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世界が色付くまで

篠原皐月

第20話 失言オンパレード

 日付が変わって一時間は経過している事もあり、恭子は心なしかいつもより静かに玄関のロックを解除して、中に入った。
(浩一さん、もう寝てるわよね)
 各部屋の防音機能はそれなりではあるが、極力音を立てずに廊下を進んで自分の部屋に入ろうとすると、唐突に斜め前のドアが開き、廊下へと出て来た浩一と出くわした。


「やあ、お帰り。思ったより早かったね」
「只今戻りました。浩一さんこそ、まだ起きていたんですか?」
 まだ着替えもせず、マグカップ片手に平然と声をかけてきた浩一は、淡々とその理由を説明した。
「ああ。株価と先物取引の相場をチェックして、時間外取引をシステム入力し終えた所なんだ。他にもまだ今夜中にやっておきたい事が幾つかあるから、お茶を淹れ直して休憩しようかと」
「それなら私も飲みたいので、浩一さんの分も一緒に淹れますから、ソファーで少し待っていて下さい」
「悪いね。頼むよ」
「はい」
 いつも通りの穏やかな笑みに何となく安堵しつつ、恭子は急いで自室に荷物を置き、キッチンへと向かった。そして二人分のお茶を淹れ、両手にマグカップを持ってリビングへと入る。


「どうぞ」
「ありがとう」
 そこまでは普通のやり取りではあったが、二人で向かい合ってお茶を飲み始めてからは何となく無言になってしまった。


(う……、何か微妙に気まずい。別に悪い事をしてるわけじゃ無いのに……)
 いつもであれば浩一がさり気なく話題を振って沈黙が続かない様にする筈が、今日は何故か黙り込んでいる事に困惑しつつ、恭子は先ほどちょっと気になった事を口にしてみた。


「浩一さん、さっき時間外取引がどうこうとか言ってましたよね?」
「ああ、言ったけど、それがどうかした?」
「どうしてそんな事してるんです? 以前真澄さんに聞きましたけど、ご姉弟で保有してる不動産の賃貸料が、毎月結構な額で入るんですよね。それに加えて一部上場の有名企業の課長さんなら、それだけで十分な収入があると思うんですけど」
 真顔で疑問をぶつけてきた恭子に、浩一も表情を消して応じた。
「……わざわざ他で、危ない橋を渡ってまで金儲けしなくても、って事かな?」
「先生ならともかく、浩一さんがお金に執着する様には見えませんので」
「見えないけど、これでも結構守銭奴なんだよ。困ったね。幾ら儲けても満足できない」
 そう言って足を組んでクスクス笑い出した浩一を、恭子は軽く睨み付けた。


(嘘……、絶対何か固定収入以外の副収入が必要な理由がある筈よ)
 そう確信したものの、その場で追究する材料を特に持たなかった恭子は、諦めてお茶を飲んだ。するとその追究から意識を逸らす為か、浩一が些かわざとらしく話題を変えてくる。


「ところで……、今夜の首尾はどうだったのかな?」
 そう問われた恭子は、無意識に満足げな笑みを浮かべながら応じた。
「上々です。本人が見たら憤怒と羞恥で顔が真っ赤になる事間違い無しの写真が、山ほど撮れました」
 内心(そんな事をそんなに嬉しそうに言わないで欲しい……)と思った浩一だったが、自分が話題を出した手前、冷静に話を合わせた。


「それは良かったね。それを見せて小笠原から手を引く様に脅すわけ?」
「いえ、素直に言う事を聞くかどうか分かりませんし、すぐに写真を表沙汰にしたら私との関係性が分かって、今後私が周囲に警戒されます。なのでこの後、来週に襲撃して土日の一昼夜位意識不明で監禁しておいてから発見されれば、その間に撮られた物と本人は考えるかと。実行犯には既に声をかけてありますし」
 サラリと語られた明らかに犯罪行為である内容に、さすがに浩一は顔を引き攣らせた。


「……そう上手くいくのか?」
「いかせますよ。まだまだ先は長いんですから」
 そう言ってお茶をすすった恭子は、平然とその後の予定を述べた。
「その後、問題の写真を携えて、ゴシップ誌の関係者を名乗る人間が小笠原産業を訪問して脅迫、の流れですね。『御社の重役が、こんな非常識で反道徳的な行為をしていると世間にバレたら、社の体面はどうなるでしょうな』とか」
 そこまで聞いて、浩一は思わず唸りながら話の後を引き取る。


「なるほど。口止め料として会社から大金を払って、それを『個人的な行為で、社に損害を与えた』と理由を付けて依願退職に持ち込み、口止め料の額を退職金から容赦なく差し引くと。加えて醜聞も社内に流して、そいつの取り巻き連中も離散させるとか?」
「こちらからわざわざ噂を流さなくても、退職金が減額された理由が家族を含めて周囲に早晩バレる事は確実ですし。退職後の穀潰しと好き好んで関わり合いたがる社員はいませんよ」
 淡々と《その後》を語る恭子に、浩一は(手慣れてる……、相当場数を踏んでるな)と頭痛を覚えたが、今更犯罪行為云々を問うのも馬鹿らしく、半ばヤケになりながら話の続きを促した。


「順調そうで何よりだね。他にも色々してるんだろう?」
「ええ。私に言い寄ってこない人は、初回に飲みに誘われた時に隙を見てクレジットカード情報をスキミングしておいたので、そのデータを組み込んだ偽造カードを知り合いに作って貰ってます。その人の出張時に、出張先で外見が似た人に高額の宝飾品を買わせるつもりです」
「それは……、どういう事かな? カードの支払い限度額以上の損害を出す事はできないだろう?」
 止まる所を知らずにエスカレートしていく明らかな犯罪話に、若干たじろぎながらも浩一が尋ねると、恭子は詳細を説明した。


「ええ、それだけだったら大したダメージにはなり得ません。でもその方は婿養子で、怖い奥様に女関係と財布をしっかり管理されていて、部下の女子社員とか何人も異動させられているんです」
 それだけ聞いて、浩一は恭子の言わんとする内容を察した。
「何となく分かった。カードの使用明細は奥さんの元に届くんだろう? それの中に明らかに女物の高額な買い物の記載があったら、恋人へのプレゼントかと疑うわけだ。うっかりこっちのカードを使ったと思わせて」
「はい、その通りです。下調べした感じだと、直接ご主人に疑惑をぶつけると言うより、まず証拠固めするタイプですから、販売店に問い合わせたり調べに出向いたりすると思うんです。そこで『このお客様でしたら、奥様へのプレゼントだと上機嫌でお買い上げになられました』なんて言われたら、血圧を上げません? それに加えてほぼ同時に、奥様の口座から多額の現金が引き出されているのが発覚したりしたら……」
 思わせぶりに言葉を濁した恭子の台詞を、溜め息混じりに浩一が引き取る。


「それは一気に離婚争議に発展しそうだな。しかも婿養子で奥さんが社内の人事に口を挟んでいるとなると……、奥さんの方が小笠原家と縁戚関係らしいね。離婚したら小笠原産業内での本人の立場は、かなり下がりそうだ」
「そのまま社内に居座るかどうかも微妙ですね。その他にもセクハラパワハラ常習犯には、泣き寝入りしてる被害者と密かに接触して手口を分析したり、証拠を押さえる為に要所要所に隠しカメラやマイクを設置済みですし、隠し帳簿を愛人のマンションで保管させてる所には、その愛人にその男とは別の恋人が居る事を掴んで、ちょっと脅したら簡単にコピーを取らせて貰って原本とすり替えておきましたし。他にも幾つか仕込み済みで、当初の想定より早く片付きそうで、良かったです。やっぱり組織のトップとナンバー2公認で、資金も使い放題って楽だわ~」
「…………」
 一気に喋って最後に満足そうに感想を述べた恭子だったが、お茶を飲むのを再開したと同時に、浩一が難しい顔をして黙り込んでいるのに気が付いた。


(あら? 何だか浩一さんの反応が……。話題を出してきたのは確かに浩一さんの方だけど、真面目な人だから明らかな犯罪行為を目の前でペラペラ話されるのは不愉快かもしれないわね。調子に乗り過ぎたわ、自重しよう)
 そう考えた恭子は、これ以上浩一の気分を害さないうちにさっさと寝ようと腰を浮かせた。


「あの、それでは」
「今日の写真とかって、どうやって撮るわけ?」
「え? えっと、その……、ホテルに行く前に入ったバーで、バーテンダーにちょっと薬を盛って貰ってます」
「……薬?」
 唐突に問いかけられ、思わず正直に答えた恭子だったが、過去の苦い記憶を彷彿とさせる単語が出て来た事で、浩一は無意識に眉間に皺を寄せた。しかし恭子はその微妙な変化に気付かないまま、話を続ける。
「でも早々に前後不覚になって移動できなくるのは困りますし、ある程度記憶が無いと後から怪しまれるので、まず多少眠くなる程度の遅効性の物を仕込んで貰うんですが……」
(どうしてこっちが黙ってるのに、わざわざ話題を振ってくるわけ?)
 戸惑う恭子に、話の内容で過去の記憶を呼び起こされ、完全に表情を消し去った浩一が問いを重ねた。


「薬、ね……。どうやってバーテンダーを丸め込んでるのかな?」
「先生のお知り合いとかで、何年か前に紹介して貰いました」
「……そういう奴だとは、分かっていたつもりだったが」
 そう呟いて額を押さえつつ深い溜め息を吐いた浩一を見て、恭子は益々疑念を深めた。


(何だろう……、単なる好奇心? それにしても……)
 口を閉ざして浩一を観察した恭子だったが、すぐに顔を上げた浩一が続きを促してくる。
「それで?」
(……言って良いのよね? 聞かれているんだし)
 内心かなり躊躇したものの、恭子は再び詳細について話し出した。


「その……、ホテルの部屋に入ってから『酔い醒ましにどうぞ』って、追加の速効性の粉末薬を溶かしたミネラルウォーターを勧めれば、こっちがシャワーを浴びている間に爆睡って寸法です。巷では昏睡強盗が流行ってるって言うのに、馬鹿な奴に限って自分だけは大丈夫だとか、変な自信持ってるんですよね。それで寝てる間に如何にもやってた様に偽装したり、財布や携帯、手帳の中身を確認し放題ですから。今回は女の子達を絡ませて、色々な写真を撮らせました」
「熟睡してる相手の写真を撮っても、ヤラセだとしか思われ無いんじゃないか?」
 そこで当然の疑問を呈してきた浩一に、恭子は軽く頷いてから説明を加えた。
「確かにそうです。実は、今回は意識が朦朧とする程度に薬物量を抑えて、暗示をかけて眠らない様にしておいたんです。ですから目をしっかり開けて、楽しそうに笑ってましたよ? 勿論、撮影中の記憶は残していませんが」
 そこまで聞いた浩一は、真面目な顔で少し考え込んだ。


「それは……、単なる暗示と言うより、一種の催眠術?」
「ええ。以前の知り合いに、精神心理学を専門にしている方が居て、催眠術も一通りレクチャーして貰ったんです。でもさすがに警戒している人とかは難しいので、念の為薬と併用で確実にしてますが」
(本当に……、初対面の時、いきなりわけが分からない講義を十時間ぶっ続けでされた時はどうなる事かと思ったけど……。お屋敷に居る間に叩き込んで貰った諸々が、あそこを出てからこんなに役に立つなんて、あの頃は想像も出来なかったわ。ありがとうございます、蓮さん)
 心の中で、過去に自分にスパルタ教育を施した相手に対し、感謝の念を新たにしていると、浩一が控え目に問いを発した。


「……今まで結構同様の事を?」
「それなりに。先生曰わく『持っているスキルは最大限活かせ。引っ張り込んだ相手を眠らせている間に家捜しすれば、時間が有効に使えるだろうが』と言われて納得して、気持ち良く眠って貰っている間に、個人データや暗証番号やその他諸々を収集してました」
「その……、清人から指示された仕事に関して、体の関係を迫られる事って頻繁にあった?」
「頻繁にって程ではないと思いますが……。ろくでもない後ろ暗い連中に限って、言い寄って来るんですよね。プロ意識が高かったり、無条件で尊敬できる様な人は、そもそも体目当てに声をかけてきたりしませんから」
「そう……」
「それに……、私、普通の女性の一生分の回数はしていると思うので、仕事でもプライベートでも今更セックスしたいとは思いません。誤魔化されてくれるならこっちは楽だし、そんなの別にしなくても死にませんし」
「…………」
 あっけらかんと思う所を言い切った恭子だったが、何故か浩一が眉間に軽く皺を寄せて黙り込み、自分を凝視しているのに気が付いて僅かにたじろいだ。


(えっと……、やっぱり言い過ぎたかしら? でも浩一さんを含め清香ちゃんの従兄弟の皆には、以前サラッと愛人になってた事や水商売してた事は話していたから、今更不道徳だとか何とかお説教されたりはしないと思うんだけど……)
 密かにどうすれば良いのか迷い、かと言って何となく席を立つ雰囲気ではない為困っていると、浩一が徐に口を開いた。


「……良いんじゃないかな」
「何がですか?」
「確かにセックスをしなくても死ぬわけじゃ無いし、今では人工授精で子供も作れる時代だし。倫理上は問題があるかもしれないけど」
「……そうですね」
 何とも言えずに曖昧に頷いた恭子に、浩一が静かに問いを重ねる。
「それとも子供は嫌い?」
「いえ、別に小さい子供が嫌いと言うわけじゃありませんよ? 普通に可愛いと思いますし、真澄さんの子供が産まれたら見に行きたいと思いますし」
「そう」
 互いに真面目な表情でのやり取りだったが、恭子は若干戸惑っていた。


(何か意外……。浩一さんが真面目にこの手の事を口にするなんて。もうちょっと軽蔑……、とまではいかないかもしれないけと、呆れられるかと思ったんだけど。それにどうして子供云々の話になるのかしら……)


「それなら恭子さん」
「はい」
 そこで唐突に浩一に声をかけられたが、続く言葉も恭子の理解の範疇を超えていた。
「セックスしなくて良いから、俺の子供を産んでくれないか?」
「……はい?」
「…………」
(何が『それなら』なの?)
(俺は今、何を口走った?)
 当惑した声を上げた恭子の顔を見て、漸く我に返った浩一は、内心激しく狼狽しながらも、表面的には無表情を保ちながらマグカップ片手に静かに立ち上がった。


「悪い。今のは冗談だから。おやすみ」
 そうして恭子に背を向けて歩き出した浩一の背中に、若干棘を含んだ恭子の声がかけられる。
「浩一さん、待って下さい。お話があります」
「何?」
「座って下さい」
「……ああ」
 振り向いたままの中途半端な姿勢で浩一が尋ねたきた為、恭子は有無を言わせぬ強い口調で目の前のソファーを指差した。それに大人しく浩一が従うと、盛大に溜め息を吐いた恭子が、呆れ果てたと言った感じで愚痴り始める。


「年上の、れっきとした社会的地位がある浩一さんの様な男の人に、私なんかがお説教するなんておこがましいとは思うんですが……、浩一さん」
「はい」
「真顔でさっきの様な冗談を言うのは止めて下さい。洒落になりません。私だったから良かったものの、うっかり肉食系女子に向かって口を滑らせたら、骨も残らなくなりますよ? 一応言っておきますけど、これは冗談じゃありません。自重して下さい」
「……今後気を付ける」
「そうして下さい」
 浩一を軽く睨み付けつつ言い聞かせた恭子は、一応注意を済ませてから「はぁ……」と深い溜め息を吐いた。


「本当に……、浩一さんと同じ様に、真澄さんも普段はとてもしっかりしてるのに、時々妙に危なっかしく見える所があったから、良く無事に過ごせてきたなぁと感心してましたけど。やっぱり姉弟ですね。……真澄さんは最低野郎に引っかかっちゃいましたし」
 そう口にして、何やらブツブツと清人に対する悪態らしき言葉を呟き始めた恭子を、浩一は比較的冷静に眺めた。


(馬鹿な事を言ったな……。彼女がやっている事が犯罪と紙一重とか、男を手玉に取っているとか、分かってはいたつもりだったが。本人の口から薬云々の話を聞かされて、相当動揺しているらしい……。でも彼女と、遊び半分で薬を使ってたあいつらとは違う……)
 そこで物悲しい気分から一転怒りがぶり返してきた浩一だったが、その耳に恭子の呟きが届いた。


「……大体、真澄さんの前で良い所を見せようって、予定日間近の妊婦をボウリング場に引っ張り出すってどうなの? それとも社内にラブラブぶりをそんなにアピールしたいわけ? あのど腐れ野郎……」
(そう言えば……、俺も参加する事にしたし、清人が何を仕掛けてくるか分からないから、何も対策を講じていないと、彼女の目の前でボロ負けしかねない……)
 そんな事を考えた浩一は、真剣な表情で恭子に声をかけた。


「恭子さん。ボウリングはどれ位できる?」
「それなりには。以前に色々あって、プロに付いて習った事がありますので」
(やっぱり……)
 過去の清人の無茶ぶり指令を思って、浩一は疲労感を覚えながら、恭子に向かってある提案をした。


「じゃあボウリング大会までで時間がある日、一緒にゲームしながら教えてくれないか?」
「え? あの、でも……」
「清人の前で酷い負け方したくは無いから。あいつの腕はしってるし、ボウリングは暫くやって無くてね」
「はあ……」
 困惑して曖昧に頷いた恭子に、浩一がたたみかける。
「1ゲームにつき一万出す。コーチ料としては妥当だろう」
「お任せ下さい。絶対浩一さんを勝たせてみせます」
 打てば響く様に力強く返ったきた言葉に、浩一は思わず笑ってしまった。


「それは頼もしいな。じゃあなるべく予定を合わせるから宜しく」
「了解しました」
(良く考えたら……、彼女の前で酷い負け方をしたくないからと言ってコーチを頼んでも、十分彼女の前で情け無い姿を晒す事になるよな……)
(思わず請け負っちゃったけど……、先生を負かす為にコーチしたなんて先生に知られたら、どんな制裁措置が降りかかるか……。浩一さんには他言無用って言っておかないと)
 そんな事を考えつつ、二人は深夜の会話をお開きにしたのだった。





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