文化研究部

ポリ 外丸

第18話

「タイムアウトも取れないのに、最初とあんまり変わんないスピードだ!!」


「スゲエな……」


 敵陣に向かってダッシュし、フリーでボールを受けた竜一を見てざわつく。
 後半の半分を過ぎた今、体力が尽きてくるころ。
 交代要員がいるサッカー部の選手たちでも、表情に疲労の色が見えている。
 それなのにも関わらず、竜一の動きが鈍っていないことに、コートの外で見ている他の部の生徒たちは驚いている。
 特にバスケ部員は、短距離ダッシュの連続をすることが同じな所からその辛さがよく分かるからなのか、竜一のスタミナに感心している。


「あいつはスタミナモンスターだからな……」


「喧嘩の時もしつこいからな……」


 周りの人間が竜一のスタミナに驚いていることに、善之と勝也は独り言のように呟いた。
 2人とも竜一と出会った頃のことを思い出しているのかもしれない。
 初めて会った時も、今と変わらず短気な竜一。
 そのため、出会った時もちょっとしたことで喧嘩になることがあった。
 喧嘩になっても善之や勝也の方が強かったのだが、結局は引き分けで終わった。
 というのも、何度倒しても向かって来るので、こっちが根負けするという形になってしまったのだ。
 その時から竜一は持久力が半端なかったため、海の分の動きをカバーするのに一番彼が負担がかかっている。
 それでも、このように誰よりも走っていられるのだからすごい男だ。


「決めろ! 竜!」


 善之も少しへばってきているため、フォローには間に合わない。
 そのため、もうゴレイロと1対1の竜一に任せるしかない。
 せめて声援だけでもと、善之は竜一に期待の声を飛ばした。


「ハッ!!」


「っ!!」


 善之の声が届いた瞬間、竜一はゴレイロの脇に見えるゴールネット目掛けてシュートを放つ。
 サッカー部のゴレイロをしている吉田は、僅かな隙間を狙った竜一のシュートに手を動かす。
 しかし、ボールはそのまま吉田の脇を抜けてゴールに向かって飛んで行った。


“ガンッ!!”


「なっ!?」


 ボールはそのままゴールに入ると思われたが、ポストに当たってタッチラインへ転がっていった。
 その結果に、竜一は信じられないといったような表情に変わる。
 しっかりゴールに向かって蹴ったのにも関わらず、何故外れたのか分からなかったからだ。


「……何で?」


 思っただけでなく、竜一は言葉にも出てしまった。
 半分得点した時のガッツポーズをしようと思っていたくらいだ。
 それだけ自信があった。


「……あのゴレイロの指先が触れてたみたいだ」


「……仕方がない」


 驚いている竜一に、善之と優介は慰めるように肩を叩く。
 善之の言ったように、僅かながら吉田の指が触れてボールの軌道がズレたのだ。
 ほんの僅かなズレのため、竜一からは見えなかったのかもしれない。


「まだだ! 1NF!」


 審判からは吉田が触ったのがちゃんと見えていたらしく、タッチラインへ転がったボールは善之たちチームのキックインになった。
 サッカー部も自陣に戻って吉田とタッチをし合っている。
 そのタイミングで、海が善之たちに声をかける。
 疲れていても、敵は離れないといけないためキックインならあまり関係ない。
 コーナーキックの時同様、フォーメーションプレーをする時の掛け声をかける。


「っ!? 浮き球?」


 海の側に善之が近付き、その善之に向かって優介が迫る。
 その動きで何かしてくると思ったサッカー部の方は、善之に西尾、優介に瀬田が付いて行く。
 たしかに海は近付いてくる善之にパスを出したが、ボールは善之の頭の少し上に上がった。
 その浮かしたボールに、サッカー部の選手たちは意外な思いがして目が行ってしまう。


「ファーだ!」


 ボールに目が行ったところを見逃さず、竜一がファー(遠く)に向かって走り出していた。
 マークに付いていた石澤は、それに反応できずにフリーにしてしまう。
 その竜一に向かって善之はヘディングでパスを出した。


「このっ!!」


「ぐっ!!」


 今度こそはと、浮いているパスをそのままボレーシュートするが、マークに付かずに余っていた高田の足が間に合う。
 伸ばした高田の足に当たり、竜一のシュートは止められてしまう。
 しかも、運の悪いことに。高田の足に当たったボールが跳ね返って竜一に当たり、ゴールラインを割ってしまった。


「くそっ!!」


 2連続でチャンスをものにできず、竜一は地面を踏みつける。
 チームのフィールドプレイヤーの中で、この試合まだ得点していないのは自分だけだ。
 そのため、あまり役に立っていないのではないかという思いがあった。
 それを払拭するチャンスだったのに、得点できなかった自分に腹がたった。


「ドンマイ!」


 入らない時は誰にでもある。
 今日たまたま竜一がその状況になってしまっているだけだ。
 ミスによるものでもないので、気にすることは無い。
 分かっていても今は納得できないだろう。
 とりあえず善之は竜一に慰めの言葉をかけた。


「決めておきたかったな……」


「えっ?」


 得点できなかった事を悔やんでいても仕方がない。
 そのため、善之たちは守備に戻った。
 そんな中、コートの外で見ている陸は、独り言のように小さく呟いた。
 その言葉に、山田が理由を求めるような顔をするが、陸はそのまま受け流した。










“ピピ~!!”


 チャンスの後にピンチあり。
 サッカー部のパス回しの後、ドリブルでまたも海を抜いた西尾が自ら決めて同点になってしまった。
 勝也によってコースはなかったはず。
 しかし、ボール一個分くらいの隙間が空いていたらしく、そこを狙われた。 
 こればっかりはどうしようもなく、西尾が上手かったというしかない。


「……これって引き分けはどうなるんですか?」


「話し合いの結果、5分ハーフの延長戦ってなっている」


「えぇ?」


 同点になった所で、陸はあることに思い至る。
 それは前後半終わって引き分けになった時の場合だ。
 陸のその質問に山田は返答するが、陸はその答えに意外そうな反応を示した。
 その陸の反応は分からなくもない。


「不利過ぎるな……」


 交代要員のいない善之たちは、延長に入ったら完全に負ける。
 善之たちもそれが分かっていたため、前半スタミナを消費して飛ばしたのだ。
 しかし、思ったよりも速くサッカー部の連中がフットサルに適応してしまったためにあまりアドバンテージが取れなかった。
 今の状況からも分かるように、延長どころか普通に逆転負けしてまうかもしれない。
 一応強豪のサッカー部相手に、交代できない新入生だけでは不利過ぎる気がしてきた。


「せめてタイムアウトでも取れれば……」


 確かに善之たちの方が不利なルールだが、善之たちもそれを了承しているので今更文句は言いっこなしだ。
 ただ、少しでもその不利を解消するなら、タイムアウトが取りたいところだ。


「……………………仕方ない」


「……?」


 陸の独り言のような呟きを聞いて、山田は内心決意したような表情へ変わる。
 そして、そのまま陸の側から離れて行った。
 何をするのか分からず、陸は首を傾げる。


「猪原先生!」


「はいっ?」


 山田はそのままサッカー部顧問の猪原のもとへと向かって行ったのだった。










“ビビー!!”


「「「「「えっ?」」」」」


 笛とは違う音に善之たちは驚いて、審判の方に目をやる。
 すると、それがタイムアウトの音だと気付き、自分たちのベンチの方へと戻っていった。
 その途中、誰がタイムアウトを取ったのか分かり、善之は笑みを浮かべた。


「先生! 顧問になってくれるんスか?」


「っていうか、猪原がよくオーケーしましたね?」


 ベンチに戻った善之は、汗を拭きながらタイムアウトを取った本人に問いかける。
 善之の疑問もそうだが、試合に急に参加するようなことをして猪原が頷いたことの方が、竜一には意外だった。


「期待させて悪いが、今回だけ特別だ。猪原先生にはちゃんと了承を得た」


 善之の質問に答えたのは山田だ。
 たった1回のタイムアウトを取るためだけに、猪原に頭を下げたのだ。
 最初渋った猪原も、ここからは完全に有利だということが分かっているので、仕方なく了承した。
 「強豪と名高いサッカー部が、不利なルールで新入生を打ち負かしたなんて思われたくないでしょ?」と山田に言われ、プライドが邪魔したのか了承してしまったと言った方が正しいかもしれない。


「特別でも構わないっス」


「ありがたいです」


「……助かった」


「サンキューっス」


「ハァ、ありがとう、ハァ、ございます!」


 善之、勝也、優介、竜一、海の順で、わざわざ面倒な役を引き受けてくれた山田へ感謝した。


 試合時間は、残り7分。





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