文化研究部

ポリ 外丸

第21話

「まさかキーパーがあんな前に出るなんて!!」


 ゴレイロが前へ出ればシュートコースを消せる。
 しかし、パスを回している状況でそんなことをすれば、当然コースをがら空きにすることになる。
 そんなことをすれば完全に1点敵に与えるようなものだ。
 だからこそ、善之は勝也と共に勝負に出た。
 する訳が無いという敵の思い込みを、逆に利用することでこの状況を作り出したのだ。
 思った通り、サッカー部の方は善之たちがこんな無謀な賭けに出てくるとは思っていなかったらしく、このカウンターに誰一人反応できていない。
 まんまと罠に嵌った形になり、サッカー部顧問の猪原も驚きで声をあげた。


「でも、ボールに走っているのがスタミナ切れした奴だ!」


 コートの外で見学しているバスケ部員が言うように、勝也が前へ蹴り出したボールに反応できているのはピヴォの位置にいた海だけだ。


「ハァ、ハァ……」『苦しい……でも、ここで決めないと……』


 肺の空気を吐き出しながら、ハーフラインを越えて海は必死に走る。
 タイムアウトで少し回復したと言っても、体力は限界ギリギリ。
 それでもサッカー部相手にチャンスはそうそうやってくるとは思えない。
 これを決めなないと、こっちのチームに勝ち目がなくなる。


「あっ!」


 少ないたち力を振り絞って走ったお陰で、海はボールに追いつく。
 しかし、トラップしたボールが少し前へ転がってしまう。


「足が付いてこないんだ……」


 それを見て、兄の陸は小さく呟く。
 必死に頑張る弟に、内心勝ってほしいと思っている。
 しかし、完全に体力切れ寸前の状態では、思ったようにプレーできないのは当然だ。
 事故に遭ったことが、今も悔やまれる。


「あぁ……、サッカー部の方のキーパーが距離を詰めてる!」


 今回限りの臨時顧問に急遽名乗り出た山田も、ベンチに座って試合を見つめている。
 そこまでフットサルのことは知らないが、友人の息子である海のトラップミスに頭を抱えたくなる。
 トラップミスでズレたボールを、海が改めて自分のボールにした時には、サッカー部のゴレイロはペナルティーエリアのギリギリまで前へ出て海との距離を詰めている。


「あれじゃコースがない!」


 サッカー部のゴレイロの吉田。 
 開始早々は至近距離からのシュートに焦ったが、来ると分かっていれば痛みを我慢すればいいだけ。
 至近距離のシュートを食らっても止めるという意思を持って一気に距離を詰めたのだ。


『上っ!! ……いや、だめだ!!』


 トラップミスしたせいで敵のゴレイロに前へ出られてしまったため、シュートコースは全くない。
 しかし、前へ出たなら頭を越したシュートを打つ。
 当然の選択にボールを浮かそうと思ったが、この試合でサッカー部のゴレイロは頭を超すシュートを決められている。
 同じ手が効く可能性はかなり低い。
 よって、海は瞬間的にループシュートを打つという選択をやめた。


「戻せ!! 海っ!!」


「っ!?」


 海がループシュートをやめた瞬間、左後方から善之の声が聞こえて来た。
 視界の外から聞こえて来た敵の声に、ループへの警戒をしていたサッカー部のゴレイロの吉田の視線が善之の方へ一瞬向いた。


『ここだっ!!』


 吉田の視線が動いた瞬間、海はシュートコースを見つけた。
 そのコースへ迷わずボールを打つ。


「股下っ!?」


 視線をずらした瞬間に打たれたことで、吉田の反応も遅れる。
 股下を狙った一撃を止めようと必死に反応するが、股を閉じた時にはもう遅かった。
 海が打ったシュートは吉田の股下をすり抜け、無人のゴールへと転がっていった。


“ピピー!!”


 ゴールマウスへ入り、得点の笛が鳴る。
 少ないチャンスを逃すことなく、海は貴重な同点弾を決めてくれた。


「よしっ!」


 弟の得点に、コート外の陸も密かにガッツポーズをした。


「くそっ!!」


 前へ出た時に、頭上へ浮かしたシュート共に股下のシュートもちゃんと警戒していた。
 しかし、声に反応して目線をずらした瞬間に打たれるとは思ってもいなかったため、悔しいとしか言いようがない結果になった。
 スタミナ切れの選手に得点されたことが、更に悔しい思いを増長した。
 そのため、吉田はゴールに入ったボールを拾うことの屈辱に、足で床を踏みつけた。


「黒田の好プレーっすね……」


「わざと叫んで注意を引き付けたか……」


 この結果は、自分たちが敵の策に引っかかったという落ち度がある。
 それもそうだし、吉田の反応を鈍らせたのも善之の密かな動きが原因だ。
 フィクソの位置にいた善之を釣りだせば、点差を広げることができる。
 問題児で有名な善之なら、きっと我慢できずにボールを奪いに動くと思ってパスを回していた。
 思い通りに釣られたと思っていたが、釣られたのは自分たちの方だった。
 しかも、その後に声だけで味方を援護したのにも敵ながら感心した。
 海へボールを戻すように声を出しはしたが、とてもではないがパスを受けられる位置にはいなかった。
 吉田に僅かに隙でも出来ればと期待した声掛けだったのだろう。
 慰めるように吉田の肩を叩き、西尾は瀬田と同様善之の行動をに感心した。


「ハァ、ハァ……何とか追いついた……」


 得点の笛がなって、海は息を切らして仲間のもとへと戻る。
 トラップミスで折角のチャンスを潰しそうになったため、何とか得点できて安堵の声を漏らした。


「海!! ナイス!!」


 貴重な同点弾を決めた海へ、善之たちは軽い肩パン(肩パンチ)をして歓迎する。
 スタミナ切れでフラフラの足取りの海は、仲間にされるがままに笑みを浮かべる。


「ハァ、ハァ……やったぞ!」


「おう! これで最後の勝負に出られる」


 最後の策を実行するには、ここからは守備をすることに集中するだけでいい。
 攻撃のことを考えなくて済むだけで、少しは休めることができる。
 何とか最後までプレーできるはずだ。
 海の言葉に竜一も笑みを浮かべる。


「ハァ、ハァ……それまで守んないとな……」


「「「「あぁ!!」」」」


 最後の策を実行するのは、試合が終わるギリギリが理想。
 同点にされないようにするためには、残り1分くらいが一番いい。
 そのためにも、策を実行するチャンスが来るまで守備をしっかりするしかない。
 海の言葉に、全員が頷いた。










「同点に追いついてから更にガチガチに固めているな……」


 海の得点で同点に追いつき、善之たちは守備を固めて無理にボールを取りに行こうとしなくなる。
 パスに緩急をつけてボールを取りに来るようにサッカー部が仕向けているが、全く反応してこない。
 まるでこのまま時間が過ぎるのを待っているかのようだ。
 逆転にして、ここからは点差を広げるだけだと思っていたのに、まさか同点にされて時間を稼がれる。
 想定外のことが続き、善之たちの実力の高さに猪原自身も驚いている。
 しかし、問題児たちにやれているのが我慢できず、猪原はいら立ちながら見つめている。


「優介!!」


「……オッケー!」


 高田から瀬田へパスが出る。
 それを見た善之は優介の名前を呼ぶ。
 パスを受けた瀬田へ、優介がマークへ付く。


「くっ!」


 優介にマークに付かれてから、自慢のドリブルテクニックを出すことができなくなった。
 仕方なく、瀬田は高田へボールを戻した。


「竜!!」


「おうっ!」


 瀬田が駄目なら西尾へと、高田は受けたボールをそのまま出す。
 ボールを受けたはいいが、竜一を背負う形になっているためシュートへ持って行くことは難しい。
 仕方がないので西尾も高田へボールを戻す。
 石澤に出しても善之が付いて戻ってくる。
 パスを回していても埒が明かないので、自分で持ち込む事を考える。


「ぬっ!!」


「ハァ、ハァ……」


 パスは好きに回させても、マークに付いている海はドリブルには反応してくる。
 無理してカウンターを食らう訳にはいかない。
 仕方がないので、ドリブルはやめてまたパスを出す。


「いいぞ! このまま守るぞ!」


「「「「おうっ!」」」」


 善之たちは守り続け、時間が経過するのを待つのだった。










 そして、残り時間2分。
 善之たち最後の策を行なう時間がやってきた。





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