主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸

第42話


「オラッ!!」

「くっ!」

 俊輔が弟の魔人と戦っている時、柊家当主の俊夫は兄の方の魔人と戦っていた。
 その戦いは、一方的に魔人の方が押していた。
 伸に斬られた腕も元に戻り、その両手の爪による攻撃は俊夫を防御に専念しなければならない状況になっていた。

「所詮雑魚、逃げ回ってばっかりだな!」

 魔人の攻撃を躱す俊夫だが、完全に躱しきれているという訳ではない。
 体の数か所から血を流しているのを見て分かるように、ギリギリといったところだろう。
 反撃もせず回避にばかりに専念している俊夫に、魔人は笑みを受かべて話しかけてきた。

「このままジワジワと殺されるのが望みなのか?」

「…………」

「チッ! だんまりかよ!」

 多少は歯ごたえがあるかと思っていたのだが、俊夫のただ逃げ回るだけの戦い方が魔人には気に入らない。
 話しかけられても、俊夫の方は聞き流しているように何も言わない。
 挑発をしているが、戦う前とは違って反応を示さないのも魔人には気に入らないようだ。

「まぁ、反撃しないならそれでいいさ! 前回は食いそこなったからな。今回はあのガキの前の前菜として喰い散らかしてやるぜ!」

 俊夫が何を考えて居りか分からないが、魔人からしたら反撃してこないならそれで構わない。
 このまま攻め続けて、ジワジワ弱らせていけばいいだけだ。
 そう判断した魔人は、またも俊夫へと迫り左右の爪を振り回し始めた。 

「そういやあの医者たちもなかなか美味かったぜ!」

「っ!!」

 追撃をし続けながら、魔人は逃げ回る俊夫を挑発する。
 戦い始めてからは何を言われても聞き流していた俊夫だが、自分以外の話に変わって顔色が変わった。
 その僅かに変化した表情を魔人は見逃さない。

「知ってるか? 俺たち魔人からすると人間の内臓が一番美味いんだぜ! ヒャッハッハー!」

「……貴様っ!!」

 自分の腕を治すために攫った医者たち。
 伸の探知によって、俊夫も彼らが死んでいるということを知っているが、遺体がどのような状況なのかは分からない。
 しかし、魔人の言葉で彼らの遺体の状況が当た目に浮かんできた。
 部下の木畑同様、彼らの無念さを思うと俊夫は怒りに眉間にシワを寄せる。
 当たらないため大降りになったと思われる魔人の攻撃に合わせるように、俊夫は魔人へと斬りかかった。

「っと!!」

「っ!?」

 下から斬り上げるように振られた俊夫の刀が魔人に当たると思った瞬間、魔人は上体を後退に反らせて回避した。
 俊夫が攻めてくるのを分かっていたかのような反応だ。

「ハハッ! かかったな!?」

「っ!!」

 挑発をし続けることで、俊夫が必ず乗っかってくると考えていた。
 案の定、魔人の考えたように俊夫は反撃をするために近付いてきた。
 離れた距離では決定打が与えられないでいたが、この距離ならそう簡単に逃がさない。
 自分の策にまんまとハマった俊夫に対し、魔人は残っていた左手の爪を俊夫へ振り下ろした。

「フッ!!」

「なにっ!?」

 狙い通りだと思っていた魔人の左の爪が空を切る。
 振り下ろされた攻撃を、俊夫が回避したのだ。
 俊夫を斬り裂くと思っていただけに、魔人は大きくバランスを崩した。

「シッ!!」

「ぐあっ!!」

 バランスを崩した魔人に対し、俊夫は刀で薙ぐ。
 腹を斬り裂こうとしたその攻撃を、魔人は高い身体能力で回避に移る。
 その反応により、俊夫の攻撃は魔人の横っ腹を斬り裂く程度しかできなかった。
 しかし、深くないがかなりの痛手を負わせることに成功した。
 魔人の出血量がそれを物語っている。

「くっ! 雑魚のくせに……」

「お前が人の腹を立てて隙を窺おうとしているのは見え見えだ。だから乗ってやっただけだ」

 出血する横っ腹を抑え、魔人は忌々しそうに俊夫を睨みつける。
 最初の攻撃は挑発に乗せられたのではなく、挑発に乗ったのだ。
 伸との戦いで怒りによる攻撃は隙が多いということを学んだからか、それを自分にしてきているのだと俊夫は気付いた。
 戦う前にその挑発に乗る素振りを見せたのも、反撃の機会を生み出すための演技だ。
 感情をコントロールできない者は、人間あろうと進化できていない馬鹿ということ。
 魔物から人のような知能を得ても、使いこなせなけらば無意味だ。
 腹を斬り裂かれた出血するようなことになったのは、魔人自らが招いた結果だ。

「オノレー!! 調子に乗りやがって!!」

「クッ!!」

 下に見ていた俊夫にまんまと怪我を負わされ、魔人は怒りで腹の出血も忘れたかのように襲い掛かってきた。
 力任せに振り下ろされたその攻撃を、俊夫は後退して躱そうとする。
 攻撃事態は躱したが、魔人の振り下ろした右腕はそのまま地面を撃ちつける。
 それにより土砂が舞い上がり、俊夫は一瞬視界を遮られた。

『っ!? どこに……』

 距離を取ることに成功したが、視界を遮られている間に魔人の姿を見失ってしまった。
 戦いながらも、一足飛びで刀が届く範囲を探知をしているが、その範囲内に魔人の反応はない。
 姿が見えない魔人に、俊夫は内心焦りつつも周囲を見渡した。

「っ!! 地下っ!?」

「ガァッ!!」

「ぐっ!!」

 周囲の姿が見えない。
 そして敵がモグラの魔人だと頭に浮かんだ俊夫は、すぐに地下へと探知を広げたが、その行為は僅かに遅かった。
 探知で魔人を発見した時には、かなり接近されていた。
 その場から横へと跳び退いたが、地下から飛び出してきた魔人の爪が俊夫の左足を抉った。

「くそっ! 足が……」

「ハハッ!! これで逃げられねえだろ!?」

 なんとか地面を転がって体勢を整えるが、思うように力が入らない左足に俊夫は表情を歪ませた。
 高笑いする魔人の言うように、これでは今までのように攻撃を躱すことが難しくなってしまった。
 ただでさえ隙を見つけての攻撃しかできない立場なのに、これでは魔人に嬲り殺されるのが落ちだ。

「腹の痛みの仕返しに、お前の腹を一思いに食いちぎってやるぜ!!」

「フッ!」

 足を怪我して動けなくなった俊夫に、魔人は笑みを浮かべながらゆっくりと近寄る。
 勝利したのを確信したような歩みだ。
 たしかに逃げ回ることはできなくなったが、攻撃の手段がないわけではない。
 戦闘開始と同時に、俊夫は魔人に強力な一撃を与えるために密かに策を練っていた。
 完全に油断して近付いてくる魔人に、今度は俊夫が密かに笑みを浮かべた。

「馬鹿がくらえっ!!」

「なっ!?」

 魔人に気付かれないように、俊夫はずっと左手に魔力を集めていた。
 それを至近距離で放つ絶好の機会が訪れた。
 近付いてきた魔人に突き出した左手から、バスケットボール大の火球が発射された。

「うごっ!!」

 いかに身体能力が高かろうと、至近距離からの高速の火球を避けられる訳もなく、俊夫の攻撃は魔人の腹に直撃した。
 攻撃を受けてうめき声を上げた魔人は吹き飛ばされ、火球が爆発を起こし、それによって辺り一面土煙が舞い上がった。

「て、てめえ……」

「なっ!? 生きてるだと!?」

 刀を杖代わりにして立ち上がり、爆発によって舞い上がった煙が治まるのを待っていると、攻撃の直撃を受けた魔人が立っていた。
 火球によって腹や胸などに大火傷を負わせる大ダメージを与えたようだが、全力の一撃を受けても生きているその生命力の高さに、俊夫は驚愕の表情へと変わった。

「……グッ! ゴボッ!!」

「……なんて奴だ」

 足をやられて動き回れない俊夫は、自身の負けを覚悟した。
 しかし、近付いてくると思った瞬間、魔人が血を吐き出して前のめりに倒れた。
 どうやら立っているだけで精いっぱいだったようで、呼吸をしているようだが、魔人は全く動く気配がない。

「お前に殺された者たちの仇を討たせてもらおう」

 この状態なら後は止めを刺すだけ。
 俊夫は警戒しつつも、被害に遭った者たちの敵を討つために倒れた魔人へと近付こうとした。


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