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前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter.24

 ある休日。家で溜まった家事をこなしていると、ベッド脇のミニラックからポコン♪ と待ちわびた音が鳴る。思わず体が跳ねて、危うく洗い物を取り落としそうになった。食器を片付け、濡れた手を拭いてスマホの画面を表示させる。

『お久しぶりです』

 ポップアップに表示された【マエハラシキ】からの新着メッセージに心臓が締め付けられた。
 気付きたくない感情に気付いてしまいそうで、思わず眉根を寄せる。
 すぐに既読をつけることにためらいがあり、アプリを立ち上げることができない。
 その間にも通知のポップアップ表示は続く。

『忙しくて連絡できませんでした』
『良ければ、また一緒に食事に行きませんか?』
『今度は事務所の先輩も呼ぶので、安心してください!』

(“安心”とは……)
 スキャンダルに対してなのか、それとも……。
(いや、やめよう)
 深読みする悪い癖を無理やり振り払って返事を考え、アプリを立ち上げた。

『お誘いありがとうございます。』
『ご都合よろしいときがあれば、また行きましょう。』

 言い回しが素直じゃないなと思いつつ送信すると、案外早く既読がつきアプリを終わらせる間もなく返信が表示される。

『来週の金曜はどうですか?』

 思いがけずすぐに約束を取り付ける算段になったので、職場のグループルームに共有されているシフト表の画像を確認した。その日は出勤なので、終業後なら可能だ。

『夜だったら大丈夫です。』

『ボクらも夜のが良いので、ありがたいです』
『19時半に、このお店予約します』

 と、店の地図と予約者の名前が送られてくる。紫輝はいつも仕事が速い。“事務所の先輩”の都合を優先して先に約束を取り付けていたのかもしれない。

『ありがとうございます。』
『金曜日、お伺いします。』

『はい! 楽しみにしてます!』

 紫輝との連絡を終え、なんとなく安心して小さく息を吐く。
「たのしみ……」
 紫輝の返信を口に出して呟き、口の中で転がしてみる。うん。たのしみ。
 じんわりと喜びがわいてくる。
 同じ気持ちでいられることが、いまはただ、嬉しい。それだけで、いまはいい。

 いつの間にか紫輝は、鹿乃江の暗闇を打ち消す太陽のような存在になっていた。

* * *

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