エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸

第301話

「町が見えた!」


 グールが向かっていると思われる方角へ足を進めていると、新しい町が見えてきた。
 ケイとラウルが高速で走っても数日かかった所を見ると、グールにはかなり近付いていると思う。
 しかし、ここまで1体のグールも探知できていない所を見るに、敵の集団は相当東まで足を伸ばしているのかもしれない。


「ここでいい!」


「んっ?」


 その町が見下ろせる丘に向かうと、ケイは足を止めて町の中の様子を眺めることにした。
 まだまだ町からは離れた位置なので、敵を探知できる距離でもないし、もしも敵に探知の上手い者がいたとしても気付かれる距離ではないだろう。
 ラウルもケイの指示に従って足を止め、ケイが何をするのか様子を見ることにした。


「あの町もやられているか……」


 丘の上から、ケイは望遠の魔法を発動する。 
 遠くに見える町の中をのぞいてみると、所々家が破壊されている。
 更に、人間の物らしき手足も転がっている所を見ると、先日見た村同様にグールたちの襲撃を受けたのだろう。


「煙が少し上がっている所を見ると、まだそんなにグールたちが去ってから時間は経っていないか?」


 ケイの言うように、町からは少し煙が上がっている。
 その煙が上がっている所を詳しく見てみると、火災に遭ったかのように家が燃え尽きていた。
 ここ数日近隣で雨は降っていないので、恐らくグールと戦った時に起きた火事だったのだろう。


「どうする? グールを追う?」


 同様に望遠の魔法で丘から町を眺めていたラウルは、敵たちからあまり離れてはいないかもしれないというケイの言葉に、速く後を追うこと提案する。
 ラウルにとって人族は何の思入れもない。
 しかし、何の罪もない者が大量に死んでいるということを、内心好ましく思っていない。
 それに、国が不安定になれば他の地へという思いをされたら困る。
 地理的に可能性は低いが、その地はアンヘル島になるかもしれないのだから。


「慌てるな。あの町を見て、グールの向かった方角をちゃんと調べよう」


 この町から東にはこの国の王都があったはず。
 王都と言うだけあって、多くの人間が住んでいるだろう。
 人間を食料として狙っているグールたちからすれば、そこを目指す可能性が一番高い。
 しかし、北東には小さな村、南南東にも王都ほどではないとしても町が存在している。
 そのどちらかにグールたちが向かっていたら、無駄に死人が出るだけだ。
 そのため、ケイは丘の下の町へと入り、グールたちの向かった方角でも導き出そうと判断した。


「っ!! 止まれ!!」


「っ!!」


 丘から下りて、グールたちに潰されてしまった町の中へ進入しようとしたが、番もいなくなった門から入ってすぐ、ケイは建物の物陰に身を隠した。
 ケイに襟を掴まれ、ラウルも若干無理やり気味に建物の陰に入る。


「……ハイエナ?」


「あれはグールだ」


「えっ!?」


 物陰から道の先へ目を向けると、ハイエナが一匹何かを食べているのが目に入った。
 ラウルがその動物の姿を見て疑問に思っていると、ケイから注意するように答えが返ってきた。
 どうやらケイが思ったように、ラウルは気付いていなかったようだ。
 あのハイエナはグールが変身している姿だ。
 周囲を探知してもあの1匹以外に反応を示さない。
 どうして1体だけ残っているのか分からないが、とりあえず警戒した。


「ハイエナは元々ハンターだ。ライオンが残した死肉を食うイメージがあるが、あれは自分たちが取ったのをライオンに横取りされて仕方なく残ったのを食べているんだ。薄汚いのはライオンの方だ」


「つまり、狩りのためにはあの姿がやり易いっていうこと?」


「恐らくな……」


 普通の人間が動物に襲われた場合、その反応の鋭さからまともに抵抗もできないでやられてしまうことだろう。
 アンヘル島は獣人が多いことから、みんな武術の心得があるので逃げるくらいのことはできるだろうが、何の訓練もしていないような人間ならひとたまりもないだろう。


「ねぇ、あのハイエナ……グールが食べているのって……」


「おそらく人間だな……」


「うっ……!」


 ハイエナ姿のグールは、ケイたちに気付いていないらしく、くちゃくちゃと口を動かしている。
 その食べている物に目を向けると、ラウルは嫌な予感がした。
 それをケイに尋ねてみると、案の定というような答えが返ってきた。
 そして、食べている物の側に手足が転がっているのが見えて、ラウルは表情を歪める。
 まだ人間の死体に慣れていないようだ。


「慣れろとは言わんが、我慢はできるようになれよ」


「わ、分かった」


 人の死体を見慣れるなんてどう考えたっていいことではない。
 慣れるということは、人の死について何の感情も抱かないことと同じになってしまう。
 それがすぐさま人の命を軽んじる行為になるとは言わないが、そうなりつつあるということに他ならない。
 慣れるより我慢できるという感情の方が、まだ人間として正しいと感じるので、ケイはラウルに慣れてほしくない。
 出来れば我慢できるようにもなって欲しくないが、これからのアンヘル島のことを考えると、こういったことを経験しておくのも後々役に立つだろう。


「よっぽど食欲が旺盛な個体なんだろう……」


 探知を広げても、ケイたちが見つけた1体しか感じられない。
 一心不乱に死体に食らいついている所を見ると、この町の人間を粗方食べたグールたちは移動を開始して、あの個体は置いてけぼりでも食らったかのようだ。
 同じ種類の魔物でも、完全に同じ個体と言うのはなかなか無い。
 ケイの従魔のキュウたちケセランパサランも、見た目は完全に一緒だが魔力量とか食事の好みとか少しずつ違うものだ。
 あの個体は常に腹いっぱいにしておきたい個体なのかもしれない。


【キュウ! たおす!】


「お前は寝てていいぞ!」


 今回グールを相手にするとなると魔法が使えないと危険でしかない。
 そのため、従魔のクウはオシアスと共に留守番してもらうことにした。
 キュウはいつも通りケイのポケットの中にいるのだが、戦闘の気配を感じたのかポケットから出てケイの右肩の上に移動してきた。
 キュウの魔法の威力は、ずっと一緒にいるので分かっている。
 なので、やる気になっているキュウをケイは諫めた。


「ラウル。やれ!」


「えっ!? 俺っ!?」


 ケイが対処すると思っていたら急に指名されたため、ラウルはビックリする。


「グールは再生能力が高い。なので、一撃で仕留めないとならない……」


「そうだ」


 指名されても、ここまで付いてきた以上拒否する訳にはいかない。
 そのため、ラウルは自分で確認するようにグールの特徴を呟き始める。
 その呟きに、ケイは成否を答えるだけだ。
 ここから先に進む場合、多くのグールを相手にすることになる。
 数によってはケイが助けに入れない可能性もある。
 その時のことを考えて、今のうちにラウルにグールとの戦闘経験を積ませようと思ったのだ。


「策は?」


「再生できないように焼却処理する」


「正解!」


 付いてくるとラウルが判断したため、以前の村を出る時にケイはグールの特徴を説明した。
 その時、グールは他のアンデッド系と同様に火が弱いということは伝えてある。
 ちゃんと聞いていたラウルは、どう戦うかを決めたようだ。
 グールは剣などで受けた傷は再生してしまうという話なので、魔法で戦うのが正しい。
 きちんと正解を出した孫に、ケイは笑みを浮かべた。


「ムンッ!」


 建物の陰に隠れたまま、ラウルは右手に魔力を集め始める。
 そして、いまだに食事をしているハイエナへその右手を向ける。


「ハッ!!」


 小さく声を出すとともに、ラウルの右手からは火球が発射された。


「っ!?」


“ボンッ!!”


 直前まで自分に飛んできた火球に気付かず、ハイエナ姿のグールはそのままラウルの魔法が直撃した。
 そして、着弾と共にグールは燃え上がり、断末魔を上げることなく燃え尽きた。


「上々! これなら大丈夫だな……」


「どうも……」


 威力・速度ともに申し分ない攻撃に、ケイはラウルに合格点をあげる。
 魔法のことでケイに褒められるのは、子や孫たちからしたら嬉しいことなので、ラウルは照れくさそうに頭をかいた。


「王都だな……」


「だね……」


 グールを倒した後、町の住民の死体が転がっている方向から察するに、王都方面に向かっていることが分かった。
 やはり食料となる人間が多いところを狙っているようだ。
 行き先が決まったケイたちは、グールたちが向かったであろう王都のある東へ向けて移動を開始した。





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