エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸

第300話

「あそこの村かな?」


「そうだな……」


 魔人大陸を出発したケイとラウル。
 転移なので早々に人族大陸に渡ると、すぐさま北へ向かった。
 ケイが魔人大陸に流れ着いた人間に話を聞いた話だと、以前魔人大陸に攻め込んで来た国があった場所の少し北の位置だった。
 とりあえず来たことがあった場所へ転移してから北へ向かうと、言われていた位置が見つかった。


「お前の耳当て作ったから、ここからはこれ着けて尻尾は隠せ」


「耳当てと尻尾? 獣人とバレないため?」


「そうだ」


 ケイの孫とは言ってもラウルは獣人の血の方が濃いため、見た目はほぼ普通の人族のように見える。
 しかし、それでもケイのエルフの血の影響か、僅かに耳の先が尖っている。
 それほど気にする事でもないが、ケイとしては念には念を入れておきたい。
 そのため、人族大陸へ来ると分かっていたことから、ラウル用の耳当てを作っておいた。
 ラウルの場合、短いながらも母譲りの尻尾も存在しているので、それも隠すように言っておく。
 短いからズボンの中に入れておくだけで気付かれないだろう。


「バレたら奴隷にさせられるかもしれないからな……」


 人族は昔から多種族を下に見る傾向が強い。
 特に貴族などになるとそれは顕著に現れ、エルフの一族はそいつらによって滅んだとも言って良い。
 生き人形という不名誉な別称があるくらいだ。


「何だよそれ……人族怖~」


 生まれてからこれまで色々な種族に会ってきたラウルだが、人族だけはいまだない。
 それゆえか、いまいち奴隷という言葉にピンと来ていないようだ。
 反応からして、ケイの忠告も軽く聞き流しているようにすら思える。


「……冗談じゃないからな」


「わ、分かった」


 その態度が危険に感じたケイは、念のためもう一度真剣な目つきでラウルに忠告をした。
 流石にケイの態度でよっぽどのことになると警戒したのか、ラウルは素直に頷いた。


「それと、ここからは気を付けろよ」


「えっ?」


 言われた通りに尻尾を隠して耳当てを付けたラウルに、ケイは村へ入る直前に一旦止まって他の意味での忠告を始めた。
 人族に正体をバレないこと以外に何を気を付けなければならないのか分からず、ラウルは首を傾げた。


「グールの変身能力はかなりのものだという。普通の人間にも変身しているかもしれない」


「えっ!」


 そもそもここに来たのは、グールの大繁殖がどうなっているかの調査がメインだ。
 安全なら人大陸に流れ着いた者たちを送り返して済む話だが、もしも危険が続くようだと、魔人大陸に多くの人族が逃げてくるような事態になってしまうかもしれない。
 そのことを忘れていたような反応に、ケイはラウルを連れて来て大丈夫なのか不安になってきた。
 今更一人で帰れと言っても聞かないだろうから連れて行くが、村の中に入る前にもう一度グールの危険性を説くことにした。


「じゃあどうやって判別するの?」


 ここから先を注意をしなくてはならないことは分かったが、見た目が普通の人間だというのなら注意のしようが無い。
 ここから先に進むことに躊躇いが生まれたラウルは、ケイに判別方法を尋ねた。


「探知だ。探知をしっかりすれば判別できる」


「そうか……」


 いくらグールが人間に変身していようと所詮は魔物。
 人間とは違う独特の魔力の流れを察知すれば、無警戒で襲われるということはなくなる。
 ケイの説明に納得したラウルは、範囲より精密さを重視した探知を周囲に広げた。
 アンヘル島の子供たちには、学問においても戦闘においても大人たちから指導を受けている。
 レイナルドの息子のラウルは、兄のファビオに劣らない戦闘力の持ち主だ。
 ちゃんと探知の仕方は身につけている。
 エルフの血の関係か、獣人寄りとは言っても魔力の使い方がかなり上手い。
 ケイとしても及第点の魔力操作速度だ。


「話だと大量に存在している可能性が高い。村の中にいる時はその探知を一時も解くなよ!」


「分かった!」


 スタンピードという程の数が出現したとなると、どこにどれだけ隠れているか分からない。
 探知が使えても、ちゃんと使いこなさないと何の意味もない。
 アンヘル島でも魔物と戦うことは何度もさせたが、今回は危険度が何段も上だ。
 ちょっとの気の緩みが命を落とすことになりかねない。
 ラウルもそのことを理解しているのか、真剣な表情で返事をした。


「……うわっ! ひでえな……」


「完全に食い散らかした後だな……」


 村に入ってすぐ、ケイたちは表情を歪める状況を目の当たりにした。
 恐らく村人たちの物であろう手や足が、幾つも道の上に転がっている。
 それを見ただけで、グールに捕まった時の結末が想像できる。


「うっ!!」


 特に内臓を食するのが好みなのか、死体は胴体部分ばかりが無くなっている。
 手足だけでも気分が悪くなる状況なのに、脳の部分が空っぽになった顔がこっちを見ていた。
 もう何も言うこともないただの死体の一部なのだが、ラウルはその目と視線が合ってしまって一気に気分が悪くなった。


「そう言えば、お前は戦争を経験していないんだったな……」


 アンヘル島も昔は人族に侵攻された事がある。
 ラウルはその時避難していたため、殺し合いの現場を見たわけではない。
 それからは島へ攻め込んでくるような国はいなくなった。
 そのため、ラウルはこのようになった人の死体を見ることがなかった。
 気分が悪くなてしまうのも仕方がない。


「今回は魔物による結果だが、こうなることも覚悟してないものが戦争を仕掛けるんだ。同じようになりたくなかったら、今後もリカルド殿の訓練もありがたく受けるんだな」


「……うっ、わ、分かった」


 義父であるリカルドは、毎回ラウルに会うたび訓練を付けてくる。
 長命のエルフなだけに年を重ねても肉体に変化の無いケイとは違い、獣人のリカルドは年齢的に老人の域に入っているのだが、実力は衰えていない。
 あれほどの実力の持ち主に、付きっ切りで指導してもらえるのだから感謝した方が良い。
 ケイにいわれてラウルは納得したが、リカルドの相手はかなりの労力を要する。
 望んで受けるようなことはしたくないが、これからは誘われたらなるべく断らないようにしようとラウルは思った。


「どうやらこの村は全滅してるようだな……」


「みたいだね……」


 村の中を一通り回ってみた感想をケイが述べ、ラウルもその意見に同意する。
 死体があちこち転がっているだけで、ここにはグールらしき反応は感じられない。
 ラウルと違って、探知の精度も範囲も広いケイの捜索にも引っかからなかったのだから確かだろう。


「この方角かな?」


「……のようだな」


 村人を食し終えたグールは、この村から他の場所へ移動したのだろう。
 向かったであろう方角はすぐに分かった。
 ご丁寧に血痕が残っていたためだ。
 どうやら東の方角に向かって移動していったようだ。
 魔人大陸に流れ着いた人間に聞いていた情報によると、東の方が大きな町が幾つも存在しているとのことだった。
 多くの人間を狙った移動を見る限り、エルフの魔物辞典に書かれていたようにアンデッドのくせに頭の回転が良いみたいだ。


「追うか……」


「えっ? 一度潰したところに戻ってくるとは思わないんだけど……」


 ケイの呟きにラウルは首を傾げる。
 たしかにこの村は全滅してしまっているようだが、死体の数からいって魔人大陸に逃れた者たちのようにどこかに逃げ延びた者もいるはずだ。
 そういった者たちと共に、またここで生活すればいい。
 グールもわざわざ戻ってくるようなことは無いはず、そう思ってラウルはオシアスの所に戻るつもりでいた。
 しかし、ケイの方はグールそのものを潰しに向かうような口ぶりだ。


「そうかもしれないが、元凶を潰した方が確実だろ? 今後のためにもグール退治も経験しておきたい」


「危なくない?」


「……今更だな」


 アンヘル島にもいつグールが出現するか分からない。
 エルフの魔物辞典にはどうやって倒すかの情報が書かれていないので、その時のためにグールとの戦闘経験をしておきたい。
 それを伝えると、ラウルは気が進まないのか止めるようなことを言ってきた。


「お前は帰ってもいいぞ?」


「いや、最後まで付き合うよ!」


 ラウルを連れて行っていいものかという思いも僅かにあるため、ケイは一人で行こうとする。
 何だか中途半端で帰されてるような気がしてこのまま帰ることが躊躇われたラウルは、付いて行こうとケイの後を追いかけたのだった。





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