おっさんのやり直し傭兵記

kitatu

記憶2-2



 鎧と鎧、剣と剣がカチ鳴らし戦場には火花が舞っていた。猛き叫びを上げながら、歩兵たちが殺戮を繰り広げている。


 ヴィラ伯の軍は押していた。右翼にいる騎馬隊より遥か前に、ヴィラ伯率いる下馬騎士たちが、アストン軍とエヴァ軍を相手に奮戦している。敵軍は上手く連携が取れていないのか、援軍をその場所に動かすことが出来ていないようだった。


 このまま、ヴィラ伯が相手の軍を突き破るんじゃないか、と思った時だった。突如、そいつが突撃の号令を出して駆けていく。慌てて俺は馬に鞭を打った。前後に揺れるようにかけていく馬に、乗るというよりはしがみついて後を追う。かろうじて顔を上げると、前には父の姿とそいつの姿、無数の敵兵の後ろ姿があった。そして、近くで見たヴィラ伯の騎士隊が、左右から押し潰されつつある姿があった。


 油断していた。ヴィラ伯は劣勢に追いやられている。


 慌てて敵兵の背中に斬りかかる。血飛沫が舞い、視界が真っ赤に染まる。異様な興奮、そして恐怖。肉を裂いた感触は初めてで吐きそうになる。だが、すぐに頭の中は真っ白になり、無我夢中で次から次へと剣を振り下ろした。


 悲鳴、動揺、そんな敵兵の姿を何度も目の当たりにするが、一向に楽にならない。むしろ、進退極まったヴィラ伯達を見るにつれ、余計に苦しくなってきた。


 おかしい、と思って振り返ると、ようやく数騎の騎馬隊が参戦しようとしていた。残りの騎馬隊はヴィラ伯の援軍に向かっている。


「馬鹿!!」


 そう言ったのは俺ではなく、俺に突きつけられていた槍を叩き落とした父だった。


「前を見ろ!!」


 前を向くと、敵兵の最後尾は動揺から立ち直り反転しようとしていた。それを許すまいと、そいつは一人騎馬に乗って奮戦している。父は馬を翻してそいつのもとへ向かっていく。


「ちくしょう!!」


 俺は声を上げ、そいつの元へ急ぐ。途中敵兵を馬で轢き、切り捨てながら敵の海の中を泳ぐ。しかし、途中で馬に槍を突き刺され、跳ね上げられてしまう。地面に落ちた衝撃で息ができなくなり、あばらに激しい痛みを覚えた。だがすぐに立ち上がり、振り下ろされた剣を弾き、相手の無防備な腹を突き刺した。


 迫りくる敵兵の攻撃を凌ぎながら、後退りして敵陣からの撤退を試みる。そんな俺と入れ替わりに、遅れてやってきた騎兵が敵陣に切り込んでいった。


 敵兵の群れの中から抜け出して振り返ると、既に自軍の優勢に変わっていた。無防備な兵士の背中を騎馬隊が切り刻み、轢き殺し、外側から敵兵の海を突き破っている。


 やがて、撤退の声が辺りいっぱいに響き渡るとともに、勝鬨が上がる。俺は不意に訪れた安堵から意識を手放した。


 目覚めると、蝋燭に山吹色に染められた布の天井が広がっていた。俺は藁で出来た絨毯に寝かされていることを理解すると、助かったと実感する。ただ同時に、あばらの強い痛みが蘇ってきて、呻き声をあげた。


「大丈夫かい!?」


 珍しく取り乱したそいつの顔があった。上から覗き込まれていることを思えば、どうやらこいつが看病してくれたらしい。激痛の中でも、なんだか癪に障る。


「大丈夫だ」


 そう強がると、そいつは妙に安堵した。嫌な騒めきが胸に訪れる。


「君まで失ったら、僕は何て申し開きをしていいかわからなかった」


「父は死んだのか……」


 そいつは頷いた。


 胸一杯に悲しみが広がっていく。自然と目頭が熱くなる。戦場の定めだ。戦場に立つからには、こうなること、こうなってもいいように心の準備はしていた。それでもやはり、来るものがある。


「くそっ!」


 拳を地面に叩きつける。父が死んだのは誰のせいでもない、それがわかっていたからこそ、憤りを地面にぶつけることしかできない。


「本当にすまない。君の父が死んだのは僕のせいだ」


 暗い顔で話すそいつに無性に苛立ちを覚える。


「僕が騎馬隊と上手く関係を作れていたら、一度の突撃で全てが決まっていた。でも、作れていなかったから、何十騎もの騎兵が僕の後に続かなかった」


 俺は突き動かされるように、体を起こして其奴の胸ぐらを掴んだ。


「すまない。君には謝ることしかできない」


「違う!! 俺はそんなことにキレちゃいねえ!!」


 そいつは狼狽た。


「だ、だったら、何で? 僕が君の父を殺したようなものだろ」


「違う! お前は俺の父を殺してなんかいない! 殺したのは敵兵だ! お前なんかに殺されてたまるか! 侮辱するのもいい加減にしろ!!」


 そう言って、俺は今までのこいつに抱いていた思いを理解した。


「お前は何様のつもりなんだ!? たしかに、剣も出来る、勉強もできる、今日だって見事な策だった! だが、お前はたかがガキだ! 俺と同じガキにすぎねえんだよ! だからもっと人に甘えろ!!」


 こいつはいつだって高みから見下ろしている。人に歩み寄るという行為はその象徴だった。


 だから、こいつに甘えて欲しかった。親の庇護欲に似た感情、でも全く別のもの。同じ目線に立って、物事を見て、そして甘えて欲しい。だってこいつは無慈悲な天才ではなく、人の心を持つ俺と同じ人間なのだ。


 胸ぐらを掴んだ手に涙が落ちた。ほら、人間だ。


「君はすごいね。自分の父が死んだのに、僕に……甘えろだなんて」


「俺だけじゃねえ。皆、凄いんだ。お前の視点からじゃ見えない凄さを誰もが持っているんだよ」


「そうか、そうかもしれない。いや、きっとそうだ。なんてったって人のことが良く見えている君が言うんだから」


 俺が「ああ」と頷くとそいつは笑った。


「これから僕は、誰もを尊敬しようと思う。そして甘えさせてもらうことにするよ」


 父が死んだと言うのに、俺の心中はただ満足感に満たされていた。



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