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世界が色付くまで

篠原皐月

第7話 レースの手袋

「……おはようございます」
 幾分戸惑った感じのその声に、キッチンで朝食の支度をしていた恭子は、振り返って挨拶を返した。
「おはようございます。もう顔も洗ってるんですね。そろそろ出来上がりますので、食事にしませんか?」
「ありがとうございます」
 フランネルのシャツにデニムのパンツ姿という見慣れないラフな姿の浩一は、何故か若干不自然に視線を逸らしながら応じ、おとなしくテーブルに着いた。その動作に、茶碗にご飯を、汁椀に味噌汁をよそいながら恭子が首を捻る。


(休日の朝からしっかり身支度をしているのは浩一さんらしいけど、寝起きが悪いタイプ? でも、機嫌が悪いという感じとも、ちょっと違う感じがするんだけど……)
 どことなく落ち着かなさげな浩一の様子を横目で見ながら、恭子は二人分の茶碗をテーブルに置き、エプロンを外して横の椅子に掛けて自分も椅子に座った。そして二人で「いただきます」と挨拶をして食べ始めたところで、何となくその理由に思い至る。


(もしかしたら……、私がパジャマ姿だから、だらしないと思っているとか?)
 平日なら着替えてからエプロンをして朝食の支度をしている恭子だったが、休日の朝は出かける直前までパジャマのまま過ごしていた為、ついその感覚のまま今朝も朝食を作っていたのだった。しかし食べ始めてしまってからわざわざ席を立って着替えに行くのも失礼かと思った恭子は、困惑しながら食べ続ける。


(う~ん、早速失敗したかも。どう考えても浩一さんはきちんとした家庭で育った筈だし、お屋敷に居る時には奥様にビシバシ指導を受けてたのに……。一人暮らしが続いてて油断したわ)
 そんな事を考えて無意識に溜め息を吐いた恭子だったが、それを見た浩一が、何を思ったか申し訳なさそうに言い出した。


「すみません。休日は俺が朝食を作るとか言っておきながら、俺の方が遅く起きるなんて」
 幾分悔しさを含ませたその口調に、恭子は慌てて手を振った。
「まだ八時ですよ? 昨日荷物を入れて、夜も細々とした物を片付けていたんですから、 今日はゆっくりして下さい。それに今日は最初から私が準備するつもりでいましたから、気にしなくて良いですよ。もう少し寝ていても、良い位です」
 元から作って貰う気などなかった恭子がそう言って宥めると、浩一はそれに苦笑で返した。
「そうしたかったのは山々なんですが、残念な事に、休日でもあまり遅くまで寝ていられない質なんです」
「健康的じゃないですか。そう言えばバカンス会で一緒に泊まった時、真澄さんもそうでしたね」
 そこでお互いに笑い合って、その件については終わりになった。そこで恭子が先程気になった事を尋ねてみる。


「その……、起床時間もそうですが、やっぱり浩一さんは良いお家の育ちですから、色々きちんとしてるんですよね? 私は結構ガサツな育ちですから、気に障る事があったらはっきり仰って頂いて構いませんよ?」
 それを耳にした浩一は、ピクッと片眉を上げて恭子を見返した。
「別に川島さんのする事で気に障る様な事とかはありませんが、俺の態度で何かそう感じる事があったでしょうか?」
「朝、パジャマ姿で室内をうろうろされるのは、だらしなくて嫌なんじゃありません?」
 真顔でそんな事を言われた浩一は僅かに狼狽し、箸から胡瓜の浅漬けを落として固まった。それを見て納得した様に恭子が頷く。


「そうですよね。真澄さんも、家では寝室以外でパジャマになったり、スリッパを履いたりしたことが無いって言ってましたし」
 うんうんと一人で納得している恭子に、我に返った浩一は慌てて否定した。
「いえ、別に不快とか、だらしがないと思っているわけではなくてですね!」
「無理しなくても良いですけど」
「無理なんかしてません! ちょっと慣れていなくて、少し驚いただけです。もう分かりましたから、幾らでもパジャマでいて下さって構いませんから!」
 かなり切羽詰ったその訴えに、恭子は若干不思議に思いつつ再度頷いた。


「そうですか? それなら良いんですけど。一応平日は忙しいですからすぐ着替えてますので、お見苦しい所はお見せしませんので安心して下さい」
「別に見苦しくは無いですが……」
「え? 今、何て仰いました?」
「いえ、独り言ですから気にしないで下さい」
「そうですか」
 浩一が何やらボソッと呟いた台詞を聞きのがした恭子が尋ねたが、浩一が若干疲れた様な笑みで誤魔化す。その為恭子は無理に追及する真似はせず、再び朝食を食べ始めた。


(これまで真澄さんの突拍子もない行動や発想に驚かされた事はあったけど、やっぱり姉弟よね。他の単なるお金持ちやいいとこの坊ちゃんと違って、ちょっと思考パターンが読めないわ)
(単純に、予想外で目のやり場に困ったなんて言えるか! しかし一瞬、本気で清人の罠かと思って余計に動揺したぞ。全くあいつが姉さんまで丸め込んで、俺を引っかけたりするから)
 少しだけそんな事を考えてから、恭子は同様に何やら考え込んでいた浩一に声をかけた。


「ところで、浩一さんの今日のご予定は?」
「少しだけ片付けをして、あとは川島さんの買い出しにでもお付き合いしようかと思っていました」
「私の買い出し、ですか?」
 当然の如く言われた予想外の内容に、恭子は少し戸惑った。しかし浩一が逆に問いかけてくる。
「ええ。今は商社勤めをしてそうですし、休日にまとめ買いに出かけたりしませんか?」
「行きますけど……。一人で大丈夫ですよ?」
「二人分になると食材も消耗品も、結構かさばるかと思いまして。ひょっとしたら宅配とかも頼んでいるかもしれませんが、近辺のお店を一通り教えて貰えませんか? ここには何度も訪ねて来た事はあっても、買い物をした事は無かったものですから」
 自然に話す浩一を見て(浩一さんも咄嗟に買いに行ける店を覚えておいた方が良いわよね)と納得した恭子は、笑顔で頷いた。


「それなら荷物持ちをお願いしても良いですか?」
「ええ、構いません」
「宜しくお願いします」
 そんな風に、それ以降も和やかに会話が進み、数分程してから浩一が思い切って話を切り出した。
「あの……、川島さんは俺の事を、大抵名前で呼びますよね?」
「そうですね。初めて会った時から真澄さんの事は名前で呼んでますので、なんとなくその流れで。対外的に問題がありそうな時には『柏木さん』と呼んでいましたが。やはり名前呼びだと気になりますか?」
 先程のパジャマの事といい、放置しておくととんだ斜め上の発想をされかねないと学習した浩一は、声に若干力を込めて提案した。


「いや、そうじゃなくて、俺を名前で呼ぶのは一向に構いませんから、俺も川島さんの事を名前で呼んでも良いですか?」
「名前で、ですか?」
「はい、駄目ですか? 名字で呼んでいるとどうしてもやり取りが敬語になりやすいですし、一緒に暮らしてるのに堅苦しい感じがするかと思いまして……」
(別にそんな事を気にしなくても良いと思うけど、真面目な人には却って気になるのかしら?)
(幾ら何でも唐突過ぎたか? だがこの機会に色々改めたいところが……)
 そんな事を思いつつ、真顔で見つめ合って数秒。恭子はあっさりと笑顔で応じた。


「私は良いですよ? そうですよね、これまで外で会う時は敬語を使ってましたけど、一緒に暮らすならもう少し砕けたやり取りの方が疲れないでしょうし。清香ちゃんとはそうでしたから」
「じゃあ恭子さん、そういう事で良いかな」
「はい、そうしましょう」
 そこでだし巻き卵を箸で摘まみ上げた恭子は、急に何かを思い出した様に不機嫌になる。
「だけど……、よくよく考えてみたら、先生は私の事、『おい』とか『お前』の他は『川島さん』呼ばわりよね。他の時はぞんざいな口調なのに、『川島さん』の時だけ丁寧な口調で命令してるのがどうしてなのか、未だに意味が分からないわ……」
(それは十中八九……、いや、確実に俺のせいだな。俺が清人を含む人前で、馴れ馴れしく名前を呼んだりしなくてずっと『川島さん』と呼んでいたから……)
 ブツブツと何やら悪態を吐いている恭子から僅かに視線を逸らし、浩一が多少後ろめたく思っていると、恭子が唐突に話を振ってきた。


「先生と言えば……、浩一さん?」
「何かな?」
「やっぱり柏木の家を出たのは、真澄さんと先生が結婚して、寂しくなったからですか?」
「は?」
(何で家を出る理由が『寂しい』なんだ?)
 本気で困惑し、手の動きを止めた浩一に、恭子が不思議そうに再度声をかける。
「浩一さん?」
「いや、確かにウザいとは思ったが、寂しく思ったりはしていないな。どうしてそんな風に思うのかな?」
 逆に不思議そうに問い返した浩一に、恭子はさもありなんと言った感じで頷いてから、思うところを語って聞かせた。


「……確かに先生の過保護っぷりは、ウザそうですよね。ただ、浩一さんは女性の中では真澄さんが一番好きで男性の中では先生が一番好きですから、二人が結婚しちゃって一気にどちらも取られた、みたいな感傷に浸ってしまって、それが過ぎての家出なのかなと思っただけですが」
(家出……。そういう解釈もあるのか。男性の中で一番好きって言うのは何か微妙過ぎる認識の上、女性の中では姉さんは二番目だが……)
 本気で項垂れたくなった浩一だったが、それを正直に告げる事もできず、曖昧に笑って返した。
「小さい子供じゃあるまいし、姉と友人を取られたっていじける様な真似はしないけどね?」
 そう言って余裕を見せて笑ったつもりだったが、続けて味噌汁を飲んだ時にとんでもない内容の話が耳に飛び込んできた。


「そうですか。それなら良いんですが。そう言えば柏木産業内では、浩一さんが『姉が理想で他の女性に興味が持てなくて男に走った』という噂が密かに流れてて、真澄さんの結婚を期に『男と女のどちらに転ぶか』って賭けがされているとか」
「ぅぐはっ!! げふっ、ん、ぐっ!!」
「浩一さん!? 大丈夫ですか!?」
 噴き出しかけて味噌汁が変な所に入った浩一が、慌てて汁椀をテーブルに置いて口を押さえつつ呻いた為、恭子は顔色を変えて椅子から立ち上がった。しかしそれを浩一は手で制してから何とか喉を普通の状態に戻し、息を整えて恭子を問い質す。


「恭子さんっ!! なんですかさっきの話は! そんな馬鹿な話、一体誰から聞いたんですか?」
「営業一課の鶴田さんからです。あの……、本当に大丈夫ですか?」
 顔色が悪いのはむせたせいかと本気で心配しているらしい恭子とは裏腹に、予想外の名前を聞いた浩一は軽く目を見開き、疑わしそうに尋ね返した。
「は? あの……、一課の鶴田さんって、まさか鶴田係長の事?」
「はい。でも鶴田さんはその話をした時、『あまりにも馬鹿馬鹿しいので、本人の耳には入れてない』ってお冠でした。やっぱり管理職の方だと、不用意に騒ぎ立てたりしないんですね」
 そこでしみじみと頷いた恭子に、浩一は取り敢えず順序立てて尋ねてみる事にした。


「……どういう知り合いなのか、聞いても良い?」
「二年位前に、カルチャーセンターの同じ教室に通って以来の友人なんです」
「カルチャーセンター……。彼と恭子さんに共通する趣味とか無さそうだけど、何?」
(何かスポーツ系か? 全然イメージが湧かないんだが……)
 些細な事にも目配りがきき、仕事でも先見の明があり日々自分を支えてくれている、自分より年上のありがたい直属の部下の姿を脳裏に思い描いた浩一だったが、「『鶴田』ではなく『熊田』が似合いだ」と陰口を叩かれている程体格が良く、いかつい顔つきの彼が嗜むスポーツのイメージと言えば、テニス等ではなく柔道などの格闘系と間違いなく十人中十人が答えるであろうむくつけき男であり、浩一の困惑度は深まった。そして何気ない恭子の答えに、浩一の思考が完全に停止する。


「レース編みです。先生に『この教室に通って三ヶ月でショール編みまでマスターしてこい』って指令だったんですが、鶴田さんはそこに純粋に趣味で通ってました」
「…………レース?」
 浩一は殆ど無意識に声を発したが、恭子は浩一の戸惑いには気が付かないまま、淡々と説明を続けた。
「はい。でも鶴田さん、玄人はだしなんですよ? カルチャーセンターでの講習を終えたら、その講師の方が自分で主催している教室に私達二人を誘って下さって、もっと複雑な編み方とかを教えて貰う様になったんです。そこで毎週日曜に各自の作品を持ち寄っての、先生主催の茶話会があって、鶴田さんはほぼ毎回参加してるんですよ。私は月一回位ですが」
「そう、ですか……」
「さっきの噂も、そこで鶴田さんが個人名を伏せて『こういう無責任な噂を流す輩が多くて困る』と愚痴っぽい事を零していて、周りの女性達が『有名商社勤めのエリートさんも大変ねぇ』ってしみじみ同情していたのを小耳に挟んだだけですから。鶴田さんは無責任に噂をばら撒く様な人じゃありませんから、心配いらないですよ?」
「ええ、良く分かってます……」
 辛うじて引き攣った笑顔で頷いた浩一だったが、内心ではテーブルに突っ伏したいのを懸命に堪えていた。


(あの鶴田さんがレース編み……。見た目で人を判断するつもりは無いが。いや、それより清人の指令で教室に通ったら鶴田さんと知り合ったって……、しかもそれが俺と鶴田さんの課長係長就任前後の時期って怪し過ぎる。柏木産業の内部情報、特に一課のあれこれを、彼と彼女経由で引き出してたとか言わないよな!?)
 驚愕が一応収まると、益々人間不信に拍車がかかりそうな心境に陥っていた浩一に、ここで思い出した様に恭子が声をかけてきた。


「ああ、そう言えば鶴田さんに頼まれてたんだわ。良かった、思い出して。浩一さん、お願いがあるんですが」
「何かな? 遠慮なく言ってみて?」
「鶴田さんと真澄さんがさり気なく、余人を気にせず会う機会を設けて貰えません? 鶴田さん、ずっと前から真澄さんの事が好きだったんですよ。それで私が街で真澄さんと一緒の所を見られて以来、時々茶話会の時に真澄さんについて話をする様になったんですが」
 その恭子の驚愕の打ち明け話に、再度浩一の思考が止まった。そしておうむ返しに問い返す。
「……鶴田さんが姉さんの事を?」
「やっぱり職場では悟らせない様にしてたんですよね。いじらしいですよねぇ、貰い泣きしそうです。真澄さんったらどうせなら先生じゃなくて、ああいう人を好きになれば良かったのに…………。あ、浩一さん、今の話オフレコでお願いします。こんなのが先生の耳に入ったら瞬殺されますので」
 目元を押さえ、しみじみとした口調で零してから一転、恭子が鬼気迫る表情で懇願してきた為、それに疲労感を倍増させられながらも、浩一は控え目に軌道修正を図った。


「恭子さん……、ごめん。話を続けてくれるかな?」
「すみません。鶴田さんは、真澄さんが営業三課時代の先輩に当たるんですよね。その頃から真澄さんの事が好きだったみたいです」
「そういう話は、ついぞ聞いた事が無かったんだが」
 半ば呆然としながら口を挟んだ浩一に、恭子が如何にも残念そうに応じる。
「真澄さんは社長令嬢で美人の上、仕事も出来ますから、大抵の男の人は尻込みするんですよねぇ。それで寄って来るのは勘違い自惚れ野郎ばかりになって、益々真澄さんの男を見る目が厳しくなるし。鶴田さんも『俺と彼女じゃまさに《美女と野獣》だから』って苦笑いしてました」
「そうなんだ……」
「それで『柏木が付き合う相手がどれも長続きしていないらしいが、ひょっとしたら他に好きな男がいるんじゃないか?』と真顔で聞かれて、どうしようかと思いましたよ」
「清人の事を話したの?」
 浩一がつい興味をそそられて聞いてみた途端、恭子は苦々しい顔付きになって応じた。


「性格極悪の守銭奴だなんて、正直に言えませんよ。血を見るじゃないですか……。だから鶴田さんには気の毒でしたけど、すっぱり諦めて貰うために『顔良し頭良し稼ぎ良しの、真澄さんが以前から好きな人が居るんですが、真澄さんの方が年上だし色々あって付き合うまでいってないみたいです』と去年教えてあげました。そしたら『そうか』って納得してくれたんですけど……」
「そんな事があったんだ……」
(鶴田さん……。今までそんな事、微塵も感じさせなかったな……)
 なんとなく居心地悪くしていると、恭子が溜め息を一つ吐いてから続けた。


「それで、真澄さんが電撃入籍を社内に公表した日の夜、呼び出しを受けて出向いたら鶴田さんに号泣されて、仕方がないので店を三軒ハシゴして飲みまくって、朝の三時まで付き合ったんですよ。最後は『今日も仕事ですよね? 二日酔いで休むなんていい加減な事をする人は、真澄さんは嫌いですよ?』と言い聞かせて帰宅させました。後からお礼とお詫びの電話が来ましたが、ちゃんと普通に出社したみたいですね」
「ああ、普通……、だった筈。変だったら記憶に残っていると思うし。悪い。その節は部下が世話をかけたみたいで」
 思わず浩一が軽く頭を下げると、頷いた恭子が話を続けた。


「その後、鶴田さんが気持ちを切り替えて『柏木に結婚祝いを贈りたいから協力して欲しい』と言われて、私が理由を伏せてカラオケボックスで速乾性の特殊樹脂で真澄さんの両手の型を取って、石膏で真澄さんの手を作って渡したんです」
「は? 両手を作ったって……、どうしてそんな物を?」
「実際に実物があった方が、よりフィットする物が作れると思ったもので。駄目もとで真澄さんに聞いてみたら『良いわよ? その代わり片手ずつ型を取って、両手を作り終えるまで私だけ歌わせて』という条件で快く作らせて貰いましたし。鶴田さんはそれのサイズに合わせて、三ヶ月かけて素敵なレースの手袋を編んだんです。写メールで見ましたが、気合いの入った力作ですよ?」
(そう言えば、実は二人がカラオケ仲間だったと清人が言ってたな。しかし、手の型を取るのも、それを元に作品を作るのもどうかと思うが……、そもそも姉さんはどうして両手の型を取るなんて言われて、怪しんだりしないで平然と作らせてるんだ!?)
 そこで真澄に対してかなり本気で腹を立て始めた浩一に気付かないまま、恭子が話の核心に触れる。


「それなのに鶴田さんが『川島さんから柏木に渡してくれないだろうか』なんて言い出すから、『こういう物は直接渡さなきゃ駄目です』って叱りつけたんです。どう思います? やっぱりちょっと情けないですよね?」
 若干腹を立てている様な口調で同意を求められた浩一は、些か気まずい思いで鶴田を庇った。
「……まあ、人それぞれだし。堂々と渡せるなら、とっくに告白位していると思うし」
「確かにそうかもしれませんけど。そういう訳なので浩一さん、二人とも同じ社内ですし、時間を合わせてお昼を取るとかできませんか?」
 申し訳なさそうにそんな事を言われた浩一は、つい反射的に頷く。
「分かった。姉さんに連絡を取って、早速明日にでも不自然じゃない様に引き合わせるよ」
「良かった! ありがとうございます。じゃあ鶴田さんには、明日手袋持参で出社する様に連絡しておきますね?」
「ああ、そうしておいて」
(彼女に喜んで貰ったのは良かったが、鶴田さんの為っていうのが……)
 了承の返事を聞いた途端、表情を明るくして礼を述べた恭子に、浩一はかなり微妙な心境に陥った。しかしそんな感情は面には出さずに、会話を進める。


「……それから買い出しに行く時に、ちょっと遠目のお店を何軒か回っても構いませんか?」
「勿論構わないよ?」
(でも……、あの頃と比べたら、随分まともに笑う様になったよな……)
 それから暫く二人での会話を楽しみながら、浩一は密かに感慨深く恭子の表情を観察していたのだった。



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