第３６話　番

「ガアァーー！！」

「おっ！？」

　限に斬られた傷から血を流しつつ、巨大ワニは尻尾を振って限へと攻撃をしてくる。
　巨体の割にはかなりの速度をした攻撃だ。
　しかし、限は後方へ飛び退くことでその攻撃を躱す。

「グルァッ！！」

「たしかに威力はありそうだ」

　尻尾を躱されたワニは、今度は顎を開いて限を食い潰そうと噛みついてくる。
　挟んだら何もかも潰してしまいそうな音を立てて顎が閉じるが、これも限は横に跳んで躱す。
　躱されたワニは、そのまま勢い余って近くの岩に噛みついてしまう。
　完全なる自爆かと思ったが、そのまま岩を噛み砕いてしまった。

「当たればだけれどな！」

「ガッ！！」

　岩を噛み砕いている間にワニの側面へと移動した限は、刀を振ってワニへと更なる傷を増やすことに成功する。
　その巨体からすると僅かな傷でしかないのだろうが、痛みを感じているらしく僅かに悶える。

「う～ん。このままだと時間がかかりそうだな」

　このままワニの攻撃を躱して少しずつ傷を与えていれば、そのうち倒すことはできるだろう。
　しかし、この巨体が大人しくなるまでは、どれ程の時間がかかるのか分かったものではない。
　限は良くても、他のメンバーに攻撃が行くと危険なことになる。

「ちょっとだけ本気を出すか……」

　せめて動きを止めてしまおうと、限はワニの脚を狙うことにした。
　動きも鈍るだろうし、何よりニールがやられた箇所の仕返しにもなる。
　ワニから距離を取った限は、鞘に納刀し、抜刀術の態勢に入る。

「グルアァーー！！」

「フゥ～……」

　距離を取った限に対し、ワニは逃がすまいと追いかけてきた。
　ワニが迫り来る中、限は刀に手を添えた状態で深く息を吐いて深い集中状態へと入って行く。

「抜刀！　瞬き！」

「ギャウッ！！」

　迫り来るワニを気にする素振りを見せていなかったが、牙を避けると同時に一瞬で回避し、そのままワニの右後ろ脚に抜刀攻撃をおこない、大きな切り傷を付けることに成功した。
　噴き出す出血により、ワニは痛みで顔を歪めた。
　瞬足の抜刀術が敷島剣術の技の１つ瞬き。
　魔力はなくても型の訓練をおこなってきたのが功を奏し、魔力を使えるようになった今、限は敷島剣術の多くを使いこなせるようになっている。

「アルバ！！」

「ワウッ！！」

「ッ！！」

　自分の攻撃で深手を負わせてすぐ、限はアルバの名前を叫ぶ。
　右の後ろ脚を脚を使い物にできなくされ苦しむ声をあげているワニへ向け、アルバは噛みつき肉を食いちぎった。
　限にばかり意識がいっていたためか、がら空きの左後ろ足に攻撃を受け、ワニは今度はアルバを睨みつけた。

「良いのか？　俺を無視して……」

「ギャウ！！」

　さっき大怪我を負わせたばかりだというのに、自分から目を離したワニに対して問いかけながら、限は抜いた刀を血を噴き出している右脚の傷口へと突き刺した。
　怪我した場所への攻撃に、ワニは悲鳴のような声をあげる。

「おまけだ！　ハッ！！」

「ガァッ！！」

　突き刺しただけで済ますのはもったいなく感じた限は、突き刺した刀の先から爆発の魔法を放つ。
　それにより内部からの爆発によってワニの右脚は吹き飛んでしまった。
　大量の出血と共にワニがのたうち回る。

「なるほど！　傷口を抉るということですね？」

　援護も必要もないような限の攻撃を眺めていたレラは、ワニのどこに魔法を当てればダメージを与えられるか考えていた。
　表面は硬い皮膚に覆われているようなので、ただ魔法を撃ったのでは何のダメージも与えられないのは分かっていた。
　しかし、限の先程の攻撃を見て、どこを狙えばいいか分かった。

「ハッ！！」

「ガアッ！！」

　怪我を負っている部分を狙えば硬い皮膚は関係ない。
　そのため、レラはアルバが食いちぎった部分へ向けて風の刃を放って傷口を抉った。
　それによりまたもワニは悲鳴のようなものを上げる。
　近くの町を破壊した危険なワニだというのに、限たちにかかると相手にならない感じで一方的な展開になっていた。

「ガアァーー！！」

「んっ？」

　両後ろ脚が使い物にならなくなり、巨大ワニは限の思惑通り動きがかなり鈍くなった。
　これでもう好き放題に攻撃ができる状態だ。
　そう思っていた限だったが、ワニの様子がおかしくなった。
　急に大きな声で鳴き声を上げたと思ったら、魔力が高まりだしたのだ。

「……何かする気か？」

　どうやら魔法攻撃を放ってくるつもりなのかもしれない。
　そう思い、限が用心していると、

「ガアァーー！！」

「っ！！　何っ！？」

　海からもう１頭の巨大ワニが限たちの前に現れたのだ。
　むしろ、痛めつけたワニよりも、さらに大きな体長をしているかもしれない。

「ガアッ！！」

「おわっ！！」

　急に現れたワニに限が驚いていると、そのワニは口から強力な魔力弾を発射してきた。
　突然の攻撃に、限は慌てて魔力による障壁を張った。
　咄嗟だったがなんとか止めることができた。
　しかし、完全に威力を抑えることができず、壁に当たった衝撃で、限は数ｍの距離を飛ばされることになった

「危なかったな……」

　吹き飛ばされはしたが、限自身にはダメージというものがどこにもなかった。
　普通の人間ならもしかしたら痛みを感じていたかもしれないが、実験を受け続けたことが原因となり痛覚が鈍くなっている限には何も感じなかったといった方が正しいかもしれない。

「……もしかして番なのか？」

「かもしれませんね……」

　大きさの関係からいって、後からの方が大きく、多くの魔力を有しているように感じる。
　そのため、先程のワニの鳴き声は、旦那に助けを求めた声だったのかもしれない。
　同種といっても、このワニたちが仲が良いのは恐らくそういうことなのだろうと限が自問自答していると、それが聞こえたレラも同じことを思っていたらしく同意してきた。

「しょうがない。新しく来たのは俺が相手するから、お前たちは怪我を負わせた方を仕留めてくれるか？」

「畏まりました！」「ワン！！」「キュッ！！」

　多少大きくなっても、さっき怪我を負わせたワニと大差がないはず。
　そう思った限は、新しく来たワニと１対１で戦うことにした。
　怪我を負っている方はもうたいして動けないだろうから、仕留める役をレラたちに任せることにした。

「おい、でかいの！　お前の相方は俺が痛めつけた。文句があるならかかってこい！」

「グルルル……！！」

　言語が理解できるかは分からないが、限はとりあえず煽るような声で自分へと集中するように仕向けた。
　その行為は成功し、新たに出現したワニは、限の方へと向かってきた。

「フンッ！　お前も同じ目に遭わせてやるよ！」

　注意を引き付けるため動いた結果、片方のワニをアルバたちから離すことに成功した。
　これは限にとっても良かった部分がある。
　というのも、魔法を思いっきり使ってしまうと、アルバたちも巻き込んでしまうかもしれない。
　その心配がなくなったということだから、これからは魔法も好きに使えるとということになった。

「さて、どうしてやろうか……」

　魔法も好きに使えるようになり、倒す方法はどうするべきか考えさせらえる。

「ガアァーー！！」

「っ！！」

　限がワニの討伐方法をどうするか考えていたところ、ワニは何かをするつもりのようだ。
　口に魔力が集まっているのが気になった。、
　またも魔力弾かと思って警戒した限へ向けて、ワニは魔法の巨大水球を使って限へと放ってきた。

「ぐおっ！！」

　放たれた水球弾は、先程の魔力弾よりも威力が高い。
　しかし、さっきのこともあって、限はすぐに魔力消障壁を張って防御に出た。
　今度は飛ばされることなく止めることができた。

「なるほど、そっちがその気なら、お返しをしないとな……」

　魔法を防いだのは良かったものの、限が避けたらアルバの方へ飛んで行っていたことだろう。
　自分が防いでおいて正解だったようだ。
　しかし、ヒヤッとしたのは変わらないので、このワニに容赦しないことにしたのだった。