前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter.52

 鹿乃江と晴れて恋人同士になり一夜明けた昼下がり。紫輝はテレビ局に用意された楽屋で待機していた。
 画面に表示された『おやすみなさい。』という鹿乃江からのメッセを眺めて、英気が養われたところでスマホをバッグに仕舞う。
(今日も頑張ろう)
 衣装に着替えながら、紫輝はニヤニヤしている。時々思い出したように、フフッと笑ったりもする。
「ねぇなに? キモイんだけど」
 右嶋がかたわらにいる左々木に助けを求める。
「えっ? オレだってキモイと思ってるけど」
「奇遇だね。俺も思ってた」
「ねぇ」振り返る紫輝。「キモイキモイい言うのやめてもらえます? 傷つくんですけど」
「だってさっきからずっとニヤニヤしてんじゃん。なに?」
「えっウソ。ニヤニヤなんてしてないでしょ」自分の頬をさする紫輝。
「してたよ。思い出し笑いもしてたよ」
「えっ、ウソウソ。マジで?」
 聞かれたメンバーが三人とも頷く。
「マジかー。気を付けるわ」
「きっとあれでしょ? カノジョのことでしょ?」
 後藤の言葉に紫輝が一瞬固まって、真顔に戻り着替えを続けた。
「えっ?」
 後藤が思わず紫輝をガン見する。いつかのようにマダマダからかおうとしていた左々木と右嶋も驚きを隠せない。
「えっ、だってやっと連絡来たって言ってたのっておとといとかだよね。そんな短期間でなにがあったの」
「……ちょっと、急展開……?」気まずそうに首を傾げた紫輝に
「え、ちょっとなに! 話せることできたら聞かせてって言ったじゃん!」右嶋が突っかかる。
「いや、まだ、もうちょっと落ち着いてからと思って」
「落ち着くってなに」右嶋は“面倒くさい恋人”みたいなことを言う。
「いーじゃん、トワ。延々オチのないノロケ聞かされるほうがキツイって」
「あー、犬も食わないやつだ」
「それケンカじゃね?」
「あれ? そうか」
「えっバカなの?」
「バカじゃないし!」
 左々木と右嶋が仲良くケンカをしている横で、
「紫輝くん良かったじゃん。一時期ヒドかったもんね、魂抜けてたっていうか」
 後藤が、いつか久我山の楽屋で抜け殻になっていた紫輝を思い出して言った。
「うん……。その節は…ご迷惑を……」バツが悪そうな紫輝に
「じゃあお詫びに紹介してよ、カノジョ」後藤が提案する。
「えぇ?!」
「あー、いいね」
「次いつ会うの?」
 尻馬に乗る左々木と右嶋。
「…あさって、だけど……」
「じゃああさって会ったらスケジュール押さえといてね」
「えぇ? なんで? 別に良くない? 紹介とかしなくても」
「キョーミあるの! 無理ならいいけど」
 と言いつつも、右嶋はすでに会う気満々だ。
「えぇー……」
 困る紫輝を余所に、三人がスマホで店を探して盛り上がり始めた。その内に収録開始時間になりスタジオへ移動したので、結局その申し出を断ることができなかった。

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