てんぷれーと・てんぷてーしょん! 〜テンプレが起きないので、こっちから起こさせることにしました〜

kitatu

賊に襲われている少女を助けたら、惚れられて婚約者になるパターンのやつ

 
 僕とメルが食堂に入ったときには、既に家族全員が席についていた。


 白いテーブルクロスの敷かれた長机の上には料理が並んでいる。メニューはどれも一緒で、パン、川魚と香草のソテー、ウサギのスープだ。未だ湯気を立てており、冷ますわけにはいかないので、慌てて空席に着く。


 僕とメルが席につくと、父は食事の挨拶をした。それが、終わると皆が食事を始める。


 今日のメニューはいつもと変わらない。強いて言うなら、雪解けた春、水温の上がった川でとれた魚だろうか。皮はカリカリで、白身は見た目からふわふわしている。周りには香草が添えられ、ソースでお洒落に仕上げられていた。


 たまらず、フォークで突き刺し、ソースをつけて口に運ぶ。舌に触れると、香草の心地良い香りとバターの優しい塩味、ほんの少しのビネガーの甘みと酸味を感じた。勝手に顎が動き噛み締めると、パリッとした食感と共にオリーブの油が弾ける。そして、岩魚や虹鱒に似た淡白な旨味が滲み出し、ソースとマッチして最高だ。


 あまりの美味さにため息が出た。二重の意味である。


 こんなに美味しければ、素人の僕が作る日本の料理で、チートなんかできるわけないじゃないか。


 そもそもの話、日本では調味料を使えば大体うまいものができる。日本で売られている調味料は、たくさんの材料を配合して作られており、その味がするように作られている。しかし、こっちの世界では、その配合を自分でする必要があり、素人が手を出せるような分野ではないのだ。


 まあ詰まる所、カレールウがあれば、美味しいカレーは作れるけれど、スパイスの配合自体は不可能。そんな感じである。


 ハンバーグなどの斬新で簡単な料理は作れる。そうしたら、褒めそやされるかもしれない。けれど、料理の知識がない僕は、レシピを公開した瞬間、その道のプロに負けるのである。もし、料理の才能を見出され、期待されても、こっちは全然気持ちよくない。


「どうしたんだリュカ、そんな暗い顔をして。美味しくないのか?」


 内心嘆いていると、父が話しかけて来た。僕は慌てて、取り繕った笑みを浮かべる。


「いえ!! 余りに美味しくて感嘆していたのです!」


 僕の言葉を聞いた父は破顔した。


「そうか!! リュカがそう言うなら、今度我が家を立ち寄られる侯爵様の子女にも振舞ってみようか」


「はい! 絶対に振る舞うべきで……ってえ? 今なんとおっしゃいましたか?」


「うん? 侯爵様の子女にもこの料理を振舞おうと言ったのだが、どうかしたのか?」


 父がそう言うと、急に静まり返った。皆んなは食器を置き、父へと視線を向ける。


「貴方、侯爵様の子女がいらっしゃるのですか?」


 義母が尋ねると、父はきょとんと首を傾げた。


「あれ、言ってなかったか?」


「はい、初耳です」


「そうか、いや、昨日アスレイ侯爵家の印がされた封筒が届いたんだ。中に入っていた手紙には、ルーテ様が見聞を広げる為に南部一帯をまわるため、我が家を一時の宿にさせて欲しい、と書かれていてな」


 父はなんでもないようにそう言った。家族達も、なんだそんな事か、と納得し、じゃあ持て成す準備をしないと、と呑気に笑っていた。


 そんな中、僕は身体の中から湧き出る気持ちを抑えきれず、勝手に緩んだ口元を手で抑える。


 これは、テンプレがついに来たんじゃないか!?


 アスレイ家は、僕たちの住む王国南部を取り纏める大領主だ。その娘さんと言えば、皆が皆美しいとの噂で、高貴な身分、容姿を併せ持ち、各所から山のように求婚の話が来ているらしい。


 その中の一人がたまたま領内に立ち寄るとなれば、あるイベントを想起させられる。賊に襲われている少女を助けたら、惚れられて婚約者になるパターンのやつだ。


 このイベントの気持ち良さは異常だ。その理由として3つの要因があげられる。まず、自分の強さを褒めそやされる、正義感があって人格者だと敬服される、皆が欲する美少女からの愛情を得ることができるの3点だ。


 それぞれ、承認欲求だったり、自尊心だったり、優越感だったりを満たしてくれることは容易に想像できる。


 これだ、これなんだ! 僕が求めてた異世界は!!


 今すぐ小躍りしたい気分になるが、十年間の経験が僕を我に返させる。


 慌てるな僕! 都合よくテンプレ展開になるわけがないんだ!


 冷静になって考えると、あまりに困難であることが浮き彫りになる。


 偶々領内に賊が現れ、貴族である少女を襲い、不自然でないタイミングで僕が助ける。なおかつ、助けたところは見てもらって、暴力的という印象ではなく、恋心を抱かさなければならない。


 ……これ、どう考えてもきつくないか?


 気持ちが落ち込んで来て、ため息が出そうになる。


 つい諦めてしまいそうになったが、僕は頭の中で首をふった。


 水溜りで泳ぐ水泳選手、ホイッスルの代わりにリコーダーを使う教官みたいな、微妙な心境に至る異世界生活はもういらない!


「ごちそうさま!」


 僕は急いで食事を掻き込み、席を立った。


「おい、急にどうしたんだ?」


「計画を練るのです!」


 不思議がる兄にそう言い残して、食堂を出た。



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