おっさんのやり直し傭兵記

kitatu

10-2

「まあ、というわけで、パレスさんの今回の目的は、戦いの中で騎士たちと傭兵隊の壁を取り払うこと、それにつきるんじゃないですか」


 パレスは渋い顔で、ああ、正解だ、と頷いた。そんなパレスを見たエリーは、気色満面の笑みを浮かべ、机に両手をつき体を乗り出した。


「じゃあ、貴方のことを教えてくれますね!?」


「ちょ、ちょっと待ってください、エリー様!」


エリーは首だけを曲げてワトフードの方を見る。


「どうしたのですか、ワトフード?」


「たしかにエリー様の言う通り、今は傭兵隊と騎士隊の間に壁はありません。でもそれは、パレスの見事な作戦を目の当たりにし、傭兵隊が偉業を成し遂げたからです。たとえ、調停を頼んだとしても、そこに軋轢が生まれないわけではないし、壁だって取り払われるわけではありません」


 エリーは、説明不足でしたね、と笑った。


「それでは、模擬戦の時に戻りましょう。そこから順次、パレスさんの狙いを解説していきます」


 エリーは乗り出した体を元の椅子に預け、まず、と話し始めた。


「模擬戦で斥候が逃げ帰った時。パレスさんは、私に調停を求めると同時に、話し合う場を設けさせようとしたんです」


 エリーがそう言うと、パレスはまた苦笑した。


「お嬢ちゃんは、そこにも気付いていたわけか」


「はい!! まあ、気付いたのは全てが終わったあとですけど」


 二人の会話の意味がわからないワトフードは首をひねる。


「話し合いの場を仕組んだことに、何の目的があるのですか?」


「騎士、傭兵、そして領主の娘が一同に会したら、斥候の話になるに決まっています。そうすると、対策の話にもなる。パレスさんは私たちに作戦を決めさせようとしたのですよ」


 ワトフードは、なるほど、と頷いた。


「それなら私にもわかる。軋轢を生みたくないパレスは、自ずと騎士の方から奇襲の提案をさせようとした。無理強いすると軋轢が生まれるからな」


 ワトフードは、しかし、と続ける。


「斥候を追い出したパレスはその場におらず、斥候の存在を知っていたのはエリー様ただ一人です。だったらこの話、パレスが、エリー様が斥候の存在に気付いている、という前提でないと成り立たないのでは?」


「そうです。パレスさんは私が斥候の存在に気付いていると知っていたのです」


 しばらくだるそうに耳を傾けていたパレスが、少し体を前にのめらせた。


「へえ、それは俺も聞きたいねえ。どうして俺が、お嬢ちゃんが斥候に気付いているとわかったんだい?」


 エリーは胸を張って答える。


「パレスさんは、しめた顔を向けていました。斥候でなく、私に、です。最初私は、斥候が逃げていく姿を見て、しめた顔をしたのだと誤解していました、しかし今では、私が斥候の存在に気付いたことにしめた顔をした、と理解しています。あのとき私は焦っていました、そんな様子をみれば斥候に気づいていると理解するのも容易です」


 パレスは、顔に出ていたか、とため息をついた。そんなパレスを見て、さらに上機嫌になったエリーは饒舌に話し出す。


「まとめますと、無理強いするとどうしても軋轢が生まれますので、ワトフードから奇襲の提案をさせる必要があった。だから斥候の存在に気付いている私に、調停という名の作戦会議を開かせたんですよ。そしてパレスさんの思惑通り、ワトフードが奇襲の提案を出した」


 エリーの言葉にワトフードは苦笑いした。


「あのときは、レミア家の騎士として戦わないわけにはいかない、という思いがあった。その心理を突かれたというわけか。そういえば、ウルブスにも挑発のような物言いをされた、あれもパレスの指示か?」


 ワトフードの言葉にパレスは頷いた。


「あんな雨の日でも約束を破ろうとしなかったことから、ワトフードが誇り高い人間だってのはわかっていた。そこにつけ込んだわけだが、悪く思わないでくれ」


 パレスが謝ると、ワトフードは、とんでもない、と言った。


「貴方は私を救ってくれたのだ。それに、無茶だと思える作戦を成功させるために必要だったのだろう。軋轢を生みたくないと知った今、私がそれを拒んで貴方の思いを不意にはできない」


「やっぱり、ワトフードは誇り高くて誠実な人間だな」


 そう言われたワトフードは、むずがゆくなった。何かしないと落ち着かない。かといって、パレスに何を言っていいのかわからず、ワトフードは思い出したかのような振りをしてエリーに声をかけた。


「あ、そ、そうです、エリー様。肝心の壁を取り払うこと。それについての疑問は解けていませんよ。軋轢を生みたくない、と、壁を取り払う、とは曖昧なようで意味が異なります」


「あ、そ、そうです、エリー様。肝心の壁を取り払うこと。それについての疑問は解けていませんよ。軋轢を生みたくない、と、壁を取り払う、とは曖昧なようで意味が異なります」


 ワトフードの慌て様がおかしいのか、エリーは笑った。


「もちろん違いますよ」


「何がおかしいんですか、エリー様!?」


「二つの意味で面白いのですよ。貴方が慌てふためく可愛い姿と、パレスさんの思い通りに壁が取り払われていることが」


「エ、エリー様!! その壁を取り払うことについて教えてください!」


 エリーはころころと笑い、これ以上はかわいそうですね、と言った。


「作戦について振り返ります。騎士隊が奇襲して、それに動揺した軽装兵を傭兵隊が叩く。それが当初の作戦でした。でも、結果を言えば、騎士隊がしたことは無意味に等しいのです」


「我々がしたことが無駄だったと」


「残念ですがそうなります。濃霧の中、楽器と馬の音で大軍を装う作戦。それだけで完結しているのですよ。パレスさんは一貫して、油断していた敵兵を蹴散らした、と言っています。昨日ワトフードもそう聞いているのではないのですか?」


「たしかに、そう聞き、エリー様にも昨日申し上げました。それがどうしたのですか?」


「奇襲の声が聞こえれば、兵は油断なんてしないのですよ。だから、騎士隊が奇襲を行う前にパレスさんは湿地帯に踏み込んだ兵を倒していることになります。よって、騎士隊がわざわざ奇襲して、軽装兵の動揺を誘う必要性はないんです」


「し、しかし、エリー様。それじゃあ、さっきまでの話は何だったんですか。パレスは私に作戦を提案させ、奇襲に参加させようとした意味がわかりません」
「それが、壁を取り払うためなのですよ。苦戦する騎士たちを救えば、壁は取り払われるというわけです」


「大正解だよ、お嬢ちゃん。でも、そんなこといえば、俺とワトフードさんの間で亀裂が走るんじゃないかい?」


「それでも、貴方とワトフードの間の壁を真に取り払うためには、話したほうがいいと思ったんです。今日二人を呼んだ理由は、パレスさんの目的を解くことと、二人を和解させること、その二つだったんですよ」


 ワトフードは、エリーの言葉を聞いて腕を組んだ。しばらく何も言わずにいたが、ふぅ、と息を吐いて話始める。


「たしかに、踊らされた、と臍を噬む気持ちはないとは言わない。実際にけが人も出て、いい印象は抱かない。だが、我々騎士が貴方に守られたことは事実。しかも、奇襲については私が決めたこと。現場の判断の過ちを救われたのに、恨むのは筋違いか」


 ワトフードは、それに、と続ける。


「戦場でしかわからないことがある、とパレスは私に言った。実際その通りだと思う。仮に騎士が参戦しなかったとすれば、傭兵隊の偉業に魅了はされず、嫉妬していたと思う。そして、余計に壁が厚くなっていただろう」


 ワトフードは苦笑する。


「正直傭兵達を見下していた。信頼関係など築かなくてもよい、と思っていた。だが、今回のように傭兵に実力があると知れば背中も預けられる。それに強大な帝国軍と戦うのに、我々が反目しあっていては、話にならない」


 そして最後にパレスに向かって、そういうことだな? と尋ねた。


「ああ、その通りさ。だから俺は帝国と戦うために、壁を取り払いたかったんだよ」


 パレスとワトフードの間に暖かい空気が流れる。だがそんな空気をぶち壊すようにエリーは机に、どん、と両手をついた。


「では! 全てかたがつきましたね! それではお聞かせ願いましょう!! 貴方の過去のお話を!!」



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