てんぷれーと・てんぷてーしょん! 〜テンプレが起きないので、こっちから起こさせることにしました〜
宴会(うしろ)
空いた酒瓶と赤ら顔の酔っ払いどもが地面に転がっている。机の上には、空になった食器と寝そべるようにして潰れている爺さん。そしてその上には、満天の星空が広がっていた。
途中で一度帰宅し、家族との食事を終えて戻ってきたのだが、既に宴会は終わっているようだ。
このまま野外に酔っ払いを放っておくわけにはいかない。基地内に運びこむことにする。
辺りを見回し、全員の位置を確認すると、エイリカがこの場にいないことに気がついた。
今日も食料と水分の調達をしていたエイリカは、宴会に後から加わっていた。だからこの場にいると思うのだけれど、姿が見えない。
僕は探査魔法を使って、位置を探る。すると反応があったので、その場へと向かう。
少し歩いた所で見つける。エイリカは小川の岸で座り込み、どこか遠くを見ていた。
「どうしたんだよ」
「きゃっ」
エイリカはびくつき、女の子のような高いを声を出した。
「い、いたんですか!? 何か用でも!?」
別に用も何もないので困る。ただ何となくな自然な感情、いなかったから心配しただけだ。
「別に用はないけどよ、いなかったら心配するじゃねえか」
「心配?」
「ああ」
エイリカは俯いてから顔をあげ、僕に目を合わせてきた。
「あの、少しだけ、話に付き合ってもらってもいいですか?」
酔っ払いを運ばなければいけないが、少しくらい遅くなっても変わらないか。
そう思って頷くと、エイリカは「ありがとうございます」と頭を下げてから話し始めた。
「僕は亡命してきた王族なのです」
「へえ」
僕の冷めた反応に、エイリカは目を丸くする。
「知ってたんですか!?」
「いや、お前らがお尋ねものだってことを、何となく察してただけだ。詳しくは知らない」
「そ、そうなんですね」
エイリカはホッとしたような不味いような何とも言えない表情でそう言い、再び真剣な顔に戻る。
「僕たちは、欲に駆られた大臣の反乱によって、国を追われ、各地を彷徨ってきました」
「それで、あの街に?」
「はい。数え切れないほどの苦難の末に、あのあばら家に居を構えたのです」
苦虫を噛み潰したような顔で話すエイリカに、よほどの苦しい思いをしてきたのだと感じる。
興味を惹かれるが、聞くことは憚られた。やっと落ち着ける場を見つけたというのに、俺に見つかってしまったのか不運だな、という同情と罪悪感の方が強かったからだ。
「それで俺に捕まってしまったのか。すまない、災難だったな」
謝罪すると、エイリカは「いえ」と首を振った。
「逆です。僕は感謝してるんです」
「感謝?」
「はい!」
エイリカは強く肯定して続ける。
「さっき言ったように、僕たちの旅路は苦痛だった。国を追われ、信じていた人間には裏切られて捕まりかけたこともありました。その日生きることに精一杯な、比喩でもなく泥水を啜る逃亡生活を続けていたのです」
「よく頑張れたもんだ」
僕がそう言うと、エイリカは頬を緩めて「そういうとこですよ」と呟いた。
「そういうとこってどういうとこだよ」
「ご、ごめんなさい! わ、わしれてくだしゃい!」
エイリカは明らかに取り乱し、照れ隠しに強い口調で「話を戻します!」と言った。
「ちょうど貴方が現れる少し前、私たちはスラム街の廃墟に居を構えたんです。そこは、追っ手も現れないし、人にも滅多に会わない。だから僕たちは安心して居心地の良さを感じてたんです」
「そんな生活を俺に壊された、と」
「はい! だから感謝してるんです!」
首を捻る。全く意味がわからない。
そんな俺を見てか、エイリカはくすりと笑う。
「惨めな生活に心地よさを感じる、ということは、大臣に奪われた国を取り戻すという目標が、気づかないうちに消え去っていたんですよ。それを、貴方は僕たちに教えてくれた」
「いや、身に覚えがないんだけれど……」
「言ってくれたじゃないですか。『あんなチンケな所がお前たちの住処でいいのか!? お前たちはそれで満足していたのか!?」』って」
エイリカに言われて、記憶を振り返る。そう言えば、こいつらに基地制作を手伝わせるために、言ったような気もする。
「そして協力して、僕たちに相応しい、いや勿体ないほどの住処を手に入れた。貴方から、住居と誇りの二つを与えられたんですよ」
そんな意図は全くなかった。ただ自分の思うがままにしただけなのに、こう持ち上げられてしまうと、恥ずかしさとバツの悪さで心中が満たされてくる。
「やめてくれ、お前は勘違いしてる。僕はそんな意図全くなかった」
「勘違いでも、意図がなくても、何でもいいんです。だって貴方から与えられたことは事実なんだから」
そう言われてしまっては、何も言い返すことができない。
「それで、感謝してると?」
エイリカは頷き「でも、まだまだあります」と続ける。
「穴に落ちた時に、貴方は僕自身の価値を教えてくれたし、今日だって皆んなに笑顔をもたらしてくれました。今までの生活で荒んでいた心を治療してくれたんです。少し前まで、皆んなは神経質で、気性も荒かった。そして僕も自分に彼らを付き合わせることに苦しんでいた。だから、こんな風に笑える日がくるなんて思ってもなかったんです」
エイリカの話を聞いているうちに羞恥心が限界を超え、うずきを抑え切れずに立ち上がった。
「馬鹿! お前ほんとう馬鹿! んなわけないだろ! 僕はそんな大層な人間じゃない!」
「あ、待ってください! ……きゃっ!?」
この場から去ろうと、歩き始めた時、背後から悲鳴が聞こえて振り返る。足を滑らせたエイリカがふらついており、僕は慌てて手を伸ばした。
「あ、ありがとうございます」
間一髪、エイリカの手を掴むことに成功する。
握った手から伝わる感触はやけに柔らかく、しばらく掴んでいるとエイリカはか細い声を上げた。
「あの……」
暗い夜でも分かるほど顔を赤くしたエイリカが伏し目がちな目で見上げてくる。
「怒らねえよ、お前のドジにも慣れた。いちいちこんくらいで恥ずかしそうにすんじゃねえ」
僕は手を引っ張って、エイリカをしっかり立たせる。
ああもう、照れ隠しに動いたのに、それも上手くいかない。本当、こいつの前では、何もかもが予定通りにいかなくて、感情すらもぐしゃぐしゃだ。
止まっていられず、またすぐに歩き始める。
「ほら、お前の言う皆んなを室内に運び込むぞ。次来るときは本番の朝、そん時風邪で演技が出来なかったら話にならない」
「は、はい! 貴方の願いを叶えるために、僕も全力でサポートします! だから……」
腕を掴まれて、足を止めさせられる。
「貴方の願いが叶ったあとも、僕たちに会いに来ていただけますか?」
ああ、もう。恥ずかしい!
「わかったよ! だが、叶わなかったら、お前らなんかに、絶対会いにいかねえからなっ!!」
上手くいかなかった照れ隠しをする自分に、妙な恥ずかしさを覚えた。
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