前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter.58

「じゃあ……これからもよろしくお願いしますの意味を込めて…乾杯」
「かんぱーい」
 口々に言ってグラスを合わせる。
「いただきまーす」
 両手を合わせてフォクと鹿乃江が言う。
 地鶏をメインにした居酒屋で、食事がかなり美味しい。
「んっ、美味しい」
 鹿乃江が思わず言うと、フォクも口々に美味い美味いと喜んだ。
「トワこのお店よく見つけたね」
「前から気になってたんだけど、ひとりじゃあんまり種類食べられないなーって思ってたんだよね」
「うん、人数いたほうがいいね」
 もっと緊張するかと思っていたが、普段のフォクは普通の青年となんら変わりない若者たちで、場はとても和やかな雰囲気だった。
 職場の後輩たちとの食事会を思い出すが、それでもやはり、話す内容は同年代の身近な二十代よりも大人びていた。芸能界という特殊な世界で生きていくには、相当の努力や覚悟が必要なのだろう。
 箸を動かす手が落ち着いてきたところで、
「なんか、紫輝くん距離近くね?」
 隣に座る鹿乃江との距離を向かいの席から見比べ、後藤が唐突に言った。
「ホントだね。つぐみのさん食べづらくなかったの?」
「オレら別につぐみのさんとったりしないよ?」
 素晴らしいチームワークで右嶋と左々木が続けざまに言うと
「いーでショ! 別に」
 紫輝が口をとがらせる。
 鹿乃江は何も言わず、ニコニコとそのやりとりを眺めていると、
「そのヒト、ストーカー気質あるんで気を付けてくださいね?」
 後藤が神妙な顔つきで告げた。
「――――…はい」
「えぇ?!」
 鹿乃江の答えが予想外だったようで、紫輝が思いのほか驚いた。
「自覚ないとかヤバいわー」左々木が顔を歪めて言う。
「胸に手ぇ当てて考えてみ?」
 後藤に言われるがまま、掌を胸に当て天を仰いだ。国家を斉唱しそうなポーズの紫輝が、何かに気付いた顔をして口を開く。
「あっ、オレヤバいわ」

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