主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸

第56話

「どれだけ動かせるかな」


「…………」


 立ち上がった了を動かし、巨大イカへと近付いて行かせる。
 了自身は眠っているため、目を瞑ったままだ。
 少し離れた所でただ立っているだけの状態のため、とても伸が了を操っているとは思わないだろう。
 初めて試す魔術なので、どれだけ動かせるか分からないので、まずこの巨大イカを攻撃を躱して確認することにした。


「ッ!!」


「おっと!」


 近付いてくる了に対し、巨大イカは触腕を振り下ろして攻撃をしてくる。
 伸は魔力を操作して了を動かすことで、その攻撃を回避させる。
 了に攻撃を躱された巨大イカは、ムキになったかのように振り回し始めた。
 しかし、先程とは違い、了は余裕を持って回避する。


「おぉ! これは使えるな」


 自分の思う通りに動く眠ったままの了。
 この方法なら、実力がバレることなく巨大イカを倒すことができそうだ。
 しかも、その操作も段々と慣れてきたからか、操作のタイムラグもなくなってきた。
 これを使えば、もしもまた学園に魔物が出現した場合でも対処可能だ。
 いい方法を発見した伸は、嬉しそうに了を動かしていた。


「そろそろいいか……」


 問題なく動かせることが確認できた。
 後は海水浴場がこれ以上ボコボコになる前に、この巨大イカを倒してしまおうと、伸は了に持たせた刀を構えさせた。


「…………」


「ッ!?」


 懲りずに触腕を振りまわす巨大イカ。
 その下ろされた触腕を、了が刀で斬り飛ばす。
 伸が操ることにより、了の身体強化がいつもより良くなっているらしく、巨大イカの太い触腕がスッパリと斬れた。
 少し前まで追いつめていたはずの相手が、急に強くなったことに巨大イカも驚いているのか、僅かに身を引いた。


「終わりだ!」


 伸の操作によって、了は刺突の構えを取る。
 そして、伸は了の持っている刀に了の魔力を集中させる。


「ッ!!」


 地を蹴り、一直線に巨大イカへと迫る。
 そして、巨大イカのエンペラ付近の胴部分に突きを放つ。
 その突きに反応できず、巨大イカは胴に穴が開いた。


「どうだ?」


 魔物には魔石があり、それが心臓のように体内に魔力を流している。
 その魔石を破壊してしまえば魔物は活動できなくなるため、伸は巨大イカの魔石の破壊を狙った。
 魔石は電池代わりに使えるので、本当は壊さずに巨大イカを倒したいところだが、了の魔力だと時間がかかってしまう。
 早々に倒すためには、魔石を破壊するのが一番だと判断した結果だ。


“ドサッ!!”


「フゥ、良かった……」


 了の突きによる魔石の破壊で魔力の供給がなくなったためか、巨大イカは崩れるように倒れていった。
 それを見て、伸は安心したように一息吐いた。
 普通のイカには心臓が3つあるという。
 もしかしたら魔石も3つあるのかと思っていたが、どうやら他の魔物と同様に1つだけだったようだ。


「じゃあ、了。目が覚めたらメンドイことになるだろうけどよろしく」


「…………」


 巨大イカを倒すことに成功した伸は、了を近くにあった椅子へと座らせ、流していた自分の魔力を遮断した。
 これで避難して離れた位置から見ていた人は、了が魔物を倒したと思ってくれるはずだ。
 聞いていないと分かっているが、伸は椅子に座って眠ったままの了に謝ってその場から離れることにした。
 後は戦闘が終了したことを告げれば、柊家の魔術師たちが対処してくれるはずだ。


「新田君!!」


「おっす、終わったぞ! この後の対処は頼む」


「分かったわ!」


 戦闘終了し、その場から離れた伸に、少し離れた場所で避難誘導をしていた綾愛と奈津希が駆け寄ってきた。
 巨大イカの死体はそのままのため、伸は綾愛に対処を頼む。
 彼女の指示を受け、到着したばかりの柊家の魔術師たちが巨大イカの処理に向かっていった。


「……彼金井君でしょ?」


「あぁ」


 椅子に座って俯いたままの了を指差し、綾愛は伸へと問いかける。
 伸といつも一緒にいるため、了のことを覚えているようだ。


「以前より随分強くなってるわね……」


「うん。頭部に攻撃を受けて、本気を出したようね。人が変わったように動きが変わった」


 学園に巨大モグラの魔物が出現した時、綾愛と奈津希は了と共に戦った。
 その時は、武器がなかったとはいえ、そこまで強くなかった。
 しかし、巨大イカを相手に戦っていた姿を見ると、その時よりもかなり強くなっている。
 巨大モグラを相手にやられた後、相当訓練したのだと予想できた。
 そのため、さっきの了の戦闘を見て、綾愛と奈津希が了の強さに感心していた。


「……いや、攻撃受けた後は俺が操ったからだ」


「えっ?」


「操った?」


 どうやら2人も、見事に伸の思った通りの勘違いをしてくれたようだ。
 了の動きが変わったことには気付いたようだが、伸が操っていたと分からなかったようだ。
 種明かしのように告げられた伸の言葉に、綾愛と奈津希は驚いたように伸を見つめた。


「あなたそんな事で来たの?」


「思い付きでやってみたら成功した」


「思い付きって……」


 魔人を相手に戦える伸なら多くの魔術を使えるとは思うが、まさか人を操作するような魔術まで使えるとは思わなかった。
 そのため、綾愛が呆れたように問いかけると、伸はなんてことないように返事をした。
 元々使えたわけではなく、いきなりこの場で試しにやってみたというような物言いに、奈津希は思わずツッコミを入れた。


「でも、催眠魔術ではあのようになるとは思わないのだけど?」


 人を操る魔術はないことはない。
 その場合、魔術を使って催眠状態にして動かすという方法だ。
 しかし、その方法だと、別に操られた人間が強くなるわけではない。
 そうなると、伸が操作したという説明に、綾愛は疑問を持った。


「俺が思いついたのは催眠魔術じゃなく、魔力を流してその魔力で他人の魔力を操る魔術だ」


「……何それ?」


「……聞いたことないんだけど?」


 伸の説明に、綾愛と奈津希は首を傾げる。
 そんな魔術があるなんて聞いたことがない。


「もしかして新種の魔術を思いついて、すぐに実行したってこと?」


「そう言えばそうかもな……」


「「…………」」


 催眠以外の魔術で人を操る方法はあるが、魔力だけで人を操るなんて聞いたことがない。
 つまり、伸はさっきの戦いの最中に新種の魔術を思いついたということだ。
 しかも、それを練習もなしに成功させたということになる。
 思い付きの新魔術をすぐに実行するなんて、あまりにも非常識なことをした伸に、綾愛と奈津希は唖然として何も言葉が出なくなってしまった。





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