おっさんのやり直し傭兵記

kitatu

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 1ヶ月。それはラピスの街の余命だ。


 王国で帝国領に隣するラピスは、それなりの防備を備えている。街の四隅に配置された側防塔に高く積まれた城壁。堀は川から水が引かれ、難攻不落とまではいかないものの、防備はととのっていると言える。


 ただそれでも1ヶ月しか持たないとされるのは、単に物資が不足しているからだった。


 何より食料が少なかった。湿地帯を持ち豊かなレミア領といえど、今の季節は早春。麦を踏む季節であり、収穫にはまだ遠い。それに各村が帝国軍に略奪して廻られることを思えば、畑は焼かなければならない。


 援軍が届けば解決される問題だが、王家以外の援軍は望めそうにない。特に、隣領の大貴族、パーティア家に至っては、幾度となく催促しているのに関わらず、毎度はぐらかされるありさまだ。


 どの家も余裕がないのはわかっているだろうが、このラピスが落ちれば次は我が身だ、とわかっているのか。


 ただ、そんな現状を嘆いてばかりはいられない。レミア家は大作戦を打とうとしていた。


「三週間後、帝国軍先遣隊の歩哨を襲う、諸君らにはその任務についてもらいたい」


 そう言ったのはレミア家の騎士団長、ワトフードだった。きりとした眉毛と立派な体躯を併せ持ち、まさに騎士といった風貌の男である。


 彼の声には威圧的なものがあった。いわゆる命令口調。任務が危険なものであると知りながら、逃げ出すことは許さんといった意味を孕んでいた。


 広場にいた寄せ集めの傭兵隊の多くは、彼の言葉に萎縮していた。空は青いが遠くに大きな灰色の雲が垂れ込み、風に流されてきている。それは、迫りくる危険を予感させるようで重苦しい雰囲気が漂っていた。


 ただ、中には意に介していないものもいた。ウルブス率いる勇猛な傭兵達と今日も酒に浸っているパレスである。


「三週間は長い、ちょうど1週間と1日、それも朝の5時だ」


 ひっく、としゃっくりしながらパレスは言った。


 酔っ払いに異を唱えられたワトフードはこめかみに青筋を立てる。


「何だと、貴様。これは我々レミア家の騎士が寝るまも惜しんで考えた期間だ!! これでも短いくらいだぞ!!」


「短いだって? いにゃ、長すぎるね。何にそんな時間が必要なんだい?」


「貴様ら寄せ集めの傭兵が訓練を積み、一端の兵士となるのに要する時間だ!! お前らはただ無駄死にしたいというのか!!」


「おおおお!! 俺は感激しちまったよ! なあ皆んな、騎士様は俺たちを無駄死にさせるつもりはないらしいぜ!!」


 パレスの言葉で、萎縮していた傭兵隊に漂っていた空気が緩む。誰もが、この作戦は多大な犠牲が出る厳しいものだと思っていた。その思いに変わりはないが、騎士の声を聞いて少しの安堵を得られたのである。


 一方のワトフードは唇を噛んだ。この作戦は極めて重要なもので、今後の進退に関わる。なのに、気を抜かれては非常に困る。


「犬死ににならないってのはいいもんだ。死んでも家族に誇れるし、給金を弾んでくれる。俄然やる気が湧いてくるってもんだなあ」


 流石はパレスさんだい。考え方が勇敢だぜ。そんな声が傭兵隊から上がる。閲兵の日から1週間にして、パレスはすでに傭兵隊の長になり、全ての隊員から信頼を集めていた。


 ワトフードはそれも気に入らない。


 こんなみっともない奴をどうしてエリー様は隊長に指名したのか。そして慕われているのか。


 騎士の鏡のような性格をしているワトフード。常に立派であり続ける努力をし、人に醜態を晒すくらいなら死んだほうがマシだと考える人柄だ。そんな彼が、いつも酒浸りで恥を晒しているパレスの存在を容認できるわけがなかった。


「でもお前ら、よおく考えてくれ。騎士様が俺たちみてえなもんを、無駄死にさせるつもりはないってことは、んな難しい作戦じゃねえってことだ。だったら、早いほうがいい。敵さんもこっちが急に訓練しだしたら、ちったあ気いつけるからよお」


 パレスの言葉には一理あった。ワトフードは敵の斥候が既にラピスの街を視野に入れていることを懸念していた。だが、それはあくまで可能性の話。不確実なことより、確実性をとった方がいい。


 これだから素人は。ワトフードは鼻で笑った。


「たしかに、敵が斥候を送ってきている可能性はあるかもしれん。だが、一週間で貴様らが歩哨隊から物資を奪えるようになるとは思えない。貴様らは黙って、我ら騎士に従っていればいいのだ」


「可能性じゃねえよ。帝国のやり口はいつも同じさ。大軍を動かすのには莫大な費用が嵩む。下調べもせずに動くと思うか? それに、あんたら騎士と違って、俺たち傭兵だからこそ一週間で十分なのさ」


 パレスの挑発するような口調にワトフードは激怒した。


「何を知った口を!! 貴様らなんぞ我ら騎士の前には無力なんだぞ!!」 


「それなら、俺たちがあんたら騎士に勝てれば、この作戦を認めてくれることでいいんだな?」


「よかろう、だが、負ければ、貴様らは今後一切口聞かずに命令に従え!!」


「よし決まりだ。俺たちは万全の装備で挑む、あんたら騎士も、負けた時の言い訳ができないよう、騎士としての装備をしてきな」


 そう言ってパレスは傭兵隊の方を向いた。


「皆もそれでいいかい?」


 傭兵隊は全員頷いた。騎士よりも、初日の閲兵の件でパレスに信頼が傾いていたのである

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