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世界が色付くまで

篠原皐月

第49話 転身

 朝食を食べ終え、まさに出かけようとして椅子に置いていた鞄を取り上げた浩一は、ふと思い出した様に恭子を振り返った。
「恭子さん、ちょっと今夜は帰りが遅いから、夕飯は要らないから」
「はい。ですが実は私、今日から二週間程留守にしますので」
「……聞いてないけど?」
 さらっと予想外の事を言われてしまった為、浩一は軽く目を見張ったが、そんな彼に恭子は申し訳なさそうに言葉を継いだ。


「すみません、すっかり言い忘れていました。カルディ社の慰安旅行なんです。二泊三日で春と秋に希望者を募って、何回かに分けて日程をずらして出かけるそうです」
 それを聞いた浩一は、ちょっとだけ頭の中で考えた。
「すると、四コース位に分けて、全コースの旅行期間ずっと現地滞在とか?」
「ええ。毎回会長が期間中現地に居座って、毎回の参加者に挨拶しつつ親交を深めるとか。でも要は会長が思う存分のんびりしたり、じっくり観光したいだけだと思いますが。因みに今回は、鹿児島の指宿温泉です」
「温かそうだし、のんびりできそうで羨ましいな」
 思わず微笑んで本音を零した浩一だったが、途端に恭子から恨みがましい視線が向けられる。


「浩一さんはあの会長の、お年に似合わないフットワークの軽さを知らないから……」
「……悪い」
「いえ、良いです。お土産を買ってきますね? お仕事頑張って下さい。あと一人だからって手抜きしないで、食事もきちんと取って下さいね?」
「分かった。気を付けるから」
 すぐに気を取り直した恭子が苦笑気味に言ってきた為、浩一も素直に笑顔で頷いた。そして出て行こうとした浩一だが、再び思い出した事が有った様に振り返り、両手を恭子の背中に回して軽く引き寄せる。


「じゃあ行ってくる」
「……はい、行ってらっしゃい」
 少しの間、抱き込まれる形になった恭子だったが、すぐに開放して貰えたので特に問い質したりはせず、素直に見送った。しかし内心で首を捻る。
(何かしら? 普段浩一さんは、必要以上にベタベタしたがらないと思うんだけど……)
 いつもとは何となく違うとは思ったものの、特に問題がある風には見えなかった為、恭子はそれに関して考えるのを止め、自身もスーツケースを玄関に移動させて出かける支度を整える事に専念したのだった。


 その日の夜。浩一は懇意にしている日本料理店で、招いた客人との初対面に挑んだ。
〔やあ、初めまして、Mr.カシワギ。君の事はリックから聞いているよ〕
〔光栄です、Mr.バンペルト。お忙しい視察中に、お時間を割いて頂いて恐縮です〕
〔いや、リックから君から美味い日本料理の店を紹介されたと言われてね。出向かないなんて勿体無いじゃないか。勿論、利益供与で採用に手心を加えるわけにはいかないから、私達の分はこちらで支払わせて貰うよ? 気を悪くしないでくれ〕
〔はい、対外的にもその方が宜しいですね〕


 面識があるグラーディンス日本支社長、リチャード・カーマイケルから紹介を受けた浩一は、目の前に佇む本社CEOのケリー・バンペルトと握手しながら挨拶を交わした。そして彼の来日はそれ程多くは無い事は事前に確認していた浩一が、座敷では無く予約しておいたテーブル席を勧めると、笑顔で椅子に腰かける。リチャードも同様に座ってから浩一も席に着き、呼び出しのボタンで料理の開始を店側に促した。
 そうして三人の前に先付と食前酒が並べられ、それで乾杯をしてから数分雑談をした彼らだったが、ケリーは噂以上に時間を無駄にするタイプではなかったらしく、早速本題に入った。


〔それではMr.カシワギ、リック経由で君から提出されたレポートを拝見させて貰った。該当企業の経営状況の分析、及び組織再構成案や外部に対するプレゼンテーション素案に関しては、なかなか良い出来だったと思う〕
〔ありがとうございます〕
〔そこできちんと確認しておきたい。言わなくても分かっている事とは思うが、我が社は商社では無く、プライベート・エクイティ・ファンドだ。その中でも君はM&Aコンサルタントの職種を希望しているが、それは本気か?〕
 何気なく問いかけている様で、眼光鋭く自分の一挙一動を観察しているのが分かっていた浩一は、父親と同年代の男に向かって、負けず劣らずの気迫で対峙した。


〔場合によっては手段など選ばない冷徹さを必要とする事や、up or out(昇進するか、さもなくば去れ)の精神は理解しているつもりです〕
〔なるほど。その様だな〕
 口調こそ神妙なものではあったが、一歩も引かないその気迫を十分に感じ取れたケリーは、満足そうに頷いた。
〔それなら君にチャンスを与えよう。では、君にいつから我が社で働いて貰うかという話になるが、まず就労ビザの申請をする必要があるな〕
〔こちらで準備するべき必要書類は、今日揃えてきました〕
〔準備が良いな。まあこれ位は当然だが〕
 すかさず鞄の中から持参した書類一式を入れた封筒を差し出すと、ケリーは苦笑いしながら受け取る。


〔それでは預かっていこう。私は明後日帰国するから、早速部下に申請手続きをさせる〕
〔宜しくお願いします〕
〔ところで君は単身で渡米するのか? 同伴者が居るなら、同行家族用のビザを取得する必要がある。一緒に申請した方が手間は省けるが〕
 ケリーはふと疑問を覚えた内容を口にしただけだったのだが、完全に予想外の質問を振られた浩一は、明らかに動揺してしまった。
〔いえ……、それが、その……。一応考えている女性は居るのですが、未だにきちんと話をしていない状況でして……〕
 浩一の狼狽ぶりと、先程までとは打って変わった歯切れの悪さに、年長者が顔を見合わせから嬉々として絡んでくる。


〔ほう? 手際の悪い事だな〕
〔この前、父親とは確執の無いようにと忠告しておいたが、女性関係についても忠告するべきだったかな?〕
〔申請担当の方にはお手数おかけしますが、渡米後にきちんと致します〕
〔まあ、そうだな。日本のパスポート保持者なら、短期の観光ならビザ免除プログラムがあるし、渡米してから申請して、切り替えても大丈夫だろう〕
〔できればその女性も紹介して欲しかったが、贅沢は言うまい〕
〔申し訳ありません〕
 からかいを含んだ口調に、冷や汗を流しながら対面している二人に頭を下げた浩一だったが、心の中では安堵していた。


(取り敢えず、今後の身の処し方は決まったな。早速明日にでも、会社に報告しないと)
 そこで店員が二品目のお凌ぎの小皿を持って来た為、それからは三人で世間話などをしつつ、和やかに会食を進めていった。


 翌日、浩一は業務開始直後に直属の上司である部長の元に出向き、予め準備しておいた退職届を提出した。
 営業部長の袴田はさすがに驚き、事情を尋ねつつ翻意を促したが、余計な事は一言も漏らさずに頭を下げている浩一に早々に説得を諦めて溜め息を吐き、手の中の封筒を再度見下ろしてから、浩一に最終確認を入れる。
「それでは退職の意志は変わらないんだね?」
「はい。部長にはご面倒をおかけしますが、宜しくお願いします」
「分かった。これは承認の上、すぐに人事部に回しておこう。あまり時間に余裕も無い事だし、総務の方にも滞りなく手続きを進める様に、一言言っておく」
「お手数おかけします」
 すぐに割り切った様に了承してから、袴田はその場で立ち上がって浩一に右手を伸ばした。


「今までご苦労だった、柏木君。新天地での君の活躍を祈っているよ」
「ありがとうございます」
 握手の後、一礼して廊下に出た浩一は、偶々人気が皆無だった事から、隣接する自分の職場に戻る前にもう一件済ませておこうとスマホを取り出した。そして迷わず雄一郎の携帯番号を選択する。


「浩一です。今お時間は大丈夫ですか?」
「ああ、どうかしたか?」
「たった今、袴田部長に辞表を提出しました」
「……そうか」
 若干驚いた様に返答が遅れたものの、予想はしていたらしく雄一郎はそれほど動揺はしていない声音で応えた。それに安堵しつつ、浩一は思っている事を正直に口に出す。


「この前、一度も自分の事を恥だと思った事はないと言って頂いたのは嬉しかったのですが、またこの前の様な馬鹿が出て来て、恐喝されないとも限りません。それ以前に彼女に関する事では、互いに相容れる事は無いかと思いますので、この機会にここを辞めさせて頂きます」
「仕方あるまいな」
 ため息混じりに雄一郎が諦めの言葉を発したところで、浩一はサラリと付け加えた。


「それから、当面日本に戻って来る気もありませんので、ご了解下さい」
「何だと!? おい、浩一!」
「失礼します」
 国外に出る事まではどうやら予想外だったらしく、父が慌てて詰問してくる気配を察した浩一は、問答無用で通話を終わらせた。しつこくかけ直してくるなら着信拒否にしようと考えつつ職場に戻ったが、色々諦めたのか予想に反して雄一郎からの電話はかかって来なかった。それを幸い、浩一は営業一課に戻るなり、自分の机で仕事に勤しんでいた鶴田に声をかけた。


「鶴田さん、話があるんですが」
「何でしょう?」
「たった今、部長に退職届を提出してきました。退職日は1ヶ月先ですが、一週間は残っている有給消化をさせて貰いますので、実質あと三週間の勤務になります」
「分かりました。それでは早速今日から、各種業務の引き継ぎ作業に入ります」
「……どうして驚かないんですか?」
 話を聞く為に顔を上げた鶴田が、自分の台詞に平然と応じた為、浩一はさすがに怪訝に思って首を傾げた。そしてそのやり取りを耳にした周囲の者達は、鶴田程冷静に受け入れらずに一気に騒ぎ立てる。


「は!? ちょっと待って下さい!」
「いきなり藪から棒に、何を言い出すんですか?」
「課長! 冗談にしてもタチが悪いですよ!?」
 一気に騒々しくなった室内に苦笑いしながら、鶴田は座ったまま手早くキーボード上の指を走らせながら、動揺せずにすんだ理由を告げた。
「実は事前に、柏木課長から『近々弟が退職する可能性があるので、最悪の場合一週間で引き継ぎができる様に下準備をお願いします』との依頼がありまして。課長からいつ申し出があっても良い様に、この二ヶ月程準備だけは進めておきました」
「姉がそんな事を……。すみません鶴田さん。助かります」
 思わず反射的に頭を下げた浩一に、鶴田が笑みを深くしながら述べる。


「別に礼を言われる筋合いではありません。課長が退職後は『慣れた方でないと引き継ぎ等で営業一課の業務に支障が出る可能性がありますし、鶴田さんを昇進させた上で一課課長に任命させる事を、責任を持って取り計らいます』と柏木課長が確約してくれました」
「そうでしたか。それなら私も安心です」
「そういう裏取引済みなので、心置きなくさっさと辞めて下さい。上がつかえていると、俺がいつまでも昇進できないんですよ」
「遠慮無く、そうさせて貰います」
 横柄に追い払う素振りをしながら笑いかけてくる鶴田に、浩一は思わず失笑してしまった。そしてとんだ裏工作を暴露されて固まっている周囲に、鶴田が素早くプリントアウトした用紙を回して、さくさくと話を進める。 


「そういう事だから、皆に課長が今現在担当してる商談先を割り振るぞ。三週間以内に、課長と自分の空き時間を確保して引き継ぎしておけ。これが一覧表だ」
 淡々と鶴田がそう口にした途端、周りから悲鳴混じりの声が上がる。
「係長! そんな事を急に言われても!」
「課長のスケジュールは結構詰まってるじゃないですか!」
「大丈夫だ。少し前から、課長のスケジュールは余裕を持たせてる。これから課長会議や他課との共同事業との打ち合わせには、俺が課長の代わりに出るしな」
「その係長の代わりに、俺達が出張る事だってある筈でしょうが!?」
「おう、良い所に気が付いたな。そういう事だ。キリキリ働け」
「マジですか……」
「勘弁して下さい」
 半ば諦めの呻き声が上がってから、愚痴を言っても仕方が無いと割り切ったのか、一課全員が鶴田の指示の下、スケジュールの調整と担当取引先の確認を始めたのを見て、浩一は安心して自分の席に戻った。


(職場の事が心配だったが、これなら大丈夫な様だな。安心して退職できる。後から姉さんに礼を言っておかないとな)
 そんな事を考えながら浩一は机のPCを立ち上げ、日常業務をこなしつつ期間内での引継ぎを終わらせる為、業務内容の整理を始めた。
 その日、昼近くになって、唐突に清人が営業一課に顔を出した。周囲が何事かと視線を向ける中、清人は我関せずと見向きもせず、まっすぐ浩一の机へと向かう。


「よう、浩一課長」
「柏木課長代理? 何かご用ですか?」
「さっきから社内で、お前が辞表を出したと噂になってるんだがな?」
 一応清人に社員としての応対をしてから、浩一は椅子に座ったままくだけた物言いで応じた。


「事実だ。分かっている癖に、わざわざ聞くな」
「そうか。因みに転職先を聞いても良いか?」
「グラーディンス社の本社勤務になる」
 それを聞いた清人は、僅かに目を細めて困った様に笑った。
「……やっぱり国外にトンズラか。お前って奴は、本当に極端な奴だな」
 上司の台詞を耳にした面々が無言で驚いた顔を向ける中、浩一は淡々と話を続けた。


「暫くは日本に戻る気は無いから、俺名義の不動産は全て姉さんに、柏木産業の株式はお前に全て譲渡する手続きをして貰ってる最中だ。異存は無いな?」
「いや、ある」
「何?」
「不動産は構わないが、株は即刻譲渡手続きを中止しろ。市場取引価格の一割増しで購入してやる。金は腐るものじゃ無いだろ。やせ我慢せずに持っていけ」
 真顔で言い聞かせてきた清人に、全く妥協する余地が無い事を見て取った浩一は、苦笑しながら頷いた。


「分かった。そうさせて貰う。面倒事を押し付けて悪いが、後の事は宜しく頼む」
「全くだ。それで、さっきのは結婚祝いも兼ねてるんだが、当然あいつは連れて行くんだろうな?」
「…………」
 前夜に突っ込まれたのと同様の事を口にされ、浩一は無言になって視線を泳がせた。その反応を見た清人が、顔を僅かに引き攣らせながら、机を回り込んで浩一に詰め寄る。


「……おい、お前まさか」
「いや、その……、確定したのが昨夜で、彼女はあと十日以上、東京に戻って来ない予定で……」
 思わず椅子から立ち上がり、後ずさりした浩一に、清人が不気味な笑みを浮かべながら更に迫った。
「浩一?」
「取り敢えずは目先の事に集中して、滞りなく引き継ぎを終わらせるのが最優先」
「ふざけんな! この期に及んで、何をぐだぐだ言ってやがんだ、この大ボケ野郎がぁぁっ!!」
 とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい清人が掴みかかって派手に揺さぶってきた為、自分に非がある事を十分に理解しつつ、浩一は弁解を試みた。


「ちょっと待て! 何も話をしないとは言って無いだろう? 少しは冷静に人の話を」
「誰のせいだと思ってんだ、この馬鹿野郎! さっさと話をつけやがれ! あいつのどこが不満だ!?」
「不満なんかじゃないし、分かったから! ただ彼女の都合とか考えもある事だし、まだ少し時間はあるから心の準備を」
「あぁ? 心の準備だ? そんなのはそこら辺の犬に喰わせろ、このど阿呆がっ!!」
「柏木課長代理! 何やってるんですか!」
「課長を離して下さい!」
 そこで思わぬ乱闘寸前の様相を呈してしまった二人は、浩一の部下達に引き剥がされ、清人は頭を冷やしてから自分の職場に戻って行ったのだった。


 それから約一時間後。恭子は指宿で、清人からの電話を受けた。
「もしもし? 先生、真っ昼間からどうかしたんですか?」
「あのな、浩一の奴から全然話を聞いてないよな?」
「何についての話ですか?」
 あまりにも漠然とし過ぎるその問いかけに、恭子が無意識に眉間に皺を寄せると、清人が重々しい口調で言い出した。


「それはだな、実はあいつ、今日会社に」
「恭子さん! こんな所に居た~!」
「会長!?」
「さあ、急いで砂蒸し風呂に行きましょう! 楽しみだわ~、私初めてなのよ!」
「は、はあ……、私も初めてで、楽しみです」
 いきなり背後から腕を掴まれ、携帯の至近距離で大声で叫ばれた為、恭子は焦って携帯の集音部を手で押さえた。しかし真弓はそんな事はお構いなしに、上機嫌に話を続ける。


「うふふ、血行を改善して、美肌効果があるんですって。でもこんなしわしわおばあちゃんじゃ、効果ないかしら?」
「そんな事ありませんよ。会長は同年輩の方と比べたら、皺なんか無いに等しいですから」
「もう、相変わらずお世辞が上手いんだから!」
「あの、会長。ちょっと電話を一本かけてから行きますので、先にロビーに行っていて頂いても宜しいですか?」
「あら、そうなの? 分かったわ。すぐに来てね!」
 そして言うだけ言って、真弓が疾風の如く駆け去って行ってから、漸く恭子は携帯を耳に戻した。


「お待たせして、申し訳ありません。それでご用件は何でしょうか?」
 そして恭子は神妙に清人の言葉を待ったが、何故か相手は不機嫌そうに言い返してきた。
「……何かムカついたから止めた。切るぞ。それじゃあな」
「え? ちょっと、何なんですか!?」
 そして一方的に電話を切られてしまった恭子は、憤慨しつつ真弓のお供をする羽目になった。


 その電話から更に六時間後、今度は浩一が恭子の携帯に電話してきた。
「浩一さん、お疲れ様です。今日のお仕事は終わったんですか?」
「いや、残念ながらもう少しかかるんだけど、手が空いたからちょっと話しておきたい事が」
「恭子さん、見~つけた! ほら、さっさと宴会場に行くわよ! 私と一緒に演歌メドレーして頂戴ね!?」
 昼と同様、背後から音もなく抱き付かれ、大声で迫られた為、恭子はまた慌てて携帯の集音部を手で押さえながら何度も頷いた。


「は、はい! 責任を持って、とことんお付き合いさせて頂きます!」
「やっぱり恭子さんはノリが良いわ~。参加者の名前もバッチリ頭に入ってるし。私なんかうろ覚えで愛想笑いしてるから、さり気なく名前を教えて貰って助かってるわ~。ごめんなさいね? 耄碌おばあさんで」
「会長が耄碌してるなら、世の中の高齢者と呼ばれる方々の九割は痴呆老人です。ご安心下さい」
「そう? でも最近、寄る年波がねぇ」
「あ、あの、会長。ちょっと電話してから宴会場に出向いて良いですか? 暫く電話を受けたりかけたり、できないと思いますので」
「分かったわ。始まるから早く来てね~」
 そうして足取りも軽く真弓が角を曲がって姿を消してから、恭子は再び携帯を耳に当てて謝罪した。


「すみません、浩一さん。会長ったら、宴会前にもう出来上がってまして……」
「ああ、うん。楽しそうで何よりだよ。頑張って。それじゃあこれで」
 何やら躊躇った挙げ句、このまま会話を終わらせる気配を察した恭子は、怪訝に思いながら電話越しに問いかけた。


「あの、何か用事があって電話してきたんじゃ無いんですか?」
「無いことも無いけど……。君が東京に戻ってからにするから」
「はあ、そうですか」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 そして携帯をしまい込みながら、恭子は軽く顔を顰めた。


「何だったのかしら? 先生といい浩一さんといい、最近変な事ばかりしてるわよね」
 そんな独り言を呟きながら、恭子は真弓が待つ宴会場へと足を向けたのだった。



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