん、万国共通って言ったら、テディベアに勝る物は無いと思うよ?」
「惜しいな修。ヒーリング面でも保護動物としても、イルカ以上の物は存在しない」
「友之さん、人間にとっての一番の愛玩動物は小型犬だよ?」
「五月蝿い、黙れ」
 清人の鶴の一声で一同が押し黙り、(自分が持って来たマスクメロンを食べさせようとした、お父様達と一緒じゃない……)と真澄が無言で頭を抱えると、清人は改めて清香の顔を覗き込んだ。


「さあ、どうする? 清香」
 すると狼狽顔の清香は忽ち両眼に涙を浮かべ、ぐずぐずと泣き始めた。
「……おにぃちゃ、……。さやか、……みん、な……、いらな……」
 切れ切れの声で訴えてきた清香に、清人が眉をしかめる。


「何だ? 全部くれなきゃ嫌だって事か?」
「ちが……、みな……かわい、く……ふいっく、て……ふぇっ、……えらべ、な……うゆっ、いこ、……かわい、そぅ……、だも、ん。ふぇっ…………、だか、ら、……さやか、ふえっ……がまんし、て……、ぜん、ぶ……もらわ、ない、……の」
 何とか自分の言いたい事を伝え終わった清香は、そこで堰を切った様に「ふぇぇっ!!」と盛大に泣き出し、隣の部屋から様子を見守っていた香澄の元に走り寄って抱き付いた。そのまま香澄にしがみ付いておいおいと泣き始めた清香から浩一達は清人に視線を移したが、対する清人はその非難がましい視線をふてくされた表情のまま平然と受け止める。
 一連の騒動を、香澄とその横に座っている清吾と共に眺めていた真澄は、二人に小声で囁いた。


「あの……、清人君の懸念は十分理解できますが……、今回だけは清人君に折れて貰うわけにいきませんか? 清香ちゃんが可哀想ですし」
 未だ香澄に抱き付いて泣いている清香を見ながら真澄が頼み込んだが、二人は揃って苦笑いをするのみだった。
「真澄さん……。申し訳ないが、清香の面倒は清人が一番みているのでね……」
「清香の躾云々に関して、あまり強い事が言えないのよね……」
 何となく予想していた通りの答えを返された真澄は、本気で項垂れた。


(駄目だわ……。本当に清人君って、親よりも清香ちゃんの面倒を見てるのね……)
 感心半分呆れ半分の心境に陥った真澄だったが、このまま傍観を続けるわけにもいかず、立ち上がって清人の側に移動した。


「清人君、ちょっと良い?」
「……何ですか?」
 立ったまま声をかけると、如何にも不機嫌そうに見上げられて真澄は内心たじろいだ。しかしそれは面に出さず、その場に腰を下ろす。そして清人の顔を見据えながら、静かに口を開いた。


「清人君の考えは妥当だと思うし、ここに来る前に予め意見を摺り合わせて来なかったこちらが、やはり全面的に悪いと思うわ」
 そう言い切った真澄に、清人が僅かに動揺した様に口ごもる。
「いえ、別に真澄さんが悪いわけでは……」
「でもこの子達も悪気が有ってこぞってプレゼントを持って来た訳じゃないから、あまり怒らないでやってくれる?」
「まあ……、真澄さんがそう言うなら……」
 続けて訴えた真澄に、清人は曖昧に頷いた。ここで真澄が畳み掛ける。


「それでね? 今後は私が責任を持って、清香ちゃんへのプレゼントは一個だけ用意するから、今回のこれは全部貰ってくれないかしら? せっかくのお誕生日に悲しい思いをして泣いてばかりじゃ、清香ちゃんが可哀想だし」
「それは……」
 チラリと清香に目を向けた清人が僅かに動揺した素振りを見せた為、真澄はもう一押しする事にした。
「これは私にとっても切実な問題なの」
「どうしてですか?」
 不思議そうに見返す清人に、真澄は真顔で告げた。


「だってこれが無駄になったら、捨てるのが勿体無いからって私が押し付けられて、持って帰る羽目になるのよ。幾ら可愛いからってこの年でぬいぐるみをこんなになんて、恥ずかしくて枕元に飾れないわ」
 それを聞いた清人が黙っていると、横からボソボソと呟く声が聞こえてくる。


「……って事はさ、逆に言えば、貰ったら枕元に飾るって事だよね」
「一個だとしても、真澄さん位の年なら飾らないんじゃ……」
「普通はそうじゃない?」
「五月蠅いわよ外野! 人が話をしている最中は黙ってなさい!」
 反射的に真澄が叱りつけたが、それを唖然として眺めてから清人が小さく吹き出した。


「なるほど……、分かりました。なるべく真澄さんの負担にならないようにしましょう」
「……そうしてくれると嬉しいわ」
 クスクス笑いながら妥協してくれた清人に感謝しつつも、憮然としながら真澄は応じた。そんな真澄に小さく笑いかけてから、清人が立ち上がって清香の元に歩いて行った。


「清香、今回だけは特別に全部貰って良いぞ? 俺が許す」
「ほんと!?」
 頭を撫でられながら言われた台詞に、清香が弾かれた様に涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。そんな妹に、清人が優しく笑いかける。


「ああ、本当だ。その代わり大事にして、毎日きちんと片付けるんだぞ? 約束できるか?」
「やくそくする!」
「よし。それならお兄ちゃん達にちゃんと礼を言うんだ」
「うん」
 そうして勢い良く立ち上がり、浩一達の所に駆け寄った清香は腫れぼったい顔をゴシゴシと両手で顔を擦ってから、晴れやかな笑顔を向けた。


「こういちおにいちゃん、ともゆきおにいちゃん、まさひこおにいちゃん、おさむおにいちゃん、あきらおにいちゃん、れいじおにいちゃん、かわいいこたちをありがとう。さやかずーっとだいじにするね!」
 神妙に押し黙っていた従兄達は清香にそう言われて揃って破顔し、次々に軽口を叩き始めた。


「喜んで貰えて嬉しいよ」
「しっかし清人さん、融通利かないよな~」
「ホント、将来頑固親父決定」
「そんな事じゃ、女の子にモテないと思うけど?」
「……お前達、また叩きのめされたいのか?」
 低い声で凄む清人にも、殆どの者は動じなかった。


「う~ん、いつかはリベンジするつもりだけど、勝者の余裕でちょっと待ってくれないかな?」
「何だと?」
 怪訝な顔をした清人に、浩一が笑って説明を加える。
「実は清人君に返り討ちされた後、友之がボクシング、正彦が空手を始めたんだ。僕は合気道を」
 それを聞いた清人は鼻で笑った。


「はっ! 雪辱戦を挑むつもりか? 心意気は誉めてやるが、待ってろと言うのは図々し過ぎるぞ?」
「確かにね。本当にごめん」
「今まで汗臭いのは、御免だと思ってたのにな~」
「俺達の人生を変えた責任、取って下さいよ。清人さん」
 清人が吐いた悪態にも飄々と応じる三人に、とうとう清人は笑い出した。
「分かった、いつまででも待ってやる。束になってかかって来い」
 そんな風にあっと言う間に男同士で打ち解けてしまったのを眺めた真澄は、密かに理不尽な怒りを覚えた。


(何なのよ、いつも後始末をするのは私なのに、私以上に清人君と仲良くなっちゃって……。第一、あの子達より私の方が、先に清人君と知り合ってるのに……)
 そんな事を考えて清人達から少し離れた所で一人苛々していると、すぐ側にやって来ていた香澄と清吾が囁いている内容が耳に入ってきた。


「ほら、言ったでしょう? 清人は真澄ちゃんの言う事だったら素直に聞くって」
「なるほど……、確かにそうだな」
 清人に聞こえない程度の声で囁いている夫婦に、真澄は怪訝な顔を向けた。


「お二人とも……、別に私が言ったからじゃなくて、清香ちゃんが可哀想になったからじゃありませんか?」
「あれはそうじゃないわね」
 真澄の問い掛けに香澄が重々しく頷き、清吾もいかつい顔を緩めながら答える。
「私から見ても、そうじゃないと思いますね。色々大変かと思いますが、今後とも宜しく頼みます、真澄さん」
「はぁ……」
 正直言って何がなにやらさっぱりだった真澄だが、取り敢えず曖昧に頷いてその話は終わらせる事にした。


「それはそうと清香ちゃん、私も清香ちゃんにプレゼントを持って来たの」
「ほんとう? ありがとう、ますみおねえちゃん!」
 声をかけると忽ち駆け寄ってきた清香に、真澄は笑顔で傍らに置いていた無地のダンボール箱を開けて中身を取り出した。それを見て、清香がウキウキと身を乗り出す。


「おようふく?」
「そうよ、私のお下がりなんだけど、実は私も他の人から貰った物なのよね。でも品物が良いから、今でも着られるわよ? どうですか? 叔母様」
 そう言って差し出された衣類を香澄は一枚一枚広げて点検しながら、満足そうに頷いた。


「ええ、シミ、黄ばみもほつれも無し。完璧よ。やっぱり物が良いと長持ちするのね」
 そう言ってその服に真っ先に袖を通していた香澄は、懐かしそうに笑った。それに真澄も釣られるように笑い、清香に顔を向ける。
「本当は私に妹ができたら着せるつもりでお母様が大事に取ってたんだけど、弟だけでね。だから清香ちゃんが着てくれたら嬉しいなって思って、持って来たの。どう清香ちゃん、着てくれる?」
「うん、ありがとうおねえちゃん!」
 にこにこと笑顔で応じた清香の後ろから、顔を見せた清人が何枚もの服を認めて軽く頭を下げる。


「ありがとうございます、真澄さん。……清香、せっかく貰ったんだから大事に着るんだぞ?」
「うん、だいじょう」
「あら、そんなの駄目よ」
「え?」
 話を遮られた兄妹は揃って怪訝な顔をしたが、真澄はあっさりと言葉を継いだ。


「遊び盛りの子供の服なんだし、汚すのを気にしてたら思い切り遊べないわよ? 汚したり破いたりしても気にしない様に、わざわざ昔の服を引っ張り出したんだから。だからこれを着て泥遊びとか木登りとかしても構わないからね? 清香ちゃん」
「うん、ありがとう!」
「どういたしまして」
 笑顔でそんなやり取りをしてから、清香は早速香澄に何枚かの服を羽織らせてもらい、それを見た従兄達に「可愛い」とか「似合ってる」とか声をかけられご機嫌だった。それを眺める真澄の顔も、自然に緩む。


(良かった。散々考えた甲斐があったわ……。家に帰ったらちゃんと保管しててくれてたお母様にお礼を言って、清香ちゃんが喜んでたって報告しないとね)
 当初、真澄も清香の誕生日プレゼントに人形などを考えていたのだが、ふとあまり贅沢な物だと敬遠されるかもしれないと思い至り、悩み抜いた末、無理なく受け取って貰えるように幼少期の衣類を引っ張り出した経緯があった。その為、弟や従弟達が何を持って行くつもりなのかを確認するのを怠ってしまい、先刻の騒ぎになってしまった訳だが、結果オーライとする。
 そんな風に一人満足気に清香の様子を眺めていた真澄の横に、いつの間にか清人が寄って来て声をかけた。


「真澄さん、気を遣って頂いて、ありがとうございました。……ちょっと意外で、驚きました」
「意外って、何が?」
 不思議に思って問い返した真澄に、清人は若干言い難そうに続ける。
「その……、真澄さんの家は資産家ですから、あまり物を大切にしない様な先入観があったので……。すみません」
 恐らく正直に述べたであろう清人に、真澄は鷹揚に笑って頷いた。


「謝る事は無いわ。確かに一度着た服はもう着ない、なんて世間一般には思われてそうだもの。でもお小遣いとかは決まってるし、兄弟間でのお下がりなんて普通よ? 最近はお母様の昔の服を、仕立て直して着たりもしてるし。どう? イメージと違ってがっかりした?」
 わざと茶化すように言ってみると、清人も明るく笑いながら答える。


「いえ、そんな事は無いですよ? 物を大事にする人は、俺は好きですし」
「……そ、そう? ありがとう」
 そこで清香が「おにいちゃん、みてみて~」と新しく着せて貰った服を見て貰おうと、清人にタックルしてきた為話は終わりになり、真澄は動揺した胸の内を隠す事ができて心から安堵した。


(落ち着くのよ。清人君は一般的な話をしただけであって、私個人がどうこうって言ったわけじゃ無いんだから……。全くもう……、一々心臓に悪い言い方をするんだから)
 そんな事を考えながら真澄が恨みがましい視線を向けた清人は、清香と二人で仲良く笑い合っていた。



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