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前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter.69

 甘い余韻に浸りながら、腕の中に鹿乃江を包み込んで「実は…」紫輝がぽつりと呟く。
「いまだから言えるんだけど、ホント最後にしようと思ってたんですよね」
「なにを?」
「鹿乃江さんに連絡するの」
 紫輝が少し気まずそうに笑って続ける。
「付き合うことになった日、コリドラスに来てくれなかったら、もう諦めようと思ってたんです。しつこくメッセ送ったりして、メンバーにもストーカーストーカー言われてたし」
 鹿乃江が何度も誓った『最後』を、紫輝もまた同様に何度も誓っていたのだと知る。
「承諾の返事もなかったし、割と諦め気味だったんです」
「たくさん待たせちゃったしね」
「うん」
「ごめん……」自分で言っておいて申し訳なくなり、つい謝罪してしまう。
「いや、いーんす、全然。あの日も謝ってくれたけど、それよりも来てくれたことが嬉しかったから」
「うん」
「だから席に戻ったとき、マジでビックリして。もうちょっと戻るの遅かったら会えてなかったかと思うと、いまでもマジびびります」
「行って良かった……」
「やっぱり来るつもりなかった?」
「…うん。仕事から帰るまでは、行こうと思ってなかった」
「そっか……」
「でも、行って良かった」
 腕の中で紫輝にすり寄る。
「来てくれてありがとう」
「待っててくれてありがとう」
 微笑みあって、おでこと鼻をくっつける。
「……オレ、いま、超幸せっす」

“もしもあのとき、ああしなかったら――”
 後悔ばかりのたらればを繰り返してきた。
 だけど。
 もしもあの日、休憩中に外出していなかったら、きっと鹿乃江は紫輝に出会えていなかっただろう。
 紫輝もまた、スマホを取りに戻らなければ鹿乃江には出会えず、二人は別の未来に進んでいたはずだ。
 ほんの少しの偶然が幾重にもなり、繋がり、紡がれる。
 二人で架けた橋は、もう壊れない。
 進んだその先になにがあるのか、まだハッキリとは見えないけれど、そこはきっと、居心地の良い、かけがえのない場所になるだろうと二人は確信している。

 だからもう、大丈夫。

「私も、超幸せ」

 二人は顔を見合わせて、微笑んだ。


end

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