エルティモエルフォ ―最後のエルフ―
第135話
「な、何だとっ!? もう一度申せ!!」
今から1週間ほど前、大量の資金と人員を使って送り出した帆船軍が戻り、兵から受けた報告にリシケサ王国の王ベルトランは驚きをあらわにした。
小さな島を制圧するには過剰ともいえる戦力を投入したのにもかかわらず、戻ってきた答えが失敗でしたでは話にならない。
しかも、エルフの捕獲まで失敗したというのだから、更に信じられない。
何かの聞き違いということもあるため、ベルトランは報告に来た兵に対して、もう一度同じ報告を求めた。
「は、はっ!! 総勢3000のうち2600が、島の獣人や魔物によって命を落としました」
すごい剣幕でもう一度報告を求められた兵の方は、生きた心地がしない状態で報告を始める。
数を減らしたのは、はっきりいって魔物に殺られたのがほとんどだ。
それも島の獣人たちにハメられたというのが原因なのだが、小さな島だと警戒が薄かったのが災いし、見事にその罠によって多大な被害を受けたのは痛かった。
「ぐぅ~……、それもだが、問題はその後だ!」
それだけの数が殺られるなんて、それだけでも信じがたい。
リシケサ王国は、他国に比べて魔物による被害が比較的少ないとは言っても、それは国の軍や冒険者によって未然に氾濫を防いでいるからだ。
魔物と戦う訓練はある程度していたはず。
それなのにもかかわらず、多くの兵が魔物に殺られたというのも腹が立つ。
しかし、ベルトランが一番腹を立てているのは次の台詞である。
「セ、セレドニオ様、ライムンド様、共にエルフに敗れ戦死……」
「そんな訳があるか!?」
その台詞に、ベルトランはすぐさま怒鳴り声を上げた。
兵の方はというと、ただ聞いてきたことを報告しているだけで、自分が見たわけではない。
なので、自分に怒りを向けられても困るのだが、ベルトランのあまりの表情に、冷や汗を大量に流しながらその場にとどまる。
報告に来たこの男も、この話を聞いて信じられない気持ちだった。
生き人形というイメージの強いエルフは、生物を殺すことを自ら強く律していたはず。
それもあって、これまで人族たちはたいした苦も無く捕まえられるはずだった。
昔の話だと、抵抗によって力加減を間違え殺してしまうこともしばしばあったということはセレドニオたちも知っていた。
それでも間違って殺してしまう可能性はあったとしても、返り討ちにあうと言うようなことは毛ほども考えていなかった。
「セレドニオだけでなく、ライムンドも付けたと言うのに……」
この国において最強を誇る海軍と陸軍の隊長が、エルフなどに負けるわけがない。
2度報告されても、ベルトランは全然納得いかない。
しかも、最悪なことに同盟関係にある南の隣国パテル王国に、ベルトランは絶対にエルフを連れてくると言ってしまっていた。
それが、蓋を開けたら惨敗してしまいましたなんて、そんな恥、口が裂けても言うことはできない。
「此度の失敗が他国に洩れないようにしろ! 全帰還兵に箝口令をしけ!」
「はっ!!」
箝口令を敷いたところで、負けて帰って来た事実を隠しきれるわけがない。
ベルトランは、頭に血が上りそのうちバレるということを考えていないようだ。
指示を受けた兵は、返事と共に頭を下げ、すぐに謁見の間から出て行ったのだった。
「おのれ! エルフごときが……」
兵が出て行っていなくなると、ベルトランは苛立たし気に唇を噛み、拳を強く握りしめた。
周囲にいる大臣たちは、八つ当たりを受けそうな雰囲気に声をつぐみ、ただ遠くを見つめていることしかできなかった。
「と、いうことがあったようです」
「ふ~ん……」
普通の人族に変装し、王都へ進入をして情報を集めてきたハコボが、ケイが作った地下室に来てファウストへ報告をおこなった。
ハコボたちの諜報活動は順調らしく、城内の進入まで成功しているようだ。
王のベルトランに近付くことはできないでいるが、口の軽い兵士と仲良くなっているため情報が駄々洩れの状態だ。
「当然今回の遠征の失敗を隠すことなど不可能。町には噂が広がっており、他国からも馬鹿にされた書状が届いているようです」
「それはさぞかし腸が煮えくり返っているだろうな……」
リシケサ王国は北と東の国と仲が良くない。
しかし、川や湖によって隔たれているので、戦争にはならないでいるが、どちらも仕掛ける機会を窺っているのも事実。
そんな中、リシケサが大惨敗したと聞いたら当然何かしらのちょっかいを出してくるのは当然だ。
書状で馬鹿にして、喧嘩でも吹っ掛けてくるかどうかを確認でもしているのかもしれない。
リシケサも隣国との間にきちんと軍を配備しているのだから、早々に戦争ということにはならないだろう。
「同盟国のパテル王国にも呆れられ、最近では隠すことも無駄だと知ったのか、海と陸の軍団長の後任探しを大っぴらにして、てんやわんやしています」
「……泥船だな」
同盟国にほぼ見捨てられた状態な上に、敵国は戦争の機会を狙っている。
それに対抗しようにも、軍団長ができそうな適格者がなかなか決まらない。
このまま放って置けば、わざわざ報復しなくてもこの国は潰れていきそうな気がしてきた。
ファウストが言うように、まさに泥船状態だ。
「魔闘術を使えるものは4人しかおりません。しかも、島への遠征の選出から漏れる程度の実力しかないようなので、相手にはならないと思われます。城内は100人程といったところです」
「それならあっという間に占拠できそうだな」
ケイたちは、その3倍以上の人数で城内に攻め込む予定だ。
たいして強い者もいない上にその人数では、あっという間に計画完了してしまいそうだ。
「王都内の兵数は?」
「2000程が分散しています」
狙いとしては、王の暗殺。
それが済めば敵の相手などせず撤退の予定だ。
島に攻めてきた人数に比べれば少ないが、わざわざ相手にして危険な目に遭う必要もない。
「その兵が集まる前に撤退を終了しなけらばな……」
その撤退も、ケイたちの転移があるため、ファウストは全く心配していない。
「他の王族は?」
王の暗殺が一番の狙いだが、ついでに仕留められるなら他の王族も消してしまいたい。
戦闘力の高い者がいなくなったうえに、王族までいなくなれば、もう他の国に潰されるだけだ。
その結果、リシケサ王国はエルフと獣人に滅ぼされたとうわさを広げれば、他の人族の国もアンヘル島へ手を出してくるようなことは控えるはずだ。
「王妃は2年前に亡くなっており、王子が1人だけおります」
「どのような者だ?」
数が少ないのはいいことだ。
無駄に時間はかけたくないので、王とその王子を殺せば済む。
あとはその王子の人となりが問題だ。
同じ王子ということもあり、ファウストは少しだけそのことが気になった。
「……クズです」
「えっ?」
尋ねられたハコボから出た言葉は、端的だった。
端的すぎて、ファウストは思わず聞き返してしまった。
「勉強も剣術もダメで、昼間から女を囲って放蕩三昧。兵の中には馬鹿王子と呼ばれているそうです」
「そ、そうか……」
ハコボの報告だと、唯一の王位継承権の持ち主であるがゆえに、大分甘やかされて育ったらしい。
それもあって、傍若無人に振るまっているのだそうだ。
昼間から酒に女とは、国王のベルトランは本当にそんな者に跡を継がせるつもりなのだろうか。
もしも、自分の兄のエリアスがそんな人間だったなら、すぐにでも斬って捨てている。
まぁ、エリアスも真面目過ぎて頭が固いところがあるが、それ以外は自慢の兄なのでそんなことするつもりはないが。
「そんなのでも王族だ。ちゃんと殺しておかなくてはな……」
生かしてそのクズ王子に跡を継がせても、すぐに潰れるだろうが、見せしめのためにも殺しておいた方が良い。
ファウストは、王と王子の2人を殺すことに決定した。
「今日から1週間後に建国祭が開かれるそうです。その時が狙い目かと……」
「分かった! 父上やケイ殿たちに伝えておこう」
そんな祭りとなれば、王や王族が国民の前に出ない訳にはいかない。
王たちの周りの警護は堅くなるかもしれないが、周辺国とのことを考えると王都に人を集める訳にはいかないだろう。
数や強さが変わらなければ、多少固めただけの警備なんて父やケイなら簡単に蹴散らせる。
その日を決行日にすることにしたファウストは、もう1ヵ所地下室づくりに行ったケイが戻るのを待つことにしたのだった。
今から1週間ほど前、大量の資金と人員を使って送り出した帆船軍が戻り、兵から受けた報告にリシケサ王国の王ベルトランは驚きをあらわにした。
小さな島を制圧するには過剰ともいえる戦力を投入したのにもかかわらず、戻ってきた答えが失敗でしたでは話にならない。
しかも、エルフの捕獲まで失敗したというのだから、更に信じられない。
何かの聞き違いということもあるため、ベルトランは報告に来た兵に対して、もう一度同じ報告を求めた。
「は、はっ!! 総勢3000のうち2600が、島の獣人や魔物によって命を落としました」
すごい剣幕でもう一度報告を求められた兵の方は、生きた心地がしない状態で報告を始める。
数を減らしたのは、はっきりいって魔物に殺られたのがほとんどだ。
それも島の獣人たちにハメられたというのが原因なのだが、小さな島だと警戒が薄かったのが災いし、見事にその罠によって多大な被害を受けたのは痛かった。
「ぐぅ~……、それもだが、問題はその後だ!」
それだけの数が殺られるなんて、それだけでも信じがたい。
リシケサ王国は、他国に比べて魔物による被害が比較的少ないとは言っても、それは国の軍や冒険者によって未然に氾濫を防いでいるからだ。
魔物と戦う訓練はある程度していたはず。
それなのにもかかわらず、多くの兵が魔物に殺られたというのも腹が立つ。
しかし、ベルトランが一番腹を立てているのは次の台詞である。
「セ、セレドニオ様、ライムンド様、共にエルフに敗れ戦死……」
「そんな訳があるか!?」
その台詞に、ベルトランはすぐさま怒鳴り声を上げた。
兵の方はというと、ただ聞いてきたことを報告しているだけで、自分が見たわけではない。
なので、自分に怒りを向けられても困るのだが、ベルトランのあまりの表情に、冷や汗を大量に流しながらその場にとどまる。
報告に来たこの男も、この話を聞いて信じられない気持ちだった。
生き人形というイメージの強いエルフは、生物を殺すことを自ら強く律していたはず。
それもあって、これまで人族たちはたいした苦も無く捕まえられるはずだった。
昔の話だと、抵抗によって力加減を間違え殺してしまうこともしばしばあったということはセレドニオたちも知っていた。
それでも間違って殺してしまう可能性はあったとしても、返り討ちにあうと言うようなことは毛ほども考えていなかった。
「セレドニオだけでなく、ライムンドも付けたと言うのに……」
この国において最強を誇る海軍と陸軍の隊長が、エルフなどに負けるわけがない。
2度報告されても、ベルトランは全然納得いかない。
しかも、最悪なことに同盟関係にある南の隣国パテル王国に、ベルトランは絶対にエルフを連れてくると言ってしまっていた。
それが、蓋を開けたら惨敗してしまいましたなんて、そんな恥、口が裂けても言うことはできない。
「此度の失敗が他国に洩れないようにしろ! 全帰還兵に箝口令をしけ!」
「はっ!!」
箝口令を敷いたところで、負けて帰って来た事実を隠しきれるわけがない。
ベルトランは、頭に血が上りそのうちバレるということを考えていないようだ。
指示を受けた兵は、返事と共に頭を下げ、すぐに謁見の間から出て行ったのだった。
「おのれ! エルフごときが……」
兵が出て行っていなくなると、ベルトランは苛立たし気に唇を噛み、拳を強く握りしめた。
周囲にいる大臣たちは、八つ当たりを受けそうな雰囲気に声をつぐみ、ただ遠くを見つめていることしかできなかった。
「と、いうことがあったようです」
「ふ~ん……」
普通の人族に変装し、王都へ進入をして情報を集めてきたハコボが、ケイが作った地下室に来てファウストへ報告をおこなった。
ハコボたちの諜報活動は順調らしく、城内の進入まで成功しているようだ。
王のベルトランに近付くことはできないでいるが、口の軽い兵士と仲良くなっているため情報が駄々洩れの状態だ。
「当然今回の遠征の失敗を隠すことなど不可能。町には噂が広がっており、他国からも馬鹿にされた書状が届いているようです」
「それはさぞかし腸が煮えくり返っているだろうな……」
リシケサ王国は北と東の国と仲が良くない。
しかし、川や湖によって隔たれているので、戦争にはならないでいるが、どちらも仕掛ける機会を窺っているのも事実。
そんな中、リシケサが大惨敗したと聞いたら当然何かしらのちょっかいを出してくるのは当然だ。
書状で馬鹿にして、喧嘩でも吹っ掛けてくるかどうかを確認でもしているのかもしれない。
リシケサも隣国との間にきちんと軍を配備しているのだから、早々に戦争ということにはならないだろう。
「同盟国のパテル王国にも呆れられ、最近では隠すことも無駄だと知ったのか、海と陸の軍団長の後任探しを大っぴらにして、てんやわんやしています」
「……泥船だな」
同盟国にほぼ見捨てられた状態な上に、敵国は戦争の機会を狙っている。
それに対抗しようにも、軍団長ができそうな適格者がなかなか決まらない。
このまま放って置けば、わざわざ報復しなくてもこの国は潰れていきそうな気がしてきた。
ファウストが言うように、まさに泥船状態だ。
「魔闘術を使えるものは4人しかおりません。しかも、島への遠征の選出から漏れる程度の実力しかないようなので、相手にはならないと思われます。城内は100人程といったところです」
「それならあっという間に占拠できそうだな」
ケイたちは、その3倍以上の人数で城内に攻め込む予定だ。
たいして強い者もいない上にその人数では、あっという間に計画完了してしまいそうだ。
「王都内の兵数は?」
「2000程が分散しています」
狙いとしては、王の暗殺。
それが済めば敵の相手などせず撤退の予定だ。
島に攻めてきた人数に比べれば少ないが、わざわざ相手にして危険な目に遭う必要もない。
「その兵が集まる前に撤退を終了しなけらばな……」
その撤退も、ケイたちの転移があるため、ファウストは全く心配していない。
「他の王族は?」
王の暗殺が一番の狙いだが、ついでに仕留められるなら他の王族も消してしまいたい。
戦闘力の高い者がいなくなったうえに、王族までいなくなれば、もう他の国に潰されるだけだ。
その結果、リシケサ王国はエルフと獣人に滅ぼされたとうわさを広げれば、他の人族の国もアンヘル島へ手を出してくるようなことは控えるはずだ。
「王妃は2年前に亡くなっており、王子が1人だけおります」
「どのような者だ?」
数が少ないのはいいことだ。
無駄に時間はかけたくないので、王とその王子を殺せば済む。
あとはその王子の人となりが問題だ。
同じ王子ということもあり、ファウストは少しだけそのことが気になった。
「……クズです」
「えっ?」
尋ねられたハコボから出た言葉は、端的だった。
端的すぎて、ファウストは思わず聞き返してしまった。
「勉強も剣術もダメで、昼間から女を囲って放蕩三昧。兵の中には馬鹿王子と呼ばれているそうです」
「そ、そうか……」
ハコボの報告だと、唯一の王位継承権の持ち主であるがゆえに、大分甘やかされて育ったらしい。
それもあって、傍若無人に振るまっているのだそうだ。
昼間から酒に女とは、国王のベルトランは本当にそんな者に跡を継がせるつもりなのだろうか。
もしも、自分の兄のエリアスがそんな人間だったなら、すぐにでも斬って捨てている。
まぁ、エリアスも真面目過ぎて頭が固いところがあるが、それ以外は自慢の兄なのでそんなことするつもりはないが。
「そんなのでも王族だ。ちゃんと殺しておかなくてはな……」
生かしてそのクズ王子に跡を継がせても、すぐに潰れるだろうが、見せしめのためにも殺しておいた方が良い。
ファウストは、王と王子の2人を殺すことに決定した。
「今日から1週間後に建国祭が開かれるそうです。その時が狙い目かと……」
「分かった! 父上やケイ殿たちに伝えておこう」
そんな祭りとなれば、王や王族が国民の前に出ない訳にはいかない。
王たちの周りの警護は堅くなるかもしれないが、周辺国とのことを考えると王都に人を集める訳にはいかないだろう。
数や強さが変わらなければ、多少固めただけの警備なんて父やケイなら簡単に蹴散らせる。
その日を決行日にすることにしたファウストは、もう1ヵ所地下室づくりに行ったケイが戻るのを待つことにしたのだった。
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