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いつか王子様が……

篠原皐月

再会~真澄、十六歳の初夏~

 ある夜、父親の書斎に呼びつけられた真澄と浩一は、厳めしい顔付きの雄一郎から命じられた内容に、二人揃って面食らった。
「……今度の週末に、香澄叔母様の所に行って来いって、どういう事ですか?」
「しかも私達だけで? まずお祖父様とお父様達が頭を下げて、詫びに行くのが先でしょう?」
 姉弟揃って疑問の声を上げると、雄一郎がぼそりと口にする。


「今日、三人で行って来た」
「え?」
「本当ですか?」
 驚いた表情を見せた子供達に向かって、雄一郎は沈鬱な表情で言葉を濁した。
「ああ、そして佐竹さんには快く許して貰ったんだが……」
「どうしたんですか?」
「香澄が清香ちゃんに、私達の事を『お父さんの幼なじみのおじさん達』と紹介した」
 そこで真澄と浩一は黙って顔を見合わせてから、静かな口調で指摘した。


「つまり、『自分の兄で清香にとっては伯父』とは紹介して貰えなかったんですね?」
「しかも、否定もさせて貰えなかったんですか。やっぱり叔母さん、まだ怒ってるんだ……」
「当然でしょう」
 そこで揃って深い溜め息を吐いた二人に、雄一郎が真剣な口調で続けた。
「だから、お前達は清人君と仲良くなってくれ」
 いきなり飛んだ話の内容に、二人は今度こそ呆れかえった。


「はぁ? それとこれと、どういう関係があるんですか?」
「清人君って……、確か香澄叔母さんの、結婚相手の連れ子ですよね? その名前がどうしてここで……」
「《将を射んと欲すれば、まず馬を射よ》だ。清香ちゃんはマスクメロンで掴みは上々だったから、香澄と仲が良い清人君も取り込めれば、香澄に許して貰える日も近いんだ!」
 必死の形相の雄一郎だったが、娘と息子はどこかしらけた表情をその顔に浮かべる。


「……マスクメロン?」
「取り込めって言われても……」
「頼む! 真澄、浩一! 子供は子供同士、仲良くしてくれ! 清人君は礼儀正しい良い子で周囲の信頼も厚いらしいし、成績優秀、スポーツ万能だそうだ。浩一と同い年だし、きっと気が合うぞ?」
 嬉々として浩一の両肩を掴んで訴えた雄一郎だったが、その横顔に真澄の冷たい視線が突き刺さった。
「あらまあ……。そんな良い子の腕を、どこかの誰かさん達はよってたかってへし折ったんですよね?」
 それに対し、雄一郎が慌てて弁解を試みる。


「ま、真澄っ! あの時の事は……、それに折ったのは父さんで」
「同罪です」
「…………」
 娘に弁解の台詞を遮られた雄一郎は力無く項垂れ、流石に父が気の毒になった浩一は、真澄を宥めようと口を挟んだ。


「姉さん、それくらいで。父さん達だって反省してるんだし」
「反省すらできなかったら、サル以下よ」
「…………」
 しかし真澄にあっさりと切り捨てられ、浩一も雄一郎同様無言で項垂れる。


(本当にあの一件以来、性格がキツくなったな。まだ外面は保っているのが救いだが……)
 男二人がしみじみと自問自答していると、如何にも面白く無さそうに真澄が話を進めた。


「それで? 後ろめたさバリバリの自分達に代わって、件の彼を籠絡しろと仰るわけですね?」
「籠絡とは人聞きが悪いが……、まあ、そんな所だ」
 居心地悪そうに雄一郎が肯定すると、真澄は溜め息を吐いてから了承する旨を告げた。


「分かりました。浩一と叔母様の家に行って来ます」
「本当に行ってくれるか!?」
「姉さん?」
 途端に表情を明るくした父と怪訝な顔を向けてくる弟に、真澄は苦笑いしながら理由を口にした。


「籠絡云々はともかく、久し振りに叔母様に会いたいですから。今まで誰かさん達が叔母様の逆鱗に触れたせいで、清香ちゃんにも会えずじまいでしたし」
「う……、すまん。宜しく頼む」
 神妙に頭を下げた父を見て、浩一も素直に頷いた。
「分かった、僕も行くよ。ちゃんと従妹に挨拶しないとね。楽しみだな、可愛い子かな?」
 浩一が何気なく口にしたその台詞に、雄一郎が嬉々として食いつく。


「おう、無茶苦茶可愛い女の子だぞ? 今からは想像も出来ないが、真澄の小さい頃に良く似て」
「想像できなくて悪かったですね! それでは私は失礼します」
「お……、おい、真澄!?」
「父さん……」
 思わず無神経な事を言ってしまった雄一郎に真澄は腹を立ててさっさと部屋を出て行き、浩一はその後ろ姿を見送って深い溜め息を吐いた。そして廊下を歩きながら、真澄は父親に対する悪態を吐く。


「全く! こんな性格になったのは、誰のせいだと思ってるのよっ!!」
 そのままブチブチと文句を言っていた真澄だったが、自室に戻ってドアを閉める頃までには、冷静さを取り戻していた。
「清香ちゃんか……。ふふっ……、どんな子か、ちょっと楽しみだわ」




 ※※※




 真澄と浩一が、父に指定された週末。何故か昼過ぎに二人の叔父が息子達を伴って屋敷を訪れたと思ったら、いつの間にか真澄達は従弟達と同行する羽目になっていた。
「それで? どうしてあなた達まで来るわけ?」
 広いリムジンの車内は五人座ってもビクともしないが、向かい側に当然のように乗り込んだ従弟達に、真澄は胡乱な目を向けた。それを受けた友之、正彦、修の三人が、それぞれ好き勝手な事を言い出す。


「お互い様ってとこですよ」
「この年で、もう親の尻拭いをさせられるなんてな~」
「仕方ないだろ? 兄さん。社会勉強だと思おうよ」
 どう好意的に見ても、これから友好的関係を作りに行こうという雰囲気が微塵も感じられない従弟達に、真澄はイラッとしながら釘を刺した。


「あなた達、くれぐれも叔母様や清人君に、失礼の無いようにね! 何か面倒な事になったら、最年長の私が文句を言われる事になるんだから!」
「分かってますよ」
「信用ないな~、俺達」
「大丈夫だよ、多分」
 そんな風にヘラヘラと笑いながら返す従弟達に、真澄は本気で頭痛を覚えた。


(とても信用出来ない……。浩一はさっきから黙りっ放しで、何を考えているのか分からないし……)
 自分の隣で窓の外を見ながら何やら考え込んでいる弟を見た真澄は、心の中で呻いた。
 そんな不安を抱えたまま車は順調に進み、三時前には香澄達が暮らす団地付近へと到達していた。そして来客用に確保してある駐車場にはみ出すようにリムジンが停車し、遠くの方から何人かの好奇心に満ちた視線を浴びながら、真澄達が地面に降り立つ。


「へえぇ、これが所謂団地って奴か……。こんなに近くでは初めて見たな」
「狭い所に、随分ゴチャゴチャあるよな~」
「ねえ、この建物一つに何家族住んでるの? ワンフロア1世帯?」
「…………」
 周囲を物珍しそうに見回しながら感想を述べる従弟達を半ば無視し、車内にそのまま運転手を待機させた真澄と浩一は、住所が書かれたメモを手に歩き出した。そして目指す棟の入り口に辿り着いた所で、好き勝手を言いながら付いて来た従兄弟達が、困惑した声を上げる。


「あれ? 真澄さん、エレベーターらしき物が見当たらないんだけど……」
「はぁ? 四階建てなのに、庶民の住居ってエレベーターすら無いのか?」
「学校は三階建てだけど有るよ? そうか、だから貧乏な人って、体力が有り余ってるんだね」
「あんた達、いい加減にしなさいっ!!」
 そこで遂に堪忍袋の緒が切れた真澄は、近くの壁に設置されていた金属製の郵便受けを叩きながら怒鳴りつけた。


「良いこと!? もうあんた達は黙って、聞かれた事にだけ失礼の無い返事をしていなさい! 話は全部私がするから。分かったわね!?」
「…………」
「分かりました」
「了解」
「は~い」
「浩一、返事は!」
 気のない返事が返ってくるのに苛立ちながら、真澄が未だに無言の弟を睨みつけると、浩一は神妙に頷いた。
「……はい」
「全くもう、どいつもこいつもっ!」
 そうして真澄は憤慨しながら、階段を上って行った。その後、真澄は目指す部屋番号が表示されたドアの前に立ち、傍らの小さなボタンを押すとすぐに、中からドアが開けられた。


「いらっしゃい、真澄ちゃん。待ってたのよ?」
 記憶にあるのと寸分違わない笑顔で微笑まれた真澄は、思わずここに来るまでのあれこれを忘れて笑い返した。


「お邪魔します、叔母様。今日は大勢で押し掛けてしまってすみません」
「そんな事、気にしないで良いのよ? 今日は予め連絡は貰ってたし。……勝手に押し掛けてくる輩程、迷惑では無いわ」
(やっぱりお父様達、叔母様に断り無く押し掛けたのね……)
 どこまで強行突破する気だったのかと父達の行為に真澄が心の中で呆れていると、香澄は真澄の背後の甥達に視線を移し、愛想良く声をかけた。


「浩一君、友之君、正彦君、修君、久し振りね。元気だった?」
「はい」
「お久しぶりです」
「お元気そうで何よりです」
「こんにちは。叔母さん、その子が清香ちゃん?」
 物怖じしない修が香澄のスカートにしがみつき、その後ろに隠れている女の子に目を向けながら問いかけると、香澄は笑って娘を促した。


「ええ、そうよ。……ほら清香、ご挨拶しなさい。皆、マスクメロンのおじさん達の子供なのよ?」
「マスクメロンのおじさんたちの!?」
 そこで驚いたように顔を上げた清香は、ピョコンと香澄の背後から飛び出し、真澄達に向かって深々と一礼してから、ニコニコと可愛らしいく笑いかけた。


「こんにちは、さたけさやかです! おにいちゃんおねえちゃん、なかよくしてね?」
 その姿に、思わず密かに唸る面々。


(うわ……、父さんが言ってた通り可愛いなぁ)
(……うちは俺一人だから、悩殺されるわけだ)
(うん、新鮮だな~、兄弟に加え従兄弟ばかりで、従姉妹は真澄さんだけだし)
(真澄さんもこんな可愛い時代って、あったのかな?)
(……あんた達、つくづく失礼ね。考えてる事がだだ漏れよっ!)
 弟や従弟達の考えを読んだ真澄が一人心の中で憤慨していると、香澄が笑顔で促した。


「さあ、どうぞ。狭いけど上がって頂戴」
「お邪魔します」
 土産として持たされたマスクメロンを香澄に渡すと、香澄はそれを持ってすぐ横の台所に入った。その為一同は清香の先導で台所の横を抜けて六畳間に入ると、清香は慣れた手つきで部屋の隅から座布団を持って来て、卓袱台の周りに人数分を並べる。


「……はい、おねえちゃん、おにいちゃん、こっちにすわって?」
 にっこりと笑いかけられ、浩一達は周囲を見回しながら曖昧な笑みを浮かべる。
「はぁ……」
「……どうも」
「ありがとう」
「清香ちゃん、リビングってどこ?」
「りびんぐ?」
 修の何気ない問い掛けに清香が首を傾げ、“初めて聞く言葉を聞いた”といった風情の戸惑った表情を見せると、真澄は小さく舌打ちして修の膝の裏を問答無用で素早く蹴り込んだ。


「うわっ!」
「おにいちゃん?」
 不意を突かれて前に倒れ、慌てて卓袱台に両手を付いた修を清香は驚いた表情で眺めたが、真澄は笑って誤魔化した。
「あ、あはは……、何でも無いのよ、清香ちゃん。ここは大丈夫だから、お母さんのお手伝いをしてきた方が良くないかしら?」
「は~い、わかりました~。おかあさ~ん」
 そうして清香が素直に引き戸を開け閉めして台所へと姿を消すと、真澄は小声で修を叱りつけた。


「修! 団地なんだから、そんなに広い間取りや部屋数が多いわけ無いでしょう!」
「え? ここ控えの部屋とか、そんなんじゃ無いの?」
「違うに決まってるでしょう! あんたはもう十歳なんだから、もうちょっと分別を持ちなさい!」
「…………」
 キョトンとして真顔で問い返す修に、真澄は本気で髪をかきむしりたくなった。それを浩一が同情する眼差しで見やる。


「……団地としては、平均的な間取りと広さじゃないかな?」
「そうだな、3DK、60平米ってとこか?」
「こんな所に一家四人で暮らしてるの? 旦那さんが甲斐性無しで、苦労してるんだね香澄叔母さん……」
 香澄の境遇にいたく同情したらしく、涙ぐんでそんな事を口にした修を指差しながら、真澄は正彦に文句を言った。


「正彦! その考え無しボンボンに、間違っても叔母様の前でそんな失礼極まりない発言をさせないように、帰るまで口を塞いでて!」
「ええ? 僕、何か失礼な事言ったの?」
 わけが分からないといった風情の弟の肩を軽く叩き、正彦は疲れた様に言い聞かせる。
「……うん、もう良いからお前は黙ってろ。ここを出るまで一言も喋るな」
 そんな事を言っているうちに、引き戸を開けてトレーを手にした香澄と清香が姿を現した。


「お待たせ、さあどうぞ。遠慮しないで?」
「またマスクメロンがうちにきちゃった~。うれしいな~」
 そんな事を言いながら、母と娘がトントンとテーブルに乗せていった物に対し、真澄を初めとする全員が戸惑いの視線を向けた。


(え? マグカップにお茶……)
(茶碗と茶托は……、使わないのか?)
(マグカップ……。加えて大きさも柄もバラバラ……)
(器が一つ? しかも皮を剥いて小さく切って、大量に盛ってある……)
(添えてあるフォークは人数分あるけど……。え? まさかここから取って食べるの?)
「香澄叔母さん、このメロンって」
「叔母様、早速いただきますね?」
 真顔で口を開いた修の言葉を遮るように、中央に置かれた大皿に慌てて手を延ばしながら、真澄が香澄に断りを入れた。


「ええ、どうぞ」
 常にメロンなどは自分の分だけ皿に皮付きの状態で切り分けられ、正式な茶器でお茶の類を飲んでいるであろう甥姪達の、軽いカルチャーショックなど見透かしている香澄は、笑いを堪えながら何食わぬ顔で勧めた。そこで横から甘えた声が聞こえてくる。


「おかあさん、さやかもあれたべたい~」
 清香は目の前に置いてある小さな皿に盛った分より、皆と混ざって大皿から取って食べたがったが、香澄が怖い顔で断固として拒否した。
「ダメ。清香は手が届かないし、この前おじさん達のを食べ過ぎて、お腹を壊したでしょう? 今日はこれだけ」
「……はぅ」
 フォーク片手に涙目で項垂れた清香を見て、保護本能を刺激された従兄達は皆大皿から取って好きなだけ食べさせてやりたいと思ったが、香澄の台詞に引っ掛かりを覚えた真澄は、恐る恐る尋ねてみた。


「叔母様、この前って、ひょっとして……」
「ええ、あなた達のお父さんが、一人一個ずつ持参したの。挙げ句にやめて下さいと言ったのに、他の人の物より自分が持参したメロンを少しでも多く清香に食べさせようとして、競り合ってね」
 にっこりと笑いながら、しかし目つきがどことなく険しい叔母を見て、真澄は反射的に頭を下げた。


「……すみません。聞き分けのない親で」
「あら、真澄ちゃんが謝る事じゃないわよ。気にしないで?」
 そう言って香澄はコロコロと笑ったが、真澄としては生きた心地がしなかった。
(もう、何やってるのよ、お父様達はっ!)
 ひとしきり心の中で父と叔父達を罵倒してから、真澄は今日ここに出向いた本来の用件を漸く思い出した。


「あの……、ところで佐竹さんと、清人君は……」
 この家の男性陣の所在を尋ねてみると、香澄は事も無げに答えた。
「うちの人は夕方からの仕込みに、もう店に行ってるわ。清人君には近くの商店街のタイムセールに行って貰ったの」
「タイムセール、ですか?」
「ええ、食用油とトイレットペーパーの」
「………………」
 あまりにも平然と言われてしまい、どう返せば良いのか分からずに固まってしまった面々を余所に、母と娘の呑気な会話が交わされる。


「おいしいの~、さやかのマスクメロンさま~」
「おにいちゃん達が来てくれて良かったわね」
「うん! さやか、しあわせ~」
 そうこうしていると、玄関が開く音と微かな足音が伝わってきてから、戸を開けてあった台所に両腕に大きな荷物を抱えた少年が現れた。


「香澄さん、ただいま。お客さんがもう来てるんだね」
「あ、おにいちゃん! おかえりなさい」
 その声を聞いて清香がピョコンと飛び上がって清人に駆け寄り、真澄も立ち上がって台所に向かいながら義理の息子を労った。


「ありがとう清人君、こんなに重かったでしょう?」
「これ位、大した事ないよ。安かったからついでに、風呂場用洗剤も買って来たから」
 笑って袋の中身を取り出す清人を見上げながら、清香が嬉しそうに纏わり付いた。


「おにいちゃん、メロンがあるの!」
「お土産に貰ったの。清人君の分を取ってあるから、座って食べてて。今お茶を煎れるわ」
「分かった」
 冷蔵庫から取り出されたメロン入りの器を受け取ってラップを外し、清人は隣接する和室に足を進めた。そして卓袱台の手前で立ち止まり、器を手にしたまま無遠慮に客人達を見下ろす。
 その視線を受けて少年達は戸惑いの視線を向けたり、眉をしかめたり睨み返したりと様々な反応を見せたが、真澄は呆然と目の前の少年を見上げていた。


(確かに、あの時の子で間違いないし、綺麗な顔立ちは変わらないけど……。四年前とは比べ物にならない位、凄い精悍な顔付きになってる……)
 そして真澄に目を向けて一瞬戸惑ったような表情を見せた清人だったが、すぐに平然と空いている座布団に正座して、軽く頭を下げた。


「初めまして、佐竹清人です。どうぞ宜しく」
 しかし再び頭を上げた清人の瞳には、とても友好的とは言い難い色が混ざっていた。



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