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世界が色付くまで

篠原皐月

第33話 背後に在るもの

「帰宅早々、災難だったわね」
 そう言ってクスクス笑った真澄に、恭子は半ば確信しながら問いを発した。


「あの、真澄さんは浩一さんから頼まれたんですか?」
「ええ。浩一からメールでSOSを受けてね。清人共々会議で動けないから、マンションに居座ってる女を追っ払ってくれって」
 それを聞いた恭子は素直に頭を下げた。


「ありがとうございました。でも大丈夫なんですか? 柏木産業のパーティーで顔を合わせたなら、あの人は取引先とかお仕事で関係がある方の娘さんですよね?」
「まあね。でも気にする程の事では無いわ。それよりメールを貰ってすぐに子供を母に預けて何も食べずに出て来たから、お腹が空いちゃたわ。夕飯をご馳走して貰えない?」
「すみません、気が利かなくて。取り敢えず中に入って下さい」
「ありがとう」
 そうして恭子は急いでキーを取り出し、ドアを抜けて真澄と一緒に奥のエレベーターに乗り込んだが、ボタンを押しながら調理に必要な時間を概算し、申し訳なさそうに背後を振り返った。


「すみません、急いで作りますので、少しだけ待っていてくれますか?」
「恭子さん。私、ピザが食べたいの」
 そこで唐突に、悪びれない笑顔を向けてきた真澄に、恭子は完全に面食らった。


「え? いえ、あの、でも……。お詫びにご馳走するのがデリバリーのピザって、どうかと思うんですが……」
「だって家では絶対食べさせて貰えないんだもの! 清人が『授乳中なんだから、栄養が偏ったり、刺激物が入っている物なんか駄目だ』って頑として譲らなくて。シェフの中村さんを丸め込んで毎日毎日薄味料理……。私はとろけるチーズの上に、目一杯ブラックペッパーとタバスコをかけて、コーラをがぶ飲みしながら食べたいのよっ!!」
 笑顔から一転して鬼気迫る表情で恭子の肩を掴み、切々と訴えてくる真澄に、恭子は思わず遠い目をしてしまった。


(何か心の叫びっぽい……。そうよね。乳幼児がいるから真澄さんの性格からして、そうそう外出して出先で食べる機会無いでしょうし。よほどストレスが溜まっているとみたわ。迷惑をかけたお詫びとして、先生に睨まれたり嫌味を言われる位甘んじて受けようじゃないの)
 そう腹を括った恭子は、力強く頷いた。


「分かりました。真澄さんがお好きなピザのLサイズを二つと、コーラの2Lボトルを頼みましょう。偶にはジャンクフードもいいですよね?」
 その途端、真澄が満面の笑みで、両手が荷物で塞がっている恭子に抱き付く。


「うわぁ~ん恭子さん、大好き! 愛してるわ!」
「それは先生の前では、言わないで下さいね?」
(ピザ位、偶に食べさせてあげなさいよ。本当に真澄さんと清香ちゃんに関しては、融通が利かない頑固者なんだから……)
 心の中で苦笑していると、真澄がスルリと恭子のポケットからICレコーダーを抜き取りつつ体を離し、恭子の目の高さまでそれを持ち上げた。


「それと……、配達を待ってる間にこれを聞かせてね?」
「……何も入っていませんよ?」
 思わず僅かに顔を引き攣らせた恭子がしらを切ろうとしたが、真澄は愛想よく笑いながら確信している口調で告げる

「あの女、上っ面だけ良くて結構えげつなさそうな顔をしてたし、最悪手を出してきたら正当防衛を主張する為に、やり取りを録音位しておいたわよね? 恭子さんならそれ位するでしょう?」
 微笑みながら返事を待っている真澄に、恭子は頭痛を覚えながら諦めきった台詞を口にした。


「お耳汚しかと思いますがどうぞ。それからできればこれは、先生や浩一さんの耳に入らない様にお願いします」
「勿論分かってるわ。部屋で一回聞いたらすぐに返すから。……うふふ、思いっきりピザを食べられるなんて久し振り。嬉しいわぁ」
 そんな上機嫌な真澄を伴って、恭子は漸くマンション内に帰り着いた。


「恭子さん!」
「真澄、迎えに来たぞ。何事も無く済んだか?」
「あ、お帰りなさい浩一さん。お二人とも夕飯はまだですよね? 今ピザを温め直しますから」
「……ピザ?」
 男二人がリビングのドアをやや乱暴に開けて声をかけると、恭子はソファーから立ち上がりつつ、いつも通りの笑顔で出迎えた。しかしそこで清人が軽く眉を寄せると、それ以上に不愉快そうな声が上がる。


「おっそ~い! レディーをこんなに待たせるなんてけしから~ん! 不届き千万な企業戦士ども、そこになおれぇぇっ!」
「姉さん?」
「真澄?」
 ソファーに座っている真澄が、プリプリ怒りながら足元の床を指差した為、男二人は怪訝な顔で真澄を眺めてから問い掛ける視線を恭子に向けた。すると彼女は居心地悪そうにしながら、ボソッと謝罪の言葉を口にする。


「久しぶりにコーラをがぶ飲みして、さっきから妙なテンションになっているみたいです。すみません」
 見れば確かに真澄の目の前のテーブルには、中身がだいぶ減ったコーラの2Lボトルと大ぶりのグラスが置いてあり、それを見た清人の眉間にはっきりとした皺ができた。さすがに浩一も(コーラで酔っぱらうとは思えないが……)と頭を抱えたくなったが、ここで真澄がビシッと清人を指差しながら断言する。


「あぁ~ら、恭子さんが謝る筋合いじゃ無いわよぅ。普段一滴たりとも飲ませてくれないあいつが悪い! この諸悪の根源が!! 猛省しろっ!!」
「…………」
「一応、簡単にサラダとスープも作りましたので、今ピザと一緒に二人分お出ししますから、少し待ってて下さい」
「こんなのに出さなくっていいわよ~?」
 無言で真澄を睨む清人の眉間に更に一本皺が増えたところで、恭子は触らぬ神に祟り無しとばかりにそそくさとキッチンに逃げ込んだ。その背中に能天気な声をかけ、彼女がキッチンに入った事を確認してから、真澄は二人に手振りでソファーに座る様に指示する。


「浩一、清人、何なの《あれ》は?」
 二人が腰かけるなり先程までの上機嫌さをかなぐり捨て、キッチンに聞こえない程度の小声で悪態を吐いてきた真澄に、男二人も瞬時に真顔になった。


「すまなかった、姉さん。面倒かけて」
「第一、あの話は断ったって言ってなかった?」
 確認を入れてきた真澄に、二人は顔を見合わせて渋い顔になる。


「確かに俺は父さんに断りを入れたんだが……」
「それは俺もお義父さんから聞いた。だがお義父さんは正月中、と言うか、冬休みが終わるまで清香を引き止めて小笠原家に帰さないで、お祖父さんと一緒に構いまくってただろう? 他の細かい所が吹っ飛んでて、先方に話が伝わって無かった可能性も……」
「邪魔なんてしないから、伯父馬鹿っぷりは別な時に発揮して欲しかったわね」
 苛立たしげにそう吐き捨てた真澄に、清人は何気なく尋ねてみた。


「今日押し掛けて来た女が、お前に何か失礼な事を言ったのか?」
 清人は(そうであれば看過できんな)と軽く考えながら口にしたが、真澄の反応は清人の予想の上を行った。


「失礼以前の問題よ。私に《あれ》を『義妹扱いしろ』なんてほざくなら、即刻離婚よ、清人。浩一とは、姉弟の縁を切らせて貰うわ。そのつもりでいなさい」
 怒りを内包した声音で真澄が簡潔に述べると、浩一と清人は瞬時に真剣極まりない顔付きになった。


「その女性と結婚する気は無い」
「お義父さんには確実に断りを入れる様に念押しする」
「当然よ」
 真顔で三人が意思統一していると、キッチンから出て来た恭子が、準備した夕食を手早く食卓に並べて声をかけてきた。


「準備ができましたのでどうぞ」
「ああ」
「頂くよ」
 何食わぬ顔で男二人がテーブルに向かって歩き出すと、真澄が再び明るい笑顔で恭子に催促してきた。


「恭子さん恭子さん、私、ココアが飲みたくなっちゃった。無い?」
 無意識に顔を顰めた清人からの視線は見なかった事にして、恭子は快諾した。
「多目に作りますね。クリームも乗せます」
「やっぱり恭子さんは、話が分かるわ~」
(ココア位、偶にはがぶ飲みさせてあげなさいよ!)
 すこぶる上機嫌な真澄とは対照的に、清人は終始面白く無さそうな顔をして食べていたが、何やら浩一が一緒に食べながら小声で窘めていたらしく、恭子に直接的な被害は及ばなかった。


 そして夕飯を食べ終わった所で清人は迎えの車を手配し、それに乗り込んだ真澄は、マンションの出入り口まで出て見送ってくれた恭子と浩一に愛想良く手を振ってから、走行中の車内で綺麗に表情を消して無言になった。下手な事は言わない方が良いと判断した清人が、自身も黙って様子を窺い始めて数分後。真澄が徐に口を開く。


「……清人」
「どうした?」
 慎重に問いかけてきた夫に、真澄は前方に視線を向けたまま、低い声で確認を入れてきた。


「披露宴に招待した位だから、加積氏の連絡先を把握しているわよね?」
「それは勿論だが……、どうしてそんな事を」
「私にこれ以上、無駄な会話をさせないで」
 自分の方に顔を向けて言い放った真澄に、清人は素直に答えた。


「……帰宅したら教える」
 それきり再び前を向いて黙り込んでしまった妻を見て、清人は密かに溜め息を吐いた。
(低脳女が。よほど真澄を怒らせたらしいな。何を口走ったんだか)
 半ば八つ当たりじみた事を考えた清人は、この先何が起こっても件の女になど同情するかとバッサリ切り捨てた。


 一方で真澄達が乗った車を見送ってから部屋に戻って来た浩一は、一歩前を歩く恭子に申し訳無さそうに声をかけた。
「恭子さん、すまなかった。迷惑をかけたみたいで」
「大した事はありませんでしたよ? このまま部屋に入れるわけにいかないし、どうしようかと思いましたが」
 苦笑いしつつリビングのドアを開けようとした恭子は、浩一の次の台詞に全身の動きを止めた。


「録音、聞かせてくれるかな?」
「……何の事でしょう」
 軽く後ろを振り返りつつ愛想笑いを浮かべた恭子だったが、浩一も負けず劣らずの探る様な笑顔を向けてくる。


「何事も慎重な君の事だから、防犯グッズと一緒にレコーダーの類はいつも身に付けているよね?」
 その確信している口ぶりに、恭子は思わず溜め息を吐いた。


(流石に姉弟だわ。怒っている時の笑顔の感じが、真澄さんと凄く似てる。それより……、どうして真澄さんから返して貰った時に、消しておかなかったのよ私)
 真澄から受け取ってリビングボードの引き出しに何気なく放り込んでおいた物の事を思い出し、恭子は頭を抱えたくなった。そして表面上はにこやかに笑っている浩一を見て、隠し立てする事は諦める。


「後からお渡ししますね。お皿を片付けてしまいますから」
「宜しく」
 そうして恭子はキッチンで食器を片づけてから、珈琲入りのマグカップを二つ手にしてリビングへと戻った。片方のマグカップを渡すといつも通り「ありがとう」と受け取ったものの、そこで深い溜め息を吐いた浩一に、恭子が不思議そうに問いかける。


「浩一さん? 何か心配事でもあるんですか?」
 どうやら溜め息を吐いたのは無意識だったらしく、恭子の問いかけで我に返ったらしい浩一は、如何にも悔しそうに言い出した。


「あ、いや……、今日は帰りがけに花とケーキでも買って帰ろうかと思ってたんだが、会議は延びるし招かれざる客は来るしで、そんな事を考える余裕も無く帰って来てしまったし散々だったなと思って」
「どうしてお花とケーキを買おうと思ったんですか?」
 何故そこまで悔しがっているのか分からなかった恭子が何気なく問いを重ねると、浩一はきょとんとした顔になった。


「どうしてって……、今日は1月9日だから恭子さんの誕生日だろう?」
 そう告げられた恭子は、虚を衝かれた表情になった。


「え? ……あぁ、言われてみれば、今日はそうでしたね」
「今日が自分の誕生日だったのを、すっかり忘れてた?」
 首を傾げながら、常には見せない戸惑った顔になった恭子を見て、浩一は思わず苦笑してしまったが、恭子はどう言おうか迷うような口ぶりで否定してきた。


「いえ、そういう事では無くて……。今日が1月9日なのも、誕生日なのも忘れてはいませんでしたが、誕生日だからお祝いするとか特別な事をするとかは長い間していないので、さっき咄嗟に花とかケーキとかの単語と結びつかなかったんです」
 それを聞いた浩一は怪訝な顔になった。


「俺は今まで、清人や清香ちゃんからお祝いして貰っていたと思っていたんだが」
「先生は毎年、お休みはくれていました。家族の命日なので、遺骨を預かって貰っているお寺に行って、お経を上げて貰ってたんです。今年は会社は休めなくて、今度の週末に顔を出そうと思っていましたが。清香ちゃんからは別の日にプレゼントを貰ってましたし」
 何でも無い事の様に恭子から事情を説明された浩一は、思わず自分を殴り倒したくなった。


(しまった……。すっかり失念してた。彼女の誕生日って事は、取りも直さず彼女の両親と妹さんの命日って事で……。そんな日に彼女が自分の誕生日を祝う気分になれないのは、当然だろうが! 迂闊すぎるのも程があるぞ!!)
 そして心の中で盛大に自分を罵倒してから、浩一は如何にも面目なさ気に頭を下げた。


「すまない。変な事を言って。却って買って来なくて良かったな」
「別に構いませんよ? 別に花やケーキが嫌いなわけじゃ無いですし、誕生日にそれを受け付けないって事でもありませんし。実はここ何年か、あそこのお寺からの道筋にタルトが美味しいケーキ屋さんがあって、そこの喫茶スペースで食べて帰って来てる位で……」
 変に気を遣わせたかと、慌てて浩一を宥める為に口を開いた恭子だったが、急に不自然に口を閉ざした。その為、不思議そうに浩一が尋ねる。


「恭子さん。そのケーキ屋がどうかしたのか?」
「いえ、今、ちょっと引っかかった事がありまして」
「どんな事?」
「大した事じゃ無いので、わざわざ口に出す程の事では」
「何かケーキにまつわる話?」
(一緒に暮らしてみて分かったけど、浩一さんって普段温厚なのに、時々妙に押しが強い時があるのよね……)
 いつもの温厚な表情ながら、一歩も後には引かない気迫を醸し出している浩一に、恭子は思わず遠い目をしてから気になった事を口にしてみた。


「先生の前にお世話になっていた、お屋敷での話なんですけど……」
 浩一の顔が僅かに強張ったが、何でも無い事の様に話の続きを促した。


「うん、それで?」
「初めて迎えた年末に、旦那様に呼ばれて応接間に出向いたら、広い大理石のテーブル一面に色々な種類のケーキが並んでたんです。各皿に一つずつ、数えませんでしたが三十種類位あったかと」
「ケーキ屋でも始める気だったのか?」
 その情景を想像し、半ば呆れながら口を挟んだ浩一に、恭子も困惑した顔のまま話を続けた。


「理由は分かりませんが。それで旦那様に『まずお前が好きなのを一つ選べ』と言われて、凄く困ってしまって」
「どうして?」
「その場に奥様や他の方も同席してるのに、皆さんが食べそうなケーキに手を出すわけにいかないじゃないですか。でも皆さんの嗜好が良く分かってませんでしたから、無難に一番地味で安そうなチーズケーキを選んで頂いたんです」
「なるほど」
 正直、内心では(そんなにたくさんあるなら好みがそうそうかぶる事も無いだろうし、一番食べたい物を選べば良いのに)と思わないでも無かったが、浩一は一応素直に頷いて見せた。するとここで恭子が、急に顔付きを明るくして言ってくる。


「そうしたらお正月明けの時期にまた呼ばれて、『お前はこれが好きだろう。貰ったから皆で食べるぞ』と言われて、出されたチーズケーキを食べたんです。そうしたら凄く美味しくて。それまでもそれからも、あれ以上美味しいベイクドチーズケーキに遭遇した事はありません!」
「そうなんだ」
「はい。それから毎年同じ時期に、貰い物だと言われて同じチーズケーキを食べていた事を思い出しまして。偶々その時期に毎年ご機嫌伺いに来るケーキ屋さんでも居たのかと、ちょっと不思議に思っただけです」
 にこやかに楽しそうにそんな事を言われて、浩一も自然と笑顔になった。


「そうか。でもそこまで美味しいチーズケーキって、少し興味があるな。そのケーキの箱とかに店名とか入って無かった?」
「それが……、白の無地の箱で。包装紙とかもありませんでしたし」
「そうか。残念だけど仕方がないね」
(毎年彼女の誕生日前後に同じケーキ……、単なる偶然か?)
 何となく引っかかりを覚えた浩一は、笑顔のまま少し考え込んだが、幾ら考えても答えが出るわけでも無い事から、目下の懸案事項に意識を戻した。


「それじゃあ、忘れないうちにレコーダーを貸してくれるかな?」
(やっぱり忘れて無かったのね。真澄さんから返された時、すぐに消去しておくべきだったわ……)
 笑顔で要求された恭子は思わず溜め息を吐いてから立ち上がり、リビングボードから取り出したICレコーダーを浩一に手渡した。


「どうぞ」
「ありがとう。じゃあ俺は部屋で珈琲を飲みながら、仕事をしてるから」
「はい」
 そう声をかけて自室に引き上げた浩一は、机にマグカップを置き、椅子に座りながら独りごちた。


「さて……、見事に姉さんを切れさせた暴言を拝聴するか。せっかくの珈琲が、不味くなりそうだがな」
 そうして取説書など無くとも、ボタンの脇に表示してある記号を元に早該当部分の再生を始めると、浩一の顔から表情が消えた。


「……なるほど」
 時折珈琲を飲みながら、途中間が途切れたものの十分弱の会話内容を全て聞き終えた浩一は、停止ボタンを押すや否やスマホを取り出して登録してある番号の一つに電話をかけ始めた。そして呼び出し音が途切れると同時に、静かに相手に向かってお伺いを立てる。


「お久しぶりです、白鳥先輩。柏木ですが、今お時間は大丈夫でしょうか?」
 その問いかけに、かつて白鳥姓だった藤宮は、嬉しそうに言葉を返した。


「ああ、大丈夫だ、浩一。珍しいな……、と言うか、お前の方から俺に電話してきたなんて、学生時代を含めても初めてなんじゃないか?」
「俺が記憶している限りでは、おそらくそうですね」
「そうか、それは記念すべき日らしいな。それで何の用だ?」
 すこぶる上機嫌に話の続きを促してきた藤宮に、浩一が淡々と問いかける。 


「俺が卒業する時に言って頂いた言葉は、今でも有効でしょうか?」
 それを聞いた藤宮は一瞬黙り込み、次いで笑いを含んだ声で答えた。


「……あれに、時効を付けた記憶は無いが?」
「それなら、俺の話を聞いて頂きたいのですが」
「何でも聞いてやる。何をすれば良い?」
「別に先輩に何かして頂きたい訳ではありません。ただ俺の話を、最後まで黙って聞いて頂きたいだけです。俺が白鳥先輩に要求するのはそれだけです」
「何?」
 意外そうに疑問の声を上げた藤宮だったが、浩一はそれ以上無駄な事は言わないとばかりに無言を貫いた。そして数秒後、真剣な声音で藤宮が確認を入れてくる。


「それはあれか? 俺がその話を聞いて誰に何をさせようと、それはお前が関知する所では無いと。俺が勝手にさせているだけで、お前は各人に個別に一つずつ依頼するつもりだと、そういう事か?」
「そう捉えて頂いても結構です」
 冷静に浩一がそう答えた瞬間、スマホから「あははははっ!!」と藤宮が爆笑する声が伝わって来た。それからひとしきり笑った藤宮が、何とか笑いを抑えて会話を再開させる。


「『何でも一つ』の約束を、最大限有効に使おうってか? 随分図太くなったじゃないか、浩一。益々惚れたぞ」
「誤解を招く表現は止めて下さい。それで、聞いて頂けるんですか、頂けないんですか?」
「分かった、何でも聞いてやる。遠慮無く話せ。どうせお前の事だから例の女絡みだろうが?」
「……そうですね。いけませんか?」
 正直に告げるのを僅かに躊躇う気配を見せた浩一に、藤宮は再度「お前っ、相変わらず可愛い奴!」と爆笑してから、気前良く請け負った。


「益々気に入った。清人の披露宴の時に顔を合わせたが、彼女の事は結構気に入ったからな。俺なりに色を付けてやろうじゃないか。さあ、時間はたっぷりある。好きなだけ話せ」
「ありがとうございます」
 浩一は自分がこれからしようとしている事についての影響と結果については十分認識していたし想像する事も出来ていたが、ここで引き返すつもりは全く無かった。





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