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前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter.31

 収録後、久我山は移動車に紫輝を乗せ、行きつけのバーへ連れていく。
 仕事中はさすがに復活していたようで、その名残か昼間に楽屋を訪ねて来た時よりは気力を取り戻していた。
「昼間はスミマセン」
「いや、ええよ。気持ちはわからんでないし」
「鶫野さんとのこと知ってるの、久我山さんしかいなくて……だから、つい……」
「ええて。乗り掛かった舟やし、俺でいいなら相談くらいのるよ」
「ありがとうございます……」
「にしてもなぁ……。連絡つかんことにはなぁ……」
「はい……」
「電話もつながらんの?」
「電話は…してないです……時間、あわないかなって……」
「そうか……」
 職業柄、時間が不規則になってしまうのは久我山も重々承知している。言いはしないが、電話までスルーされたらきっと心が折れてしまうと思っているのだろう。
 最初に“一目ぼれした”と聞いたときは、きっと一時の気の迷いだろうとあしらっていたが、それから度々相談に乗ったり実際に二人で会っているところを見て考えが変わった。できる限りのサポートをしたいと思っているから、不用意なことは言えない。
 久我山はしばらく考えてから、静かに口を開いた。
「行ったら?」
「どこへですか?」
「店」
「だって、誘っても返事くれないですもん……」
「そっちちゃうくて」
 久我山の否定に、紫輝が首をかしげる。
「店。職場。鶫野さんの」
 その提案に、紫輝がギョッとした。
「いや、でもそれじゃストーカー」
「既読もつかんのにメッセ送り続けるのもあんま変わらん」
「いやっ…」
 否定しようとするが、言葉が続かない。
「このままメッセ送ってるだけじゃラチあかんよ。たぶん、読むつもりない」
 その言いように紫輝が傷ついた顔を見せたので、
「正確には、既読を付けるつもりはない、かな」
 久我山はフォローを入れた。
「え……」
「たぶんやけどな。既読つけんと読む方法もあるんやし。それこそ、通知切ってなければアプリ開かんでも読めるやろ」
「そう…ですけど……」
「お前のことブロックできるような感じでもなかったしなぁ」
「一回会っただけじゃないですか」
「じゃあ何回も会ったことある前原くんは鶫野さんのこと、嫌になった人がおったら即ブロックで切る人やと思ってるんですか?」
「いや……思ってない、ですけど……」思っていないからこそ、メッセを送り続けていた。「でも、迷惑なんじゃないかって思い始めてきて……」
「それは向こうも思ってるじゃない? 紫輝に迷惑かけるかもって」
「それはちゃんと言いましたよ。迷惑だと思ってたら誘ったりしないって」
「誘わなくなったら迷惑やって?」
「そうじゃないっす」
 紫輝は少し語気を荒げて反論する。
「お前の気持ちのことを言ってるんちゃうよ。相手がどう感じてるかってこと」
 冷静な久我山の口調に、紫輝がなにかを考え込んで黙った。
「そら、俺は一回しか会ったことないけど、無意識にめっちゃ人に気遣いするとか、こっちから聞かな自分のこと話さんとか、なんて言うんやろ。うまい表現かわからんけど、多分、無自覚にすごく優しい人なんでしょ?」
 自分と同じ人物像を持つ久我山に紫輝はなにも言い返せず、ただ静かに頷いた。
「紫輝がこうやって悩んでるっていうのも、わかってる思うけど」
「それは…はい…。オレも、そう思います」
 だから困らせたくなくて、メッセの頻度を下げた。いっそ送信するのをやめようかと思ったが、繋がりが完全に消えてしまいそうで、連絡が途切れたことで諦めたと思われたくなくて、それすらできずにいた。
「お前があんだけガツガツ行っても、心のドア開けんくらいガード固いんやから、ちょっとやそっとじゃラチあかんよ」
「でも…迷惑がられて嫌われたら……」
「まぁ、ドアどころかシャッター閉まるかもしれんなぁ」
「そんなのイヤっす」
「でも叩かな開くもんも開かんやろ。……叩いたらもっとかたくなに閉じられるかもしれんけど」
「なんなんですか、励ましてるんですか落ち込ませたいんですかどっちなんですか」
「それはもちろんー……」と久我山が口ごもる。
「ちょっと久我山さん」
「じょーだんや、冗談。でもほんまに、こじ開けるくらいの気持ちで行かんと、前には進めへん思うよ」
「……嫌われちゃいませんかね」
「なんもできんままフェードアウトされるより良くない?」
「う……」
 確かにいまのままでは、中途半端な気持ちを抱えたままズルズルと引きずるに違いない。身に覚えがありすぎて、二の句が出ない。
「どうせこないだのメシのあと、職場の場所調べてんにゃろ?」
「えっ。エスパーっすか?」
「もういい加減付き合い長いから行動パターンくらいわかるよ。前んときやって……」
「いやいや、その話はやめましょ! もう終わった話ですし!」
 そんな風に前の恋の話ができる紫輝に久我山が少し驚いて、そして微笑んだ。
「紫輝が前に進めてるんやったら、無理やり引っ張ってでも鶫野さんと一緒に進んだらいいよ」
「……はい」
 バツが悪そうに笑って、紫輝が首筋をさすった。

* * *

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