エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸

第143話

「……お前たちは、何故こんなことをするんだ?」


「……あっ? 何だと?」


 仲間をやられ、4人そろって攻撃をしかけてくると思ったリカルドだったが、敵の1人が言ったこの一言に反応した。
 まるで自分たちが被害者だとでも言うような感じがして、何だかイラっと来る。


「我々が貴様らに何をしたと言う?」


「……チョッカイかけてきたのはテメエらだろが!?」


 まるで、ではなかった。
 言葉に出して被害ヅラしてきたことに、それまで冷静だったリカルドは一気に怒りが湧いた。
 何の交渉もせずに攻め込んでくるようなことをして、返り討ちにあって同じことをされれば被害者ヅラ。
 とてもまともな思考の持ち主に思えない。


「何千人も殺しておいて、よく報復なんてできるな……」


「……テメエ、なめてんのか?」


 あまりにも怒りが込み上げ、リカルドは口調は静かながら表情は完全に怒っている。
 今にも飛び掛かりそうだ。
 腹を立たせて、リカルドの攻撃が単調になることを期待しているのだろうか。 


「リカルド殿! 奴らの狙いは時間稼ぎだ!」


 手は出さないが口は出す。
 ケイは奴らの狙いに気が付いた。
 何かの封印を解くとか言っていたが、まだ何の脅威も感じない。
 もしかしたら、その封印を解く時間を稼いでいるのかもしれない。
 そう考えれば、被害者ヅラしておかしな言い合いをしかけてくる理由になる。


「なるほど……小賢しい」


 ケイの言葉を聞いて、同じ考えに至ったリカルドは冷静に戻った。
 単調な攻撃だろうとも、敵たちがリカルドの攻撃を躱せるとは思わないが、不安要素は取り除いておいた方が良い。
 これでケイは安心して見ていられる。


「チッ!」


 時間稼ぎを見破られたため、無駄な話し合いをしていた男は舌打ちをする。
 随分とくだらないことをしてくるものだ。


「ハッ!!」


“ボンッ!!”


「煙幕?」


 話し合いが時間稼ぎだとバレたと思ったら、今度は他の男が懐から筒のような物を取り出し地面へと放り投げてきた。
 すると、その筒から一気に煙が噴き出し、辺り一帯は白い煙に覆われ、ここにいる全員の視界が遮られた。
 最初煙に何か毒でも仕掛けてあるのではないかと警戒したが、リカルドより先に筒を投げた者たちが煙に覆われて行ったのを見て、その心配はないと分かった。
 どうやらこれはただの煙らしい。


「これで姿は見えまい!」


「……愚かな」


 自分たちも見えなくなっているのに、テンションの高い声をあげている敵に、リカルドは溜息を吐く。
 たしかに、リカルドの周囲360度は白い煙に覆われている。
 腕を真っ直ぐに伸ばしたら、自分の手すらぼやけるほどに濃い。


“フッ!!”


「なっ……!?」


 何の躊躇もなく床を蹴ると、リカルドは筒を投げた男の目の前で足を止める。
 さすがに至近距離まで近付けば姿は見える。
 何も見えていないはずのリカルドの姿が現れ、驚いた次の瞬間には拳が顔面に迫っていた。


「うがっ!?」


 見えなくても嗅覚で分かるリカルドと違い、敵たちは何も見えていないようだ。
 見えなくなってどうするつもりだったのか分からないが、これではただ自分たちの首を絞めたようなものだ。
 リカルドの拳が顔面にクリーンヒットし、殴られた男はピンボールのように床を跳ねてうつ伏せに倒れた。


「なんだっ!?」「誰かやられたのか?」


「視界を遮られようとも、俺なら匂いで分かるんだよ!」


 自分の側の煙が動いたと思ったら、仲間の呻き声のようなものが聞こえた。
 床にからの音も合わせると、敵に何かやられたのだろう。
 そして、敵兵たちはリカルドが呟いた言葉で絶望した。
 煙が出続けるのはせいぜい2分ほど。
 その間、敵も自分たちも攻撃できない状況にして、時間が稼げるなら構わないと思い、煙の筒を使ったというのに、これでは自分たちを不利にしただけではないか。
 どうやら彼らは、自分たちが戦っているのが、同じ種族でないということを考慮していなかったようだ。


『探知できないのにこんなことするなんて、かなり馬鹿だな……』


 別に獣人でなくても、敵がどこにいるかを察知することはできる。
 ケイたちのように探知魔術をすればいい。
 それもできないのにもかかわらず、煙で視界を塞ぐなんて、本当に近衛兵なのかと思ってしまう。
 実際の所、彼らも魔闘術が使える程なのだから、探知も使うことはできる。
 しかし、戦いながらは使えないのだろう。
 ケイたちのように、戦っている最中でも使えるくらいになるには、相当な魔力コントロール技術を所持していないと普通はできない。
 自分たちが特別だと思ったことがないケイたちは、そのことが分からなかった。


「…………ぐっ……」


“ブワッ!!”


 リカルドに殴られた男は、このままでは仲間が何もできずに攻撃を受けてしまうと思い、絞り出すように風魔法を放った。


「おぉ、晴れた……」


 その風魔法によって、まだ煙を出し続けている筒と、この周辺の煙が階段の上へと飛ばされたため、ケイやリカルドたちの周りの煙は消え去った。
 身の安全のために周囲に魔力を張って、近距離探知を行っていたケイとその息子2人だったが、煙がなくなったことで周囲が見えるようになったため、探知を解いた。
 これで僅かとはいえ魔力を使わないで良くなり、ケイは少し嬉しそうに呟いた。


「…………ぐふっ!」


 これで仲間の近衛兵たちが戦える。
 それに安心したのか、倒れたまま風魔法を放った男は、そのまま気を失った。


「っ!?」


“ガシッ!!”


 煙が消えたことに気を取られていたため、リカルドには隙ができていた。
 それをいち早く察したのは、最初にリカルドに殴られた男だ。
 ダメージで震える足に喝を入れ、タックルをするようにリカルドにしがみついた。


「い、今……だ!! 俺…ごと……貫け!!」


「クッ!!」


 残った力を総動員した男のしがみつきに、リカルドはなかなか外せない。
 弱った自分は、戦力としては役に立たない。
 ならば、せめて相打ちをしてやると考えたのだろう。
 男は自分ごとリカルドを屠ることを選んだ。


「……すまん!! ハァー!!」「オラーッ!!」


 仲間を殺すなんてしたくないが、この状況では仕方がない。
 元々、王のために命を捨てるという決意のもと近衛兵になったのだから、それを今実行するだけだ。
 無傷の2人は槍を手に、仲間が抑え込んでいるリカルドに向かって突撃していった。


「放せー!! …………なんてな?」


「っ?」


 強力な攻撃を放つ両手を捕まえている。
 なので、この獣人が自分を引きはがす事などできないと、しがみついている男は思っていた。
 しかし、リカルドの余裕のようなセリフに、どこか違和感を感じた。


「ムンッ!!」


「ごふっ!?」


 しがみついている男に手を掴まれている。
 ならば足を使えばいい。
 ということで、リカルドはサッカーのシュートをするように男を蹴りを入れる。
 その蹴りが腹に入ると掴んでいた男の手があっさり外れ、そのまま迫って来ていた2人に向かって飛んで行った。
 そもそも、わざとしがみつかれる隙を作ったのだ。
 たしかにこの男は、怪我をしている割には強くリカルドを掴んでいるが、この程度の力でリカルドを抑え込むことなど不可能。
 他の2人に逃げ回られて無駄に時間を使わせないために、自分たちから近付かせるのが速いと思い、リカルドは一芝居うったのだ。


「うわっ!?」「なっ!?」


 敵は何もできないと思い込んでリカルドに迫ったら、いきなり仲間の男が自分たちに向かって飛んできた。
 予想外のことに、2人は思わず飛んできた仲間を避けてしまった。


「吹き飛べ!!」


「「っ!?」」


“ドゴッ!!”


 仲間を避けて安心した2人に隙ができる。
 それを待っていたリカルドは、足の止まった2人に高速接近ラリアットをぶちかます。
 まるで車が衝突したような音を上げると、その2人は白目を剥いて飛んで行った。


「終わりだな」


 結局、5分ほどの時間を使ってしまった。
 ちょっと無駄話をしたのが良くなかったかもしれない。
 そんなことを思いながら、リカルドは見事に4体の人の山を見て呟く。


「先に向かおう。ケイ殿!」


「はい!」


 終わったのを確認したリカルドは、ケイを呼んで廊下の先にある扉へと近付いて行った。


「封印がどうとか言っていたので、注意してください。リカルド殿」


「了解した」


 ケイの注意に頷き、リカルドは慎重に扉を開いたのだった。





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