おっさんのやり直し傭兵記

kitatu

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 ラピスの街の酒場では赤ら顔になったパレスとウルブスが飲み交わしていた。狭い店内にウルブスの巨躯がよく目立ち、一方のパレスはでろーんと机に寝そべっていて、これまたよく目立つ。しかし、店内には二人以外に誰もおらず、注目の的とはなっていなかった。


「なあ、パレスさん。あんな約束しちまってよかったのか?」


「約束って何だい?」


「明日、騎士と戦うことだよ」


 模擬戦は既に決行されることになっていた。明日、朝6時、日の出が開戦の合図である。場所はラピスの街から少し離れた平野で行われ、レミア家の騎士50人対傭兵隊100人の戦いだ。


 それはパレスからもちかけた勝負であるが、とうの本人は要領の得ない顔をしていた。


「戦う? そんな約束、俺はしちゃあいねえよ」


 そんなパレスの言葉にウルブスは頭を抱えた。


「そりゃねえぜパレスさん。傭兵隊のやつらはあんたが俺に勝った時の掛け金で、装備一式を慌てて買いにいっちまったのによお。また俺は、あんたが何か狙ってると思ってたぜ」


 パレスはウルブスとの試合が行われる前、もっと言えば、閲兵の試合が決まる前に、この酒場の店主に自分に賭けるよう大金を渡していて、そうして得た金をパレスは惜しまず傭兵隊に配っていた。そのことも傭兵からパレスが信頼を集めている要因の一つである。


「それは勘違いだね、武器となる物を買うために金を集めたのは狙っていたさ。でも、明日のためってのは勘違いも甚だしい。まったくせっかちな奴らだねえ」


「明日ってことは騎士との勝負は覚えているんだな」


「ああ、もちろん。勝負の約束はしたけど戦うとは一言も言ってねえよ」


 パレスがそう言った時、店の扉が開いた。


「あ、いた」


 呟いて店内に入ってきたのはエリーだった。エリーはすたすたとパレスとウルブスの下まできて、席につく。


「聞きましたよ。うちの騎士たちと模擬戦を行うのですね。一体、今回は何を企んでいるのですか」


 エリーの目には好奇心の光が宿っていた。


「令嬢さん、俺もそいつを問いただしてるところなんだけど、要領を得ないっちゃあ、ありゃしねえ。こいつは明日戦うつもりはねえって言うんだよ」


「それは興味深いです。私は騎士たちから模擬戦を行うとしか聞いてませんよ」


 パレスはため息をついた。


「なんにをお前らは知りたいんだか、期待しているんだか。明日は何にも起こらねえよ。あえて言うなら、今日雲の流れが早かったから明日には雨が降る」


「そういうことですか!」


 エリーはその言葉だけでパレスの意図が見抜けた。なるほど、湿地の多いこの土地で雨が降れば、騎士なんて無力化される。重い鎧を着込んだ騎士は、ぬかるんだ地面に足を取られて、まともに動けないだろう。


「令嬢さん、何がそういうことですか、なんだい? 俺にはちっともわからねえよ」


「明日の戦い、うちの騎士たちは正装で挑むつもりなんですよ」


 エリーがそこまで言って、ウルブスは、ああ! と気がついた。


「だから、あの時、負けた時の言い訳できないようちゃんと装備してこい、って言ったのか。はあ、姑息なお人だねえ。わざわざ挑発するような口調で策を仕込むなんてよお」


 パレスは何かが気に入らなかったのか、子供のように口をへの字にまげた。


「姑息じゃねえらしいぜ。真剣にやってっから、こういう手口を使うんだとよ」


「どうして他人事のように言うんですか?」


 パレスはどうしてか、酷く悲しそうな顔つきになり、ジョッキに入ったエールを一気に飲んだ。そして少し荒い口調で「どうでもいいだろうが、そんなこと」とエリーに言葉を吐いた。


 本当にどうでもいいのでしょうか? そうエリーが言おうとする前に、ウルブスが口を挟んだ。


「ま、人間生きてりゃ酒に溺れたい時もある。まあ、パレスさんに至っては溺れすぎのような気がするがな」


「うるせえ。ほっとけえ」


 ウルブスとパレスはケラケラと笑った。


 ウルブスの言葉はエリーへの牽制と共にパレスを庇うようなものだった。ウルブスはあくまで傭兵隊長である。人をまとめ上に立ち続けるには、人のきびにはうるさくなるものだ。


 そんなウルブスの意図を正確に受け取ったエリーだが、好奇心に歯止めは効かない。


「私はあなたのことを知りたいです。あなたは一体何者なのですか?」


 パレスがまたも口を尖らせ、ウルブスはあちゃーと額に手をあてた。


「どうしてそんなに俺のことが気になるんだい? まさか、俺に恋しちゃったんじゃあないだろうねえ?」


「こ、恋!? ち、違います!!」


 エリーは顔を真っ赤にして続ける。


「私は貴方を買っているだけです!! だから貴方が何ものか知りたくて当然じゃないですか!!」


「お嬢ちゃん、照れてちゃ、恋してるって言ってるも同然だぜ。今夜、ベッドに来な。たっぷり可愛がってやるからよ」


「最低です!! どうして私はこんな酔っ払いを……あああああ!! また嵌められる所だった!!」


 パレスは、ちぇっ、と舌打ちをして酷くめんどくさそうにした。


「ちぇっ、ではないです!! おっさんが子供じみたこと言わないでください!」


「ああ、めんどくせえ」


「面倒くさい、とは何事ですか!」


 ウルブスは、そう突っかかる態度が面倒くさいのでは、と思う。だが、こちらに矛先を向けられると、それこそ面倒くさいので、両者の言い分を平等に調停に入ることにした。


「まあまあ、お二人とも。パレスさんは、早く酒をのんびり飲みたい、令嬢さんは早く目的を達したい、そういうわけだろ」


 ウルブスがそう言うと、エリーは渋い顔になりながらもうなずいた。


「私は貴方の作戦を読み解きました。だから約束通り、貴方の過去話をお聞かせ願います」


「いや、お嬢ちゃん。それは何のことを言っているんだい?」


「ですから、貴方は騎士を倒す為に、雨でぬかるんだ土地で戦おうとしてるのではないですか?」


「例えばの話、よく切れる剣が欲しい、それが目的だとする。だったら、金を集める必要があるし、剣についての知識だって深める必要がある」


「またですか。貴方の目的のための一要素として、騎士を倒すことを挙げただけで、なんら解けていない、そう言いたいのですね」


 エリーがそう言うと、パレスは満足げに頷いた。


「正解、そういうこった。俺は目的を解かれない限り、話しゃあしないよ」



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