てんぷれーと・てんぷてーしょん! 〜テンプレが起きないので、こっちから起こさせることにしました〜

kitatu

喜びもひとしお

 
 ルーテ様到来まで後3日と迫った今日、僕は最後の仕上げに魔法を使っていた。


 ポッカリと空いた穴に、大きな板を被せ、その上に地層ごと切り取ってきた草むらを乗せる。そして、魔法を使って、板が崩れないよう完全に固定した。


 穴がすっかりと姿を隠し、辺りと遜色のない草原に変わると、僕は声をあげた。


「遂に完成したぞ!!」


 僕の言葉に呼応して、男達の歓声が上がった。その歓喜の叫びは、何もない草原一杯に広がり、空まで突き抜けそうなほどの響きと明るさを孕んでいた。


 僕もやり遂げた喜びを噛み締め、拳をぐっと握っていると、山賊の皆んなが駆け寄ってきた。皆んなは言葉にもなっていない喜びの声をあげ、肩を組んでくる。僕は満更でもなく頬を緩め、皆んなと一緒に肩を揺らした。


 完成した喜びからか、視界がぼやける。


 昨日今日と男達と共に、汗を流して掘り進め、重さに震える腕に鞭打って土をかき出した。


 正直言うと辛かった。とても疲れたし、痛みに何度も泣きそうになった。けれど、完成を夢見て努力したことが身を結び、後悔とは最もかけ離れた幸福感で今は満足しかない。


「やったぜ! あんたのお陰だよ!」


「すげえ! こんな地下施設が俺たちの寝ぐらなんて考えらんねえよ!」


「これは城よりも住み心地が良いんじゃねえのか!?」


 皆んなは嬉しそうに僕を褒め称える。ああ気持ちよし、気持ちよし。


 僕は気分が高ぶり、早く住処に入りたい気持ちが抑えきれなくなる。


「よし! 中に入るぞ! こい、エイリカ!」


「はっ、はい!!」


 僕らの輪に入らず、遠巻きで見ていたエイリカは、慌てて駆け寄ってくる。


「フゥ、遂にエイリカ様にお披露目ですか!」


「エイリカ様、全然大したことないから驚いちゃダメですよ?」


 男達は囃し立てるように言って、入り口となるハッチを開ける。


 エイリカは、この3日間、僕が教えた食料集め、水集めに従事し、工事自体には参加していなかった。初日の夜、眠る時には穴の中に入って寒さを凌いだそうだが、翌日からは僕が転移で元のあばら家に一旦帰したため、実際の中身は知らない。


 だから僕は初見の反応を楽しむ為にエイリカを呼んだのだ。


「それじゃあ、いきましょうかプリンセス!」


「えっ、あ……」


 気が乗った僕は冗談を口にして、エイリカの手を引いた。そしてそのまま、ハッチから地下へと伸びる階段を降りた。


「うわあ……綺麗!!」


 地下室に降り立ったエイリカは、カブトムシを目にした少年のように目を輝かせ、感嘆の声をあげた。


 地下室は、白いペンキで塗られたような壁に、暖色の魔鉱石が色づいてとても明るい。広い部屋の中央には、正方形の窪みがあり、そこに沿って白いソファーが置かれ、掘りごたつのようなテーブルを囲んでいる。壁際には本棚、至る所にバナナ型のハンモックや柔らかそうなクッションが置かれ、見ているだけでもリラックスしてくる。


「どうだ、凄いだろう。これだけじゃないぞ、靴を脱いで上がれ」


 僕は靴を脱いで部屋に上がり、モコモコの絨毯の感触を足の裏に受ける。


 続いて部屋に上がったエイリカを連れ、大きなベッドが配置された寝室、清潔なトイレ、ビリヤード台が置かれた遊技場、滑り台から次の部屋へと進めるギミック等、隅々まで紹介した。


 説明する度にエイリカは目を輝かせ、驚愕し、素晴らしい反応をしてくれた。男達や老人と家具の配置を考えに考えて、運んだ甲斐があったというものだ。


「これで、全て説明し終わった。それじゃあ、地上へ戻ろうか」


「はい!!」


 上機嫌で夢見る乙女のような顔をしているエイリカと地下から地上へとでる。


 外に出ると吹き抜ける風を感じ、草原の青っぽいニオイとお日様の暖かさに心地よくなり、大きく伸びをする。


「どうでしたか? エイリカ様?」


 目を開けると、外で待っていた男達はニヤニヤ顔でこちらを見てきており、そのうちの一人がエイリカに尋ねた。僕もエイリカに視線を向けると、エイリカは満面の笑みを浮かべていた。


「すっっっごく、素敵だった!!」


 エイリカの言葉に、皆んなの頬が緩み、笑い声が上がった。


 僕もつられて笑う。


 最高だ。とても気分がいい。


 どこか一体感を感じて、快感が心の底から湧き上がってくる。雲一つない青空のせいか、開放感に身を任せているような気すらする。


 ただ最も大きな気持ちは、皆んなが笑ってることからくる純粋な嬉さだった。男達と共同作業し、血と汗にまみれて成し遂げた事で、友情のような熱い情を既に抱いていたからだ。


 共に汗を流し、仲間と喜びをわかちあうことは、なんて素晴らし……あれ? 僕は何か重大なことを見落としているような気がする。


 そんな事が思い浮かんだ時、エイリカに両手を包むようにして手を握られる。


「ありがとうございます!! 全部あなたのお陰です!!」


「え……ああ、うん」


 もやもやとした感情が纏わり付いてきて、気がそぞろになる。しかし、そんな僕の態度には気づかないのか、他の男達も破顔して声をかけてくる。


「あんたのお陰だぜ! 俺たちの為にこんな豪華な場所をよ! ああ、なんて感謝していいんだ!」


「あのままだったら、俺たちは一生、あばら屋で、ネズミみたいな暮らしをしてたかもしれねえ!」


「そうじゃ、ワシもお主を襲ってなかったら今がないと思うと震えだすわい!」


「い、いえいえ」


 もやもやとした感情は勢いを増し、首を絞められたみたいに苦しくなる。


「あとは、俺たちが貴族の令嬢を襲えばいいだけだな!」


「ああ! 共に汗を流し、エイリカ様に素晴らしい住居を与えてくれたお前の為なら、死んでも悔いがないぜ!」


「お前は本当にいい奴だ! 恩返しになるかもわからねえが、精一杯賊の役目を果たしてやるよ!」


「か、かヒュ……」


 僕はあまりに苦しくて、胸を押さえて倒れこんだ。


「おい、どうしたんだ!?」


 ざわつきの性質が変わり、僕を取り囲むように集まってくる。


 苦しい、苦しい、苦しい!


 過呼吸になった時みたいに、呼吸がままならない。


 彼らは、僕に恩や感謝の言葉を掛けてくれた。その上、賊の役目を、絶対に果たしてくれる、と決意してくれた。


 当初の予定通りなのだけど、ともに汗を流し目的を達成した彼らを、僕はもう仲間認定してしまっている。そんな彼らの幸せを、僕が理不尽に奪う事になるのだ。仲間を自分の欲の為に犠牲にする事、その罪悪感は今までの比ではない。


 無理だ。僕には、こいつらを犠牲になんてできない。でも、10年という長い年月、前世も加えればそれ以上に、テンプレイベントを待ち焦がれていたのだ。ルーテ様を諦めるなんて事、絶対にしたくない。


 どうすれば、どうすれば……。


 僕は裏返ったダンゴムシみたいに足掻き、考えを巡らせる。すると、雷に打たれたようなひらめきが舞い降り、胸の窮屈感が和らいだ。


「そうか!」


 僕は声をあげ、すんと立ち上がる。皆んなは目を丸くしたあと、奇怪なものを見るような目を向けてきた。だが、構わず、むしろ堂々と言い放つ。


「何を勘違いしているんだ? 僕がお前達を殺すとでも言ったか?」


「言ってはねえ。でも、そういうことじゃねえのかよ」


「断じて違う! 僕は令嬢を惚れさせたいんだ! だから、そんな引かれそうな、残虐なことはしない!」


 場合によっちゃする予定だった事に、内心で首を振って続ける。


「僕はお前達を倒して、惚れさせなければならない。なら、カッコ良くある事が必要だ」


「え、えと、わかりましたけど、僕たちはどうすれば?」


「お前達はやられる演技をすればいい。僕も命は取らないし、それくらいいいだろう!」


「ま、まあ」


「そうと決まれば、特訓だ!!」



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