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前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter.56

 二人の鼓動が速くなる。お互いにそれが伝わって、気恥ずかしさに頬を染める。
「変なことは、まだ、しないんで……」
「……まだ……?」
「……いずれは、します。近いうちに……」
「…うん…。待ってます……」
 鹿乃江の答えを聞いて紫輝が少し身体を離し、ゆるく抱きながら鹿乃江の肩におでこをつけた。
「それ、待てなくなるんでダメです」
 こういうとき、紫輝は歳相応の青年になる。
(かわいい……)
 鹿乃江は紫輝の側頭部に顔を寄せ、身体の隙間から手を伸ばして紫輝の背中と頭に乗せた。
 紫輝が鹿乃江の肩口におでこをすり寄せて体重をかける。そのまま足を座面に乗せて、身体を押し倒した。
 覆いかぶさる体制で鹿乃江を見下ろす。
 色気をたたえたまなざしを受け止めきれず、鹿乃江は少し困ったように視線をさまよわせて、小さく顔を背けた。
 その仕草さえも愛しくて、おでこに、頬に、まぶたにキスを落とす。
 困ったままの顔で潤んだ瞳を向ける鹿乃江の唇に、紫輝が優しく、すり寄せるようにキスをした。髪や頬を優しく撫でながらそれはしばらく続いて、名残惜しそうに離れた。
 上気する鹿乃江の頬を親指で優しく撫でて、紫輝が微笑む。
「今日は、ガマンしますけど、抱きしめたまま寝るんで、覚悟してください」
「……いわなくて…いいですよ……」
 恥ずかしさに耐えかねて、困ったようにぽつりと呟く。
「言っておかないと、まだちょっと不安なんです」
 鹿乃江に拒まれた記憶が、前の恋の経験が、紫輝に逡巡をもたらす。
 その感情に覚えがある鹿乃江は、一瞬のハッとした顔になり、泣き出しそうな、困ったような笑顔を見せた。
「いわなくて、いいですよ?」
 言いながら、紫輝の身体を抱き寄せる。
 同じ言葉で違う言い回しのその意味を紫輝が酌んで、
「うん」
 顔を緩ませ、身体を預けた。

* * *

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