文化研究部

ポリ 外丸

第13話

“ピピーッ!!”


 2点目を失点してすぐ、前半終了の笛が吹かれた。
 フットサルの場合、前半20分、後半20分の間に10分間のハーフタイムがある。
 サッカーに比べると5分ほど短い。


「ハァ~、2点差か……」


 自分たちのベンチに戻ってきた善之たちは、タオルで汗を拭きつつ息を整える。
 ペットボトルの水を飲んで一息ついた善之は、得点ボードを見て一言呟く。


「思ったより点取れなかったな……」


 ゴレイロの勝也はともかく、フィールドプレイヤーの中で唯一点を入れられていないため、竜一は少し眉間にシワを寄せて呟く。
 得点チャンスが来なかったとは言っても、せめてアシストくらいはしたかった。
 その思いから、自分の不甲斐なさが気に入らない。


「こんなもんでしょ……」


「……上出来」


 別に竜一の出来が悪いという訳ではない。
 単純にサッカー部の先輩たちの実力が高いのだ。
 守備に関してだけは、あの津田もなかなか面倒くさい存在だ。
 竜一を庇う訳ではないが、海と優介は予想通りの点数だと思っている。


「この失点はまずいかもな……」


 ゴレイロの立場の勝也からすると、出来れば前半は失点したくなかった。
 5人とも後半は押されることが分かっているからだ。


「……西尾さんが厄介だ」


「あぁ、あの人が点入れて乗ったら、チームも乗っちゃった感じだな」


 サッカー部のベンチを見て、海は失点の2点に絡んだ西尾のことを視界に入れる。
 子供の時から厄介な選手だったが、相変わらず相手にすると嫌な感じがして迷惑な人だ。
 海の呟きに善之が同意する。
 西尾の調子がチームに直結しているかのように、サッカー部の攻撃への対応が難しくなってきた。
 完全に流れがサッカー部へ行ってしまったように思える。


「津田以外の人も結構厄介だぞ」


 とことん嫌いなため、善之は津田のことは褒めるようなことはしない。
 守備では邪魔だが、攻撃ではどれほど注意する相手ではない。
 しかし、それ以外の先輩たちが厄介だ。
 みんなシンプルにプレーするから地味に見えるが、シンプルが故に対応しにくい。
 玄人好みをするプレーヤーばかりに見える。


「一応強豪校ってことか?」


「だな……」


 勝也の言葉に、海が頷く。
 全国には何年もの間行けないでいるが、それでも毎年ベスト8以内に入る強豪と呼ばれる部類の高校なだけある。
 津田以外のレベルを考えると、他校からそう評価されるのも納得できるところだ。


「…………………」


「んっ? 何で黙ってるんだ?」


 サッカー部のことを話し合っている中、善之が黙っていることに竜一が気付く。
 視線の先には、開いているコートを使ってサッカー部の他の部員が体を動かしている。


「瀬田がアップしてるなって……」


「後半だしてくるのかもな……」


 竜一の問いに善之が答える。
 たしかに善之と同じクラスで1年の瀬田が、先輩に交じってアップをしているのが目に入る。
 ルールを知っていたことが顧問の猪原に印象付けたのか、もしかしたら後半使ってくるつもりなのかもしれない。
 善之たち5人とも瀬田とは違う中学なので、彼の実力はよく分からない。
 ただ、アップの様子を見ている限り、基礎技術はしっかりしているため、それだけで手強そうだ。


「……ヤバいな」


「こっちは交代できないからな……」


 もしかしたら、サッカー部の方はメンバー交代してくるつもりなのだろうか。
 善之たちは、この試合をするにあたってシミュレーションしてきたが、思っていた通りの展開になりそうだ。
 だからこそ、優介が言うようにあまり状況が良くない。
 それに同意するように善之は呟いた。










「交代?」


「そうです。海たちが前半から時間稼ぎをした理由です」


 善之たちがベンチで話し合っている時、学年主任の山田と海の兄である陸が話し合っていた。
 前半から時間を稼ぐようなプレーをしたことの答えを、この間に説明していたのだ。


「……どういうことだ?」


 後半になると、選手交代が勝負のカギになって来るという陸に、そこまでフットサルに詳しくない山田はいまいち理解できない。
 そのため、すぐに陸へ答えを求める。


「フットサルは、バスケやハンドボールと似たスポーツです。コートサイズはハンドボール、人数はバスケットボール。雑に違いを言うのなら、足でやるか手でやるかといったところでしょうか?」


「まぁ、そう言えなくもないな……」


 陸が言うように、競技としてはなんとなく似ている部分がある。
 そのため、納得したように山田は頷く。


「フットサルは、その2つの競技同様、交代はルール上何回してもいいことになっています。しかも、サッカーと違って一度交代しても、また交代すればコートに戻って来れるんです。つまり……」


「つまり?」


 陸が途中で止めた説明を、山田は求めるように促す。


「疲れても交代できず、走りっぱなしで戦わなければならない海たちとは違って、サッカー部の方は交代し放題。この差が顕著に出るのが後半だということですよ」


「そりゃ、またきついな……」


 先程陸が言ったように、フットサルはハンドボールやバスケットボールに似ている。
 サッカーも動きっぱなしとは言うが、全速力で90分間走っている訳ではない。
 フットサルの場合、ゴレイロ以外の全員がコートを前後左右に行ったり来たりと全速力で動かなければあっという間に点を入れられてしまうスポーツだ。
 つまり、20分間走りっぱなしでいなければならないため、1試合プレーするとかなりの疲労が蓄積される。
 疲労してくるとプレーにもすぐに影響が出てくるため、軽減させるための交代が重要になって来る。
 だが、善之たちは丁度5人しかいないので、疲労しても交代することができない。
 逆に、サッカー部の方は交代要員がいる。
 猪原がベンチの選手にアップをさせているということは、そのことに気が付いているということだ。
 後半は、善之たちにとって色々な意味できついことになるだろう。


「先生が海たちの監督役になれば、少しは楽になるんですけどね……」


「……う、う~ん……」


 善之たちが20分間動きっぱなしになるのは仕方がない。
 元々、5人だけでサッカー部に勝負を吹っ掛けたのだから。
 しかし、監督も用意できなかったのは痛い。
 監督がいれば、少しだけ善之たちが楽にする方法があったからだ。
 陸に言われた山田だが、以前も言ったように剣道部の顧問をしているため、兼任では責任が持てない。
 この場の感情で監督役をしてしまえば、善之たちへ無駄に期待をさせてしまいかねない。
 そのため、山田としてはどうしても監督役を受ける訳には頷けないのだ。










“ピーッ!!”


「さて、行くか?」


「「「「おうっ!!」」」」


 ハーフタイム終了の笛が鳴り、善之たちはベンチから腰を上げる。
 善之が悪手と言ったように、瀬田がタイムアウトを取ってくれたため、前半は思った以上に疲労を感じていない。
 2点の優位があるが、ここからが本番になる。
 猪原がちゃんと2人の審判だけでなく、3審とタイムキーパーまで用意していたのは善之たちとしては良くない状況だ。
 フットサルの場合、前半に1回、後半に1回タイムアウトを取ることができるのだが、それを要求する場合、監督などの役員が行わなければならない。
 しかし、善之たちにはその監督的立場の人間がいないので、タイムアウトを要求することができない。
 つまり、後半は途中で1回休むということができないことになる。
 交代自由のサッカー部の先輩たち相手に、20分間休みなく動き回らなければならないということを戦う前から理解している善之たちは、気合を入れた表情でピッチへ入って行った。





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