おっさんのやり直し傭兵記

kitatu

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 廊下を歩いていたエリーは、窓越しに、街の至る所から竈門の煙が上がっている風景を眺める。商人の活気付いた声、婦人の布や装飾品を買い漁る声が聞こえていて、強奪した帝国の物資がラピスに潤いを与えていることを実感した。


 食料などの物資の不足はある程度補えたと言っていいだろう。しかし、浮かればかりではいられない。ラピスに真の平和が訪れたわけではないのだ。目下帝国軍が迫っている。これを解決しないことには、安心することができない。


 エリーは、今後を話し合うために父の部屋を訪れると、そこには白髭が目立つ男性、エリーの父であるレミア男爵が机に向かって唸る姿があった。


「父様、どうかなされたのですか?」


「ああ、エリーか。良いところに来てくれた」


 そう言ったレミア男爵はすっとエリーに手紙を渡した。封は刻印のされた蝋が剥がされ、中の手紙がちらりと見えている。


「これは?」


「王家からの手紙だ。どうやら、先の奇襲戦の成功は王都にまで届いたらしい」


「もうですか?」


「ああ。だから期待していたんだけどなあ」


 落胆の色を顔に浮かべるレミア男爵に、嫌な予感を抱いたエリーは恐る恐る手紙を取り出す。


「これは……酷いですね」


 手紙を読み終えたエリーも落ち込んだ。内容は、遅参することになるが持ち堪えて欲しい、とのことだった。


「うむ、食料を手にしたというのに、王家からの援軍が遅れそうだなんてな」


「これでは折角、奇跡のような勝利を手にしたと言うのに、振り出しに戻されたようなものです……」


「だがまあ、勝利を手にしたお陰で戦線を下げる決断は避けてくれたみたいだ。援軍が来るまで、ラピスの街が持ち堪えられれば、レミア家は安泰とも言える」


「それは、一歩前進したということになるのでしょうか?」


「そうだな。百歩進んで九九歩後退したというのが正しいだろうが」


 そう言うと、レミア男爵は「ああ、そうだった」と続ける。


「それで今後についてなのだがな。エリーに相談したいことがある。いや、エリーに、というよりは、傭兵隊長に、かな」


 レミア男爵はエリーの言葉を真に受け、パレスのことを買っている。初めは半信半疑であったが、ここのところの出来事を聞いて信用どころか、信頼まで寄せるようになっていた。


「パレスさんに相談事ですか? それなら、私を通さずに御自分でお話しすればいいじゃないですか」


 エリーはむくれていた。それには当然ながら理由がある。パレスのことを聞き出そうとしてのらりくらりと躱されていたのだ。


「まあそう言うなエリー。私は政務で多忙を極める身だ。それにお前はパレス殿と親しいだろう?」


「親しくなんてありません!!」


「そ、そうか。お前も身を固めるには良い年頃だ。パレス殿が今後も戦果を上げていくなら、叙爵も現実味を帯びてくる。そうなれば、お前とパレス殿を……」


「ありえません!!」


「ふ、ふむ。お前がパレス殿のことを爛々とした瞳で語るもだから、てっきり勘違いしてしまった」


「やめてください!!」


 そう言っておきながら、エリーはつい心の中で妄想してしまう。
 たしかに、あの人と結婚でもすれば、私の好奇心を満たしてくれるし、見た目も整えればわりと……。それに揶揄われるのもそう満更では……って!! 何考えてんだ私!! 


「絶対にあり得ません!!」


「いや、私は何も言ってないのだが」


「絶対に、絶対にあり得ません!!」


「わ、わかったから。本題に戻ろう」


 レミア男爵はこほんと咳を一つして口を開く。


「本題なのだが、王家の援軍が遅れる以上、敵軍の動きを遅延させる必要がある」


 エリーはむくれたままだが、黙って話を聞く。


「だからレミア領に跨る川にかかっている橋を落として欲しい」


「いいのですか。あの橋には多くの人と金銭が費やされていますが」


「こうなった以上、しかたあるまい」


 レミア領にはラピスの街に水堀が引けるほど大きな川が流れていた。そこには大きな橋がかけられている。その橋がなくなれば、帝国軍はラピスの街にたどり着くまでにそれなりの時間を費やすだろう。


 なるほど、父の言いたいことはわかる。だが、そのことには帝国軍も気づいているに決まっている。なら、それなりの軍を差し向けていることだろう。


「わかりました。帝国軍に橋を奪われる前に、壊せ、ということですね」


「ああ、そういうことになる。だが間に合わなかったら、帝国軍とまた一戦交えることになってしまう」


「では急がないと!! ここでこうしている内に帝国軍に占拠されてしまいますよ!!」


「それがだな……もう帝国軍が占拠していると斥候から報告があった」


 エリーは父が頭を悩ませて唸っていた理由を察した。



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