世界が色付くまで

篠原皐月

第40話 引導の渡し方

 肩書的には今現在無職である恭子の日常は、これまで忙しく日々を過ごしていた彼女にしてみれば、ある意味苦痛だった。
 朝食を食べ終え、台所を片づけた後は洗濯、掃除と忙しく動き回っている様に見えても、毎日同じ事を繰り返している為室内には手こずる汚れも無く、昼前に余裕で作業を終え、手持無沙汰な時間がどうしても生じてしまうのである。仕事上で身に付けた特技は多かれど、普段特に趣味らしい趣味を持たず日々を汲々と過ごしていた恭子にとっては、その時間をただ無意味な考え事に費やしていた。


(旦那様の訃報を聞いてボケッとしてるうちに……、いつの間にかバレンタインが過ぎちゃったわ)
 その日もマグカップ片手にソファーに座りながら、何となくリビングボードに飾られたカレンダーに目をやった恭子は、思わず溜め息を吐いた。


(別に、今年は気合い入れて準備しようかとか、そんな事は考えてはいなかったけど……)
 そんな事を考えながらカップの中を見下ろしつつ、再び溜め息を吐く。


(一緒に暮らしてるし、浩一さんだけには渡そうかなって思ってたけど、……今更よね)
「結局、チョコも買い忘れてたし、もう良いか」
 そうひとりごちて無意味な思考に終止符を打った恭子が、すっかりぬるくなてしまったカップの中身を一息に飲み干した時、タイミング良くインターフォンの呼び出し音が鳴り響いた。


「誰かしら? 宅配にしても心当たりは無いし……、浩一さんが何か通販で頼んだとか?」
 首を捻りながら立ち上がり、壁に設置されている端末に歩み寄って応答すると、そこのモニターには予想外の人物の姿が映し出されていた。


「はい」
「すまんが、入れて貰えんかの?」
(この人……、直接会った事は無いけど、何かの写真で見覚えが……)
 画面に映し出されていた老人の顔に心当たりが有った恭子だったが、一応慎重に問い返してみる。


「失礼ですが、どちら様でしょうか? 部屋をお間違えでは無いですか?」
「いや、間違えてはおらん。儂は柏木総一郎、浩一の祖父じゃ。川島さんじゃろう? あんたに話があるから、ここを開けてくれんか?」
 はっきりと自分を名指ししてきた総一郎に、恭子は訝しみながらもエントランスの自動ドアのロックを解除しつつ声をかけた。


「今ドアを開けました。上がって来て下さい」
「すまんの」
(確かに本人みたいだけど何事? 浩一さんは明らかに勤務中の時間だし、私に話があるって言うのは本当だと思うけど、一面識も無い私に、一体何の話があるのかしら?)
 疑問に思いながらも玄関に移動した恭子は、少ししてドアチャイムの音と共に玄関のドアロックを解除し、総一郎を中に招き入れた。


「どうぞ。お入り下さい」
「失礼する」
 そして相手の目的が何であれ一応お茶をと、恭子は台所に引っ込んでお茶を淹れ始めた。


(旦那様より年上の筈だけど……、本当にお元気よね)
 そんな事をしみじみ考えながらお茶を淹れ、硬い表情の総一郎に勧めた。そして相手が短く礼を述べてそれに口を付けてから、控え目に来訪の目的を尋ねてみる。


「それで……、柏木さんのご用件とは、何でしょうか?」
 その問いかけに、総一郎は片眉をピクリと上げ、茶碗を茶托に戻してから静かに問い返した。
「……分からんかの?」
「はい、一向に」
 真顔で恭子が応じると、総一郎は眉間に皺を寄せて語り始めた。


「最近、社内で雄一郎と浩一の仲が険悪でな。と言っても浩一の奴が一方的に、雄一郎を敵視して無視しているだけじゃが」
「はあ……。そうしますと、親子喧嘩の仲直りの仲裁をして欲しいとか、そんなお話ですか?」
(大の大人が、職場で何をやってるのかしら? しかも社長と社長令息なのに)
 恭子が半ば呆れながら自分なりに推察した内容を口にすると、総一郎はより一層難しい顔になって首を振った。


「いや。確かに二人が和解するのが最終目的じゃが、もっと根本的な解決をしたいんじゃ」
「根本的にと仰いますと?」
 不思議そうに問い質した恭子に、ここで総一郎が思わせぶりに言い出す。


「……喧嘩の原因、分かるじゃろう?」
「部外者なので、全然分かりません」
 淡々と本音を述べた恭子だったが、それを聞いた総一郎は膝を叩いて怒り出した。


「惚けるのもいい加減にせんか!」
 しかし全く訳が分からなかった恭子が、負けじと言い返す。
「勝手に押し掛けてきて、いきなり訳が分からない事を喚かないで下さい! そちらこそお年の割にお元気かと思いきや、惚けてるんですか? お家が無駄に広いんですから、お屋敷の中で徘徊して下さい!!」
「何おぅ!? 浩一を誑かして、散々貢がせて左団扇で暮らしておるくせに! そんな不心得者を、うちの嫁になんぞ断じて認めん!」
「…………はぁ?」
 そこで漸く、恭子は総一郎の来訪の理由を悟った。


(ああ、そうか。私って所謂、将来有望な孫にへばり付いて妻の座を狙ってる、質の悪い害虫扱いなんだわ。それを排除しようと乗り込んできたって訳か。だけどこういうのって、初めてのシチュエーション……。どう対応すれば良いかしら?)
 浩一と男と女として付き合っている意識が殆ど無かった恭子が、半ば呆然としながら相手を眺めていると、総一郎は完全に腹を立てて顔を真っ赤にしてまくし立てた。


「何じゃ、その気の抜けた声に間抜けな表情は! どこまで人を愚弄すれば気がすむんじゃ!?」
 そこで恭子は、一応反論する為に口を開いた。


「あの……、今のお話には、甚だしい事実誤認の点が有ると思うのですが」
「はぁ? どこがどう誤解だと言うんじゃ!?」
「私、別にお宅の嫁になる気は皆無ですし、そもそも浩一さんと、そんな会話をした事が無いんですけど」
「は? まさかこの期に及んで、浩一とは無関係とでも言うつもりか?」
 険しい表情を崩さずに追及を続けた総一郎だったが、恭子はひたすら冷静に話を続けた。


「無関係じゃ有りませんよ? ルームメイト兼セフレです」
「セ……」
「単に円滑な人間関係を築く為の、スキルの一つですが。浩一さんのお祖父さんとは言え、部外者から私生活に関して、文句を言われるとは思いませんでした」
 淡々と恭子が語る内容に思わず絶句した総一郎だったが、少ししてから如何にも疑わしそうに確認を入れてきた。


「いや、その……、それなら、将来の約束とか」
「付き合ってもいないのに、そんな事をしているわけ無いですよ」
「あの……、それなら、いつでもきっぱりと別れてくれるかの?」
「ですから、別れるとか別れないとか、そういう関係では無いんですが?」
「…………」
 そこで困惑顔になった総一郎と、若干迷惑そうな顔になった恭子が無言で見つめ合ったが、何とか気を取り直した総一郎が、静かに確認を入れてきた。


「それなら……、浩一と一緒に暮らすのを止めたら、必然的にその……、浩一との関係も無くなると?」
「……そうですね。以前通りの友人関係になると思いますが」
 一瞬、胸の奥に痛みを覚えた恭子だったが、それに気付かないふりをして平然と言ってのけた。すると途端に顔色を明るくした総一郎が、ある事を提案してくる。


「それなら、なるべく早くここを出て行って欲しいんじゃが」
 しかしそれに恭子は即答した。
「無理です。私は先生からここの管理を請け負っていますので。そこに浩一さんが間借りしてきた形ですので、出て行くなら浩一さんの方です」
「あやつに『ここを出ろ』と言っても聞く耳持たんじゃろう……。どうしてもそっちが出て行く訳にはいかんかの?」
 きっぱりと拒絶されてしまった総一郎は困り顔で訴えたが、恭子もあっさりと引くわけにはいかない、自分の事情を説明した。


「そう言われましても……。先生から『そこの管理は必要ないから出ろ』と言われたり、万が一宝くじとかが当たって先生への借金が一括返済できたら、先生との雇用契約は切れますので、出て行く事は可能ですが」
「借金? 清人の奴にか?」
「はい」
 そこで総一郎は真顔で頷き、恭子に申し出た。


「よし、分かった。その借金、儂が肩代わりしてやろう。その代わり、それを清人に支払ったら、あんたにはここから出て行って貰うが、異存は無かろうな?」
 それを聞いた恭子は流石に驚いたが、素直に頷いてみせる。


「そうして頂ければ、私としても不服はありません」
「勿論、それ以後、浩一に纏わりつくのも止めて貰う」
「別に……、纏わりついてはいませんが」
 何となく釈然としない顔付きになった恭子だったが、自分の提案が受け入れられた事に気を良くした総一郎が、笑顔で問いかけてきた。


「まあいい。それで借金と言うのは一千万か? 二千万か? 手切れ金代わりとしても、妥当な金額じゃな」
「九千百二十五万、飛んで六百二十七円です」
「……は?」
 暗記している金額を告げると、総一郎は顔を引き攣らせて固まった。それを見た恭子が声をかける。


「もう一度言いましょうか?」
「いや、待て。何であやつに対してそんな借金が?」
 何とか動揺を押し隠しつつ問い質してきた総一郎を、恭子は意外に思った。


(あら? お祖父さんは、私の前歴を知らないのかしら?)
 そして取り敢えず、簡単に事情を説明する事にする。


「元々の借金は自殺した両親がした物ですが、以前お世話になっていたお宅から先生の下で働く様になった時、全額肩代わりして頂きました。それを毎月コツコツ返済しているんですが、まだそれだけ残っていまして」
「……本当かの?」
「これまでの返済記録をお見せしましょうか?」
「ああ」
 そこで恭子は自室から返済記録のファイルを持って来て茫然自失状態の総一郎に手渡したが、パラパラとそれを捲って目を通し始めた総一郎が、すぐに呻き声を上げた。


「おい……、一体なんじゃ、これは?」
「何かご不審な点でも?」
「返済時の備考欄に書いてある、『早食い競争優勝賞金』とか『雪山遭難疑似体験による危険手当』とか『当たり屋体験での傷病手当上乗せ分』とか『停電細工時の配電盤調整時間外手当』とか『潜入調査成功報酬』とか、その他諸々の事じゃ」
「臨時収入の内容の記載です」
 すこぶる冷静に恭子が口にした内容に、総一郎は深々と溜め息を吐いた。


「あやつ……、本当にろくでもない男じゃな」
「一応、あなたの孫娘の婿ですが……」
「…………」
 再びその場に気まずい沈黙が漂ったが、ファイルを閉じながら総一郎が宣言した。


「分かった。この残金の全額、儂が清人に耳を揃えて返してやる。それで文句は無いな!?」
「はぁ、私としては異存はありません」
「じゃあ、振り込む口座番号を教えてくれ」
「それなら先生の口座番号をお教えします。私の口座に振り込まれたら再度振り込まなければいけませんので、振り込み手数料が無駄になりますから」
「分かった」
 そして清人の口座番号を教えると、総一郎は満足げに立ち上がった。


「邪魔したの。振込が終了したら連絡する」
「先生への連絡も、宜しくお願いします」
「分かった」
 そんな言葉を交わして総一郎を見送った恭子は、リビングに戻って疲れた様にソファーに身体を沈めた。


(この生活も終わりか……。意外に呆気なかったな……)
 そして虚脱感を漂わせながら、ぼんやりと向こうの壁を眺める。


(これからどうしようかな? まずは返済分とは別に溜めておいたお金は少しあるから、他に部屋を借りて職探しか。それから……、もう少しお金を貯めてお墓、建ててあげないと)
 それなりに建設的な事を考えていた恭子だったが、どれだけ時間が経過したのか分からない頃、携帯の着信音にその思考を遮られた。そしてのろのろと立ち上がって携帯を手に取り、応答しようとボタンを押して耳元に持っていく。


「はい、川島ですが。先生、何か」
「おい! 今日糞ジジイが、そっちに行ったよな!?」
 いきなり響いてきた大音量の怒鳴り声に、恭子は思わず携帯を少し耳から離してから再度耳に当て、雇い主に向かって苦言を呈した。


「糞ジジイって……、仮にも真澄さんのお祖父さんですよ?」
「糞ジジイじゃなかったら、耄碌ジジイだ! 俺に電話をかけて来やがったぞ! 『川島という女性の借金残高分は全て儂が肩代わりしたから、即刻あの女にマンションを出て行って貰う』とほざきやがった。お前、そんな事を承知したのか!?」
「それはまあ……、先生に借金を返したら、こちらに居る理由は無いわけですし」
「全く、どいつもこいつも!」
 これ以上は無いという位憤慨しているらしい清人に、恭子は不思議そうに尋ねた。


「何をそんなに怒ってるんです? 総一郎さんから連絡が有ったと言う事は、もう振り込まれたんですよね。流石にお金持ちは違いますね」
「ふざけるな! あれは即行で振り込み返した!」
「どうしてですか?」
 腹立たしげに叫んだ清人に恭子は本気で驚いたが、清人は益々苛立った口調で吐き捨てた。


「俺は、他人の思い通りになる事が、この世で一番嫌いなんだ!! いい加減、それ位理解しろこの馬鹿女!!」
「なっ!?」
 盛大に罵倒されて思わず言い返しそうになったものの、一方的に通話を終わらせられ、恭子は不完全燃焼の怒りを抱えて携帯電話の電源ボタンを押した。


「何なのよ、一体」
 そしてまだ昼食を食べていなかった事を思い出し、ブツブツと清人に対しての文句を口にしながら、手早くある物で準備を始める。するとそろそろ出来上がるという頃に固定電話の呼び出し音が鳴った為、台所からリビングに向かった恭子は、何気なく受話器を上げた。


「はい、どちら様でしょうか」
「柏木総一郎だ! 清人の奴が生意気言いおって、金を叩き返してきおった! あんたにもそこを出るなと言った筈だが、今からまた振り込んでやるから、奴が納得したら即刻出て行ってくれ!」
 先程の清人からの電話同様、一瞬受話器を耳から少し話してから、恭子は電話の向こうに語りかけた。


「はぁ、分かりました。あの……、あまりお怒りにならない方が良いと思いますよ? お年がお年ですし、血圧が」
「余計なお世話じゃ!!」
 一応忠告した恭子だったが、相手は盛大に喚きつつ一方的に切った。それに腹は立てなかったものの、うんざりとしながら呟く。


「似た者同士の頑固者……。これ、ちゃんと収拾がつくんでしょうね?」
 そんな恭子の懸念通り、それから何回か二人から電話がかかってきて、恭子はその度に罵詈雑言を聞かされる羽目になった。


「はい、川」
「ふざけんな! あのくたばりぞこないのミイラジジイがっ!! あんな金、びた一文要るかっ!! お前もそこから一歩でも出たら、地獄に叩き落としてやるぞ! それ位、分かってんだろうな!?」
「……柏木さんに、何を言われたんですか? ……ちょっと! 問答無用でブチ切る事ないでしょう!?」
 そして徐々に、恭子の怒りも増幅する。


「お待たせし」
「あの小生意気なクソガキがぁぁっ!! 儂の金が年寄り臭プンプンで受け取れんだと!? あ奴の手に渡った金なんぞ、小便臭まみれで誰も受け取らんわ!!」
「そんなに必要の無いお金なら、いっそのこと奨学金制度を運営している団体にでも寄付しませんか?」
 そんな調子で交互にかかってくる電話に、一応律儀に対応していた恭子だったが、何回目かを数えるのを諦めた所で、とうとう怒りが爆発した。


「おい、あのジジイの」
「いい加減にして下さい! お金のやり取りに係わるその他諸々は、当事者同士でお好きなだけやり合って下さい! こちらに八つ当たりされるのは御免です! これ以上ゴチャゴチャ言うなら、借金残したまま失踪してやるのでそのおつもりでっ!!」
「分かった、その……、すまなかっ」
 恭子の剣幕に流石にたじろいだ清人が謝罪してきたが、それを無視して通話を終わらせた恭子は、次に総一郎からかかってきていた番号に電話をかけ、挨拶も抜きで怒鳴りつけた。


「柏木さんですよね! 先生ときっちり話を纏めてから、こちらに話を振って下さい! いつまでも人を挟んでグダグダ言ってるなら、転居先はそちらのお屋敷にしますから、そのおつもりでっ!!」
「あ、ああ……、尤もじゃな。分かった。いや、その……、何だ。儂はただ」
 恭子の気迫に押されて、総一郎もしどろもどろになって弁解しかけたが、恭子は問答無用で通話を終わらせた。


「全く……、いい加減にしてよ!!」
 そして携帯をソファーに放り出した恭子は、すっかりふてくされて自室に戻り、昼寝を決め込んだのだった。


 その日、ここ暫くと同じ様に、浩一はかなり遅い時間に帰宅した。
「ただいま」
「お帰りなさい。ご飯は食べて来たんですよね。お茶でも淹れますか?」
「ああ、お願いできるかな」
「分かりました」
 若干疲れ気味に見える浩一に、ソファーで本を読んでいた恭子が挨拶をしつつ立ち上がり、お茶を淹れにキッチンへと移動する。そしてリビングに戻ってくると、浩一は上着を脱いでネクタイも外した状態で、ソファーに座り込んでいる状態だった。


「最近、随分残業が増えましたね」
「ちょっと……、色々有ってね」
「そうですか」
 何やら言いにくそうに視線を逸らしながら湯飲み茶碗を手にした浩一に、恭子はそれ以上突っ込んで聞くのを止めた。そして二日前に聞いていたものの、話しそびれていた話題を出す。


「実は私、再来週からの仕事が決まりました。暫くの間、カルディの会長秘書になります」
「カルディって……、あの通販衣料大手の?」
 瞠目して問いかけてきた浩一に、恭子は頷いて話を続ける。


「ええ。細川真弓会長が社長職を退いた後も、現場に口を挟みたくてウズウズしているそうで。それを宥めながらのお遊び相手だそうです。気心のしれた秘書の方が産休に入ってしまった後、会長秘書に回す人材が社内で調達出来なかったらしくて。期間限定の職場ですが」
 それを聞いた浩一は、思わず失笑した。


「そうか。確かに相当な女傑と聞いているから、平社員がお相手するのは、相当腰が引けるんだろうな」
「でも、思っていたよりマシな職場で安心しました。浩一さんも心配されてくれていた様なので、一応お話ししておこうかと」
「ああ、安心したよ。しかし、どこからそういう話を持ってくるんだか……」
 浩一が半ば呆れながら、この場に居ない清人に対しての感想を口にした為、恭子も思わずしみじみと口にした。


「本当に、浩一さんは常識的な人ですけど……。周りは色々な意味で、濃い人ばかりですね」
 その途端、浩一がお茶を飲む動きを止め、訝しげな視線を向ける。


「今のはどういう意味かな?」
「いえ、大した事じゃありません。一般論です」
 慌てて恭子は誤魔化そうとしたが、浩一は益々探るような視線を向けた。


「俺の名前を出している段階で、既に一般論では無いと思うんだが?」
「……すみません。口が滑りました」
 軽く頭を下げた恭子を見て、浩一は何やら考え込みながら質問を変えてきた。


「ここに誰か来たか、電話で何か言われた?」
「いえ、別に……」
「そう……」
 何となく正直に言いたくなかった恭子はあくまで白を切ろうとし、そんな彼女を目を細めて凝視したものの、浩一はそれ以上は追及せずに飲み終わった茶碗を置いて立ち上がった。


「じゃあ、俺は休ませて貰うから」
「はい、お休みなさい」
 そうして鞄と服を手にしてリビングを出ていく浩一を見送ってから、恭子はソファーの背もたれにぐったりと身体を預けた。


「うっかり余計な事を言っちゃったわ。先生、浩一さんに言ってないんだ……」
 そして溜め息を吐いて、1人項垂れる。
「ここ暫く調子が狂いっ放しだし、今日は疲れたわ……」
 そうして重く感じる身体でゆっくりと立ち上がり、恭子も寝る支度を始めた。
 

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