エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸

第190話

「いなくなった?」


「ハイ……」


 とある町の豪華な邸内にて、部下の報告を受けたこの邸の主は、イラ立つように部下に問いかける。
 部下の方も主人がこうなる事が分かっていたらしく、返事の声が少々小さい。
 この主人の男が、ケイからキュウを取り上げようとしている張本人であり、最初は少しの依頼料でかかわりのある冒険者に手配書を渡していたのだが、冒険者たちはことごとく失敗している。
 最近では成功時にのみ支払うようにし、金額も上げたのだが、いつまで立っても成功の報告が上がって来ない。
 この主人の男が、腹が立ってくるのも仕方がないことだろう。


「どういうことだ?」


 貴族でもないのにこれほどの豪邸に住んでいるのは、彼の商人としての才がずば抜けていたというのもあるが、ある一つのルールを守ってきたからでもある。
 それは怒りのコントロールだ。
 怒りは人間にとって必要な感情ではあるが、これをきちんとコントロールできない者は、たいていどこかで失敗を起こす。
 失敗が軽度のものであればいいのだが、商売においては軽度のものでも取り返すのに時間がかかる。
 その時間は仕方がないことだが、商会を大きくするのには無駄でしかない。
 それをなくすためにも、怒りで視野が狭まっている時に何かを決定をすることはしない。
 部下への怒りを深呼吸をして抑え込むと、男は冷静な声でターゲットを見失った理由を尋ねた。


「キャタルピルから尾行班を付けているのですが、すぐにバレてしまっています。余程の探知の能力者なのでしょう」


 ケイを尾行してきていた3人組が、彼らが最初に依頼した冒険者たちだ。
 一度失敗して、彼らが独自に仲間を集め、再度襲撃をして二度と顔を見ることがなくなってからも、ずっと尾行者はつけておいたのだが、結果は芳しくない。
 いつもあっさりと尾行がバレてしまうからだ。


「うちのトップの追跡者たちを送っているんだよな?」


「はい」


 大陸の南の部分を牛耳っているとも言って良いこの商会には、独自に組織した諜報員たちがいる。
 完璧な仕事をする連中なので、かなりの金額を支払っている。
 その中でも、上位の連中はこのようなことは一度もなかったため、今回のターゲットの能力の高さが感じられる。


「見失った地点と、東へ向かっているというのを見る所、ピトゴルペスの町の手前付近といったところでしょうか?」


「国を越えるか……」


 これまでのペースでこのままターゲットが進んでいっていると考えると、今はそれくらいの地点にいることだろう。
 そして、ピトゴルペスからは他国へと変わる。
 グルーポ・デントロという王国に変わるのだが、その国に行かれると少し困る。
 その国にも支店を出しているが、まだ日が浅い。
 ピトゴルペスを軸にしている商会にとって、使える冒険者がまだ集めることができていないからだ。


「これまでけしかけた冒険者たちのランクは?」


「最初はB、Cランクを送っていたのですが、最近はAランクを」


 冒険者にはランクがあり、G~SSSの10段階になっている。
 その中でも、C以上のランクの持ち主が一端の冒険者として世間は判断している。
 Aランクになると、相当な実力の持ち主だ。


「Sランク以上の者で、金次第で動く奴はいないのか?」


 Aの上からS、SS、SSSとランクが上がるのだが、Sから先はまともな生き方をしてなれるレベルではなく、冒険者にとっては一流と超一流の大きな壁になっている。
 S以上になればある程度強い魔物を狩ることができるので、採取が困難な魔物の素材を売って資金を得れば余裕で生きていけることだろう。
 しかし、そんな高ランクの冒険者でも、場合によっては資金不足になることがある。
 そういった者を使えれば、ターゲットの捕獲も難しいことではないだろう。


「……SSランクの者が一人だけなら」


「……いるのか?」


 まさか高ランクの冒険者で動いてくれそうな人間がいるなんて思わず、商人の男は少し疑うように尋ねた。


「はい。後払いで受けるかは分かりませんが……」


 Sランク以上は金で動く人間は少ない。
 そのため、使える人間がいるとなると慎重にことを運ばなければならない。
 冒険者相手に先払いは、商人からするとあまりしたくない。
 協会を通しての依頼なら文句が言えるが、今回は裏の依頼になる。
 金だけ受け取ってトンズラされたら、こちらは泣き寝入りするしかなくなってしまう。


「成功報酬はこれまでの倍でも構わん」


「了解しました」


 珍しい魔物なだけに、幸運を招くなどと言う噂も流れているが、商人の男もそれを信じているようだ。
 とは言っても、ケセランパサラン程度の魔物に高い金を出すのには首を傾げたくなる。
 しかし、主の指示ならそれに従うのが部下の務め。
 指示を受けた部下の男は、恭しく頭を下げて部屋から出て行ったのだった。












【しゅじん! 変なの来なくなったね?】


「あぁ」


 ターゲットになっているケイたちは、依頼者たちの予想通りピトゴルペスの町の手前の町の宿屋でのんびりしていた。
 キュウの言う通り、変装をしてからと言うものの、冒険者につけられたり、囲まれたりすることがなくなった。


「魔法で誤魔化すって手もあったんだが、やっぱり変装の方が良かったみたいだな」


 他人に顔を見られても手配書の顔と違うようにする方法には、魔力を顔に集めて違う人間に見えるようにする方法もあった。
 しかし、継続して魔力をコントロールし続けなくてはならないため、結構面倒くさい。
 それに、高ランクの冒険者とかになると、魔力を覆ているとすぐにバレる。
 そのため、ケイはマスクを作ることにしたのだが、作戦は成功したようだ。


「ミャー!」


「すまん。マスク外すの忘れてたな……」


 キュウはソフトボールほどの大きさなので、ケイの服の中や小さめのバッグに入れてしまえばバレることはない。
 しかし、見た目柴犬のクウはどうしたものかとケイは考えた。
 そして作ったのは猫のマスク。
 しかも変声機付きだ。
 体は犬なのに、顏と声が猫だと、他の人間は猫だと信じるようだ。
 変装してからこれまでは、疑われるようなことにはなっていない。
 現在は宿屋の部屋で他には人もいないため、ケイはこの間だけでもとクウのマスクを外してあげた。


「スムーズに進めているから、もうすぐ海も見えてくるころじゃないか?」


【うみ!】「ワフッ!」


 海に囲まれた島で育ったため、キュウもクウも海は好きだ。
 最近はずっと内陸部分を移動していたので、久々に海が見れるかもしれないと思い、嬉しそうな声をあげたのだった。





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