てんぷれーと・てんぷてーしょん! 〜テンプレが起きないので、こっちから起こさせることにしました〜

kitatu

ヒロインの情報を集めよう、という名目通りのストーカー行為

 
 旅人のローブを着た僕は、ストリートの中央に立っていた。


 辺りには、露店が立ち並び、沢山の人が行き交っている。甲高い客引きの声や、婦人達の笑い声、追っかけっこをする子供達の声が湧き上がり、祭りのような喧騒に包まれていた。


 何処かから流れてくる食べ物の良い香りが混じり合い、鼻腔をくすぐって来て空腹感を刺激する。その香りの正体を探そうとも、ごった返す人の群れ、出ている屋台の数から諦めざるを得ない。


 ここは侯爵家の都市アメリア。城壁に囲まれた中には、赤いレンガ屋根の建物がぎゅうぎゅうに建てられ、外からはひっきりなしに入ってくる馬車が、中央の大通りを忙しなく行き来している。栄えているのは言うまでもなく、大都市の一つだ。


 まあ、何のために僕がここに来たかと言うと、一つは情報収集である。


 昨日、父の話を聞いてから、すぐに部屋へと帰った。そして、紙とペンを用意し、さあ計画を立てよう、と意気込んだものの、朝までたっても白紙のままだった。それもその筈、手を打とうにも僕はルーテ様とかいう、ヒロイン(仮)のことを知らなすぎるのだ。


 なぜ見聞を広めたいのか、容姿はどうか、護衛の数はどれくらいなのか。出発予定日、行程すらも一切わからない。これでは計画の立てようもなかった。


 そのため、まずは何より情報を集めたいと考え、家の人間の目を盗み、移動魔法でこの街に来たわけである。


 僕はフードを目深に被り、侯爵家の領主館に向けて歩き始めた。




 ***


「ルーテ様……出発までは後一週間ですよ」


 領主館の一室。少女がベッドに腰をかけ、その前に老齢のメイドが立っている。


 少女の容貌は可憐であった。肩まで掛かった黒とも紫ともつかない艶やかな髪、多色で繊細に描かれたような虹彩の瞳は、見るもの全てが息を呑みそうほど美しい。桜色の薄い唇、目尻にある小さな泣き黒子、小柄な体躯からは、どこか小悪魔な印象を受ける。


「ええ、わかってる。でも、私待ちきれないの!」


「ですが、用意するには早すぎるのでは?」


 メイドの女性は、目を輝かせる少女から顔を背け、床に視線をやった。そこには、ぎゅうぎゅうに詰まった鞄が散らばっている。数は4、5個くらい。一つ一つがボストンバックくらいの大きさで、中に何が入っているのか気になる。


「あれ、そこに誰かいるの?」


 その時、少女が不意に窓へと顔を向けた。


 僕は慌てて、窓から覗き込んでいた顔を引っ込める。


「お嬢さま、いるわけがないじゃないですか。ここは二階で、窓の外にはバルコニーもありません」


「う〜ん、それもそうね」


 窓の外から二人の会話を盗み聞きして、ほっと息をつく。


 僕は今、侯爵家の屋敷の壁に張り付いていた。


 魔法を使って、体を迷彩にし、手と壁の間を真空にしている。手にはザラザラとした煉瓦の感触、身体には冷たい風を受け、ヤモリになった気分だ。


 張り付いて何をしているのかと言うと、ヒロインの情報を集めようという、名目通りのストーカー行為の真っ最中なのである。


 モラルについての葛藤はあったが、難事を成し遂げるための小事と考えると罪悪感が引っ込んでいったので、清々しい気分で壁に張り付いているわけだった。


 ルーテ様(ヒロイン(仮))にあわやバレかけたが、リスクを冒してでも覗き込んでよかった。


 だって、ルーテ様、無茶苦茶可愛いんだもの。惚れられたらもう、凄く気持ちよくなることは間違いない。


 そんなことを考えていると、気持ち悪いだろうな、僕の自慰行為に付き合わせて可哀想だな、やばい奴に目をつけられて気の毒だとか、罪悪感がむくむくと湧き出てくる。だが、すぐに首を振って気にしないことにした。


 これからテンプレ展開を起こしていく上で、罪悪感なんて感じてたらキリがない。それに僕の好きな小説の主人公は、そういった感情なんて見も聞きもしないのだ。テンプレ主人公になりたい僕にとって、感じていては話にならない。


 今一度自分を戒め直し、部屋の中を覗き込む。


「話を戻しますけど、それほど待ちきれないのでしょうか?」


 呆れた様子で問うたメイドに「当然!」とルーテは答えて、うっとりと斜め上を見上げる。


「今すぐにでも旅に出たいくらいなの! だって旅よ! 侯爵令嬢の一人旅よ!」


「全くわかりません」


「どうして? どこがわからないの?」


「全てわかりませんが、まずは侯爵家子女の旅に憧れる理由ですよ。何がそこまで貴方を駆り立てるのですか?」


 ルーテは、わかってねーなこいつって態度で首を振る。


「呆れた。あのね、侯爵令嬢が旅するってだけで絵になるじゃない。それだけで楽しみにする理由としては十分だわ」


 メイドはしらーっとした目をルーテに向けた。


「……そうですか。詰まる所、物語の主人公願望とか、そういう類の奴でしょうか」


 僕はメイドの言葉を聞いて、不安がよぎった。


 もしかして、ルーテ様、ヒロインの資格がないんじゃないか?


 話を聞く限り、シンデレラに憧れる女の子というか、SNSにBBQの写真をあげて、ドウ? 私イケテルデショ?、ってタイプの女の子っぽい気がする。


 今回も、旅の楽しさというよりは、旅をしている自分良くない? っていう印象を受ける。


 別にそういう女の子が嫌いなわけじゃないけど、僕とは相性が悪い。承認欲求だったり、自尊心だったりが不足する僕は、筆舌しがたいジェラシーを抱くことになる。


 もし相手が「私どう?」的な態度を取ってきたら、僕もムキになって否定し、マウントを取りに行くだろう。いわゆる、「へ〜よかったね、まあこっちの方が面白い事してるけどね」みたいな感じのことをしちゃうのだ。


 日本では、思っていても行動に移す人間は、小さいだとか、痛いだとか批判されるので、我慢してきた。しかし、折角の異世界で、そんな気持ち良くない想いをしたくない。


 だから、否定してくれ、と念を送りながら、食い入るように動向を見守る。すると、想いが届いたのかルーテ様は、キョトンとして首を横に振った。


「うん? 別にそんなんじゃないけど?」


 やったぁ!! 


 僕は内心で鳴り響く歓喜のファンファーレに合わせ、歌い踊りたい気分になった。


 この反応は嬉しい。僕の考えていた類の感情なんて全く知らないようである。


 外側も完璧、内側も完璧。これはもうヒロインに確定したんではなかろうか。will からbe going to に変わったんではなかろうか。


 僕の心中は快晴になったが、反対にメイドの顔は曇っていた。


「では、いつものアレですか? だから、一人旅のつもりでいるのですか?」


「そう!! 一人の方がいいじゃない!!」


 メイドの表情は余計に曇るどころか、重く立ち込める雨雲のように暗くなる。


「そういうことですか……。そのおつもりならば、尚更、一人で行かせる訳にはいきません」


「護衛がいたら難しいじゃない」


「そう言わないでください。いくらルーテ様が稀代の魔法使いであれど、危険がある以上護衛は必要です」


 ルーテは唇を尖らせて、拗ねたようにそっぽを向いた。


「ルーテ様」


 困ったメイドは少しの間口を閉ざしていたが、足元を指差して呼びかけた。


「私に付き合わせるのも悪いと思ったけど、数名だけ連れて行くことにする」


 ルーテは指さされた荷物に目を向けて、そう言った。



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