前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter43

 ライブ終了後、関係者に挨拶をしながら紫輝はもどかしい気持ちに苛まれていた。
(もう帰っちゃったかな)
 もしまだあの席に鹿乃江がいたとしても、自分がそこに行くわけにはいかない。最後に会ったときのように帰り道で待ち伏せもできない。
 招待客の対応をし終えて帰り支度をするメンバーを尻目に、スマホを操作してメッセアプリを立ち上げた。
(絶対に人違いじゃないし、手も振り返してくれたし……けどなぁ~!)
 最後に会ったときの泣き顔が脳裏をよぎる。
(なんて書いたらいいの~!)
 スマホと対峙して頭を抱える紫輝に
「ちょっとシキくん、もう移動車くるま行くよ?」
「えっ? もうそんな時間?!」
 右嶋に言われ、紫輝が楽屋の壁時計を見た。
「ヤベッ、ごめん」
「なぁにそんなにスマホ見つめちゃってぇ~」
 後藤がニヤニヤしながら紫輝に近付く。
「なんでもないよっ」
 バッグにスマホを入れて、紫輝がようやっと帰り支度を始めた。
「そうだ。ちょっとふたりとも聞いてよ! シキくんがさぁ~!」左々木が右嶋と後藤を呼び寄せて「ペアでフロート乗ったときさぁ~」話し始める。
「ちょっとササキ」ガタッと席を立ち、手刀で左々木を制して話を止めようとする紫輝を
「いーからシキくんは早く支度してっ!」
 シッシッと手で払い、左々木が続ける。
「なんか急にすげー顔で一点見つめ始めて!」
「えっコワ」右島が口に手を当てて紫輝を見る。
「そんで固まったの!」
「えっ、なんで?」後藤がいぶかしがる。
 紫輝は苦虫を噛み潰したような表情のまま片付けを続けている。
「なんでかなーって視線の先追ったらさぁ……」
 ギョッとして紫輝が左々木を振り返る。
 興味深げに左々木を見つめる後藤と右嶋に、たっぷりとした間合いを取ってから言った。
「二階席だった」
「なにソレッ」
「オチよわっ」
「だってぇ~」
 右嶋と後藤にツッコまれしょんぼりする佐々木。紫輝がホッとして、カバンを持ち立ち上がろうとしたとき
「ガン見されてた女の子、シュッて座っちゃったんだも~ん」
「ちょっ!」
 まさか見られていたとは思わず、紫輝が左々木に駆け寄る。
「あらっ」
「やだっ」
「ねぇ~?」
 ニヨニヨし出す三人。
「しかも二回目のフロートで、その子にめっちゃ笑顔で手ぇ振っちゃってさぁ~!」
 あれも見られてたのかと紫輝が益々苦い顔になって、観念したのか三人のやりとりを傍観し始めた。
「えー? あのコ? あのコ?」
「ヤダー、やっぱりカノジョだったんじゃーん」
「紹介してよ水臭い~」
「なんつーかっ! そうだけどそうじゃないっ」
「まぁまぁ、続きは車内で! ネッ!」
 後藤が紫輝の肩に腕を回して、楽屋から連れ出した。

 会場の地下駐車場で移動車に乗り込む。シートに座るや否や、紫輝がカバンからスマホを取り出し、凝視し始めた。
「シキくん、酔うからやめなよ」
「うん」
 右嶋の忠告に返事するものの、行動には移さない。
 個別ルームを立ち上げたままあれやこれやと考えるが、読んでもらえなければ意味がない。
 まずは挨拶。
 そして事実確認。
 簡素な言葉で四回に分けてメッセを送信し終えて座席に体を預けると、フゥーと大きく息を吐いた。
「…キモチワルイ…」
「ほらぁ。だから言ったじゃん。水飲む? コーラ?」右嶋はなんだかんだ言って面倒見が良い。
「ありがと……だいじょぶ……」
(返事くるかな……読んでくれるだけでもいいか……)
 両手でスマホを持ち腿で挟むと、ゆっくり大きく深呼吸した。
 気付けばもう、最後に会ってから四か月近く経とうとしていた。

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