おっさんのやり直し傭兵記

kitatu

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「集まったのはこれだけか……」


 吊り橋が下げられた門の前にある広場。石造りの家家に挟まれた街路が数多にもつながっているそこには、百人ちかくの志願者が集まっていた。しかし、傭兵になろうとした人らは主に若い農民が多く、クワやスキを携えているだけ。常時の戦争、騎士の見栄えのための傭兵ならそれでもよかった。


 だが、今回の戦いは侵略からの防衛だ。今いる人らの多くは、十分な練度もなく、使い物にならないと言っても過言ではない。


 エリーが求めていた傭兵は、稼業として傭兵をしているもの。加えて、今のような数合わせが必要だったのだが、これではついため息も漏れてしまう。


 さらに、嘆きたくなる要因がもう一つ。赤ら顔に茶髪、昼間から酒臭い中年の男がいるのだ。


 なげかわしい。こんなやつがいたら、兵士の士気が下がる。その上、大事な作戦で大きな失敗をされるかもしれない。


 エリーは男を除隊させようと考えたが、それはやめることにした。


 今は一人でも欲しい状況。それに、農民らがクワやスキの装備なのに対して、男はそれなりの革鎧を装備し、手入れされた剣を帯刀している。囮くらいにはつかえそうだ。


 茶髪の酔っ払いの処遇に頭を悩ませているうちに、そもそもどうして閲兵を男爵家長女の私がせねばならないのか、という思考に至った。


 普通ならば、他国との戦争の際、王家や公家から代官が遣わされ、この役目を担う。しかし、パーティア公から届いたのはたった一枚の手紙で、内容は適当に徴兵しておけ、というものだった。


 ただエリーは、不満は抱いても不信は抱いていない。


 この国は今の王が周辺諸国を併呑して出来上がった国家。元々あった国の王がそれぞれに公、候、伯の位と領をもらい、残りの位と領は、現王の下で手柄をたてた者、元々身分の高かった者がついている。つまり何を示すかというと、王家直属の軍以外に協力体制なんて出来ていないのだ。


 ましてや、レミア家は後者でパーティア家は前者。代官など遣わされるはずなどなく、戦争の準備に忙しい父と政に一杯一杯の家臣の代わりに、大学で教えを受けて学がある自分に矢先が向けられたのだった。


 いよいよ、逃げるしかない。そんなエリーの内心を代弁するような声が上がった。


「こんなんじゃ戦になりゃしない。見渡す限り雑魚ばっかじゃねえか。逃げ散って残るのは俺くらいのもんだ。閲兵なんてもん、もうやめてくれ」


 さっきの酔っ払いだった。中肉中背、茶髪が目立つ男だ。


 エリーは、ほんとこいつぶん殴って黙らせてやろうか、と思ったが、ぐっとこらえる。


「それは出来ません。これから帝国が侵略してくるのです、一人でも強者がいなければ守りきることは難しいです」


「そんな弱音を吐いちゃ士気が下がっちまうぜ嬢ちゃん。まぁ、周りの様子を見る限り、不安になった奴もいそうにないがな」


 そう言って茶髪の男はかかかと笑った。


 不安になった奴がいない、それはそうだ。みんな負け戦を覚悟してきている、もちろん悪い意味で。適当なところで逃げて給金だけ貰おうという意味でだ。


 エリーはさらに腹が立った、もちろん不安を抱いた者がいないこともだが、酔っ払いに嬢ちゃんと嘗められたのだ。


「私はもう23です。大学にも通っていました」


「はん、それがどうしたっていうんだ。俺はお前の……いくつ上で何をしたんだったか」


 周囲から笑いが起きた。そのことがエリーをより不愉快にさせ、キッと男を睨みつける。すると、笑いで細くなった男の瞳に冷たい光が宿っていることに気づく。ぶわっと鳥肌がたち、手足がぴりつくほどの寒気を覚えた。


 誰か他に気づいた人間はいないか、見回すと、周囲の目線は全て茶髪の酔っ払いと自分に向けられていて、すでに皆の中心になっていた。それでも、気づいているものはいそうにない。皆は笑って見ているだけだ。


「う〜ん、どうやらお嬢ちゃんは、閲兵を辞める気はないらしい」


 男はコミカルに頭を抱える。その姿に周囲からまたも笑い声があがった。


「そうだ! いいことを考えたぞ! このパレス様に模擬試合で勝てたもの……はいなくとも、いい勝負をしたものだけが残れる! これでどうだい?」


 今度はすっと立ち上がり奇妙な提案をし始めた。


 エリーは先ほどの寒気から何も言えずにいる。その代わり、周りからは続々と手が上がった。


「いいぜ!やってやろう!」「面白い酔っ払いをコテンパンにできるなんていい機会だ」「そういや、さっき俺たちのことを馬鹿にしたよな? 臆病者かどうか確かめさせてやる」


 エリーの決断なんて関係がなかった。すでにパレスに群衆は呑まれている。


 先ほどの寒気の正体がわかった。パレスと名乗った茶髪のよっぱらいは計算でこれを狙っていたのだ。


 だが、何故、閲兵を自ら行おうとするのか、そんな疑問が湧いて出る。エリーは、パレス目的を見定めようと乗ってやることにした。


「わかりました。皆がそういうなら、この男の戦いぶりを閲兵の手段といたします。勿論、支払われる給金もこの機会に定められますので本気でたたかってください」


 エリーは言ってから気づく。


 この言葉、私が男の瞳を見なくとも出たのではないか。


 自己評として、一見して気高い人間だという自覚はある。実際に、『私は嬢ちゃんではない』とも口にしている。そんな私が怒り、公にパレスを叩きのめすことができないが、手を出さずに叩く機会を得たのだ。当然、この提案を呑んでいたであろう。


 好奇心と恐怖がせめぎ合う。この男は一体何者なのだ?


 目を向けると、パレスは驚いたような表情をしていた。かと思えば、大の男が泣き崩れそうなほどの顔をした。ただそれも一瞬のことで、さっきの調子を取り戻し、「よし、決まりだ。一人ずつ俺にかかってきなあ」と笑った。



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