閑却の婿殿

ポリ 外丸

第13話


「ハッ!!」

「…………」

 樹から飛び降り、睨み合うコルヴォと暗殺者。
 暗殺者が先に動く。
 持っている短剣で刺し殺そうと、一直線に接近してくる。
 それを無言で見つめるコルヴォ。

「シッ!!」

 そのまま突っ込んでくるように見えた暗殺者は、コルヴォの目の前で急激に速度を変えて方向転換する。
 コルヴォの右側へと移動した男は、短剣で斬りつけてきた。

「…………」

「チッ!」

 コルヴォはその場から跳び退き、男の攻撃を躱す。
 躱された男は、思わず舌打ちする。
 大抵の人間は自分の速度に付いてこられず、さっきの初撃で痛手を負うのが普通だった。
 しかし、そこはさすがS級という所だろうか、あっさりと躱されてしまった。

「その動きは独学か?」

「……だったら何だ?」

 距離をとったコルヴォが唐突に尋ねる。
 それに対し、暗殺者の男は質問で返した。

「素晴らしい動きだ」

「上から目線だな……」

 何を言われるのかと思ったら、いきなり褒められたため男は訝しむ。
 その態度が気に入らなかった男は、すぐに表情を元に戻した。

「当然だ。俺の方が上だからな」

「何っ!?」

 少しのやり取りだが、それだけでコルヴォは男の実力を理解した。
 かなりの移動速度だったが、対処できる速度だ。
 そのため、自分の勝利を確信していた。

「さっきの攻撃を躱しただけで調子に乗るな!」

 僅かなやり取りだけで、何が分かったというのか。
 舐められた怒りで、男はまたコルヴォへと襲い掛かっていった。

「かなりの速さだ。身体強化の訓練をちゃんとしているようだな」

「なっ!?」

 高速で迫った男は短剣を振り回すが、コルヴォはそれを余裕で躱す。
 自分と同じ速度で動いているコルヴォに、男は信じられないものを見るように驚く。
 コルヴォの言うように、男は体内の魔力を体を覆うように纏うことで、肉体の強化を図る身体強化の魔術を使っている。
 多くの人間が使いこなせる身体強化の魔術だが、男はその能力が高いため高速移動をおこなうことができているのだ。
 素晴らしい技術だが、コルヴォも同じように使える。
 そのため、攻撃が通用しないのだ。

「どこの貴族に付いているのか分からないが、さっさと見捨てて冒険者にでもなったらどうだ?」

「黙れ!」

 身体強化を強め、どんどん速度を上げていくが、男の攻撃は空振りばかりでコルヴォには当たらない。
 男の速度に合わせるように、コルヴォも速度を上げているからだ。
 その余裕からか、コルヴォは話をしながら動き回っている。

「その速さなら、すぐにでもA級冒険者になれるんじゃないか?」

「黙れっ!!」

 説得するようなコルヴォの言葉に、男は苛立たし気に声をあげる。
 コルヴォは口は出しても手は出して来ない。
 先ほど言ったように、実力差が歴然としているのを分からせるためだろう。
 自分が生きるためには、暗殺をおこない続けるしかない。
 それが通用しないと認めることは、自分の死を意味する。
 何としても負けられない男は、奥の手を出すことを決意した。

“フッ!!”

「っ!?」

 男が目の前で姿を消す。
 速度を上げて移動したという訳ではない。
 姿かたちなく消え去ったと言った方が正しい。

『死ね!!』

 消えた男は、コルヴォの背後へと移動していた。
 そして、そのままコルヴォの背中を突き刺そうと、無言で襲い掛かる。
 これまで良いように躱されていたが、まさか転移魔術まで使えるとは思っていなかっただろう。
 思い通りコルヴォは自分の姿を見失っていると、頭の中で怒りを込めるよう言葉を呟いた。

「残念!」

「っっっ!?」

 背中を刺すまであと少しという所で、コルヴォが呟き横へと躱した。
 探知できたとしても反応が速すぎる。
 あまりのことに、躱されると思っていなかった男は大きくバランスを崩した。

「ヌンッ!!」

「あがっ!!」

 バランスが崩れて無防備な男の腹目掛け、コルヴォは思いっきり膝を打ち込む。
 あまりの衝撃に、男は持っていた短剣を落として悶え苦しみだした。

「うぅ……、な、何で……?」

 悶える男は、何故自分の攻撃が躱されたのか分からず、コルヴォへと問いかける。
 転移魔術は使える人間は少ない。
 そのため、いくらS級だからといって、この攻撃を躱せるなんて思いもしなかったからだ。

「まさか転移まで使えるとはな。しかし、対処されることまで考えていなかったのなら考えが甘かったな」

「ぐぅ……」

 まさか目の前の人間が同じように転移の魔術が使えると思っていなかったのだろう。
 自分も同じような手を使うことがあるため、咄嗟に反応できたのだ。
 転移の魔術は、確かに使える人間は少ない。
 とは言っても、他に使える人間がいない訳でもないのだから、もしもの時のことを考えておいて正解だった。

「…………」

「っと! 逃がさんぞ!」

「くっ!」

 腹の痛みが少し和らいだのを見計らっていたのか、男は魔術を発動させようとする。
 武器も落として戦える状況ではなかったために、転移によって逃げようとしていたのだろう。
 それを阻止するように、コルヴォは魔力を紐のようにして縛り付ける。
 この魔力の紐によって、自分の魔力を上手く練れなくなった男は、転移の魔術を阻止された。

「さて、お前には後で指示した人間のことを話してもらう」

「くっ!」

 自決される可能性もあるため、コルヴォは男に猿轡を着ける。
 そして、睡眠魔術を放って男を眠らせ、その場から転移した。

「おかえりなさいませ」

 コルヴォが転移した先はピエーロのいる宿屋だ。
 いきなり現れたコルヴォに対し、ピエーロは座っていた椅子から立ち上がりいつものように頭を下げた。

「こいつと村長たちを捕まえれば、背後の貴族のことも分かる。しばらくは眠っているから大丈夫だが、見張っておいてくれ」

「畏まりました」

 貴族の男に関する情報は、この男から聞けばわかる。
 それに村長と村人たちを捕まえれば、鉱物の横流しも阻止できる。
 強めに睡眠魔術をかけたので、明日になるまでは目を覚まさないだろう。
 仲間がいて、口封じにこの男を殺されてしまう可能性があるため、ピエーロに任せることにしたのだ。
 それと同時に、村長たちを始末されては困るため、今日のうちに解決してしまおうと、コルヴォは村長たちの逮捕の向かうことにした。

「お気をつけて」

「あぁ、行って来る」

 ピエーロの見送りを受け、コルヴォはそのまま村長邸の側へと転移していったのだった。


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