てんぷれーと・てんぷてーしょん! 〜テンプレが起きないので、こっちから起こさせることにしました〜
本番
草叢に伏せ、遠くを走る馬車を監視していた。
土が露出しただけの街道を馬車がゆっくりと降っている。悪道を車輪が通っても大きく上下していない。ガタガタという物音も聞こえない。だから、緩やかに進んでいることはわかる。
だがそれでも早く感じる。
心臓は早鐘を打ち、冷たい汗が顳顬を流れる。全身に鳥肌が立ち、胸には緊張による窮屈感が訪れていた。
もう少しで、本番を迎える。ついにヒロインを手に入れることができる。だが、護衛の数も多く、簡単ではない。もしかすると、失敗してしまうかもしれない。
昂ぶりと緊張感で呼吸が荒れる。頭の中で自分を叱咤し、心を落ち着かせる。
平静になれ。落ち着きある男を演じなければならない。怯えさせてしまえば失敗に終わる。大丈夫だ、きっと上手くいく。
大きく深呼吸をする。身体中に新鮮な空気が巡り、興奮が治まってきた。
そのままじっと監視していると、馬車はついに泥沼のポイントにたどり着いた。
馬は足を沈ませ嘶いた。暴れてなんとか前へと抜け出したが、代わりに進んだ馬車の車輪が沈み込む。車体が傾き、馬車の動きが完全に止まると、野蛮な声が上がり、剣を持った男達が草むらから現れた。
始まった!
僕は伏せるのを止め、馬車の元へと走る。
男達は奇襲を成功させ、慌てる侯爵家の騎士を打ち倒していく。やがて騎士は落ち着きを取り戻し、剣を構えて戦闘体制に入った。だが、既に数的不利な状況。男達は騎士に対して、常に一対多の状況で戦闘し、一人また一人と倒していった。
激しい戦闘に砂煙が舞い上がって姿が消えた。剣戟によって鳴る金属音を頼りに、ルーテ様の元へと走る。
やがて音、砂塵が消え去り、気絶した騎士達の姿、そして僕の方をちらちらと窺う男達の姿が現れる。全員無事で、倒れた騎士達も気絶しているだけのようだ。
第一段階が成功して、ほっと息をつく。だが、男の一人が馬車に乗り込む前に辿り着いてしまった。
だ、だめだ。砂塵で見えなかったせいで、速く走り過ぎた。
服を破く係が乗り込む際、馬車の扉が開く。そこでルーテ様は、僕の勇姿を目にすることができる。このまま始めてしまえば、僕の活躍を見せることができない。
僕は指であっちむけあっちむけとジェスチャーする。慌てた男達は、できる限り自然な様子で馬車の方を向き、気づいていない振りをした。
僕は遠くから走って来たように演出するため、車内から見えないように少しだけ戻る。その間、見ないでくれ、と窓の方を注視した。
あ、危ない。こんな所を見せたら全てが終わる所だった。
距離を取るまでルーテ様の姿が窓に映らなかったことに、安堵の息を漏らす。だが安心している暇はない。すぐにジェスチャーで指示を送り、男を馬車内に送り込んだ。
扉が開く。乗り込む男の背中越しにルーテ様の影が見える。
も、もういいか? そろそろ行っちゃっても大丈夫か? いや行こう!
あからさまに僕の方を向こうとしない男達に駆け寄る。そして一人に軽く剣を当てて倒れさせた。
演技が始まる。残りの二人は、練習通り、僕に向かって怒号を上げた。予定通りに鋭い剣戟を繰り出してくるので、僕は飄々と交わしていく。この間、余裕のある男を装うため、クールな笑いも交えてみた。
剣を交わすパターンも尽きたので、致命の一撃に見える、殺傷能力0の剣技を繰り出す。当たったか当たってないか程度の攻撃に、男達は苦悶の表情で倒れた。
よし!! 見事な演技だった!! これでルーテ様は惚れたに違いない!!
最後の仕上げ、男が捕らえるルーテ様を救えば終わりだ!
馬車の方へと目を向けると、胸の前で両手を組んだルーテ様が降りて来た。
「救ってくださり、ありがとうございますぅ!」
「え?」
「とっても、お強いんですね!」
「ち、ちょっと待って、中にもう一人いなかった?」
「私の身を心配してくれるんですね! でも、魔法で眠らせたので、もう大丈夫です!」
車内に目を向けると、ぐったりと倒れた男がいた。そう言えば、ルーテ様は稀代の魔法使いとか呼ばれていた。ルーテ様の服も破れていないので、返り討ちにされたのだろう。
失敗したことを理解し、肝が冷えた。だがすぐに平静を取り戻す。
だ、大丈夫。まだいける。
ルーテ様には僕のかっこいい姿を見せたのだ。現に、ルーテ様は僕に向けた目を輝かせている。かけてくれた言葉も、助けたヒロインが吐くテンプレ台詞だった。
「あ、あのぅ、助けてくださった方に、これ以上お願いして厚かましいのですが……」
ほら! テンプレ展開きた!! 『このまま護衛としてついてきてくれませんか?』って頼まれる奴だ!!
「この野盗達の身柄、私がもらってもいいですか?」
「は?」
ルーテ様は指をちょいと動かした。すると、今朝見たカバンが飛んできて、中からロープと手錠が出てきた。
「襲ってきた野盗を奴隷にして売ると、すっごい儲かるの!」
我が家にきた悪徳商人の手紙、近隣の領で行われている奴隷売買、ルーテ様に求婚がない理由。純真無垢な笑みを浮かべるルーテ様を見て、全てが繋がった。
ルーテ様が旅に出たかったのは、襲いくる人間を捕らえて売るため。今思えば、護衛を渋っていたのも襲われにくくなることを危惧しての判断だったのかもしれない。そして、無邪気にこんなことをしてのける、人格に難がある少女に、求婚などあろう筈がない。
狙っていたヒロインが、シンプルに悪いだなんて最悪だ……とは、思わない。
僕だって、襲ってきた奴らを捕えて無理やりに働かせた。それは奴隷にすることと何ら変わらない。そこに罪悪感があろうがなかろうが、同じことをしているのだから、僕とルーテ様は一緒だ。
それに、ヒロインの性格に特徴があるなんて、物語では良くあること。いやむしろ、何の属性もないヒロインなんて存在しないのだから、ルーテ様がヒロインたる理由になるだろう。
「あの……どうかされました?」
ぐるぐると巡る思考に集中していると、ルーテ様に心配された。その声はとても可愛らしく、耳にするだけで甘い感覚を覚えた。
「いや、少し、考え事を」
「そうですか! 良かった! 恩人の方の機嫌を、損ねてしまったのかと、心配しちゃいましたぁ!」
そう言って笑った姿は、愛らしく、美しく、惹きこまれてしまう。つい、まじまじと見てしまい、ルーテ様は照れて顔を伏せた。だが、満更でもないようで、嬉しそうにはにかんでいる。
ああ、欲しい。僕が手を伸ばしても届かなかったものがすぐそこにある。
「そ、そのぅ! 話を戻すのですが!」
甘い空気に耐えきれなくなったようで、ルーテ様は噛みながら話す。そんな、様子も愛おしいと感じる。
「襲ってきた野盗をいただいてもよろしいでしょうか?」
ルーテ様は目を煌めかせていた。ここで、僕が一度頷けば、彼女との関係は良好なものになるだろう。つまり、念願のものが手に入るということ。喉から手がでるほど欲していたもの、苦しくなるほどに渇望していたものが、ついに、ついに得られてしまう。
そう思った時、鎌を首に当てられたような恐怖に襲われた。全身の毛穴という毛穴が全て開き、どっと脂汗が溢れ出てくる。
僕は地面に倒れている男達を見た。彼らは起きているのにも関わらず、立ち上がろうとも、逃げ出そうともしていない。
エイリカ達と過ごした一週間の記憶が蘇ってくる。
何度も怒り、何度も苦しみ、辛くて散々な目にあってきた。だけど、時々楽しいことがあったりして、何とか今日まで耐え抜くことができた。嫌なことばかりだったけど、今思えば、それほど悪くなかったのかもしれない。いやむしろ……ああ、そうか。どうして怖いのかがわかった。
僕がそんな生活を送れたのは、そんな生活と別れようとしていたからだ。
「顔色が良くないようですけど、大丈夫でしょうか? もしや、さっきの戦闘でお怪我でも?」
「いえ、お気遣いありがたく思います」
冷や汗、恐怖は収まっていた。震えもないし、体調なんて良くなった気もする。ただ、頬は微妙に緩み、自嘲の笑みが浮かんでしまう。
「野盗の件なのですが、申し訳ございません。僕が彼らの身を引き取りたいと思います」
土が露出しただけの街道を馬車がゆっくりと降っている。悪道を車輪が通っても大きく上下していない。ガタガタという物音も聞こえない。だから、緩やかに進んでいることはわかる。
だがそれでも早く感じる。
心臓は早鐘を打ち、冷たい汗が顳顬を流れる。全身に鳥肌が立ち、胸には緊張による窮屈感が訪れていた。
もう少しで、本番を迎える。ついにヒロインを手に入れることができる。だが、護衛の数も多く、簡単ではない。もしかすると、失敗してしまうかもしれない。
昂ぶりと緊張感で呼吸が荒れる。頭の中で自分を叱咤し、心を落ち着かせる。
平静になれ。落ち着きある男を演じなければならない。怯えさせてしまえば失敗に終わる。大丈夫だ、きっと上手くいく。
大きく深呼吸をする。身体中に新鮮な空気が巡り、興奮が治まってきた。
そのままじっと監視していると、馬車はついに泥沼のポイントにたどり着いた。
馬は足を沈ませ嘶いた。暴れてなんとか前へと抜け出したが、代わりに進んだ馬車の車輪が沈み込む。車体が傾き、馬車の動きが完全に止まると、野蛮な声が上がり、剣を持った男達が草むらから現れた。
始まった!
僕は伏せるのを止め、馬車の元へと走る。
男達は奇襲を成功させ、慌てる侯爵家の騎士を打ち倒していく。やがて騎士は落ち着きを取り戻し、剣を構えて戦闘体制に入った。だが、既に数的不利な状況。男達は騎士に対して、常に一対多の状況で戦闘し、一人また一人と倒していった。
激しい戦闘に砂煙が舞い上がって姿が消えた。剣戟によって鳴る金属音を頼りに、ルーテ様の元へと走る。
やがて音、砂塵が消え去り、気絶した騎士達の姿、そして僕の方をちらちらと窺う男達の姿が現れる。全員無事で、倒れた騎士達も気絶しているだけのようだ。
第一段階が成功して、ほっと息をつく。だが、男の一人が馬車に乗り込む前に辿り着いてしまった。
だ、だめだ。砂塵で見えなかったせいで、速く走り過ぎた。
服を破く係が乗り込む際、馬車の扉が開く。そこでルーテ様は、僕の勇姿を目にすることができる。このまま始めてしまえば、僕の活躍を見せることができない。
僕は指であっちむけあっちむけとジェスチャーする。慌てた男達は、できる限り自然な様子で馬車の方を向き、気づいていない振りをした。
僕は遠くから走って来たように演出するため、車内から見えないように少しだけ戻る。その間、見ないでくれ、と窓の方を注視した。
あ、危ない。こんな所を見せたら全てが終わる所だった。
距離を取るまでルーテ様の姿が窓に映らなかったことに、安堵の息を漏らす。だが安心している暇はない。すぐにジェスチャーで指示を送り、男を馬車内に送り込んだ。
扉が開く。乗り込む男の背中越しにルーテ様の影が見える。
も、もういいか? そろそろ行っちゃっても大丈夫か? いや行こう!
あからさまに僕の方を向こうとしない男達に駆け寄る。そして一人に軽く剣を当てて倒れさせた。
演技が始まる。残りの二人は、練習通り、僕に向かって怒号を上げた。予定通りに鋭い剣戟を繰り出してくるので、僕は飄々と交わしていく。この間、余裕のある男を装うため、クールな笑いも交えてみた。
剣を交わすパターンも尽きたので、致命の一撃に見える、殺傷能力0の剣技を繰り出す。当たったか当たってないか程度の攻撃に、男達は苦悶の表情で倒れた。
よし!! 見事な演技だった!! これでルーテ様は惚れたに違いない!!
最後の仕上げ、男が捕らえるルーテ様を救えば終わりだ!
馬車の方へと目を向けると、胸の前で両手を組んだルーテ様が降りて来た。
「救ってくださり、ありがとうございますぅ!」
「え?」
「とっても、お強いんですね!」
「ち、ちょっと待って、中にもう一人いなかった?」
「私の身を心配してくれるんですね! でも、魔法で眠らせたので、もう大丈夫です!」
車内に目を向けると、ぐったりと倒れた男がいた。そう言えば、ルーテ様は稀代の魔法使いとか呼ばれていた。ルーテ様の服も破れていないので、返り討ちにされたのだろう。
失敗したことを理解し、肝が冷えた。だがすぐに平静を取り戻す。
だ、大丈夫。まだいける。
ルーテ様には僕のかっこいい姿を見せたのだ。現に、ルーテ様は僕に向けた目を輝かせている。かけてくれた言葉も、助けたヒロインが吐くテンプレ台詞だった。
「あ、あのぅ、助けてくださった方に、これ以上お願いして厚かましいのですが……」
ほら! テンプレ展開きた!! 『このまま護衛としてついてきてくれませんか?』って頼まれる奴だ!!
「この野盗達の身柄、私がもらってもいいですか?」
「は?」
ルーテ様は指をちょいと動かした。すると、今朝見たカバンが飛んできて、中からロープと手錠が出てきた。
「襲ってきた野盗を奴隷にして売ると、すっごい儲かるの!」
我が家にきた悪徳商人の手紙、近隣の領で行われている奴隷売買、ルーテ様に求婚がない理由。純真無垢な笑みを浮かべるルーテ様を見て、全てが繋がった。
ルーテ様が旅に出たかったのは、襲いくる人間を捕らえて売るため。今思えば、護衛を渋っていたのも襲われにくくなることを危惧しての判断だったのかもしれない。そして、無邪気にこんなことをしてのける、人格に難がある少女に、求婚などあろう筈がない。
狙っていたヒロインが、シンプルに悪いだなんて最悪だ……とは、思わない。
僕だって、襲ってきた奴らを捕えて無理やりに働かせた。それは奴隷にすることと何ら変わらない。そこに罪悪感があろうがなかろうが、同じことをしているのだから、僕とルーテ様は一緒だ。
それに、ヒロインの性格に特徴があるなんて、物語では良くあること。いやむしろ、何の属性もないヒロインなんて存在しないのだから、ルーテ様がヒロインたる理由になるだろう。
「あの……どうかされました?」
ぐるぐると巡る思考に集中していると、ルーテ様に心配された。その声はとても可愛らしく、耳にするだけで甘い感覚を覚えた。
「いや、少し、考え事を」
「そうですか! 良かった! 恩人の方の機嫌を、損ねてしまったのかと、心配しちゃいましたぁ!」
そう言って笑った姿は、愛らしく、美しく、惹きこまれてしまう。つい、まじまじと見てしまい、ルーテ様は照れて顔を伏せた。だが、満更でもないようで、嬉しそうにはにかんでいる。
ああ、欲しい。僕が手を伸ばしても届かなかったものがすぐそこにある。
「そ、そのぅ! 話を戻すのですが!」
甘い空気に耐えきれなくなったようで、ルーテ様は噛みながら話す。そんな、様子も愛おしいと感じる。
「襲ってきた野盗をいただいてもよろしいでしょうか?」
ルーテ様は目を煌めかせていた。ここで、僕が一度頷けば、彼女との関係は良好なものになるだろう。つまり、念願のものが手に入るということ。喉から手がでるほど欲していたもの、苦しくなるほどに渇望していたものが、ついに、ついに得られてしまう。
そう思った時、鎌を首に当てられたような恐怖に襲われた。全身の毛穴という毛穴が全て開き、どっと脂汗が溢れ出てくる。
僕は地面に倒れている男達を見た。彼らは起きているのにも関わらず、立ち上がろうとも、逃げ出そうともしていない。
エイリカ達と過ごした一週間の記憶が蘇ってくる。
何度も怒り、何度も苦しみ、辛くて散々な目にあってきた。だけど、時々楽しいことがあったりして、何とか今日まで耐え抜くことができた。嫌なことばかりだったけど、今思えば、それほど悪くなかったのかもしれない。いやむしろ……ああ、そうか。どうして怖いのかがわかった。
僕がそんな生活を送れたのは、そんな生活と別れようとしていたからだ。
「顔色が良くないようですけど、大丈夫でしょうか? もしや、さっきの戦闘でお怪我でも?」
「いえ、お気遣いありがたく思います」
冷や汗、恐怖は収まっていた。震えもないし、体調なんて良くなった気もする。ただ、頬は微妙に緩み、自嘲の笑みが浮かんでしまう。
「野盗の件なのですが、申し訳ございません。僕が彼らの身を引き取りたいと思います」
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