おっさんのやり直し傭兵記

kitatu

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 ウルブスは椅子に座り、大きな身体を縮こめていた。


「だから、言っているじゃないですか! パレスさんは狙ってやったんですって!!」


「い〜や、そんなの信用できませんよエリー様。たしかに、挑発に乗せられたのは認めましょう。しかし、斥候を追い出すために仕組んだ策なんて到底信用なりません!」


 領主館の応接間では、机を挟んで向いに座る、いやもう、既に立っているエリーとワトフードが言い合いを繰り広げている。その声は空気を裂き、壁に飾られたタペストリーを揺らすほどだ。


 どうしてこうなった。


 ことの発端は、模擬戦の時である。


「ははは。騎士の野郎どものなっさけないこと。こっからパレスさん、どうやって料理してやりましょうか」


「面倒くさくなったから、お嬢ちゃんに調停を頼んだわ」


「は?」


「あと、俺は楽器を買いに行くから、よろしく頼むな。な〜に心配はいらねえさ、ウルブスならお嬢ちゃんと違って仲立ちを上手くやってくれるさ。騎士と傭兵隊の間に軋轢があっちゃらねえ。戦で連携が取れねえと、どんな大軍でも負かされちまうからな」


「は? え、ちょ」


「あとは、ウルブス。騎士隊も戦争に出るように煽ってくれ」


「え……ああー、行っちまった」


 そんな会話がなされてすぐ、「この勝負、私が引き取らせていただきます」とエリーが介入してきた。しかし、その時には既にパレスの姿は消えていた。


 それから騎士と傭兵隊の仲を深め合うため代表が領主館に召集されたわけである。ただ、本来はパレスが行くのが筋であるが、不在のためにウルブスが出向いたのだった。


「なら本人はどうしてここにいないのですか!? そんな偉業を成し遂げたのなら成果を誇りにくるはずです!!」


「そうです! どうしてここにパレスさんはいないのですか!?」


 二人の怒りを向けられたウルブスは嘆く。そんなの俺が聞きたいくらいだ。丘陵の狼と名高きこの俺が、どうして責められているのだろう。


 ウルブスは、理不尽な環境に犯されているにもかかわらず、どうやって仲を取り保とうか、と考えていた。苦労人の性がちょくちょく垣間見える男である。でもだからこそ、特殊な傭兵団の長として今までやってこれたのかもしれない。


「お二人さん、パレスさんがいないのは置いといて少し落ち着きやしませんか?」


「落ち着いてなどいられるか! 我が騎士団は嘗められたままでいるのだぞ!」


「そうです! あの男には調停を引き受ける代わりに教えてもらう約束をしたのです!」


「まあまあ、今はいない奴のことなんて話している場合じゃねえだろ。何はともあれ、斥候が一週間と1日、その日に歩哨が襲われるってえ情報を掴んだんだ。つまりは作戦がバレちまってるってことだろ?」


 ウルブスの言葉に二人は冷静さを取り戻した。


「そ、そうだな。不本意だが我々騎士が負けたと思い込んだ斥候は歩哨を増やし、物資への守りをより強固にしているだろう」


「そ、そうですね。こっちが放った斥候によると、敵軍の先遣隊はおよそ1500。ラピスの街を包囲し、後詰を待つには十分な数です。歩哨に歩兵を回すくらい難ないでしょう」


 エリーは部屋から出て行き、すぐに帰ってきた。そして、手に持っていた地図を机の上に広げる。さらにもう片方の手で握りしめていた駒を地図上に並べはじめた。


「1週間後と1日。それまでに陣を張るのならば、帝国軍はここまで歩を進めるでしょう」


 そう言ったエリーが駒を置いた場所は、レミア領と帝国側貴族の領境。レミア領側は小川や池が多数存在する湿地帯が広がっていて、軍馬の餌となる草や飲み水に困らない地形である。


「最悪だなあ。これは」


 ウルブスがそう言うのも当然だ。湿地帯を前にして宿舎を張る、それは野営するのには大変都合の良い地形だ。つまりは陣をはりやすいため、物資を守ることが難しくない土地ということである。


「いや、案外悪くないかもしれない。帝国軍の重装槍兵や騎兵は足場をとられてしまう」


「なるほど、貴方たちみたいになってしまうわけですね。湿地帯の恩恵を得るには、軽装になった部隊が馬を引き連れて湿地帯に踏み込む必要がある」


「そうです。エリー様の言う通りです。が、戦争のことは我々騎士に任せてもらいたい。エリー様は王都に戻って勉学に励み、僧位にでもつくのが良いでしょう。どうせ学者肌の嫁など何方も貰いたがりはせんでしょうし」


 またがやがやと喧嘩が始まる。ウルブスは頭を抱えながら「要するに」と声を上げた。


「ワトフード様は、軽装になった部隊を叩くチャンスがあるってえ考えるわけだ」


「そうだ。歩哨に兵数を割かなければならない以上、湿地帯に踏み込む数は少数になる。さらに相手は油断していることだ。そこを奇襲すれば、ひとまずの勝利を得られるかもしれん」


「戦力を削げれば、正面から物資を奪いにいけるようになるしな。でもよお、そいつは俺たちにかかってるんじゃねえか。あんたら騎士は軽装で戦うなんて真似できねえだろう」


「当然だ。騎士には騎士の矜持というものもある。仮にそれがなかったとしても、貴様ら傭兵と違い、騎士は貴族だ。それなりの装備を身に纏ってさえいれば、敵に殺されはせず、捕虜として扱われる。身代金さえ払えば命は守られるのだから、好き好んで軽装にはならん」


 あまりにも傲慢な主張だが、ウルブスはすんなりと飲み込んでいた。それが戦争でそれが騎士の戦い。死ぬのはいつも傭兵や徴兵された民と決まっているのだ。当たり前のことにわざわざ突っかかるほどの気力を、ウルブスは持っていなかった。


「だろ? だったら、俺たち傭兵が叩きにかかるとして、あんたら騎士はどうするつもりだよ。まさか、黙って見ているだけかい?」


 そう言われたワトフードは一つの作戦が思い浮かんでいた。歩哨隊に陽動として攻撃を仕掛ける。すると、湿地帯に踏み込んだ少数は慌てて戻ろうとするだろう。ならば、より奇襲が簡単になる。


 そこまで思い至った時、ワトフードはパレスの言葉を思い出していた。


『あんたら騎士と違って、俺たち傭兵だからこそ一週間で十分なのさ』


 なるほど。厳重に守る歩哨を襲うことより、慌てふためいた軽装兵を奇襲することの方が遥かに容易だ。


 ワトフードは心の中で首を振った。


 そんな筈がない。ここまで先を読める人間がたかだか傭兵隊にいる筈がないのだ。


「……我らが囮となり、歩哨、陣にいる兵士を襲う。その間に、貴様ら傭兵は湿地帯に踏み込んだ敵兵を叩け」

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