前の野原でつぐみが鳴いた
Chapter.19
「えっ、なに」
隣で寝ていると思っていた後藤がいぶかしげに眉根を寄せて紫輝を見る。身体は若干引き気味だ。
「えっ。あ。ごめん」
「なに? なんか聞いてほしいの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
いつになく歯切れの悪い紫輝に、後藤はますますいぶかしげな顔になる。
「珍しいね」
「そう?」
「別に話くらい聞くのに」
「うん、ありがとう。まだ話せるほど自分の中でもまとまってないんだよね」
バツが悪そうに笑う紫輝に、後藤が「ふぅん」と相槌とも返答ともつかないリアクションをする。そこで会話は途切れた。
車内にエンジンの作動音が聞こえる。時折大型トラックとすれ違って、風が切られる。
しばらく景色を眺めていた紫輝が、ゆっくり口を開いた。
「……ゴトーってさぁ……誰かのこと、好きになったこと、ある?」
「え? 恋愛感情でってこと?」
「うん」
「まぁ、あるけど……なんで?」
「いや、そういうとき、どうしてるのかなと思って」
「どうしてるっていうか……その時といまとじゃ状況違うしなぁ。デビューしてからはそういう相手もいないし」
「その前はどうしてたの?」
「その前……って、高校生だったし……。こっちから告って付き合いはしたけど。一緒に勉強したり、ちょっと遠出してデートしたり? でも、向こうが大学受験だったりこっちの仕事が忙しくなったりで、自然に疎遠になっちゃったなぁ」
「そっかー……」
「紫輝くんだっていたでしょ、そういう相手」
「いや、いたけど……またちょっと、状況が違うっていうか……」
「紫輝くんも相手の人も、なにも今回が初めての相手ってわけじゃないんでしょ?」
「そうだろうとは思うけど……初体験なところも多いんだよねー……」あっ、と小さく声をあげて「まだ、ササキとトワには内緒ね」人差し指を立てて唇に当てた。
「うん」
「いますぐどうこうってことでもないからさ」
「でもいずれどうこうしたいから悩んでるんでしょ?」
「そう……そうね……」
「まぁ悩むよね。いまの時期、特にね。狙われやすいしね」
後藤の言葉に紫輝が固まる。あ、やっぱり。と後藤。
「え、なにやっぱりって」
「え? 特に理由なくそういうこと聞いてくる人じゃないじゃん紫輝くん。だからなんかあったのかなーって」
「……すごいね」
「長い付き合いじゃん。……いつ載るの?」
「再来週って言ってたかな」
「じゃああいつらにイジられるの覚悟しとかないとね」
言われて、左々木と右嶋の顔が浮かぶ。
「そうね……。……前もって教えておいたほうがいいのかな……」
「どうだろう。めっちゃ説明させられるとは思うけど」
「そうね……」
メンバーに説明も必要だが、それ以前に鹿乃江に説明しなければならない。まずはそこからだな、と考え始めたところで、マンションの前に移動車が停まる。所沢が電話をすると、数分後に左々木がマンションから出てきて車へ乗り込んだ。その十数分後に右嶋も合流し、全員揃ってハウススタジオへ入る。
室内セットを使い、数パターンの衣装に着替えて写真を撮影していく。公演が開催されるたびに実施される仕事なので、皆の動作もスムーズだ。
ふと、先ほどまで悩んでいた自分と、ライトを浴びてシャッターを切られる自分とが乖離した気分になる。同じだけど、少し違う。
まぶしい照明に照らされて、悩んでいる自分が飛散していく。
BGMとして使われているフォクのアルバム。その楽曲が耳から頭に流れ込んで充満する。カメラマンの指示を受け、瞬間毎にポーズを変える。切られるシャッターの音。レンズの奥で瞬きするように閉開する絞り羽。保存されていく過去の自分。
中学生の頃から住んでいたこの業界。自分にとっての当たり前は、この星で暮らす大部分の人のそれとは違う。
「はーい、OKでーす。チェックしまーす」
少し離れた場所に設置された長机の上に機材一式が置かれている。パソコンの画面に表示される多数の写真を、カメラマン、複数の現場スタッフ、自分で確認する。
「あ。いつもの顔」
左々木が横から、ある一枚を指さし言った。
「やめてよ、表情ワンパターンみたいに言うの」
「だいじょぶだいじょぶ、違うのもたまにある」
「ちょっと山縣さん」
紫輝が口をとがらせてツッコミを入れると、デビュー前から世話になっているカメラマンの山縣がケラケラと笑った。
「そんな何十パターンも表情持ってる人なんてそうそういないから」ヒラヒラと手を振って山縣が言い、画面に表示された写真をくまなく眺め「うん、オッケー。紫輝くん完了。次ササキくんね」左々木を振り返る。
「はーい」紫輝と左々木が同時に返事した。
このあとにグループの集合写真と、パンフレットに載るインタビューが控えている。メイキング映像用のカメラも入っているので、完全なプライベートの時間が取れるのはまだ先だ。
ハウススタジオ内の空きスペースでくつろぎながら、メンバーと談笑したりアンケートに答えたりする。場所や衣装を変えて撮影を続け、インタビュアーからの取材を受ける。
常に回っている映像用のカメラの前では私情が消えていく。気分転換になって良いような悪いような複雑な気持ちだ。
撮影は順調に進み、終了予定時間の少し前で「オールアップでーす。ありがとうございまーす」現場監督から撮影終了が告げられた。
メンバーと一緒に「ありがとうございました」と口々に言って、控え室に入り私服に着替える。いつもならこのタイミングで連絡を取るところだが、内容が内容だけに人がいる場所ではなにもできない。
入りとは逆に、撮影現場から近い順にマンションを巡って各々が帰宅する。紫輝が家に着いたのは21時過ぎだった。
リビングをウロウロと歩き回りながらなにを伝えるか考え、鹿乃江にメッセを送る。
隣で寝ていると思っていた後藤がいぶかしげに眉根を寄せて紫輝を見る。身体は若干引き気味だ。
「えっ。あ。ごめん」
「なに? なんか聞いてほしいの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
いつになく歯切れの悪い紫輝に、後藤はますますいぶかしげな顔になる。
「珍しいね」
「そう?」
「別に話くらい聞くのに」
「うん、ありがとう。まだ話せるほど自分の中でもまとまってないんだよね」
バツが悪そうに笑う紫輝に、後藤が「ふぅん」と相槌とも返答ともつかないリアクションをする。そこで会話は途切れた。
車内にエンジンの作動音が聞こえる。時折大型トラックとすれ違って、風が切られる。
しばらく景色を眺めていた紫輝が、ゆっくり口を開いた。
「……ゴトーってさぁ……誰かのこと、好きになったこと、ある?」
「え? 恋愛感情でってこと?」
「うん」
「まぁ、あるけど……なんで?」
「いや、そういうとき、どうしてるのかなと思って」
「どうしてるっていうか……その時といまとじゃ状況違うしなぁ。デビューしてからはそういう相手もいないし」
「その前はどうしてたの?」
「その前……って、高校生だったし……。こっちから告って付き合いはしたけど。一緒に勉強したり、ちょっと遠出してデートしたり? でも、向こうが大学受験だったりこっちの仕事が忙しくなったりで、自然に疎遠になっちゃったなぁ」
「そっかー……」
「紫輝くんだっていたでしょ、そういう相手」
「いや、いたけど……またちょっと、状況が違うっていうか……」
「紫輝くんも相手の人も、なにも今回が初めての相手ってわけじゃないんでしょ?」
「そうだろうとは思うけど……初体験なところも多いんだよねー……」あっ、と小さく声をあげて「まだ、ササキとトワには内緒ね」人差し指を立てて唇に当てた。
「うん」
「いますぐどうこうってことでもないからさ」
「でもいずれどうこうしたいから悩んでるんでしょ?」
「そう……そうね……」
「まぁ悩むよね。いまの時期、特にね。狙われやすいしね」
後藤の言葉に紫輝が固まる。あ、やっぱり。と後藤。
「え、なにやっぱりって」
「え? 特に理由なくそういうこと聞いてくる人じゃないじゃん紫輝くん。だからなんかあったのかなーって」
「……すごいね」
「長い付き合いじゃん。……いつ載るの?」
「再来週って言ってたかな」
「じゃああいつらにイジられるの覚悟しとかないとね」
言われて、左々木と右嶋の顔が浮かぶ。
「そうね……。……前もって教えておいたほうがいいのかな……」
「どうだろう。めっちゃ説明させられるとは思うけど」
「そうね……」
メンバーに説明も必要だが、それ以前に鹿乃江に説明しなければならない。まずはそこからだな、と考え始めたところで、マンションの前に移動車が停まる。所沢が電話をすると、数分後に左々木がマンションから出てきて車へ乗り込んだ。その十数分後に右嶋も合流し、全員揃ってハウススタジオへ入る。
室内セットを使い、数パターンの衣装に着替えて写真を撮影していく。公演が開催されるたびに実施される仕事なので、皆の動作もスムーズだ。
ふと、先ほどまで悩んでいた自分と、ライトを浴びてシャッターを切られる自分とが乖離した気分になる。同じだけど、少し違う。
まぶしい照明に照らされて、悩んでいる自分が飛散していく。
BGMとして使われているフォクのアルバム。その楽曲が耳から頭に流れ込んで充満する。カメラマンの指示を受け、瞬間毎にポーズを変える。切られるシャッターの音。レンズの奥で瞬きするように閉開する絞り羽。保存されていく過去の自分。
中学生の頃から住んでいたこの業界。自分にとっての当たり前は、この星で暮らす大部分の人のそれとは違う。
「はーい、OKでーす。チェックしまーす」
少し離れた場所に設置された長机の上に機材一式が置かれている。パソコンの画面に表示される多数の写真を、カメラマン、複数の現場スタッフ、自分で確認する。
「あ。いつもの顔」
左々木が横から、ある一枚を指さし言った。
「やめてよ、表情ワンパターンみたいに言うの」
「だいじょぶだいじょぶ、違うのもたまにある」
「ちょっと山縣さん」
紫輝が口をとがらせてツッコミを入れると、デビュー前から世話になっているカメラマンの山縣がケラケラと笑った。
「そんな何十パターンも表情持ってる人なんてそうそういないから」ヒラヒラと手を振って山縣が言い、画面に表示された写真をくまなく眺め「うん、オッケー。紫輝くん完了。次ササキくんね」左々木を振り返る。
「はーい」紫輝と左々木が同時に返事した。
このあとにグループの集合写真と、パンフレットに載るインタビューが控えている。メイキング映像用のカメラも入っているので、完全なプライベートの時間が取れるのはまだ先だ。
ハウススタジオ内の空きスペースでくつろぎながら、メンバーと談笑したりアンケートに答えたりする。場所や衣装を変えて撮影を続け、インタビュアーからの取材を受ける。
常に回っている映像用のカメラの前では私情が消えていく。気分転換になって良いような悪いような複雑な気持ちだ。
撮影は順調に進み、終了予定時間の少し前で「オールアップでーす。ありがとうございまーす」現場監督から撮影終了が告げられた。
メンバーと一緒に「ありがとうございました」と口々に言って、控え室に入り私服に着替える。いつもならこのタイミングで連絡を取るところだが、内容が内容だけに人がいる場所ではなにもできない。
入りとは逆に、撮影現場から近い順にマンションを巡って各々が帰宅する。紫輝が家に着いたのは21時過ぎだった。
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