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前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

Chapter.22

「あー、つぐみさーん! 聞いてくださいよー!」
 出勤直後に事務所で出くわした園部が、挨拶もそこそこに鹿乃江のもとへ飛んでくる。
「おはよう。どーした」
「推しじゃないっちゃないんですけどー! フォクのリーダーのー! デートしてるトコロが週刊誌に載ってるんですよー!」
「でぇと」
「そーなんですよー」
(そんなつもりはなかった)
 なんて弁明できるわけがない。
「へぇー」
 平坦な抑揚での回答。
「興味なさそー!」
「いや、そういうわけじゃないけど」
(興味があるとかないとか、そういう問題ではないんだよね……)
「……ショック?」
 気になって、つい聞いてしまった。
「推しじゃないんで私はそこまででもないんですけどー、推しの人たちは落ち込んでる人多いみたいですね」
「そっか……」
「いや、つぐみさんが落ち込むことないんですよ」
「え? あぁ、落ち込んでるわけじゃないよ、ありがとう」
 上行くね、と言い残して、鹿乃江は自席のあるフロアへ移動した。
 メールを確認するが、特に対応しなければならない案件はない。提出期限のある書類も先日送ったばかりで、新しいものは発生していない。
(今日、暇だな……加工しようかな)
 クレーンゲームに入れる景品のラッピングをするために、景品と部材をデスクに並べて作業を始める。脳裏によぎるのは、先ほどの園部の言葉とワイドショーで紹介された記事の内容だ。
(…やっぱり…ショックだよね……)
 単純な手作業をしながら考える。
 自分だって、自分が応援している恋愛対象になり得る相手に恋人の影が見えたら、少なからず衝撃を受けると思う。
(いや、恋人じゃないんだけど)
 事実そうだったとしても、それが真実かどうかは本人たちにしかわからない。
(また連絡しますって言ってたけど……)
 あの報告から、連絡は取っていない。紫輝の意図はわからないが、自分からコンタクトをとるのは気が引けた。
(だって、別に付き合ってるわけじゃないし…)
 単純作業をしていると、ついつい考えごとをしてしまう。しかもなかなかにマイナスな方向に。
(いままでが特殊なだけだし……)
 どんどん口がとがってくる。
(そもそもなんであんなにグイグイ来てくれてたのかもわからない……)
 とがらせながらも、単純作業は進んでいく。未加工の箱から加工済みの箱へ、ビニル袋に包まれた景品が次々に入れられる。一定の速さで行われるその動作は、まるで作業の動きをインプットされた機械のようだ。
(それに、“知人”だし……)
 紫輝とのトークルームは、仕事の連絡や登録した企業の公式アカウントからの新着メッセに追いやられ画面の下へと移動していく。
(このまま終わっちゃうのかな……)
 努力を怠っている自分を棚に上げて、身勝手に残念な気持ちを抱いている。ステレオタイプの寂しさに溺れていれば楽になるだろうか。そんな退廃的なことまで考えてしまう。
(寂しいのはおかしいでしょ)
 ただ出会う前の日常に戻っただけなのに、そんな気持ちを抱く自分に苦笑する。
 連絡が途絶えた時期から、テレビや雑誌で紫輝やFourQuartersの姿を頻繁に見かけるようになった。気にかけているから目に留まりやすいだけかも知れないが、それでも知り合った当初より仕事量が増えているのは確かだ。リアルタイムでどんな仕事をしているかはわからないが、きっと忙しいに違いない。
 声を聞くだけ、元気な姿を見るだけならテレビや雑誌で事足りる。それだけでいいなら、むしろいまの状況は充分すぎるほど。
 だけど……。
 鹿乃江のわがままはそれでは満たされない。その感情は少しずつ大きくなり、鹿乃江はそれを持て余していた。
“困ったことがあったら教えてください。”
 紫輝の言葉を思い出す。
 困っているわけじゃない。ただ、他愛のない話をして笑い合いたい。
 そんなこと相談できるはずがない。そんなわがままを言えるような相手じゃないのは重々承知している。
 名前を付けられない関係性が、鹿乃江の心を揺さぶる。
 悶々と考えているうちに、机脇に積んでいた段ボール5箱分、計200個の缶バッヂが“獲得しやすい加工”を施された状態になっていた。
 しかし、それを終えてもようやっと昼すぎにさしかかったばかりだ。夕方の終業時間まで、先はまだ長い。
(…休憩行こ…)
 サブバッグに財布を入れて、昼食を買いに席を立つ。エレベーターで7階から1階へ。従業者用の鉄扉を開ける。

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