主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸

第93話


「まさか人間が魔物に変えられるなんて……」

 柊家当主である俊夫の説明を受けて、鷹藤家の次期当主の康則が信じられないと言うように呟く。
 それもそのはず、魔物は魔素によって動物が変異したり、発生したりするもの。
 人間が高濃度の魔素を体内に取り込んだ場合、耐えきれずに気を失ったり、最悪の場合は命を落とすのが普通だ。
 どんな方法を取ったか分からないが、人間を魔物に変えるなんて信じられないのも仕方がない。

「何者によるものなのかは分かりませんが、それは確実です」

「……信じがたいが、これを見てはな……」

 これまで聞いたことが無かったのだから、信じられないのも仕方がない。
 しかし、俊夫は目の前で豊川という少年が魔物へと変貌したのを目の当たりにし、戦うことになった。
 それに、鷹藤家当主である康義が言うように、豊川の姿を残しつつ変貌した見たことが無いような姿の魔物の死体を見れば、受け入れざるを得ない。
 人間を魔物化する方法がこの世にはあるということだ。

「どんな方法だか分からないが、早急に調べる必要があるな……」

「えぇ……」

 渋い表情で呟く康義の言葉に俊夫も頷く。
 康義にとっては孫、康則にとっては息子である文康の対戦相手が暴れているという報告を受けて駆けつけてみれば、まさかの人間の魔物化。
 これを放置しておくことは当然できないため、豊川の肉体が変化した原因を、早急に突き止めなければならない。

「この遺体の解析をお願いできますか?」

「我々に任せてくれるのか?」

 俊夫は豊川の遺体の解析を頼む。
 その言葉に、康則が意外そうに問いかけてきた。
 この魔物を倒したのは俊夫だ。
 緊急事態だったために、縄張り争い的なことも問題ない。
 つまり、この魔物の死体を好きにする権利は倒した柊家の自由だ。
 人間を魔物化するということが知れ渡れば、大和皇国中が大騒ぎになる。
 そこで人間を魔物化する原因を突き止めたとなれば、今でも急上昇中の柊家の人気は更に上がるというもの。
 その権利を放棄するように鷹藤家に任せて来たことが、康則には意外に思えたのかもしれない。

「えぇ、皇都に研究所を持っている鷹藤家にお任せるのが、原因究明に一番速いと思われるので……」

 たしかに人間を魔物化することの原因究明をする事ができれば、柊家の人気は上昇するだろう。
 しかし、事は重大だ。
 大和皇国の国民に安心材料を与えるためにも、人気の向上なんて考えている場合ではない。
 そうなると、わざわざ八郷地区まで運ぶよりも、この皇都に研究施設があるであろう鷹藤家に任せるのが速い。
 そう考え、俊夫は鷹藤家に任せることにしたのだ。

「了解した。何か分かったら柊家にいの一番に報告しましょう」

「お願いします」

 俊夫の思いに感銘を受けたのか、康義はやや深めに頭を下げ、康則も続いた。
 そして、頭を上げると、結果の報告を優先してくれることを誓った。
 人間の魔物化への対抗策を考えるためにも、そうしてもらえるのは嬉しい。
 康義のその言葉に、俊夫は軽く会釈した。

「そうと決まれば、早速家の者を呼びましょう」

 豊川を魔物にした原因が、場合によっては時間経過と共に消える成分かもしれない。
 そう考えると、少しでも早く死体の移動を開始するべきだ。
 そのため、康則はスマホを取り出し、鷹藤家の配下の者たちを呼び寄せようと考えた。

「それは困るな……」

「っ!?」

 康則の言葉に反応するように、突然何者かが姿を現した。
 目のつり上がった細身の男性。
 しかし、背中には黒い蝙蝠の翼のようなものを生やしており、身に纏う魔力は並のものではない。

「ハッ!!」

 現れた男は、魔力を込めた手で地面へと触れる。
 すると、その触れた地面に魔法陣が浮かび上がった。

「っ!!」「なっ!!」「遺体が!!」

 何をしてくるのか警戒していた3人だったが、攻撃の類の魔術ではないらいく何も起きない。
 しかし、自分たち以外に起きた現象に、康義、俊夫、康則の順で驚きの声を上げた。
 男の狙いは豊川の死体らしく、魔法陣によって自分のもとへ移動させたのだ。

「原因追及されるわけにはいかないんでね」

「「「っ!!」」」

 自分のもとへ移動させた男は、すぐさま豊川の死体へ向かって魔術を放った。
 高火力によって、豊川の死体はあっという間に骨も残さず灰へと変わった。
 その魔術の威力に、3人は驚きと共に嫌な汗が流れた。
 あれほどの火力の魔術を自分に向けられた場合、いくら魔力によって魔術攻撃への耐性を上げていようと、大火傷を負う可能性が考えられたからだ。

「貴様……魔族だな?」

「ご名答……って、この翼を見たらそりゃわかるか……」

 豊川の死体を焼却されたことに怒りが湧くが、今はそれどころではない。
 死体とは言え、一瞬で償却した威力と禍々しい魔力。
 とても人間のできることではない。
 それに過去の戦闘経験から、康義はこの男が魔族だと理解した。
 康義がそのことを尋ねると、男は軽い口調で返答した。

「カルミネだ。よろしく」

「名前持ち……」

 自己紹介をするように、つり目の魔族の男は名前を名乗った。
 それを聞いて、康義の表情が強張る。

「……名前を持っていると何かあるのですか?」

「名前自体はたいして意味はない。しかし、魔族の中でも上位の者は名前を持っているという共通点がある」

 康義の反応が気になった俊夫は、名前があることの意味を尋ねる。
 その俊夫の問いに対し、康義は手短に説明をした。

「ということは、あの魔族は……」

「あぁ、危険だということだ」

 昔、康義が戦た魔族。
 その時の魔族も名前を持っていた。
 そのことから、目の前にいる魔物が危険な存在なのだと理解できた。
 康則もそのことが分かり言いかけるが、康義が先に言葉にした。

「この3人で何とかなりますか?」

「……分からない」

 危険な魔族だというのは、纏っている魔力を見れば分かる。
 しかし、俊夫も魔族と戦った経験がある身。
 魔族が危険だと言っても、倒せない存在でない。
 あの時のモグラの魔族より危険だとしても、この3人で戦えば勝てるのではないかと考えた。
 その俊夫の考えに、康義は首を横に振る。

「あいつは底を見られないようにしているからな……」

「やってみないと分からないってことか……」

 鑑定の魔術を使ってカルミネと名乗った魔族を見てみるが、完全に実力を読み取ることができないため、どこまでの強さか分からない。
 結局、戦って見ないと分からないことに、俊夫は渋い表情をするしかなかった。


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