前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter.26

 飲み物が来たところで、軽く乾杯をする。
「なんかスミマセンね。お邪魔でしょ? オレ」
「えっ? いえ。全然」
「職業柄ご面倒おかけしますけど、大目に見てやってくださいね」
「はい……」
 鹿乃江は、久我山の言葉の意図がいまいち掴めず、薄く疑問符を浮かべながら返事する。
「家とか呼んだげたらいいのにねぇ」
「おうちはちょっと…ハードル高いですね…」
「えー? でももう付き合って一か月くらい経つでしょ?」
「付き合ってないですよ?」
「ん?」
「え?」
「あ、そうなんです?」
「はい」
「ごめんなさい。勝手に勘違いしてましたわ」
「いえ」
「付き合ったらいいのに」
「えぇっ?」
 鹿乃江の反応に久我山が笑う。
「そない驚かんでも」
「いやぁ」
「対象外?」
「いえっ?」
 鹿乃江の答えを聞いて、ニコニコし出す久我山。
「じゃあええやないですか」
「いやぁ…」
「どっかあかんのです?」
「なんというか…恐れ多いというか…こう…年齢も、離れてますし…」
「えっ? でもそこまで離れてないでしょ?」
「いえ」思わず苦笑する。「たぶん、親御さんとのが近いと思います」
「それは言い過ぎでしょー」
「いやぁー…もう四十代ですし」
「またまたぁ」
 久我山の言葉に、さらに苦笑して首をすくめると
「…えっ」
 ようやく信じたようで、驚いた顔を見せる。
「…ありがたいことに、良く言っていただけるんです」へへっと笑う。
「いや、それは、すごいですね」
「すごい」思わず反復してしまう。「すごい、は…ちょっと新鮮ですね」
「いや、びっくりしました。ごめんなさい、年下かと思ってました」
「いえ、全然。お気になさらないでください。むしろ、スミマセン……」
「いえいえ……」
 二人で同時にグラスを持って、飲み物に口をつける。
「それって…アイツは…」
 久我山の質問に、鹿乃江が首を横に振る。
「言うタイミングがなくて…」
 目を細めて聞きながら、久我山は続きを待つ。
「正直…引かれるのも、こわい…ですし」
「引かんとは思いますけど」
 久我山はニコニコしながら言う。
 紫輝には話せないことでも、久我山には何故か話せてしまう。聞き上手なのもあるが、相談しやすいオーラのようなものをまとっている。
「あの……」
「はい」
「前原さんには、内緒にしていただけますか」
「年齢ですか?」
「引かれたらいやだなって思ってるほう、です」
 ちょっと意外そうな顔をして「はい、内緒で」久我山がふわりと笑った。

 柔らかくドアがノックされる。「失礼いたします」と店員が入室して、注文したいくつかの料理を机上に並べて退室する。
 久我山はそれをつまみつつビールを飲んで
「アイツもねぇ、若いからガツガツしてるでしょう?」
 鹿乃江に問いかけた。
「ガツガツ」
「最初に鶫野さんに連絡したときにね? オレのスマホ使ってたんで、あとでこっそり履歴見ちゃったんですよね」
(あー、あのとき名前見たんだ……)
「あ、これアイツには内緒にしといてくださいね」後付けして久我山が続ける。「メッセ送ってるときも一緒にいて見てたんですけど、拾ってくれたのが鶫野さんやってわかったとき、アイツめっちゃ喜んでたんですよ」
(えっ、そうなの)
 鹿乃江の表情を読んで、久我山が微笑む。
「喜んで、どう誘おうか悩んでたら、ケーサツ届けますって届いて」
「あー……」
 既読から返信までに空いたの意味がやっとわかって、鹿乃江が納得する。紫輝の人柄を知ったあとに聞くと、そのときの光景が目に浮かぶようだ。
「アイツ、本気なんで。心配しないで大丈夫ですよ」
 久我山の突然の言葉に、鹿乃江が驚く。
「僕ら職業がこんななんで、ちょっと会うにも気ぃ遣わせちゃうことも多いんですけど、ゆうてフツーの男なんで。会いたいなって思う人とは大手を振って会いたいんです。まぁ周りがほっといてくれないんで、なかなか難しいんですけど」
 久我山が苦笑した。
「きっと鶫野さんも不安に感じることあると思いますけど、アイツが頑張ってくれますよ、いろいろ」
 鹿乃江は何かを考えながら、神妙な面持ちで目線をさまよわせる。
 やがて、
「はい」
 うつむいたまま、頷いた。

* * *

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