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世界が色付くまで

篠原皐月

第57話 再会

 成田空港の見学デッキに立って滑走路を眺めていた真澄は、今まさに離陸して行った機体から視線を離さないままスマホを取り出し、夫に電話をかけた。明らかに勤務時間中の為、応答するまでに時間がかかるかと思いきやすぐに繋がった事から、相手が自分からの電話を待っていた事が分かり、思わず笑みを零す。
「どうかしたか? 真澄」
「ちゃんと飛んで行ったから、安心して頂戴」
「そうか。ご苦労だったな」
 短く答えた後、黙り込んでいる真澄に、清人は多少じれた様に電話越しに問いかけてきた。


「それで?」
「さあ……、どうかしら?」
「何だそれは?」
 思わせぶりに言ってからクスッと笑った妻に、清人は若干気分を害した様に問いを重ねる。すると真澄は、肩を竦めながら素っ気なく告げた。


「今後の事は、当人達次第ってところじゃない? これ以上干渉するつもりは無いわ」
 その言い草に、思わず清人が吹き出す。
「お前がそれを言うか……。これまで干渉しまくっていたくせに」
「あら、心外ね。清人程じゃないわよ」
「違いない」
 そして二人で笑い合ってから、清人が思い出した様に言い出した。


「そう言えば、お前が準備してた“あれ”はどうしたんだ? あいつに持たせたのか?」
「ああ、“あれ”ね。まだぐずぐず言ってたから彼女と賭けをして、私が勝ったら貰ってくれる事になったの。後から航空便で送るわ」
 淡々とそんな事を言われた為、清人は好奇心をそそられて尋ねた。


「因みに、お前が負けたらどうするんだ?」
「どうもこうも、浩一とは姉弟の縁をすっぱり断ち切るけど、彼女とはこれからも友人付き合いを続けるだけの話よ」
 それに笑いを堪えながら、清人が話を合わせる。
「そうか……。それなら俺も、浩一とは親友兼義兄弟の関係は返上して、あいつとご主人様と下僕の関係を続けるか」
「そんな事、微塵も思って無いくせに」
 そこで清人が笑いを収め、確認を入れてきた。


「ところで、ちゃんとあいつに明良を付けたんだろうな?」
 それを聞いた真澄は(やっぱり過保護だわ)などと密かに思いながら、平然と答える。


「ええ。ちゃんと空港で落ち合ったから、心配しないで。明良には私から、重々言い含めておいたし」
「分かった。じゃあ気を付けて戻って来い」
「大丈夫よ、柴崎さんもいるし。のんびり帰るわ」
 そこで通話を終わらせた真澄は、いつの間にか先程の機影が見えなくなった空を軽く見上げてから、五メートル程離れた所から自分の様子を窺っていた運転手に顔を向け、近寄りながら声をかけた。


「柴崎さん、お待たせ。それじゃあ帰りましょうか」
「はい」
 にこやかに微笑んだ運転手の後に付いて歩き出した真澄は、再度背後の空を軽く見上げて(二人とも、頑張ってね)と心の中で小さくエールを送ってから、駐車場へと向かった。


 ※※※


 連れ立って飛行機を降りてから二人は何事も無く入国審査を抜け、旅慣れた明良主導で予約してあるホテルへの移動まで順調に済ませた。更にフロントに荷物を頼んだ二人は再び移動を開始し、早速浩一の勤務先が入っている高層ビルに足を踏み入れる。


「浩一さんの勤務先って、このビルの中の十五フロアを丸々使ってるのか。思っていたより、随分規模が大きいんだな。受付は二十三階だから、エレベーターはどこを使うかな……」
 広々とした一階エントランスロビーの壁に表示してある、ビル内の総合案内と、階層毎のエレベーターの表示板を見ながら明良が考えていると、背後から控え目な声がかけられた。


「あの……、明良さん」
 その声に明良は勢い良く振り向き、迫力のある笑顔で迫る。
「何ですか? 恭子さん。先に言っておきますが、この期に及んで『やっぱり止めます』は無しですよ? そんな事されたら監視役……じゃなくて、付き添いを頼まれた俺が、真澄姉と清人さんからどんな制裁を受けるか分からないんですから」
 顔は笑っていても目が全く笑っていない表情は、彼の内心を如実に表しており、恭子は慌てて首を振りながら申し訳無さそうに付け加えた。


「いえ、前途有望な明良さんの未来を、潰す様な真似をするつもりはありません。ただ、その……。今は寝不足と過度の緊張で、冷静な判断力を保てる自信が無いと言うか、何と言うか……」
 そんな懸念を、明良は笑い飛ばした。


「何だ、そんな事なら心配要らないですよ。寧ろ恭子さんは、常日頃余計な事を考え過ぎなんですから、この場合あまり深く考えない方が良いです」
「そうでしょうか?」
「そうですよ! ですから思った事をそのまま、ストレートにどうぞ」
「でも……、何か後から、真澄さんに怒られそうな気がして……」
 まだ何やら逡巡しているらしい恭子に向かって、明良はここで胸を叩いてみせた。


「真澄姉から全権委任されてる俺が許可します。もし万が一、真澄姉から怒られる様な事態になっても、俺が全面的に責任を持ちますので、安心して下さい」
 そう力強く請け負った明良に、恭子は幾らか緊張がほぐれた様に微かに笑う。
「はぁ……、その時は宜しくお願いします」
「じゃあ行きますよ? 浩一さんの会社のフロアに行くには、あそこのエレベーターからみたいです」
「はい」
 そして目的のエレベーターに向かって歩き出しながら、明良はふと不安を覚えた。


(『責任を持つ』なんて言っちまったけど、大丈夫かな? 普通に考えれば、上手く纏まるパターンだけど……)
 そしてチラリと横を歩く恭子を見てから、再度考えを巡らせる。


(あの二人がかりで吊し上げられるのは、本気で勘弁して欲しい)
 あまり嬉しくない未来予想図を頭の中で思い描いてしまった明良は、無言のまま軽く頭を振ってそれを打ち消したのだった。




〔はい、カシワギです〕
 内線に出た浩一は、受付からの電話を受けて一瞬戸惑った。
〔コゥ、あなたにお客さんなの。あなたのいとこのMr.クラタと彼の恋人だと言っているけど、通して構わないかしら?〕
(恋人? 明良だけじゃ無いのか?)
 浩一はそう不審に思ったものの、相手を待たせるわけにはいかず、取り敢えず疑問は横に置いておく事にする。


〔俺のいとこが来るのは聞いていました。通して貰えますか? 上の許可も取ってあります〕
〔分かったわ。じゃあコゥの席を教えるわね〕
〔お願いします〕
 そうして静かに受話器を戻しながら、浩一は若干苛ついた。


(恋人と一緒に撮影旅行って事なのか? 明良も案外気が利かないな。俺の現状を知ってるくせに)
 そんな事を考えた浩一だったが、ふと別の可能性に気が付く。


(まさかとは思うが、姉さんか清人の嫌がらせじゃあるまいな?)
 そしてその可能性を否定しようとして、否定しきれなかった事で浩一は無言で項垂れた。


(あの二人なら『あの甲斐性無しにはそれ位しろ』とか指示しかねない……。やっぱり鬼だ)
 一気にテンションが下がったのを自覚していると、少し離れた場所から声がかかる。


〔コゥ! ワールド・トレーディング・ジェダイドの事業報告はできたか?〕
〔ああ、見直しが終わったから、今持って行く〕
 同僚の声に、浩一が机の上にあった書類を手にして立ち上がった時、広いフロアの通路を通ってまっすぐこちらに向かって歩いてきた人物が、片手を上げながら自分に呼びかけてきたのに気が付いた。


「浩一さん! 元気そうですね」
「やあ、明良。よく来た……」
 つい先程考えた事は気にしない事にして、浩一は愛想良く言葉を返そうとしたが、最初明良の陰になって見えなかった人物の姿を認めた途端、不自然に言葉を途切れさせた。対する恭子も微妙な表情のまま無言を貫いている為、ごく自然に会話の主導権を明良が握る事になる。


「ちょっと連れがいるんだけど、1人だけですし構わないですよね?」
 にこやかに一応許可を求めてきた明良に、浩一は半ば呆然としながら問いかけた。
「明良……。俺はさっき受付から、お前とお前の恋人が来ていると聞いたんだが?」
 しかし明良は、それにちょっと考える素振りをしてから、事も無げに答える。


「あれ? あ、そう言えば、俺達と浩一さんの関係を受付で聞かれた時、『his cousin and his sweetheart』じゃなくて『his cousin and sweetheart』って言ったかもしれませんね。『my sweetheart』とは言った覚えは無いんですけど、それが変に伝わったかな? あはは、すみません。うっかりしてたな~。いやぁ、参った参った」
(あはは、じゃないだろうがっ!! お前絶対、面白がってるよな!?)
 わざとらしく笑いながら弁解らしき事を口にした明良を、浩一は一瞬、本気で殴り倒したい衝動に駆られた。しかし明良が自分の背後にいる人物に声をかけた為、意識が完全にそちらに移る。


「ほら、恭子さん。まずはご挨拶ご挨拶」
「……そうですね」
 そして固い表情のまま前に出た恭子は、浩一と向かい合った。


「お久しぶりです、浩一さん。お元気そうで何よりです」
 そう言って頭を下げた恭子に、咄嗟に何を言えば良いか分からなかった浩一が、無難な言葉を返す。
「……どうも。君も元気そうで何よりだ」
「おかげさまで」
 彼女の目の前の浩一と、少し下がった位置から傍観者に徹する事にした明良は(何がどう『おかげさま』なんだろう)と漠然と考えたが、それきり恭子の反応が無くなった。
 この間、フロアに見慣れない東洋人が現れた上、その人物が最近同僚になった男と何やら関係があるらしいと、周囲の者達は興味津々で眺めていたが、二人が黙ったまま微動だにしない為、怪訝な顔になってあちこちで囁き始める。


〔おい、何だかあそこ、変な雰囲気じゃないか?〕
〔コゥのいとこが会いに来るとか言ってたが?〕
〔いとこって彼の事だよな。そうなると同伴してきた彼女は、コゥの何なんだ?〕
〔そういえばさっき彼が、コゥの恋人とか、自分の恋人とか言ってたようだったが……〕
 二人の会話は日本語だった為、全く内容は分からなかったものの、間に挟まれた英単語を聞き取っていた者が呟くと、同僚の1人がそれに即座に反応した。


〔え? でもコゥはこっちに来る直前に、恋人とは別れたって言ってたわよ?〕
〔そうだよな。だから広い部屋は要らないって言われたし〕
 それに同意の言葉が続くと、誰からともなく憶測の言葉が漏れる。


〔ひょっとして……。コゥの恋人を、あの彼のいとこが取ったとか?〕
 その一言で、忽ちその周囲の空気が、殺伐とした物に変化した。


〔うわ、それでコゥの元の彼女同伴で、コゥに会いに来たってのか?〕
〔異国で一人頑張ってるコゥに見せびらかして、優越感に浸る為に?〕
〔なんて下素野郎だ〕
〔まさに悪魔の所業だな〕
〔地獄に落ちやがれ〕
 ボソボソと囁いていても、半分はわざと明良に聞き取れる程度の声量で吐かれる呪いの言葉と、全身に突き刺さる非友好的な視線に、明良は思わず遠い目をしてしまった。


(おいおい、何か俺凄い誤解されて、極悪非道な鬼畜認定? フロア中の視線が痛いんだけど……。真澄姉、清人さん。もう帰っても良いですか?)
 明良が心の中で密かにそんな泣き言を漏らした時、ここで漸く恭子が動いた。



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