てんぷれーと・てんぷてーしょん! 〜テンプレが起きないので、こっちから起こさせることにしました〜
エピログ
赤い絨毯、大きな暖炉、物語のワンシーンを描いたタペストリー。壁に埋め込まれた燭台に天井から釣り下がるシャンデリア。そんな豪奢な部屋に僕はいた。
手に持った雑巾は真っ黒に汚れ、僕のシャツは汗で肌に張り付いている。今日は朝からこの部屋の掃除をしていたので、汚れ、汗だくになってしまたのだ。
早く身の汚れを落として、すっきりしたい……。
その時扉が開いた。部屋に入ってきたのはルーテ様だった。
「へ、へい、いかがでしょうか?」
ルーテ様は周囲を見回したあと、にっこりと笑う。
「うん、及第点!」
「あ、ありがとうございます」
悲しみを覚えるも、笑顔で礼をした。
エイリカたちを見逃す代わりに僕が小間使いとなってから、既に1ヶ月が経過していた。
ここ1ヶ月の生活はまさに地獄と言っても過言ではなかった。ルーテ様に昼夜問わず付き合わされ、グレーなラインの商売、怪しい研究、ライバル商会の扇動等々に携わってきた。テンプレートな展開どころか、過酷で悪という、正反対の道に進んでいる。テンプレを求める僕にとっては苦しくて仕方ない。
「次は金貨を金庫にしまって欲しいのだけれど、その前に何かあったような……」
ルーテ様は人差し指をツンとした唇に当てた。そんな可愛らしい仕草に胸がきゅんとする。
あああ、可愛い。くそっ、やっぱり惚れさせれば良かった。
どれだけ悪で過酷な道だとしても、そこにヒロインがいればギリテンプレートだ。もしかしたら、そういうルートもあったかもしれない。
けれど、僕はルーテ様に惚れているわけでも、ルーテ様が惚れているわけでもない。ここにあるのはただの主従関係、いや、もっと冷めた雇用関係だ。一銭ももらってないけど……。
涙に視界が滲んできたのを感じて、腕で目を拭う。
「あ、そうそう。お仲間さんがきてるよ」
「お仲間?」
「うん。カスティーバ王国の人」
「えっと……襲撃した?」
「そう! 侯爵家で雇ってる騎士! 応接間で待たせてるから行ってきて!」
エイリカの部下達は、ルーテ様の紹介で侯爵家に雇われている。
ルーテ様は、他国の王族を手元に置いておくことは都合がいいよねっ、と職を与えた。都合とは、他国で戦争を起こす大義名分である。まあエイリカたちもそれが目的であるので、あいつらとしても都合がいいのかもしれないけど。
そう考えると理不尽だ。どうして僕だけが悲惨な目に。ああ、やっぱりテンプレを取るべきだった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ちょっと待って」
とぼとぼと歩き始めると、ルーテ様に引き止められる。目を向けると、冷たい笑みを浮かべており、ぶるりと身が震えた。
「言葉遣いに気をつけてね。次はないよ」
「は、はい。かしこまりましたぁ!!」
僕は思いっきり頭を下げたのち、慌てて部屋を出た。
応接間まで小走りで進み、ノックもせずに部屋に入る。一人の男がソファーに座って待っていた。男は俺の姿を見ると立ち上がる。
「久しぶりだな」
男の肌ツヤは良く、初めて会った時の面影はない。随分と良い暮らしをしているのだろう。羨む気持ちはあるが、それよりも嬉しさが勝る。恨み言は出て来ず、僕も「久しぶり」と返した。
「最近は何してるんだ?」
「この1ヶ月はずっとルーテ様のお付きをやってるよ」
「忙しいのか? 休みは?」
「忙しいし、休みはない」
ついため息を漏らすと、男はすまなそうな顔をした。
「俺たちを救うために申し訳ねえな」
「気にすんな。別にお前らを救うためってわけでもないから」
男は首を傾げ、理由を問うてくる。
「それじゃあ、どうして?」
「楽しかったからだよ。お前らとテンプレを求める生活が僕は楽しかったんだ」
「ん? だったら、俺たちのためになるんじゃないか?」
男は理解できないようで、再び首を傾げた。エイリカたちのためではない、ということがうまく繋がらないのだろう。
あの時は確かに、テンプレ展開を手に入れるか、エイリカ達を取るか、選択を迫られていた。だが、実際に感じた選択は別のもの。それは、テンプレ展開を求める生活が奪われるか、テンプレを求める生活を続けるかだ。
僕は、ずっとテンプレを望んでいて、今もルーテ様を惚れさせておけば、と後悔している。けれど、あの時あの瞬間において、新たなものを手に入れたい気持ちより、持っているものを奪われる恐怖の方が強かった。
結局のところ、僕が臆病だった、という話であるので、わざわざ言うことでもない。
「わかんなくていい。それを聞くためにここに?」
尋ねると、男は苦虫を噛み潰したような顔に変わる。
「実は、エイリカ様に会って欲しくて」
「はあ? エイリカに? どうして?」
「いや、ちょっと恋心が拗れちゃって」
「そんなもん、僕にどうしろってんだ……」
「お前にしかどうにかできないというか……ぶっちゃけると、エイリカ様はお前のことが好きなんだよ」
エイリカが僕のことを好き? 恋心と言っていたから、likeじゃなくてloveなのだろう。よくよく振り返ってみれば、気があるような素振りを見た気がする。
エイリカは中性的な顔立ちで、美少女に見えんこともない。だが……。
「わりぃ。僕、同性愛の気はないんだ」
「気づいてないと思っていたが、エイリカ様はエイリカ姫だぞ」
勝手に口が開き、間抜けな声が出る。
「へ?」
「城を出たその日から、素性を隠すため、国の復興を目指すため、強く男として生きようとなされたんだ」
「へ、へぇ〜」
「ああ、だから男装をしていたわけだが……ってうわっ!?」
僕は疼きを抑えきれず、すぐさま転移魔法を使った。
何だよそれ!! 亡国の姫? 男装美少女? 僕に惚れている? さいっこうのテンプレ展開じゃないか!?
草原へと転移し、基地へと走る。心臓はバクバクと鳴り、興奮が収まらない。
ああ世界が美しい。ずっと耐えてきた分、カタルシスが大きすぎる。
ハッチを開いて、階段を降りていく。何事か、と目を丸くするじいさんを尻目に駆けていく。そして、エイリカの部屋の扉を開いた。
室内に少女がいた。それはそれは美しい少女が鏡に向かい合っていた。
格好はみすぼらしい布の服、頭にはターバンが巻いてあり、頬には赤い塗料で文様が描かれている……?
「おいじじい!! 何ノックもなしに開けてんだよ!! ぶち殺されてえのか!?」
エイリカは鏡の自分から目を離さずにそう言った。
涙が滲み、一度扉を閉める。その場で俯いていると、肩をぽんぽんと叩かれた。振り返ると、じじいが暗い顔をしている。
「エイリカ様は、お主が会いに来ないのは、賊の役割をまっとうできなかったからだ、と言い、賊になりきるべくあのようになってしまわれた」
そういえば、失敗したら絶対に会わないとか言った気がする。
折角、テンプレが来たと思ったのに、どうして上手くいかないんだよ……。
もう普通に泣いていた。目からぽろぽろと涙が溢れる。だけど、自然に笑った。
まあでも、こんなだからこそ、僕はテンプレを諦めないし、次もテンプレを手放すんだろうな。
僕は扉を開く。
「だからじじいっ……って、ええっ!?」
「久しぶりだな、エイリカ」
手に持った雑巾は真っ黒に汚れ、僕のシャツは汗で肌に張り付いている。今日は朝からこの部屋の掃除をしていたので、汚れ、汗だくになってしまたのだ。
早く身の汚れを落として、すっきりしたい……。
その時扉が開いた。部屋に入ってきたのはルーテ様だった。
「へ、へい、いかがでしょうか?」
ルーテ様は周囲を見回したあと、にっこりと笑う。
「うん、及第点!」
「あ、ありがとうございます」
悲しみを覚えるも、笑顔で礼をした。
エイリカたちを見逃す代わりに僕が小間使いとなってから、既に1ヶ月が経過していた。
ここ1ヶ月の生活はまさに地獄と言っても過言ではなかった。ルーテ様に昼夜問わず付き合わされ、グレーなラインの商売、怪しい研究、ライバル商会の扇動等々に携わってきた。テンプレートな展開どころか、過酷で悪という、正反対の道に進んでいる。テンプレを求める僕にとっては苦しくて仕方ない。
「次は金貨を金庫にしまって欲しいのだけれど、その前に何かあったような……」
ルーテ様は人差し指をツンとした唇に当てた。そんな可愛らしい仕草に胸がきゅんとする。
あああ、可愛い。くそっ、やっぱり惚れさせれば良かった。
どれだけ悪で過酷な道だとしても、そこにヒロインがいればギリテンプレートだ。もしかしたら、そういうルートもあったかもしれない。
けれど、僕はルーテ様に惚れているわけでも、ルーテ様が惚れているわけでもない。ここにあるのはただの主従関係、いや、もっと冷めた雇用関係だ。一銭ももらってないけど……。
涙に視界が滲んできたのを感じて、腕で目を拭う。
「あ、そうそう。お仲間さんがきてるよ」
「お仲間?」
「うん。カスティーバ王国の人」
「えっと……襲撃した?」
「そう! 侯爵家で雇ってる騎士! 応接間で待たせてるから行ってきて!」
エイリカの部下達は、ルーテ様の紹介で侯爵家に雇われている。
ルーテ様は、他国の王族を手元に置いておくことは都合がいいよねっ、と職を与えた。都合とは、他国で戦争を起こす大義名分である。まあエイリカたちもそれが目的であるので、あいつらとしても都合がいいのかもしれないけど。
そう考えると理不尽だ。どうして僕だけが悲惨な目に。ああ、やっぱりテンプレを取るべきだった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ちょっと待って」
とぼとぼと歩き始めると、ルーテ様に引き止められる。目を向けると、冷たい笑みを浮かべており、ぶるりと身が震えた。
「言葉遣いに気をつけてね。次はないよ」
「は、はい。かしこまりましたぁ!!」
僕は思いっきり頭を下げたのち、慌てて部屋を出た。
応接間まで小走りで進み、ノックもせずに部屋に入る。一人の男がソファーに座って待っていた。男は俺の姿を見ると立ち上がる。
「久しぶりだな」
男の肌ツヤは良く、初めて会った時の面影はない。随分と良い暮らしをしているのだろう。羨む気持ちはあるが、それよりも嬉しさが勝る。恨み言は出て来ず、僕も「久しぶり」と返した。
「最近は何してるんだ?」
「この1ヶ月はずっとルーテ様のお付きをやってるよ」
「忙しいのか? 休みは?」
「忙しいし、休みはない」
ついため息を漏らすと、男はすまなそうな顔をした。
「俺たちを救うために申し訳ねえな」
「気にすんな。別にお前らを救うためってわけでもないから」
男は首を傾げ、理由を問うてくる。
「それじゃあ、どうして?」
「楽しかったからだよ。お前らとテンプレを求める生活が僕は楽しかったんだ」
「ん? だったら、俺たちのためになるんじゃないか?」
男は理解できないようで、再び首を傾げた。エイリカたちのためではない、ということがうまく繋がらないのだろう。
あの時は確かに、テンプレ展開を手に入れるか、エイリカ達を取るか、選択を迫られていた。だが、実際に感じた選択は別のもの。それは、テンプレ展開を求める生活が奪われるか、テンプレを求める生活を続けるかだ。
僕は、ずっとテンプレを望んでいて、今もルーテ様を惚れさせておけば、と後悔している。けれど、あの時あの瞬間において、新たなものを手に入れたい気持ちより、持っているものを奪われる恐怖の方が強かった。
結局のところ、僕が臆病だった、という話であるので、わざわざ言うことでもない。
「わかんなくていい。それを聞くためにここに?」
尋ねると、男は苦虫を噛み潰したような顔に変わる。
「実は、エイリカ様に会って欲しくて」
「はあ? エイリカに? どうして?」
「いや、ちょっと恋心が拗れちゃって」
「そんなもん、僕にどうしろってんだ……」
「お前にしかどうにかできないというか……ぶっちゃけると、エイリカ様はお前のことが好きなんだよ」
エイリカが僕のことを好き? 恋心と言っていたから、likeじゃなくてloveなのだろう。よくよく振り返ってみれば、気があるような素振りを見た気がする。
エイリカは中性的な顔立ちで、美少女に見えんこともない。だが……。
「わりぃ。僕、同性愛の気はないんだ」
「気づいてないと思っていたが、エイリカ様はエイリカ姫だぞ」
勝手に口が開き、間抜けな声が出る。
「へ?」
「城を出たその日から、素性を隠すため、国の復興を目指すため、強く男として生きようとなされたんだ」
「へ、へぇ〜」
「ああ、だから男装をしていたわけだが……ってうわっ!?」
僕は疼きを抑えきれず、すぐさま転移魔法を使った。
何だよそれ!! 亡国の姫? 男装美少女? 僕に惚れている? さいっこうのテンプレ展開じゃないか!?
草原へと転移し、基地へと走る。心臓はバクバクと鳴り、興奮が収まらない。
ああ世界が美しい。ずっと耐えてきた分、カタルシスが大きすぎる。
ハッチを開いて、階段を降りていく。何事か、と目を丸くするじいさんを尻目に駆けていく。そして、エイリカの部屋の扉を開いた。
室内に少女がいた。それはそれは美しい少女が鏡に向かい合っていた。
格好はみすぼらしい布の服、頭にはターバンが巻いてあり、頬には赤い塗料で文様が描かれている……?
「おいじじい!! 何ノックもなしに開けてんだよ!! ぶち殺されてえのか!?」
エイリカは鏡の自分から目を離さずにそう言った。
涙が滲み、一度扉を閉める。その場で俯いていると、肩をぽんぽんと叩かれた。振り返ると、じじいが暗い顔をしている。
「エイリカ様は、お主が会いに来ないのは、賊の役割をまっとうできなかったからだ、と言い、賊になりきるべくあのようになってしまわれた」
そういえば、失敗したら絶対に会わないとか言った気がする。
折角、テンプレが来たと思ったのに、どうして上手くいかないんだよ……。
もう普通に泣いていた。目からぽろぽろと涙が溢れる。だけど、自然に笑った。
まあでも、こんなだからこそ、僕はテンプレを諦めないし、次もテンプレを手放すんだろうな。
僕は扉を開く。
「だからじじいっ……って、ええっ!?」
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